日本全国に散らばるミュージアムを訪ねて、
学芸員さんたちに
所蔵コレクションをご紹介いただく連載、
第16弾は、満を持して!
原美術館ARCへおじゃましてきました。
はやくから、日本に
世界の現代アートを紹介してきた美術館。
コレクションにまつわるエピソードにも、
その作品収蔵の経緯にも、
この美術館ならではの物語がありました。
全12回の連載、お話くださったのは
青野和子館長と学芸員の山川恵里菜さん。
この年末、ゆっくりとおたのしみください。
そしてぜひ、
原美術館ARCへ遊びに行ってみてください。
担当は「ほぼ日」奥野です。

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第7回 セラ、宮島達男、名和晃平。

山川
続きまして、ギャラリーB、Cへと進みます。
それぞれ常設作品と、
展覧会ごとにセレクトした作品が混在しています。
ギャラリーBのテーマは「目を閉じてみる」。
冒頭のセクションでは、
彫刻家が描いた絵画や版画などを集めて、
展示しています。
たとえばこちら、リチャード・セラです。
──
あ、先ほど名前の挙がった‥‥
今年お亡くなりになってしまったという。
青野
はい。リチャード・セラは、
いわゆるポスト・ミニマリズムを代表する
アメリカの作家です。
お父さんが熔接工をされていた影響で
自身も、はやくから金属を加工する作品を
手掛けるようになりました。
装飾を削ぎ落し、
素材をそのまま活かすような抽象的な作風で、
60年代には世界的に評価が高まり、
公共彫刻の依頼も多く寄せられたんですが、
都市部での設置をめぐり、
激しい反発に晒されることもあったんですね。
──
え、そうなんですか。何でですか。
青野
巨大な鉄板をゆるく傾斜させた作品が、
都市の景観を邪魔する、あるいは、
いまにも倒れてきそうだということで。
──
なるほど。怖いじゃないか、と。
青野
はい。もちろん、実際には
倒れないように設計されているのですが。
1970年代には、彫刻作品に加えて
ドローイングの制作もはじめます。
この作品は、
90年にアイスランドのヴァイデイ島に立てた
9対18本の石柱作品《アファンガー》を
セラ自身がドローイング、版画にしたものです。
──
そして、宮島達男さんですね。
みんなおなじみ、デジタルカウンターの作品。
ずーっと見ててもぜんぜん動かない、
いつ動くんだろうという数字を探し出すのが、
個人的には何か好きで(笑)。
山川
ありますね、たまに。
カウントの速度がぜんぶちがいますから。

宮島達男《時の連鎖》1989/1994/2021年 発光ダイオード、IC、電線 © Tatsuo Miyajima 撮影:木暮伸也 宮島達男《時の連鎖》1989/1994/2021年 発光ダイオード、IC、電線 © Tatsuo Miyajima 撮影:木暮伸也

青野
こちらは、品川にあった常設作品を
移設してきたものです。
品川の原美術館は、
原理事長の祖父母の邸宅を
1979年に
美術館にリノベーションしたものだったので、
おうちの機能としては欠かせないけれども
美術館には不釣り合いな小部屋、
たとえば「バスルーム」や「納戸」といった
スペースがいくつかあったんですね。
──
ええ、ええ。おうちですもんね。
青野
そう、そういうスペースを
「空間ごと、あなたの作品にしてください」
と作家に提供してつくられた作品が
点在していたのですが、
そのうちのひとつが
この宮島達男さんの《時の連鎖》なんです。
宮島さんは、
このようなLEDつまり発光ダイオードの
デジタルカウンターを用いた作品で
長く第一線を走り続けているアーティストですが、
こちらは、その最初期の作品になります。
──
なるほど。
青野
宮島さんも
ハラアニュアルの出品作家だったんですよ。
第8回目でした。
1988年の春に原美術館で《時の海》という
デジタルカウンターが
展示室の床一面に広がる作品を発表、
その年のヴェネチアビエンナーレの
アペルト(新人部門)に招待され、
一躍、国際舞台で脚光を浴びました。
その翌年、《時の連鎖》が
原美術館の常設作品に加わりました。
個人邸宅だった時代には
トイレだった空間を利用して。
──
へええ。
青野
LEDの発明は1962年でしたが、
ずっと赤色がメインで、
青色が発明されたのは1990年でした。
だから宮島さんも、90年代半ばまでは
赤いLEDをメインに使ってこられたのです。
こちらに移設した作品も、
あえて赤と緑の古いLEDを
そのまま使っているのですよ。
最近のLEDはとても明るくなったのですが、
それに入れ替えてしまうと
作品全体の印象も変わってしまうので。
──
東京都現代美術館にも、
ものすごく大きな作品がありますよね。
青野
そうですね。宮島さんはこのシリーズで
一貫して、
東京都現代美術館の作品タイトルである
「それは変化しつづける」
「それはあらゆるものと関係を結ぶ」
「それは永遠に続く」
という3つのコンセプトを掲げています。
当館の作品でも、
カウンターはそれぞれの時間軸で
1から9まで進んだあとは、
0を刻まず真っ暗になり、
また1からはじまります。
そこに、宮島さんの仏教的な死生観が
象徴されているようですね。
──
ああ、そういう見方ができるんですね。
あらためてですけど、
アートっていうのは、おもしろいなあ。
青野
ちなみに、原美術館ではじめて
小部屋を一人の作家に提供してつくられたのは、
1981年のジャン=ピエール・レイノーの
《ゼロの空間》です。
レイノーが
原美術館で個展を開催した際につくられた
タイル張りの空間ですね。
原美術館の三階にあったその部屋は、
邸宅時代は
当主が蘭を栽培していた温室だったそうです。
そのレイノーの作品も、
じつはこちらに移設されているんですよ。
通常は非公開の「開架式収蔵庫」の中に
完全に再現されています。
──
すごい、そうなんですか! 
そしてこちらは、名和(晃平)さんですね。
内側の「本体」というか、
これって、中身は本物の剥製なんですよね。

名和晃平《PixCell-Bambi #2》2006年 ミクストメディア 名和晃平《PixCell-Bambi #2》2006年 ミクストメディア

青野
そうです。
──
こちらの美術館の今年の前期の展示では、
大きな透明のキューブに
同じように剥製の入った作品を見ました。
青野
ええ、よく覚えていらっしゃいますね。
あちらの剥製はシマウマでしたが、
それを覆っている透明の箱に
プリズムシートが仕込んであって、
鑑賞する位置によって、
中のシマウマが見えたり見えなかったり。
──
はい。不思議な作品でした。
青野
名和さんは、
インターネットを介してみずから収集した
動物の剥製などのオブジェクトを
大小さまざまなガラス玉や水晶の玉で覆う
《PixCell》シリーズがよく知られている
アーティストです。
「PixCell」という言葉は
Pixel(画素)とCell(細胞)を合わせた
名和さんの造語ですが、
鑑賞者は、対象を目の前にしながらも、
ディスプレイ上に現れるイメージのように、
セル(PixCell)を通してしか
対象を認識することができないんです。
──
あー、たしかに。
青野
本来は立体的な、
生々しさも残っているはずの動物の剥製を、
透明な大小の無数の球体で覆うことで、
イメージを「均一な光のドット」へと
置き換えているともいえます。
この作品に向かい合うとき、
リアル/現実とイメージ/虚構の間を
視線がさまよう経験は、
デジタルとアナログを行ったり来たりする時代に生きる
わたしたちの身体感覚に共振するかのようです。
──
2006年の作品。初期作、でしょうか。
青野
その年の秋開催のグループ展に
名和さんに出品していただくために
準備を進めていたころ、
名和さんが所属するギャラリーの個展で、
わたしが一目ぼれした作品です。
「ウチの子にするのは絶対これ!」って(笑)。
その後、理事長の承認を受けて、
コレクションに加えられました。

(つづきます)

2024-12-25-WED

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  • 原美術館ARCの今期の展示 「心のまんなかでアートをあじわってみる」は 2025年1月13日(月・祝)まで

    この連載でもたっぷり紹介していますが、
    ウォーホル、オトニエル、三島喜美代、エリアソンなど
    お庭に展示している作品から、
    草間彌生、奈良美智、宮島達男など日本の現代美術家、
    さらには狩野探幽や円山応挙など古い時代の美術まで、
    原美術館さんがひとつひとつ収集してきた
    素晴らしいコレクションを味わうことができる展覧会。
    年末年始も2025年1月1日以外は
    12月31日も1月2日も開館しているそうです!
    年末独特の内省的な雰囲気、
    お正月の晴れやかな雰囲気のなかで作品に触れたら
    またちがった感覚を覚えそうな気がします。
    今期展示は1月13日まで、ぜひ訪れてみてください。
    さらに!
    2025年1月9日から新宿住友ビル三角広場で開催される
    「生活のたのしみ展2025」には、
    この「常設展へ行こう!」に出てくる美術館の
    ミュージアムショップが大集合するお店ができます。
    原美術館ARCの素敵なグッズも、たくさん並びます。
    ぜひぜひ、遊びに来てくださいね!
    生活のたのしみ展2025について、詳しくはこちら

    書籍版『常設展へ行こう!』 左右社さんから発売中!

    本シリーズの第1回「東京国立博物館篇」から
    第12回「国立西洋美術館篇」までの
    12館ぶんの内容を一冊にまとめた
    書籍版『常設展へ行こう!』が、
    左右社さんから、ただいま絶賛発売中です。
    紹介されているのは、
    東京国立博物館(本館)、東京都現代美術館、
    横浜美術館、アーティゾン美術館、
    東京国立近代美術館、群馬県立館林美術館、
    大原美術館、DIC川村記念美術館、
    青森県立美術館、富山県美術館、
    ポーラ美術館、国立西洋美術館という、
    日本を代表する各地の美術館の所蔵作品です。
    本という形になったとき読みやすいよう、
    大幅に改稿、いろいろ加筆しました。
    各館に、ぜひ連れ出してあげてください。
    この本を読みながら作品を鑑賞すれば、
    常設展が、ますます楽しくなると思います!
    Amazonでのおもとめは、こちらです。

    常設展へ行こう!

    001 東京国立博物館篇

    002 東京都現代美術館篇

    003 横浜美術館篇

    004 アーティゾン美術館篇

    005 東京国立近代美術館篇

    006 群馬県立館林美術館

    007 大原美術館

    008 DIC川村記念美術館篇

    009 青森県立美術館篇

    010 富山県美術館篇

    011ポーラ美術館篇

    012国立西洋美術館

    013東京国立博物館 東洋館篇

    014 続・東京都現代美術館篇

    015 諸橋近代美術館篇

    016 原美術館ARC 篇