日本全国に散らばるミュージアムを訪ねて、
学芸員さんたちに
所蔵コレクションをご紹介いただく連載、
第16弾は、満を持して!
原美術館ARCへおじゃましてきました。
はやくから、日本に
世界の現代アートを紹介してきた美術館。
コレクションにまつわるエピソードにも、
その作品収蔵の経緯にも、
この美術館ならではの物語がありました。
全12回の連載、お話くださったのは
青野和子館長と学芸員の山川恵里菜さん。
この年末、ゆっくりとおたのしみください。
そしてぜひ、
原美術館ARCへ遊びに行ってみてください。
担当は「ほぼ日」奥野です。

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第12回 This Water unfit for drinking

《葡萄栗鼠蒔絵提重》江戸〜明治時代 ※現在は展示されていません 《葡萄栗鼠蒔絵提重》江戸〜明治時代 ※現在は展示されていません

──
こちらの重箱も、
きっといわれのあるものなのでしょうね。
青野
はい。《葡萄栗鼠蒔絵提重》といいます。
──
ぶどうりすまきえ、さげじゅう。
青野
提重というのは、
いまでいうピクニックボックスですね。
屋外での行楽弁当用のお重箱です。
この提重、内側は朱塗り、
外側は黒漆塗りに金銀の蒔絵が施された
豪華なものです。
実用というよりは、
鑑賞用につくられたものかもしれませんね。
──
はい、ちょっと見入ってしまいますね。
すばらしい。
青野
ブドウとリスの絵が描いてありますが、
これは「武道を律す」に通じると
武家社会でよろこばれ、
さまざまな場面で用いられたモチーフなんだそうです。
でも、もともとは中国由来の吉祥文様なんですよ。
ブドウには多くの実がつき、リスは子だくさんでしょう。
ともに子々孫々に栄えるという意味があると
されていました。
それが日本に渡ってきて武道に置き換えられた、
というのも興味深い話ですよね。
──
なるほど‥‥ブドウとリスに
子々孫々に栄えるという意味があるって、
知らないことだらけだなあ。
こちらの像は、すごい顔。閻魔さま?

《閻魔王像》木彫彩色 室町時代中期 ※現在は展示されていません 《閻魔王像》木彫彩色 室町時代中期 ※現在は展示されていません

青野
はい、《閻魔王像》です。
──
室町時代の作品なんですか。すごく古いものですね‥‥。
で、めっちゃ怖いですね。
青野
閻魔さまですから(笑)。
閻魔王は死者の罪を裁くあの世の裁判官、
地獄、冥界の王です。
死者のこの世での行いを、善悪すべて記録し、
六道(天道・人間道・修羅道・畜生道・餓鬼道・地獄道)の
どこに生まれ変わるのかを決定する役割を
担っている方ですから、本当に恐ろしい存在ですよね。
こちらは円山応挙による《淀川両岸図巻》という
16メートルもの大絵巻の画稿、つまり「下図」です。
──
下図。

円山応挙《淀川両岸図巻 下図》(部分)紙本墨画 江戸時代 宝暦十三年(1763年) 円山応挙《淀川両岸図巻 下図》(部分)紙本墨画 江戸時代 宝暦十三年(1763年)

青野
はい。下図には下図ならではの価値、
お楽しみがあるんですよ。
まず、墨筆による線の美しさを感じますね。
この大画巻は、京都・伏見から
大阪・天満橋ちかくの八軒屋に着くまでの
一日がかりの船旅、「淀川下り」をしながら
応挙自身が見たであろう両岸の風景や、
人々の営みのようすが
精緻な筆致で描かれているのですが、
絹地を用いた本図では、
裏彩色も施して川の流れまでも丁寧に描かれています。
一方、紙本の下図では、短冊形の枠のなかに
地名が記されているのが随所に見受けられますが、
それが何度も貼り直されているのも特徴的です。
貼り直されている、ということがわかったのは、
修復中のことでした。
──
なるほど。
青野
これは応挙が30代前半のころの作品ですが、
若いころには狩野派に学び、
沈南蘋(しんなんびん)の影響も受けたそうです。
やがて西洋風の透視遠近法を使った
眼鏡絵の職人としての修業も重ねましたが、
そういった経験もここに活かされているようですね。
川の中央から両岸の光景を眺めるユニークな視点と
時間的な移り変わりの表現も卓越しています。
「対象を見たままに写す」という
ここでの試みの成功は、
狩野派の型を破った絵師として
独り立ちしていくことを目指した応挙にとって、
大きな一歩となったことでしょう。
──
そういう人だったんだ、円山応挙って。
狩野派で学んでいたこともあったんだ。
かわいらしい犬の絵のイメージが強かったです。
青野
他にもいろいろと展示されておりますけれど、
きっともう、ずいぶんと
お時間をいただいてしまいましたので。
──
そうですね、気づいてみれば‥‥!
青野
最後に、もうひとつだけご紹介させてください。
花や草木のモチーフを
朴(ほお)の木から掘り出す造形作家の
須田悦弘さんの作品です。
──
はい。ええーっと、それは、どちらに‥‥。
青野
品川にも、須田さんの常設作品があったんです。
それは「此レハ飲水二非ズ 」
という名前の展示空間だったんですけれど、
どうして
そのような名前がつけられたかというと。
──
はい。なぜでしょう。
青野
あの原家の邸宅は、
戦後、日本をGHQが占拠していたころに
「HARA HOUSE」と呼ばれて、
アメリカの将校さんの官舎として
使用されていた時代があったんです。
その後も、諸外国の大使館になったりと、
外国の方に使われていた時期がしばらく続きました。
──
そういう雰囲気ありました、たしかに。
青野
建物の2階、階段を上がってすぐ左側のところに
ちいさな部屋があって、
美術館になってから、
わたしたちはそこに脚立をしまったりしていたんですが、
あるときその小部屋の突き当たりの壁を叩いたら、
「ポコッ!」と音がしたんです。
あらためて触ってみると、ペラペラの薄いベニヤ板で
それを外すと、奥の空間は
黒いちいさなタイル貼りになっていて、
その側面に、水道栓がふたつ付いているのが
目に留まりました。
──
ひみつの空間‥‥?
青野
そこに、古い古いちいさな貼り紙が
ついていたんですよ。
「This Water unfit for drinking」と
手書きされた。
──
うわー。それで「此レハ飲水二非ズ 」か。
青野
はい。海外の方が使っていた時代に、
昔の海外のホテルにあったような
「この水は飲み水にはふさわしくないです」
と書いた紙が貼られ、
それがその後、
何十年もずっとひっそりと残ってたんです。
──
人知れず、人の目の届かないところに、
人に宛てたメッセージが。
なんだかちょっと、ゾクッとしますね。
青野
品川で1999年に「ハラドキュメンツ6」として
須田さんの個展を開催したとき、
そのエピソードをお聞かせしたら、
「それは原美術館ならではの話ですね」
と盛り上がり、
翌々年、そこが須田さんの作品空間になりました。
水道管や配電線も剥き出しの状態の、
時間が止まったような空間に、
須田さんに鉄線の花の彫刻を配置していただいたんです。
すると、一気にそこの空気が変わり、
時間が動き出したのです。
再び命を吹き込まれたように。
その後、季節に合わせて、
長い年月をかけて、椿、曼珠沙華(まんじゅしゃげ)と
つくっていただきました。

須田悦弘《此レハ飲水二非ズ》2001年 木に彩色  原美術館での展示風景 ©Suda Yoshihiro 須田悦弘《此レハ飲水二非ズ》2001年 木に彩色 原美術館での展示風景 ©Suda Yoshihiro

──
うかがっていると、
建物にまつわるエピソードがとっても多いですね。
まさに物語の宝庫だったんだなあ。あの空間。
青野
これまでご説明してきたように、
品川からこちらの渋川へ美術館を統合した際に
コミッションワークの部屋は
できる限り移設しましたが、
その須田さんの空間は、あきらめることになりました。
なぜなら、あの「壁裏の空間」だからこそ、
成り立っていたと思うからです。
そこで、空間自体を持ってくることはせず。
──
せず。
青野
須田さんには、
ここARCにときどきお出かけいただいて、
そのつど、須田さんの作品にふさわしい場所を
ご自身で見極め、
作品をインスタレーションしていただいくことに
したのです。
そのうちのひとつが、こちらです。
──
うわっ、入口の片隅に! お花の彫刻がある!
気づかなかった‥‥!

須田悦弘《此レハ飲水二非ズ「曼珠沙華」》2001/2021年 木に彩色 ©Suda Yoshihiro 須田悦弘《此レハ飲水二非ズ「曼珠沙華」》2001/2021年 木に彩色 ©Suda Yoshihiro

青野
他の場所も複数展示候補にあげていたのですが、
ここにはたまたま床のなかに納まっている
コンセント用のカバーがあって、
「この隙間なら刺さるかも」と須田さんと(笑)。
──
アートって自由ですね、本当に。気持ちいいくらい。
青野
觀海庵ではときおり、
他の作品を展示したショーケース内に
須田さんの《雑草》をさりげなく展示しているんですが、
たまに「本物の雑草」だと思ったお客さまが、
わざわざメールをくださったりするんです。
作品のケースの中に雑草が入り込んでいたみたいで、
心配なんですけど‥‥って(笑)。
──
へええ、おもしろーい。
青野
そのご親切な方の
心のざわつきを想像させていただくと‥‥
作家冥利、学芸員冥利につきますよね。

(終わります)



2024-12-30-MON

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  • 原美術館ARCの今期の展示 「心のまんなかでアートをあじわってみる」は 2025年1月13日(月・祝)まで

    この連載でもたっぷり紹介していますが、
    ウォーホル、オトニエル、三島喜美代、エリアソンなど
    お庭に展示している作品から、
    草間彌生、奈良美智、宮島達男など日本の現代美術家、
    さらには狩野探幽や円山応挙など古い時代の美術まで、
    原美術館さんがひとつひとつ収集してきた
    素晴らしいコレクションを味わうことができる展覧会。
    年末年始も2025年1月1日以外は
    12月31日も1月2日も開館しているそうです!
    年末独特の内省的な雰囲気、
    お正月の晴れやかな雰囲気のなかで作品に触れたら
    またちがった感覚を覚えそうな気がします。
    今期展示は1月13日まで、ぜひ訪れてみてください。
    さらに!
    2025年1月9日から新宿住友ビル三角広場で開催される
    「生活のたのしみ展2025」には、
    この「常設展へ行こう!」に出てくる美術館の
    ミュージアムショップが大集合するお店ができます。
    原美術館ARCの素敵なグッズも、たくさん並びます。
    ぜひぜひ、遊びに来てくださいね!
    生活のたのしみ展2025について、詳しくはこちら

    書籍版『常設展へ行こう!』 左右社さんから発売中!

    本シリーズの第1回「東京国立博物館篇」から
    第12回「国立西洋美術館篇」までの
    12館ぶんの内容を一冊にまとめた
    書籍版『常設展へ行こう!』が、
    左右社さんから、ただいま絶賛発売中です。
    紹介されているのは、
    東京国立博物館(本館)、東京都現代美術館、
    横浜美術館、アーティゾン美術館、
    東京国立近代美術館、群馬県立館林美術館、
    大原美術館、DIC川村記念美術館、
    青森県立美術館、富山県美術館、
    ポーラ美術館、国立西洋美術館という、
    日本を代表する各地の美術館の所蔵作品です。
    本という形になったとき読みやすいよう、
    大幅に改稿、いろいろ加筆しました。
    各館に、ぜひ連れ出してあげてください。
    この本を読みながら作品を鑑賞すれば、
    常設展が、ますます楽しくなると思います!
    Amazonでのおもとめは、こちらです。

    常設展へ行こう!

    001 東京国立博物館篇

    002 東京都現代美術館篇

    003 横浜美術館篇

    004 アーティゾン美術館篇

    005 東京国立近代美術館篇

    006 群馬県立館林美術館

    007 大原美術館

    008 DIC川村記念美術館篇

    009 青森県立美術館篇

    010 富山県美術館篇

    011ポーラ美術館篇

    012国立西洋美術館

    013東京国立博物館 東洋館篇

    014 続・東京都現代美術館篇

    015 諸橋近代美術館篇

    016 原美術館ARC 篇