いろんなミュージアムが所蔵する作品や
常設展示を観に行く連載・第5弾は、
日本初の国立の美術館・
東京国立近代美術館にうかがいました。
もうまったく書き切れないですが、
セザンヌ、横山大観、アンリ・ルソー、
和田三造、靉光、藤田嗣治‥‥の名品から、
具体美術協会や「もの派」など
世界に誇る日本のアーティストの傑作まで。
見応え抜群、煌めきの所蔵作品を、
丁寧に熱く解説してくださったのは、
主任研究員の成相肇さん。
所蔵作品もすごいけど、成相さんの
東近美への「愛情」もすごかった‥‥!
それはもう、
聞いてるこちらがうれしくなるほどに。
担当は、ほぼ日奥野です。さあどうぞ。

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第5回 展覧会をつくるということは。

──
いよいよ、最後のお部屋です。
成相
通常、奈良美智さんや村上隆さんなど、
日本を代表する
現代の作家をカバーしつつ、
展示を終える構成となっているんです。
でも、年々あつかう時代の幅も作品数も
増えており、
今回は「60年代~80年代まで」と、
あえて時期を区切った展示としています。
──
なるほど。
成相
つまり、
ポストモダンという言葉が取り沙汰され、
まさしく「近代」が問い返された時代に、
絞っているわけです。
舟越桂さんだけは、だいぶ新しいですが。
他の作品は、だいたい半世紀ほど前、
60年代から80年代くらいまでですね。

──
知ってる人と、知らない人と‥‥。
いかにも著名そうな作品が並んでいます。
成相
河原温さんの日付のシリーズ、
白髪一雄さんと、そして、田中敦子さん。
最初の3点だけでも、ものすごい。
こう言っては何なのですが、
ほかの美術館には
とてもじゃないけど収集できないくらい、
すさまじいコレクションです。
ぱっと見て、気になる作品、ありますか。
──
田中敦子さんの絵は好きです。
具体美術協会の人でしたよね。
成相
そうです。
となりの白髪一雄も、具体美術協会です。
──
足で描く人。
吉原治良さんの《黒地に白》もあります。
成相
はい、具体のリーダーです。
──
吉原さんの「まる」をはじめて見たとき、
ちょっとクラっときたというか、
遠近感を消失するような感じがしました。
底なしの穴に吸い込まれそう‥‥な‥‥。
成相
おお。
──
言葉ではうまく表現できないんですけど、
具体のみなさん、
どのかたの作品にも、
何か、うずまく高エネルギーを感じます。
成相
吉原の《黒地に白》をよーく見てみると、
たぶん、白い絵の具は使ってないんです。
黒を塗ることで、
白い部分をまるく残しているんですよね。
──
へーーーー‥‥そうだったんだ!
成相
タイトルで「騙してる」んです。
それも込みで、おもしろい作品ですよね。
──
これは、どなたの作品ですか。
成相
斎藤義重、という作家です。
いわゆる現代美術の作家としては、
この東京国立近代美術館で、
最初に存命中に個展を開催した人です。

斎藤義重《ペンチ》 1967年 斎藤義重《ペンチ》 1967年

──
そうなんですか。おっきなペンチ。
成相
すでに70代に入って
老齢と言える年齢でしたけど、
当時から評価の高かった作家ですね。
もちろん、今でも。
国際的な評価はまだ高いとは言えませんが、
のちの作家に、
非常に強い影響を与えています。
──
絵というか、立体的です。
成相
はい、実際に動かすことができます。
この作品だけ見ると、
玩具っぽいと思うかもしれませんが、
斎藤義重は、さまざまなスタイルの
表現を試みた人です。
──
なるほど。
成相
海外の情報にも敏感な、
とっても先進的な人物で、
いうなれば発明家でもありました。
勉強家で、博識で‥‥
この時期は、ユーモラスな見た目ですが、
何かを二次的に描く絵ではなく、
絵そのものが
一次的な物体になっている作品を
つくろうとしていますね。
ほかにも、具体の人たちが
「足で描く」とかやっている時期に、
電動ドリルで絵を描いたり。
──
激しい! 
そういうギタリストがいましたけど。
成相
ハハハ、MR.BIGのね。
──
ポール・ギルバートさん。
マキタのドリルで速弾きをしていました。
成相
あんがい、
斎藤義重を知っていたのかも(笑)。
──
親日家バンドでしたし‥‥。
成相
ともあれ、
この斎藤義重とか熊谷守一のように、
老境に入ってからも活躍した作家たちは、
つねに新しい情報に接していました。
見た目がおじいちゃんだなと思って、
油断していると、
誰より最先端なことをやってたり。
斎藤義重は、その最たる例。
めちゃくちゃおもしろい作家ですよ。
そして、重要。
──
今後、注目して見てみます。
成相
このあたりに並んでいるのは、
吉原治良の「具体美術協会」と並び、
国際的な評価も高い「もの派」。
──
はい、もの派。
成相
先ほど「建物を思う部屋」で話に出た
菅木志雄さんや、
李禹煥(リ・ウファン)さんらが中心。
──
李禹煥さん。
大きなガラス板に
大きな岩が落っこちてきてヒビ割れて、
みたいな作品ですよね。
ちょっと前に、森美術館で観ました。
成相
そうです。その李さんです。
──
で、この作品は何なんですか‥‥って、
聞くのも野暮なんですが。
成相
はい、では「彫刻」というと、
どういったイメージを、お持ちですか。
──
えー‥‥と、
生涯で十何万体も仏像を彫ったっていう
円空とか、
作品をつくるときに
でっかい岩の崖の「壁」ごと買って、
バターンと倒すという、安田侃さんとか。
成相
極端ですね(笑)。
もの派の人たちの場合は、
まず「かたちにしようとしない」んです。
人が「つくる」のなんて
おこがましいというか、
わざわざつくる必要があるのかどうか、
というところから
創作をスタートしています。
石なら石を「指し示す」だけで
作品といってよいのではないかと。
──
はぁ‥‥なるほど。
文楽の「仮名手本忠臣蔵」を観ていたら、
恋しい人に会えない女性が、
そこらへんの石ころを想い人に見立てて、
愛でていたんです。
そのとき「もの派だ」と思ったんですが、
まったくちがいましたね。
成相
ハハハ。気持ちはわかるけど。
とにかく、「もの派」の芸術家たちは、
「なるべくつくらずに作品をつくる」
という、いわばとんちみたいな創作を
していたんです。
線1本を描くにしたって、
何かの輪郭線、形状を描くというより、
絵の具がかすれるまで、
ただただ筆を引っ張っているだけとか。
──
なるほど。
成相
こちらは菅さんの作品ですが、
基本的に、木材を並べているだけです。
でも、部分的に
木材のサイズが合っていないところに、
わずかに
作者が関わっていることがわかります。

菅木志雄《Protrusion#076》1981年 菅木志雄《Protrusion#076》1981年

──
作品から作品がはみ出しちゃってる、
みたいな感じですね。
成相
超カッコよくないですか?
つくっていないギリギリのところで
作品をつくっている‥‥。
ものすごく大ざっぱな説明ですけど。
──
はい、こういった作品を目にすると、
人間の脳の無限大を感じます。
いろんなことを考えるんだなあって、
とにかく感心しちゃいます。
成相
そうですねぇ。
ここまで‥‥百何十年間もの歴史を
駆け足でめぐってきましたが、
みなさん、
本当にいろんなこと考えてましたね。
──
はい、折り紙も彫刻になるのかとか、
黒を黒以外で表現しようとか、
他人に作品づくりをゆるしてみたり、
5人で1個の陶器をつくったり。
成相
作品として「展示」されると、
当たり前に見えてしまうと言うのか、
「そういうもの」
「自然にできあがったもの」として、
何の疑問も抱かずに、
受け入れてしまいがちなんですけど。
──
ぜんぜん、そうじゃないですね、
こうして、お話をうかがっていると。
ひとつひとつの作品に、
必ず人間の思考の痕跡が刻まれてる。
ときには苦闘と言ってもいいほどの。
成相
だから、
和田英作の「こうもり傘」の話でも
「傘を持ってるおばあちゃんだ」
で終わると、もったいないんですよ。
和田英作は、なぜ、傘を描いたのか。
意図しない限り傘なんか描かない。
杖を持たせたほうが「ふつう」だし、
男物のこうもり傘に決めるまでには、
いろいろと悩んでるはずなんですよ。

和田英作《おうな》1908年 和田英作《おうな》1908年

──
うん、うん。たしかに。
どうして「こうもり傘」なんだろう。
成相
そうしなければいけなかった理由が、
きっとあるんです。
そこまで含めて鑑賞してもらえたら、
美術館って、もっともっと
楽しい場所になるぞって思います。
──
本当ですね。当時の人にとって、
こうもり傘って違和感だったのかな。
成相
以前、ちょっと調べたんですけれど、
あの絵が描かれたのは、
日本で、
こうもり傘の販売が開始されてから
10年から20年は経っていた時期。
──
ええ‥‥へえ。
成相
国産の「こうもり傘」というものも、
すでに売っていたようです。
だから、そこまでめずらしくなくて、
でも、
きっと高級品ではあったはずですよ。
──
たった1枚の絵の理解のために、
そんなことまで調べるんですか‥‥!
「日本におけるこうもり傘の歴史」
まで。
成相
もちろん、調べますよ。
──
あらためてですけど、こうして
展覧会の構成やテーマや企画を考える、
そのときの楽しみって、
どういうところにあるって思いますか。
キュレーションのよろこび、というか。
成相
東京国立近代美術館が
大きい看板だと最初にお話しましたが、
ぼくは、
じつは最近ここに入ってきたばかりで。
──
あ、そうなんですか。
成相
なので、まだ「楽しみ」というよりは、
責任感のほうが強いです。
何をどう見せたらおもしろく、
かつ、
東京国立近代美術館のコレクションに
ふさわしいものになるんだろう。
そういう「自問」が、常にあるんです。
──
なるほど。
成相
「こう見せたら、おもしろいぞ」とか、
「新しい事実をつきとめたから、
そこをフィーチャーしよう」
という気持ちは、当然あるんですけど。
それよりいまは、東京国立近代美術館、
という歴史ある美術館の
伝統やオーソドキシーを守りながら、
自分の仕事が、
日本の美術館の基準になりうるという、
その責任感で取り組んでいます。
──
しびれるプロ意識だ。
成相
自分自身この美術館が大好きなんです。
まるで教科書のような存在というか、
学生時代から、ずーっと見てきた場所。
だから、他の誰かにとっても
教科書として見られるというつもりで、
ぼくは、展示を考えています。
──
先輩やまわりの同僚からとか、
学芸員さんどうし、
いろいろ教わったりとかするんですか。
成相
知らないことは教え合っていますけど、
お互いの専門性を、
尊重している部分のほうが大きいです。
──
じゃあ、今日とかも
他の学芸員さんの企画した展示を見て、
「あ、なるほど」とか、
あらためて、思ったりしてたんですか。
成相
そうですね。「これ選ぶんだ!」とか、
「おもしろいなあ」
と思うことは、もちろん多々あります。
──
単純に1万3000点もの作品群から、
あるテーマに沿って、
これだけの数に絞るって大変ですよね。
成相
おっしゃるとおり。めっちゃ大変です。
──
もう、そのことだけで
キュレーターさんってすごいっていうか、
あたまの中に
所蔵品の地図がないとできないですよね。
少し前に、「あやしい絵展」を見に来て。
成相
ありがとうございます。
──
大人気で行列していて、諦めたんですよ。
でも、もう何度も見てるけど、
常設展を見て帰ればいっかあと思ったら、
そこまで残念な気持ちにならず。
成相
当然ですよ!
むしろ、こっちがメインですから!!!
──
はっ、失礼しました(笑)。
成相
このすさまじいコレクションが、
一般料金でも500円で見れるんです。
年間パスポートは1200円。
3回来たら、もう元がとれちゃいます。
こんなオトクな話はない。
ぼくは戦後のあたりを専門にしているので
この東京国立近代美術館と、
東京都現代美術館は、
「行かなきゃいけない場所」だったんです。
ここの企画展はほぼぜんぶ見てるし、
所蔵展も、ずっと見てきました。
そういう場所なんです。
「行かなきゃいけない場所」なんです(笑)。
──
激愛ですね(笑)。
じゃあ、そこまでずっと通いつめていた
東京国立近代美術館の
主任研究員になられた‥‥ということは、
うれしいことでしたね。
成相
うれしいなんてもんじゃないです!
──
ははは(笑)。いいなあ。
成相
だって、
みんなのあこがれの美術館なんですから。
ここは。

(おわります)

2022-01-07-FRI

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  • 令和3年度 第2回 所蔵作品展 「MOMATコレクション」は 2022年2月13日(日)まで開催。

    今回のインタビューのなかで
    成相さんが解説してくださっている
    所蔵作品展は、
    2月13日(日)まで開催中です。
    (一部の展示は変更になっています)
    日本初の国立の美術館が収蔵する
    きらめきのコレクションが
    「500円」で味わえてしまいます。
    年間パスなら、1200円‥‥。
    いつ行っても、圧倒的な作品の数々。
    言わずもがなではありますが
    これは、「見たほうがいい」です!
    くわしくは美術館の公式サイトで。

    常設展へ行こう!

    001 東京国立博物館篇

    002 東京都現代美術館篇

    003 横浜美術館篇

    004 アーティゾン美術館篇

    005 東京国立近代美術館篇

    006 群馬県立館林美術館

    007 大原美術館