日本全国に散らばるミュージアムを訪ねて、
学芸員さんたちに
所蔵コレクションをご紹介いただく連載、
第16弾は、満を持して!
原美術館ARCへおじゃましてきました。
はやくから、日本に
世界の現代アートを紹介してきた美術館。
コレクションにまつわるエピソードにも、
その作品収蔵の経緯にも、
この美術館ならではの物語がありました。
全12回の連載、お話くださったのは
青野和子館長と学芸員の山川恵里菜さん。
この年末、ゆっくりとおたのしみください。
そしてぜひ、
原美術館ARCへ遊びに行ってみてください。
担当は「ほぼ日」奥野です。

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第11回 觀海庵。

3点ともに 佐伯洋江《無題》2009年 紙にシャープペンシル、鉛筆、色鉛筆、インク ©Hiroe Saeki 3点ともに 佐伯洋江《無題》2009年 紙にシャープペンシル、鉛筆、色鉛筆、インク ©Hiroe Saeki

──
ふだん、展示室をひととおり見たあと、
最後のデザートのように、
この展示室をゆっくり堪能しています。
日本の古美術を展示していることも
けっこうありますが、
原俊夫さんの曽祖父の原六郎さんの
コレクションでしょうか。
青野
そうですね。ここでは、原六郎による
東洋古美術コレクションと、
原俊夫理事長による
世界の現代美術からなる原美術館コレクションを
取り合わせて展示しています。
わたしたちが「古美術」と呼ぶ作品たちも、
それぞれつくられた時代には
「当代きっての最先端」だったわけですから、
古(いにしえ)の最先端と
今日(こんにち)の最先端が出会う場所にしようと
考えたわけです。
──
なるほどー。
青野
では、順番に見ていきましょう。
こちらはベルリン在住の佐伯洋江さんの作品で、
ケント紙に
シャープペンシルで描いているんですよ。
──
ええっ、そう見えない。想像できない。
これをシャーペンで描いてる?
青野
一見、ちょっとわからないですよね。
緻密な線の集積による
繊細なドローイングといったところでしょうか。
植物やその他の生命体のようにも
見えたりしますね。
そしてまた、束芋さんの映像作品です。
──
わあ、ほんとだ。
青野
じつは、佐伯さんと束芋さんは、
昔、一緒に住んでいたこともある仲良しさんなのです。
京都にあった当時のおうちに、
わたしもお邪魔したこともあるんですよ。
今回の展示についても、帰国できない佐伯さんに、
わたしたちよりもはやく、
束芋さんが展示風景を送ってくれたそうです。
「一緒に展示してもらえてよかったね」と。
──
仲良し!(笑) いいですねえ。
青野
佐伯さんからのメールで知りました。
佐伯さんは、2010年に初の海外渡航で
いきなりベルリンに長期滞在されたんですよ。
それは、原美術館が2003年から
2021年の閉館直前まで
パートナーとして展覧会を開催してきた
「メルセデス・ベンツ アートスコープ」という
アーティスト イン レジデンスプログラムに
よるものでした。
──
なるほど。
青野
日本とドイツ、それぞれから選出された作家が、
相手の国で滞在制作をおこない
成果発表展を開催するという
このプログラムには、
現在、当館でコレクション作品を展示している
名和晃平さん、森弘治さん、加藤泉さんにも
参加していただきました。
──
すごい、そうそうたるみなさんが。
青野
同じ時代を生きているアーティストとの関わりは
一過性で終わらないところがおもしろいですよね。
はじめての出会いから10年、20年と経っても、
お互いに活動のようすを見守り続け、
またどこかのタイミングでご一緒することもある。
これまで原美術館とARCが関わってきた
多くのアーティストに対して、
恥ずかしくない活動をこれからも続けていかねば、
と思っています。
さて、あらためて
束芋さんの《糸口心中》を見てみましょう。

束芋《糸口心中》2018年 シングルチャンネル映像インスタレーション、掛け軸 ©Tabaimo / Courtesy of Gallery Koyanagi 束芋《糸口心中》2018年 シングルチャンネル映像インスタレーション、掛け軸 ©Tabaimo / Courtesy of Gallery Koyanagi

──
掛け軸にアニメを投影してるんですかね。
青野
日本画の伝統的フレームとも呼べる掛け軸に、
アニメーション動画を投影しています。
この装丁に使っている絹地や軸先も、
束芋さん自身が用意されたものなんですよ。
先ほどギャラリーBで見た束芋さんの
《真夜中の海》の
大型でダイナミックなインスタレーションとは、
まったく異なる表現世界ですよね。
──
本当ですね。小さな宇宙って感じ。
青野
ここでは、近松門左衛門の人形浄瑠璃
『曽根崎心中』の
主役の男女を蝶に見立てています。
三味線の撥(ばち)と
本紙の中央を貫く一本の弦によって、
露天神の森へと追い込まれた二匹の蝶が
掛け軸の枠を越えて舞うさまに、
この物語が象徴されているような作品ですね。
──
そうなんですか! お初と徳兵衛なんですね。
人形浄瑠璃を観るのも、
お話としての『曽根崎心中』も好きですけど、
いろんな作品があるんだなあ。
青野
で、こちらが、原六郎コレクションから‥‥。
──
狩野探幽。

狩野探幽《龍虎図》江戸時代 寛文十一年(1671年)※現在は展示されていません 狩野探幽《龍虎図》江戸時代 寛文十一年(1671年)※現在は展示されていません

青野
はい。「狩野派」は室町時代中期の優れた絵師、
狩野正信を祖とする狩野一族を中心とした
画家集団をさします。
16歳で徳川幕府の御用絵師となった狩野探幽は、
早熟な天才肌の絵師と呼ばれています。
桃山絵画の流れを引き継ぎながらも、
長年にわたって宋元画や雪舟を学び、
やがて、従来の豪壮華麗な狩野派の様式を、
余白を活かした画風に一新した人なんです。
──
なるほど。狩野永徳の孫‥‥なわけですね。
龍と虎。かっこいいです。
青野
探幽は61歳で「法印」という画家としての
最高位についたのですが、
こちらはそれよりもあと、最晩年の作ですね。
龍は雲を起こして雨を呼び、
虎は吠えると、風が巻き起こるとされます。
両者の対峙は風雲に遭う覇者、
すなわち
英雄が世にあらわれ出る姿にたとえられて、
武将や禅僧の間で好まれた画題なんです。
──
六郎さんは、こういう絵も、
ご自宅に飾ってらしたりとかしたんですか。
青野
はい。
六郎コレクションの中核を担うのは、
滋賀県の三井寺(園城寺)にあった、
「日光院」という
大きな70畳敷きの塔頭を彩っていた障壁画47幅です。
そこは足利時代につくられた
書院造りの客殿だったのですが、
六郎がビジネスで日本全国を行脚していた時代、
「廃仏毀釈」により各地のお寺が荒らされて、
貴重な美術品が海外などに
どんどん流出してしまう事態となっていました。
──
わあ、大変。
青野
六郎が三井寺を訪れた際に、傷みが進んでいた
日光院客殿の狩野派の障壁画を気に入り、
それらを庇護したいと考え、
「譲ってくれないか」とお願いしたんだそうです。
そしたら三井寺さんから
「では、客殿ごと持って行かれませんか?」
と逆に提案されたそうで(笑)。
──
「ごと」?(笑) ダイナミックなご提案!
で‥‥持っていかれたんですか!?
青野
ええ。驚きながらも「わかりました」と。
あの時代は
そういった話はけっこうあったようです。
その客殿は品川の御殿山、
つまり原美術館があったあたりの土地に移築して、
使っていたらしいです。
具体的には、ゲストハウスのようにして。
──
バラして、持ってきて、組み立て直して。
狩野派の障壁画が描かれた建物を。
客殿が、現代の人のゲストハウスに‥‥。
何だかもう、スケールがちがいますねえ。
青野
その後、高橋箒庵という茶人が、
護国寺を東日本の茶室の聖地にしたいと、
六郎さんに、
「あの建物を護国寺にお譲りになりませんか」
ともちかけ、
六郎さんも「わかりました。そうしましょう」
ということになったそうです。
ただ、
「自分はもともと、
ここの障壁画が欲しかったんだ」ということで、
それらを軸装して残したものが、
原六郎コレクションの中心となっています。
──
ちなみに六郎さんって、
どういったお仕事をされていたんですか。
青野
たとえていえば、渋沢栄一さんのような。
幕末のころ、志士として活動しながら
日本の将来を憂い、
維新をきっかけに海外で
経済学や銀行学といったビジネスのための研鑽を積み、
起業家として日本の近代化の礎となった人なんですよ。
当時日本財界五人衆と言われていたのが、
渋沢栄一、大倉喜八郎、安田善次郎、
古河市兵衛そして、原六郎だったんです。
──
そうだったんですか、五人衆。
不勉強で存じ上げませんでしたが、すごい。
青野
銀行、鉄道、エネルギーといった
日本全国の社会インフラの整備に
大きく貢献した人です。
当館のウェブサイトに六郎さんを紹介した
漫画風イラスト解説が出ていますので、
よろしければごらんください。
──
ぼく、美術の取材をはじめたきっかけは
ゴッホだったんですけど、
最初は、西洋の絵ばかり見ていたんです。
日本の美術のことは、
最初は正直、「地味」に見えてしまって
よくわからなかったんですが、
最近ようやく、
そのよさがわかってきた感じがしてます。
青野
いいですよね。わたしたちも、
長らく「現代美術」に接してきましたし、
同時代のアーティストと
親しく交流させていただいてきましたが、
あらためて古美術を拝見すると、
「時代を超えてきたものの強さ」が
ひしひしと伝わってくると思っています。
──
ああ、そうですか。そうですよね。
青野
美術品って「勝手には残らない」ので。
──
たしかに。誰かが残そうとしなければ、
絶対に残らないですよね。
青野
しかも、日本という、
これだけ自然の災害や火災の多い国で、
さらには「戦火」もかいくぐって、
こうして現代まで残ってくれたんです。
──
紙とか木でできているわけで、
破れたり、燃えたり、虫に食われたり、
水に濡れただけで、
簡単にダメになっちゃう素材なのに。
青野
本当にそうですよね。
土の中から出てくる出土品と違って、
伝世品であるこれらは、
どんな世の中だろうと大切に守られて、
人の手から人の手へと
受け継がれてきたわけですから。
わたしたちも、たまたまいまは
ご縁をいただいて、
これらの作品をお預かりしておりますが、
それは、
あくまでも一時的なことだと思っています。
──
なるほど。
青野
少しでも良い状態で次の世代の人たちに
引き継いでいかなければ‥‥という使命を
日々肝に銘じながら作品に接しているのです。
もちろん
「今日、わざわざここまでいらしてくださった
ゲストお一人お一人に、
できるだけ快適な空間で、
ゆっくり作品をごらんいただきたい」
とも思っていますよ。
「公開と保存」は矛盾しがちなので、
両立にはつねに気を使うことになりますが。

(つづきます)

2024-12-29-SUN

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  • 原美術館ARCの今期の展示 「心のまんなかでアートをあじわってみる」は 2025年1月13日(月・祝)まで

    この連載でもたっぷり紹介していますが、
    ウォーホル、オトニエル、三島喜美代、エリアソンなど
    お庭に展示している作品から、
    草間彌生、奈良美智、宮島達男など日本の現代美術家、
    さらには狩野探幽や円山応挙など古い時代の美術まで、
    原美術館さんがひとつひとつ収集してきた
    素晴らしいコレクションを味わうことができる展覧会。
    年末年始も2025年1月1日以外は
    12月31日も1月2日も開館しているそうです!
    年末独特の内省的な雰囲気、
    お正月の晴れやかな雰囲気のなかで作品に触れたら
    またちがった感覚を覚えそうな気がします。
    今期展示は1月13日まで、ぜひ訪れてみてください。
    さらに!
    2025年1月9日から新宿住友ビル三角広場で開催される
    「生活のたのしみ展2025」には、
    この「常設展へ行こう!」に出てくる美術館の
    ミュージアムショップが大集合するお店ができます。
    原美術館ARCの素敵なグッズも、たくさん並びます。
    ぜひぜひ、遊びに来てくださいね!
    生活のたのしみ展2025について、詳しくはこちら

    書籍版『常設展へ行こう!』 左右社さんから発売中!

    本シリーズの第1回「東京国立博物館篇」から
    第12回「国立西洋美術館篇」までの
    12館ぶんの内容を一冊にまとめた
    書籍版『常設展へ行こう!』が、
    左右社さんから、ただいま絶賛発売中です。
    紹介されているのは、
    東京国立博物館(本館)、東京都現代美術館、
    横浜美術館、アーティゾン美術館、
    東京国立近代美術館、群馬県立館林美術館、
    大原美術館、DIC川村記念美術館、
    青森県立美術館、富山県美術館、
    ポーラ美術館、国立西洋美術館という、
    日本を代表する各地の美術館の所蔵作品です。
    本という形になったとき読みやすいよう、
    大幅に改稿、いろいろ加筆しました。
    各館に、ぜひ連れ出してあげてください。
    この本を読みながら作品を鑑賞すれば、
    常設展が、ますます楽しくなると思います!
    Amazonでのおもとめは、こちらです。

    常設展へ行こう!

    001 東京国立博物館篇

    002 東京都現代美術館篇

    003 横浜美術館篇

    004 アーティゾン美術館篇

    005 東京国立近代美術館篇

    006 群馬県立館林美術館

    007 大原美術館

    008 DIC川村記念美術館篇

    009 青森県立美術館篇

    010 富山県美術館篇

    011ポーラ美術館篇

    012国立西洋美術館

    013東京国立博物館 東洋館篇

    014 続・東京都現代美術館篇

    015 諸橋近代美術館篇

    016 原美術館ARC 篇