
日本全国に散らばるミュージアムを訪ねて、
学芸員さんたちに
所蔵コレクションをご紹介いただく連載、
第16弾は、満を持して!
原美術館ARCへおじゃましてきました。
はやくから、日本に
世界の現代アートを紹介してきた美術館。
コレクションにまつわるエピソードにも、
その作品収蔵の経緯にも、
この美術館ならではの物語がありました。
全12回の連載、お話くださったのは
青野和子館長と学芸員の山川恵里菜さん。
この年末、ゆっくりとおたのしみください。
そしてぜひ、
原美術館ARCへ遊びに行ってみてください。
担当は「ほぼ日」奥野です。
- ──
- こちらは、写真です‥‥か。
- 山川
- はい、写真家の米田知子さんの作品です。
- 実際の歴史上の人物がかけていた眼鏡で、
その人が見ていたであろう
写真だったり資料だったりを見るという。
- ──
- え、すごい。そんな作品だったんですか。
めっちゃおもしろいですね!
- 山川
- 米田さんを代表するシリーズなんです。
- 『Between visible and invisible』
より、今回は3点選びました。
- ──
- 見えるものと見えないものとの間。
こっちの丸い眼鏡はヘッセの眼鏡。
- 山川
- はい。ヘルマン・ヘッセの眼鏡で
兵士の写真を見る‥‥という作品です。
米田知子《ヘッセの眼鏡―兵士の写真を見る》1998年 ゼラチンシルバープリント ©Tomoko Yoneda, courtesy of ShugoArts
- ──
- 別々の場所にあったってことでしょうか?
ヘッセの眼鏡と、兵士の写真って。
- 青野
- 最近、米田さんにお会いしてお聞きしたら、
「両方とも記念館にあったもの」だそうです。 - ご遺族のところで
メガネや遺品をお借りするケースもあると
うかがいましたが、
記念館にせよご遺族にせよ、その交渉はなかなか大変。
一筋縄ではいかないようです。
- ──
- この1枚を撮るために‥‥たしかに。
こっちの眼鏡は、マハトマ・ガンジー。
米田知子《マハトマ・ガンジーの眼鏡―「沈黙の日」の最後のノートを見る》 2003年 ゼラチンシルバープリント ©Tomoko Yoneda, courtesy of ShugoArts
- 青野
- 画面のほぼ中央に、
生前のヘッセやガンジーが愛用していた
眼鏡のレンズを大きく捉え、
鑑賞者はレンズ越しに、
ピントのあった資料の一部分を、見る。
- ──
- こう見えてたのかな‥‥と想像しながら。
- 青野
- わたしたち鑑賞者の視線と、
ヘッセやガンジーの視線とが重なりますね。 - レンズのフレームの外側の部分には
ピントが合っておらず、
資料の全容は想像するのみなのですが、
そのことがかえって
歴史的な人物の「いち個人」としての
内面的葛藤、心のゆらぎや
交錯する感情を鑑賞者に想像させます。
- ──
- ああー、なるほど。
- 青野
- ピントの合った
「visible=見えるもの」を媒介として、
わたしたち鑑賞者は、
「invisible=見えないもの」に、
触れようとするわけです。 - でも、このヘッセの「兵士」は
少しピントが甘いと思いませんか。
じつは、ヘッセは強度の近眼で、
第一次世界大戦の際に、
入隊を志願したのにそれを理由に断られてしまった
という逸話が残されています。
- ──
- そうなんですか。
- 青野
- そこまで米田さんは再現されたのでしょう。
ヘッセはその後、改心し、
「愛は憎しみよりも美しく、
理解は怒りよりも高く、
平和は戦争よりも高貴であるはずだ」と
新聞に寄稿して弾劾されました。 - ヘッセがどんな思いで
整列する兵士ひとりひとり、
あるいはその写真を見たのか‥‥
米田さんのこのシリーズは、
「歴史」あるいは「歴史と人間」に対する
認識の再検証そのものであるのかもしれません。
これらの作品は、
2008年に品川の原美術館で開催された
米田さんの個展を機に収蔵されました。
- ──
- すごいなあと思う写真家の方の作品には、
かならず、
アイディアが含まれているんですよね。 - 写真が上手とか映っているものがステキ、
みたいな、
ぼくらがふだん接している「写真」とは、
別のもののような気がします。
- 青野
- 本当に。米田さんはつい先日、
ご自身の創作活動について
「20世紀の歴史の傷を追いかけている」と
表現されていました。
- ──
- 歴史の傷。なるほど‥‥。
そして、こちらは奈良美智さんのお部屋。
- 山川
- はい、品川の原美術館から移設しました。
壁からなにから、ぜんぶです。 - ここに再構築する際には、
奈良さんご自身にご足労いただきまして、
オブジェやドローイングを
ひとつずつ再展示していただきました。
- 青野
- 昨年には、奈良さんの故郷である
青森県立美術館での大規模な「奈良美智展」に、
部屋ごと貸し出したんですよ。 - 「東京から群馬に移せたんだから、
青森にも持っていけるよね」と(笑)。
奈良美智《マイドローイングルーム》2004/2021年 ©Yoshitomo Nara 撮影:木暮伸也
- ──
- へええ。
- 青野
- もともとは、個人邸宅の時代には
バスルームだったスペースを
原理事長から提供されてつくられた部屋です。 - 奈良さんご自身のお気に入りの音楽のカセットテープとか
煙草の灰皿、
描きかけて捨てたエスキースも散乱してますね。
奈良さん自身は、アトリエを見るのは
「作家の頭の中をのぞくようなもの」
だとおっしゃっていました。
いつだったか、奈良さんが突然、
大きなクリスマスツリーを抱えていらっしゃって、
それを部屋のなかに飾ったこともありました。
こちらでも、12月には奈良さんにご連絡して、
それを再現しているんですよ。
- ──
- いいなあ。
- 青野
- 奥のワインボトルは、
品川での奈良さんの個展の準備中に、
ファンの方が門の前まで持ってきてくれたものなんです。
奈良さんに、お渡しくださいって。 - そのワインを、ありがたく
奈良さんと一緒にいただきまして‥‥(笑)。
さらにその場で、空になったワインボトルの
エチケットのところに
奈良さんがドローイングされて、
机の上にポンっと置かれたんです。
- ──
- おお、飲んでもらった上に展示までされたと。
差し入れの「し甲斐」がすごい。 - そしてこちらの暗幕の奥は、束芋さんの作品ですね。
最近、すごく気になってます。
東京都現代美術館で開催されていた、
精神科医で美術コレクターの
高橋龍太郎さんの展覧会で見て以来ですけど。
- 青野
- そう、高橋先生もコレクションされていますね。
《にっぽんのちっちゃな台所》という作品。
- ──
- 映像作品を多く手掛ける方なんですか。
束芋《真夜中の海》2006/2008年 ビデオインスタレーション ©Tabaimo 撮影:木暮伸也
- 青野
- 独特の世界観による手描きのアニメーションを、
空間に合わせてインスタレーションする作品で
高い評価を受けているアーティストです。 - 日本の伝統的な木版画を思わせる色彩を用いることも
特徴のひとつですが、
ここではモノクロームで
浜辺に打ち寄せる波が表現されています。
- ──
- はい。
- 青野
- 2004年の品川での個展のために作られたこの作品は、
当時は中二階のバルコニーから
奈落の底の荒海を見下ろすようなイメージで
発表されました。 - 当館で購入を決めた際、
「群馬の建物には2階はないんだけれど、
この作品に相応しいインスタレーションを
一緒に考えましょう」
と具体的なアイデアもないまま約束してから2年後、
こういった空間ができました。
- ──
- うまく理由を言えないのですが、
ぐっと見入ってしまう力があります。映像に。
- 青野
- やっぱり、「画力」がすごいと思います。
惹きつけてやまない表現力がある。
束芋さんは、まず、
一本のアニメーションの映像を、
ひとコマずつ手描きでつくるんです。 - それを展示空間に合わせて
さまざまなかたちにインスタレーションする。
パリのカルティエ財団での個展の際には、
天井にプロジェクションされた
同じ《真夜中の海》のアニメーションを、
ゲストが床に寝ころがって見たこともありました。
(つづきます)
2024-12-26-THU
-


この連載でもたっぷり紹介していますが、
ウォーホル、オトニエル、三島喜美代、エリアソンなど
お庭に展示している作品から、
草間彌生、奈良美智、宮島達男など日本の現代美術家、
さらには狩野探幽や円山応挙など古い時代の美術まで、
原美術館さんがひとつひとつ収集してきた
素晴らしいコレクションを味わうことができる展覧会。
年末年始も2025年1月1日以外は
12月31日も1月2日も開館しているそうです!
年末独特の内省的な雰囲気、
お正月の晴れやかな雰囲気のなかで作品に触れたら
またちがった感覚を覚えそうな気がします。
今期展示は1月13日まで、ぜひ訪れてみてください。
さらに!
2025年1月9日から新宿住友ビル三角広場で開催される
「生活のたのしみ展2025」には、
この「常設展へ行こう!」に出てくる美術館の
ミュージアムショップが大集合するお店ができます。
原美術館ARCの素敵なグッズも、たくさん並びます。
ぜひぜひ、遊びに来てくださいね!
生活のたのしみ展2025について、詳しくはこちら。

本シリーズの第1回「東京国立博物館篇」から
第12回「国立西洋美術館篇」までの
12館ぶんの内容を一冊にまとめた
書籍版『常設展へ行こう!』が、
左右社さんから、ただいま絶賛発売中です。
紹介されているのは、
東京国立博物館(本館)、東京都現代美術館、
横浜美術館、アーティゾン美術館、
東京国立近代美術館、群馬県立館林美術館、
大原美術館、DIC川村記念美術館、
青森県立美術館、富山県美術館、
ポーラ美術館、国立西洋美術館という、
日本を代表する各地の美術館の所蔵作品です。
本という形になったとき読みやすいよう、
大幅に改稿、いろいろ加筆しました。
各館に、ぜひ連れ出してあげてください。
この本を読みながら作品を鑑賞すれば、
常設展が、ますます楽しくなると思います!
Amazonでのおもとめは、こちらです。
















