いろんなミュージアムが所蔵する作品や
常設展示を観に行く連載・第5弾は、
日本初の国立の美術館・
東京国立近代美術館にうかがいました。
もうまったく書き切れないですが、
セザンヌ、横山大観、アンリ・ルソー、
和田三造、靉光、藤田嗣治‥‥の名品から、
具体美術協会や「もの派」など
世界に誇る日本のアーティストの傑作まで。
見応え抜群、煌めきの所蔵作品を、
丁寧に熱く解説してくださったのは、
主任研究員の成相肇さん。
所蔵作品もすごいけど、成相さんの
東近美への「愛情」もすごかった‥‥!
それはもう、
聞いてるこちらがうれしくなるほどに。
担当は、ほぼ日奥野です。さあどうぞ。

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第4回 他人が描いても、その人の作品?

ソル・ルウィット《ウォール・ドローイング#769 黒い壁を覆う幅36インチ(90cm)のグリッド。角や辺から発する円弧、直線、非直線から二種類を体系的に使った組み合わせ全部。》1994年、水溶性パステル、水性塗料、鉛筆・壁

Courtesy the Estate of Sol LeWitt, Massimo De Carlo and TARO NASU Copyright the Estate of Sol LeWitt. 撮影: 木奥恵三 ソル・ルウィット《ウォール・ドローイング#769 黒い壁を覆う幅36インチ(90cm)のグリッド。角や辺から発する円弧、直線、非直線から二種類を体系的に使った組み合わせ全部。》1994年、水溶性パステル、水性塗料、鉛筆・壁 Courtesy the Estate of Sol LeWitt, Massimo De Carlo and TARO NASU Copyright the Estate of Sol LeWitt. 撮影: 木奥恵三

──
こちらの空間、いつも不思議でした。
行き止まりのちっちゃなスペースで、
壁の線は「模様」じゃなく
全体的に「作品」なんでしょうけど、
いったい、どういう芸術なのかと。
成相
まず、前提として、このスペースは
「建物を思う部屋」と言います。
当館が竹橋に移転して約30年の
2001年に、
内装をリニューアルしているんですけれど、
この場所だけ、
建てられた当時のまま残されていて、
今はプロジェクトスペースとして、
折々で、さまざまな展示をしているんです。
──
あ、中身も変わってたんですか。
成相
これの前は「もの派」の菅木志雄さんの
木板とワイヤーをつないだような
インスタレーションを展示していました。
──
じゃ、この作品も、いずれは外される?
成相
壁に描いている作品ですから、
展示替えの際は、
おそらく「塗り替え」になるはずですが、
当面は、このままでしょう。
まだ、できたばかりですし、
つくるのは、相当に、大変なことなので。
──
具体的には、誰の何という作品ですか。
成相
はい、ソル・ルウィットという美術家の
ウォール・ドローイングです。
2020年の12月から展示しています。
作品名を
《ウォール・ドローイング#769
黒い壁を覆う
幅36インチ(90cm)のグリッド。
角や辺から発する
円弧、直線、非直線から二種類を
体系的に使った組み合わせ全部。》
と言います。
──
長い(笑)。
成相
この作品を購入したのは、2018年。
すでに、ソル・ルウィット本人は
亡くなっていましたが、
冨井さんの折り紙の作品と同じように、
作家の残した指示書に従って、
この場所に作品を「つくった」んです。
──
つくった‥‥というと‥‥。
成相
ドラフトマンと呼ばれる、
ソル・ルウィット作品の線を描く資格を、
持っている人がいるんです。
ルウィット本人が任命したんですが、
その方にお願いして、つくってもらって。
──
つまり、購入の時点では
具体的な物体を買ったわけではなくて、
展示しようとなったときに、
そうすることをゆるされている人が、
この空間に、
ソル・ルウィット作品を「つくった」。

ソル・ルウィット《ウォール・ドローイング#769 黒い壁を覆う幅36インチ(90cm)のグリッド。角や辺から発する円弧、直線、非直線から二種類を体系的に使った組み合わせ全部。》1994年、水溶性パステル、水性塗料、鉛筆・壁

Courtesy the Estate of Sol LeWitt, Massimo De Carlo and TARO NASU Copyright the Estate of Sol LeWitt. 撮影: 木奥恵三 ソル・ルウィット《ウォール・ドローイング#769 黒い壁を覆う幅36インチ(90cm)のグリッド。角や辺から発する円弧、直線、非直線から二種類を体系的に使った組み合わせ全部。》1994年、水溶性パステル、水性塗料、鉛筆・壁 Courtesy the Estate of Sol LeWitt, Massimo De Carlo and TARO NASU Copyright the Estate of Sol LeWitt. 撮影: 木奥恵三

成相
はい。
──
おもしろいなあ。
線を描いた「ドラフトマン」さんって、
どういう人なんですか? 
成相
日本には1人しかいません。
当初、
アメリカから呼んでくる予定でしたが、
コロナ禍で来れなくなってしまい、
調べると、日本にもいらっしゃった。
その方がアシスタント2名を連れて、
大阪からいらして、
1ヶ月半、東京に滞在して、
朝から夕方まで、
毎日毎日、作業してくださったんです。
──
作家の代わりに、作品を描く‥‥。
そんな仕事があるんですね。
その方も、もともと美術家なんですか。
成相
はい、美術家の場合もありますし、
図面を引くような
建築系の人の場合もあるようです。
ドラフトマンが介在するということが、
この作品の最大のおもしろさ。
ふつうだったら、
画家本人の描いたものが「作品」です。
でも、この場合は
作家と作品の間に他者が入っていて、
その人がつくっても「作品」なんです。
──
写真家の牛腸茂雄さんの作品は、
牛腸さん亡きあとも、
写真家の三浦和人さんが焼いてますが、
写真家とプリンターみたいな関係性を、
「線を描く」という表現でも、
結んじゃってるのがおもしろいですね。
成相
たとえ本人がいなくても、
本人の「指示」さえ残されているなら、
新しい作品が、うまれる。
──
そのドラフトマンさんって、
他の作家の作品も手掛けてるんですか。
成相
あ、いえ、ルウィットが、
その人をドラフトマンと呼んだだけで、
「ドラフトマンという仕事」が
一般に存在するわけじゃないんですよ。
ドラフトマンが活躍するのは、
ルウィット作品以外には、ないんです。
基本的には。
──
ああー‥‥そういうことですか。
じゃあ、いっそうユニークですね。
そういう人がアメリカにいて、
日本にもひとりいたということですか。
成相
今回、大阪から来てくださったかたは、
パートナーが版画の摺師で、
ルウィットの版画も手掛けていて、
そのような交流を
作家本人と結んでいたという方でした。
──
そういう作品だったんだ。この部屋。
成相
ちなみに「近代美術館」という名前で、
レトロな印象を抱かれがちですが、
いまのように、
現代の新しい作品の収集もしています。
その点、強調しておきたいと思います。
──
はい。しかと覚えておきます。
成相
近世があり、近代があり、現代がある、
という「時代区分」として
「近代」を捉えがちですけれど、
そもそも「近代」は「現代」もを含む。
「昔の」という意味は、ないんです。
──
英語ではどっちも「モダン」ですしね。
成相
「現代美術」という呼称は
戦前からあったわけです。
でも、そこで「現代美術館」ではなく、
「近代美術館」としたのは、
あくまで歴史を踏まえながら、
同時代つまり「現代」までを扱う‥‥
というポリシーが、
そこに込められていたんだと思います。

──
なるほど。
成相
当館ができる直前に、
神奈川県立近代美術館ができています。
同時期に
ふたつの近代美術館ができるんですが、
どちらも「現代」の意味を含めて、
「近代、モダン」と名付けたはずです。
神奈川県立近代美術館を設計した
建築家の坂倉準三は
「たとえ昔のものであっても
すべて現代の中に生きている」
とわざわざ書き残していますから。
──
で、それから時が経ち、
世の中に「現代美術館」がうまれたと。
東京では、上野にある東京都美術館から、
所蔵品をわけるかたちで
「東京都現代美術館」が、1995年に。
成相
最初の公立の「現代美術館」は、
1989年開館の広島市現代美術館です。
──
たしかに
「近代」と「現代」が並んでいた場合、
つい、リニアーな歴史の時間軸を
意識してしまいそうですが、
実態は、必ずしもそうではないんだと。
成相
リニューアル後に、
名前から「近代」をなくした美術館も
あるのですが、個人的には、
「近代」と付いているほうが好きです。
「近代」に含まれるのは、
「更新されていく」というニュアンス。
「近代」は、
どんどんスライドしていく概念です。
直近の‥‥という意味あいで、
捉えていただければいいと思ってます。
──
収蔵作品は、実際、そうなわけですし。
「近代」について、承知しました。
このスペースは、だいたい写真ですね。

成相
そうですね。
9室は写真室の位置づけです。
当館は写真のコレクションも多いので、
一括してお見せする部屋として。
──
写真にも力を入れてらっしゃる。
成相
写真の専門のスタッフも在籍していて、
随時、作品の収集を進めています。
──
何年か前に、こちらで見た
奈良原一高さんの写真展が最高でした。
男性修道院の写真と
女性刑務所の写真を組み合わせていて。
成相
「奈良原一高 王国」ですね。
──
たしか『大いなる沈黙へ』という
修道院のドキュメンタリーを観た直後、
同じように
男性の修道院の中の写真が見たくて
来たんですが、
女性刑務所の写真も、すごかったです。
成相
あの時期の奈良原さんは、
同時に広告分野でも活躍していたので、
表現に凝っているというか、
ドラマチックな写真が多かったですね。
次の部屋にはガラスケースがあるので、
屏風や掛け軸などの
日本画を展示していることが多いです。
──
はい、今日はないのかな、
いつも、
東山魁夷さんの大きな絵がありますね。
成相
前の会期で展示していました。
今は「音」をテーマにした絵ですけど、
会期の後半では
「機械」がテーマの内容に変更します。
──
音‥‥。
成相
音に着想を得て描いた作品や、
音の鳴る光景を描いた作品等を集めて
展示しているんです。
──
なるほど。
成相
音といえばのカンディンスキーとか。
わかりやすいところでは。
あるいは、金閣寺が燃えている作品。
メラメラ‥‥という音に着目して。
──
これとかは‥‥どこに「音」が?

中村大三郎《三井寺》 1939年
(2021年10月5日~12月5日までの展示。
現在は展示しておりません。) 中村大三郎《三井寺》 1939年
(2021年10月5日~12月5日までの展示。 現在は展示しておりません。)

成相
一見、音を思わせる要素が、
どこにも見当たらないと思いますが、
じつは、能の有名な一場面。
子と生き別れて物狂いとなった母が、
三井寺で子と再開する。
で、その出会いの場面で、
鐘がごーんと鳴るんですよ。
──
つまり、その「ごーん」ですか。
成相
物語の中でも
非常に重要な場面を描いた絵ですが、
その文脈を知らなければ
理解するのは、すぐには難しいです。
でも、「どこが音なんだろう?」と、
よくよく説明を読むと、わかる。
おもしろいセレクトだなと思います。
──
そして、知ってる人は知ってる人で
「ごーん、か!」と「ピン!」ときて、
「ああ、おもしろいな」と思う、と。
成相
そうですね、
「三井の晩鐘」で有名な鐘の音です。
──
なるほど。
いよいよ最後、2階のフロアですね。
成相
まず、この映像作品をごらんください。
田中功起さんの
《ひとつの陶器を五人の陶芸家が作る
(沈黙による試み)》の
「手話とバリアフリー字幕版」です(※下記註)。

──
これまた長いタイトル‥‥だけど、
何が映っているのか、よくわかります。
5人のプロの陶芸家が、車座になって、
ひとつの陶芸作品をつくるわけですね。
成相
はい、そのとおりの内容で、
シナリオなしでやるシリーズなんです。
同じことを「ピアノ」で試みた、
《一台のピアノを五人のピアニストが弾く(最初の試み)》
という作品もあって、
そちらでは
最終的に曲をつくり上げたんですけど、
この陶器バージョンでは‥‥。
──
うまくいかなかった?
成相
はい。
──
全員プロの陶芸家ということですから、
意見が食い違っちゃったとか?
成相
それぞれ自分のスタイルを持っている
5人の陶芸家が、
話し合いながら
ひとつの陶器をつくりあげることって、
かなり難しかったようですね。
話し合いのようすや
実際に誰かが手を動かしている場面が
映し出されるのですが、
うまくいったり、いかなかったり‥‥
誰かがリーダーシップを取ったり、
自然と、
それぞれの役割へとわかれていったり。
──
ええ。
成相
見ていて、とてもおもしろいんですが、
結局、
全員が納得する作品にはならなかった。
──
陶器の共同作業は難しかった、と。
成相
途中で、みんなで壊しちゃうんですよ。
「やっぱりぼくは気に入らない」とか、
「本当にひどい作品ができたな」とか、
「どうする?」とか、「壊す?」とか、
その台本なしの展開に、
見ていて、うおおぅ‥‥ってなります。
──
ドキドキしちゃいそう。
成相
めちゃめちゃします。
たった「75分」の映像作品ですけど
それだけの時間でも、
それぞれの陶芸家がどういう人なのか、
すごくよくわかるんです。
──
作品制作の場面に、如実に出るのかあ。
その人そのもの‥‥というものが。
こと作品づくりに関して言えば、
譲れないことって、
きっと絶対に、譲れないでしょうしね。
成相
作家の「地」が出ざるを得ないんです。
でも、彼らは「つくる人たち」なので、
目の前に「つくるもの」があることで、
ストーリーは、進んでいくんですよね。
──
やーめた、とは、ならない。
成相
田中さんというアーティストは、
その設定づくりが、すごく上手いです。
──
宇宙飛行士の選抜試験みたいです。
成相
そうそう。候補者たちが、
閉鎖環境にほったらかしにされて‥‥。
──
問題に直面したとき、
誰がリーダーシップを取るのか、とか。
成相
あの人は協調性がないな‥‥とか。
──
その「場」を設定するのも、
芸術家ってところが、おもしろいです。
別の人が描いても作品だったり、
芸術って、
本当にどんどん拡張しているんですね。
成相
はい。

※註:東京国立近代美術館では、幅広い鑑賞の機会をつくるため、田中功起の作品の「手話とバリアフリー字幕版」及び「手話による解説動画」を2021年に制作。手話ナビゲーターによる手話と、日本語のバリアフリー字幕、英語の字幕が付いている。このバージョンは2022年3月末までオンラインで公開されている。 https://vimeo.com/530881240

2022-01-06-THU

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  • 令和3年度 第2回 所蔵作品展 「MOMATコレクション」は 2022年2月13日(日)まで開催。

    今回のインタビューのなかで
    成相さんが解説してくださっている
    所蔵作品展は、
    2月13日(日)まで開催中です。
    (一部の展示は変更になっています)
    日本初の国立の美術館が収蔵する
    きらめきのコレクションが
    「500円」で味わえてしまいます。
    年間パスなら、1200円‥‥。
    いつ行っても、圧倒的な作品の数々。
    言わずもがなではありますが
    これは、「見たほうがいい」です!
    くわしくは美術館の公式サイトで。

    常設展へ行こう!

    001 東京国立博物館篇

    002 東京都現代美術館篇

    003 横浜美術館篇

    004 アーティゾン美術館篇

    005 東京国立近代美術館篇

    006 群馬県立館林美術館

    007 大原美術館