日本全国に散らばるミュージアムを訪ねて、
学芸員さんたちに
所蔵コレクションをご紹介いただく連載、
第16弾は、満を持して!
原美術館ARCへおじゃましてきました。
はやくから、日本に
世界の現代アートを紹介してきた美術館。
コレクションにまつわるエピソードにも、
その作品収蔵の経緯にも、
この美術館ならではの物語がありました。
全12回の連載、お話くださったのは
青野和子館長と学芸員の山川恵里菜さん。
この年末、ゆっくりとおたのしみください。
そしてぜひ、
原美術館ARCへ遊びに行ってみてください。
担当は「ほぼ日」奥野です。

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第9回 草間さんの部屋に溶ける。

ギャラリーC展示風景 ギャラリーC展示風景

──
さて、みっつめの展示室、ギャラリーCへきました!
ここのテーマは「味わってみる」ですね。
前期は、森村泰昌さんの作品が
たくさん展示されていた記憶がありますが、
今回はまずポップアートですね。
続いて‥‥ああ、福田美蘭さん。
青野
こちらは1992年に品川で
福田さんの個展を開催したことをきっかけに、
コレクションに加えさせていただきました。
──
福田さんには、
ゴッホが描いたとされる絵を模写した
《ゴッホをもっとゴッホらしくするために》
という作品がありますよね。
ただ、その模写の元になった作品が、
じつはまったくの別人による贋作だった‥‥という。
青野
大原美術館さんご所蔵の《アルピーユの道》。
──
はい、オットー・ヴァッカーという画商が
弟に描かせた精巧な贋作を
ゴッホの作品だと販売していたんですよね。
大原さんは、
そのことを知らずに購入なさったわけですが、
先日、ついに、
その《アルピーユの道》をはじめて見まして。
青野
ああ、そうですか。
──
想像以上に、おもしろかったです。
となりに棟方志功の作品がかけられていて、
そこには、
まだ贋作とは知られていなかった段階の
《アルピーユの道》を評して、
「ゴッホの作品をはじめて見たけど、
わたしにはちょっと弱いと思った」って。
青野
そうそう(笑)。
──
すごいですよね。見抜いてるっていうのか。
さすが「わだばゴッホになる」と言った人。
青野
その逸話全体を展示として見せる大原美術館さんも、
素晴らしいです。わたしもこの秋、拝見しました。
──
懐の広さが違う感じがしました。
こちらの福田さんの作品は、どのような。

福田美蘭《静物》1992年 カンヴァスにアクリル絵の具、糸、紙、ビニール ©Miran
Fukuda 福田美蘭《静物》1992年 カンヴァスにアクリル絵の具、糸、紙、ビニール ©Miran Fukuda

青野
17世紀のスペイン静物画を
刺繍用の抜きカンヴァスに写して、
紙でつくった、
見るからにチープなフレームをつけ、
本物の刺繍糸や針と一緒に
ビニール袋の中に納めた作品ですね。
つまり、ヨーロッパの美術館などの
ミュージアムショップで売っているような
「名画の刺繍キット」を、
その元になった作品と同じサイズに拡大し、
「福田美蘭の作品」として
美術館の展示室内に持ち込んだのです。
──
おもしろーい。福田さんらしい感じですね。
青野
福田さんというアーティストは、
いまでもこんなふうにユニークな視点から、
わたしたちの持つ
名画の尺度のありようや、
オリジナルとは何か‥‥といったテーマに
ゆさぶりをかけるような作品を
数多く見せてくれますね。
──
こちらの、森弘治さんの映像作品は‥‥。
青野
フェルメールの《牛乳を注ぐ女》という
有名な作品がありますよね。
あの絵の「本歌取り」をしているんです。
──
ああ‥‥窓辺で。外光の差し込むところで。
牛乳じゃなくて水を注いでいる。

森弘治《After a painting》 2004年 ビデオ(ループ)©Hiroharu Mori 森弘治《After a painting》 2004年 ビデオ(ループ)©Hiroharu Mori

青野
そうですね。でも、延々とコップに
水を注いでいるんだけど、
いつまでたってもいっぱいにならない。
フェルメールの古典的名作から着想を得て
制作された本作に流れる「時間」は、
静止しているわけでも、
進んでいるわけでも、
逆戻りするわけでもない。
この作品の前に立つわたしたちに、
時の隙間に挟まれているかのような錯覚を
呼び起こす作品です。
──
そして、いちばん奥には草間彌生さんのお部屋。
あ、入口の扉って閉まるんですね。
トビラが閉まったら‥‥よりすごいなあ。

草間彌生《ミラールーム(かぼちゃ)》1991/1992年 ミクストメディア ©YAYOI KUSAMA 画像転載不可 草間彌生《ミラールーム(かぼちゃ)》1991/1992年 ミクストメディア ©YAYOI KUSAMA 画像転載不可

青野
そうでしょう。より迫力が増しますよね。
中央のキューブの小窓から中を覗くと、
その内側には、
外側と同じ鏡張りの万華鏡のような空間が見えますね。
──
見えます。うわ〜‥‥!

草間彌生《ミラールーム(かぼちゃ)》1991/1992年 ミクストメディア ©YAYOI KUSAMA 画像転載不可 草間彌生《ミラールーム(かぼちゃ)》1991/1992年 ミクストメディア ©YAYOI KUSAMA 画像転載不可

青野
たくさんの「かぼちゃ」の彫刻たちが、
無限に増殖しています。
どこかへ吸い込まれてしまいそうです。
──
草間さんと言えばかぼちゃですけれど、
なぜなんだろう‥‥。
いまさらかもしれませんけど。
青野
かぼちゃについて、草間さんは
「どの角度から眺めてもおもしろく、
見るたび新しい発見があります。
何とも愛嬌のあるかたち。
その太っ腹で飾らない容貌と
精神的な力強さに、
わたしはずっと魅せられてきました」
と語っています。
──
そこまで具体的に
魅せられている理由を述べてらっしゃるんですね。
知らなかった。
青野
つい最近も、そうおっしゃっていました。
長年にわたって主要モチーフとして
数多く作品にされていますよね。
この作品は当初、部屋の中央に置かれた
2メートルの鏡張りのキューブの状態で
発表されたんですが、
原美術館で展示するにあたって、
この外側の鏡に
何が映り込んだらよいだろうかと考えて、
草間さんの
ニューヨーク時代の活動をヒントに、
部屋そのものを、
キューブの中と同じ色彩のドットの空間にすることを思いつき、
草間さんにご相談、監修していただきながら
つくった部屋なんです。
──
へええ。
青野
当時は、美術館の壁や天井は白一色の時代でしたから、
かなりの冒険でした。
それでも、日ごろから美術館の壁は
自分たちでリタッチしていましたので、
「大丈夫、万一失敗しても、自分でもとに戻せる」と(笑)。
──
かっこいいなあ(笑)。
青野
ようやくこのインスタレーションが完成したとき、
「これこそが、わたしの代表作よ!」
と草間さんに言っていただいたことが、
いまでも忘れられません。
草間さんがヴェネチアビエンナーレの日本館で
個展をされた前年のことでした。
この展示はヴェネチアビエンナーレでも再現され、
好評を博し、その会期中から貸し出し依頼が続き、
数年間、海外の著名美術館へ巡回することになりました。
──
すごーい!
しかも、立つ場所によって一瞬、消えますね。
「自分」が。
青野
そうでしょう。この部屋の中を歩いていると、
ときどき、目の前の鏡から
自分の姿が消える瞬間があるんです。
言葉で説明すると、キューブの角に来たときに
映らなくなるということなんですが、
いきなりフッと自分の姿が消えると
ちょっと「ゾクッ!」としませんか。
──
しますします。
青野
その「ゾクッ!」とする感じって、
草間さんが
ひたすらにドットを打つことで
その中に昇華していくイメージと
重なるのかもしれない‥‥とか。
──
ドットの世界に自分が溶けてく‥‥!
草間さんのお部屋に吸収される‥‥!
青野
草間さんは、強迫観念からの解放と
永劫への回帰をテーマに、
一心不乱に走り続けてきたアーティストです。
いまでも世界中の美術館から
個展の依頼が殺到しているんですよ。
現代美術ギャラリーは以上になります。
続いて、「特別展示室 觀海庵」へ移動しましょう。

(つづきます)

2024-12-27-FRI

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  • 原美術館ARCの今期の展示 「心のまんなかでアートをあじわってみる」は 2025年1月13日(月・祝)まで

    この連載でもたっぷり紹介していますが、
    ウォーホル、オトニエル、三島喜美代、エリアソンなど
    お庭に展示している作品から、
    草間彌生、奈良美智、宮島達男など日本の現代美術家、
    さらには狩野探幽や円山応挙など古い時代の美術まで、
    原美術館さんがひとつひとつ収集してきた
    素晴らしいコレクションを味わうことができる展覧会。
    年末年始も2025年1月1日以外は
    12月31日も1月2日も開館しているそうです!
    年末独特の内省的な雰囲気、
    お正月の晴れやかな雰囲気のなかで作品に触れたら
    またちがった感覚を覚えそうな気がします。
    今期展示は1月13日まで、ぜひ訪れてみてください。
    さらに!
    2025年1月9日から新宿住友ビル三角広場で開催される
    「生活のたのしみ展2025」には、
    この「常設展へ行こう!」に出てくる美術館の
    ミュージアムショップが大集合するお店ができます。
    原美術館ARCの素敵なグッズも、たくさん並びます。
    ぜひぜひ、遊びに来てくださいね!
    生活のたのしみ展2025について、詳しくはこちら

    書籍版『常設展へ行こう!』 左右社さんから発売中!

    本シリーズの第1回「東京国立博物館篇」から
    第12回「国立西洋美術館篇」までの
    12館ぶんの内容を一冊にまとめた
    書籍版『常設展へ行こう!』が、
    左右社さんから、ただいま絶賛発売中です。
    紹介されているのは、
    東京国立博物館(本館)、東京都現代美術館、
    横浜美術館、アーティゾン美術館、
    東京国立近代美術館、群馬県立館林美術館、
    大原美術館、DIC川村記念美術館、
    青森県立美術館、富山県美術館、
    ポーラ美術館、国立西洋美術館という、
    日本を代表する各地の美術館の所蔵作品です。
    本という形になったとき読みやすいよう、
    大幅に改稿、いろいろ加筆しました。
    各館に、ぜひ連れ出してあげてください。
    この本を読みながら作品を鑑賞すれば、
    常設展が、ますます楽しくなると思います!
    Amazonでのおもとめは、こちらです。

    常設展へ行こう!

    001 東京国立博物館篇

    002 東京都現代美術館篇

    003 横浜美術館篇

    004 アーティゾン美術館篇

    005 東京国立近代美術館篇

    006 群馬県立館林美術館

    007 大原美術館

    008 DIC川村記念美術館篇

    009 青森県立美術館篇

    010 富山県美術館篇

    011ポーラ美術館篇

    012国立西洋美術館

    013東京国立博物館 東洋館篇

    014 続・東京都現代美術館篇

    015 諸橋近代美術館篇

    016 原美術館ARC 篇