
日本全国に散らばるミュージアムを訪ねて、
学芸員さんたちに
所蔵コレクションをご紹介いただく連載、
第16弾は、満を持して!
原美術館ARCへおじゃましてきました。
はやくから、日本に
世界の現代アートを紹介してきた美術館。
コレクションにまつわるエピソードにも、
その作品収蔵の経緯にも、
この美術館ならではの物語がありました。
全12回の連載、お話くださったのは
青野和子館長と学芸員の山川恵里菜さん。
この年末、ゆっくりとおたのしみください。
そしてぜひ、
原美術館ARCへ遊びに行ってみてください。
担当は「ほぼ日」奥野です。
- 山川
- それでは、美術館の建物内に移動して、
2025年1月まで続く、
今回の展覧会をご紹介していきますね。 - 現代美術を展示するギャラリーA、B、C、
そして少し離れた場所に、
古美術と現代美術を取り合わせて展示する
「觀海庵」。
ぜんぶで4部屋あり、
全体でひとつの展覧会としています。
- ──
- はい。
- 山川
- 今回のテーマは
「心のまんなかでアートをあじわってみる」
としました。
原理事長による「原美術館コレクション」と、
原理事長の曾祖父・原六郎が集めた
古美術からなる「原六郎コレクション」で
展覧会を構成しています。
- 青野
- 担当学芸員は、山川です。
ひとつひとつの作品に向きあうみなさんが、
理屈抜きに、自分自身の心の内側へと
アートを引き寄せることを提案しています。
- 山川
- 3つある展示室のうち、
まず、はじめの部屋「ギャラリーA」では、
テーマを「遠く離れてみる」としました。
- ──
- デカいです。
ギャラリーA展示風景。手前はマックス・ストリッヒャー《Sleeping Giants(Silenus)》2002年 ミクストメディア
- 山川
- マックス・ストリッヒャーの作品です。
- 空気を送り込んで膨らませています。
鑑賞者が動くと、その影響で作品が揺れる。
ボリュームはあるんですが、軽く、
非常にフラジャイルで、儚い立体作品です。
- ──
- どういった素材で、できているんですか。
- 山川
- ナイロンの一種で、
パラシュートや船の帆にも使われている、
軽くて丈夫な素材です。
- 青野
- ミシンで縫い合わせているんですが、
ちいさな縫い目から、
どんどん空気が抜けていくんですね。 - そこで、つねに空気を送り込んでいます。
- ──
- おもしろいです。
ずっと「途中、途上」みたいな感じで。
- 青野
- ストリッヒャーはカナダ出身の彫刻家。
作品名にある「Silenus(シレノス)」は
ギリシャ神話の「酒の神」である
ディオニソスの従者、養育係のことです。 - 山野の精とも呼ばれていて、
つねに酔っぱらっていて、
太っちょで、髪の毛のないおじさん‥‥
といったふうだけれど、知恵者なんです。
- ──
- あっ、神さまだったんですか。この方。
- 青野
- 酩酊して眠るシレノス‥‥というのは、
古くからある彫刻のモチーフですが、
紙風船のような軽い素材の作品に
空気を送り続けることで、
8メートルに及ぶ巨体がふわふわ動く。 - 頼りなげでユーモラスな存在として
表現されているのが、この作品の魅力です。
- ──
- なるほど。
- 山川
- さきほど、この部屋のテーマは
「遠く離れてみる」と申しましたが、
こちらの大きな彫刻が中央にあることで、
壁面の絵画作品を
文字通り「遠く」から見ることができません。 - では、どういうことなのか‥‥
各自で作品に向かい合い、あじわうための、
鑑賞のヒントにしてもらえたらうれしいです。
- ──
- そして、加藤泉さん。この方は知ってます。
- こちらの美術館の今年の前期の展覧会では、
特別展示室の観海庵で
立体作品が展示されていた記憶があります。
加藤泉《無題》2006年 カンヴァスに油彩 ©Izumi Kato
- 山川
- はい、そうですね。加藤さんは、初期から、
こういった「人」ではないんですが‥‥
誰でもない、
人のようなかたちのものを手がけています。
- ──
- どうして、こんなにも印象に残るのかなあ。
- 青野
- 本当に。2019年のことですけれど、
東京の品川とここ群馬の渋川、
つまり原美術館と
当時のハラ ミュージアム アークの両方で、
全館を使って、
個展を同時開催された作家ですね。 - 原美術館の歴史の中で、
両館で全館使った個展を同時開催されたのは、
加藤泉さん、おひとりだけです。
いま、世界中で活躍されていますね。
- ──
- わあ、そうなんですね。世界が舞台!
- 青野
- 東京のほかに香港にもアトリエを構え、
ヨーロッパやアメリカの各地の美術館や
ギャラリー、国際展などでも
多数作品が紹介されています。 - 描かれるのは、
こういった「人型のような存在」ですが、
この作品では
3人が家族のように並んでいますね。
中央のお父さんが、
大きなベールで一家を守ってるようにも。
- ──
- 家族の肖像、なのかも。
この作風で世界的にも有名なんですか。
- 青野
- そうですね。立体作品、木彫でも
やっぱりこういう作品をつくっています。 - 手で直接色を塗り込めているんですが、
どこかプリミティブな魅力があります。
- ──
- たしかに。
- 青野
- 誰にも似ていないようだし、
誰にも似てるようでもある。 - ひと目見たら忘れられない、
独特の表現をなさる方だと思います。
- ──
- そして、横尾忠則さん。
横尾忠則 《誰か故郷を想わざる》 2001年 カンヴァスに油彩 ©Tadanori Yokoo
- 青野
- 2001年に原美術館で開催された
横尾さんの個展で発表された作品ですね。 - 開幕の直前まで描いてらっしゃった作品で、
当時担当学芸員だったわたしは、
横尾さんのアトリエを繰り返し訪ねて
作品の進行を見守らせていただきました。
- ──
- じゃ、途中経過も見てらっしゃるんですか。
- 青野
- はい。そういえば、その企画展の折も、
ほぼ日さんに取り上げていただいたんですよ。
- ──
- あ、そうでしたか!
2001年ってことは、ほぼ日ができて4年目。 - まだまだできたてのメディアだったと思いますが、
その節は、ありがとうございました。
- 青野
- いえいえ、なつかしいですね。
横尾さんが、いろんなものを
集めてらっしゃることは有名ですよね。 - この作品は、
横尾さんが蒐集なさっているもののなかでも
「涅槃像」をモチーフにした作品です。
釈迦の入滅を意味する「涅槃の姿勢」は、
西洋では横たわる裸婦像でもおなじみですね。
- ──
- なるほど‥‥ほんとだ。
アングルの《グランド・オダリスク》とか。 - マネの《オランピア》も思い出されますね。
あっちは、こっち向きだけど。
- 青野
- その「姿勢」に「生と死」「聖と俗」など、
人間の二面性が込められていると
横尾さんは考えました。
この作品では、さまざまなキャラクターが
涅槃のポーズをとり、
宇宙のかなたを眺めているんですよ。 - 遠く離れた故郷に
思いを馳せているようにも感じられますね。
こちらに背を向けていることで、
あちら側の表情まで想像してしまいますね。
- ──
- この作品に限らず、横尾さんの作品って、
どんな作品でも、
まるで宇宙を眺めているような深遠さと、
気の遠くなるような無限の感覚を覚えます。
- 青野
- 本当に。2001年の展覧会のときは、
原美術館の2階から3階へ上がる階段脇の、
ちいさなガラスブロックがはめ込まれている窓の
ひとつひとつに、
これらの涅槃像を一体ずつ展示していったんです。 - そのガラスを通して入ってきた外の光に、
涅槃像たちが包まれて‥‥。
- ──
- 神々しい!
- 青野
- まずは「そういう展示をやりましょうよ」って
先に横尾さんとご相談をしていたんです。 - そのあと、この絵画作品がうまれたんですよ。
ここに引かれているグリッドの線が、
あのときの窓枠を思い出させてくれるようです。
(つづきます)
2024-12-24-TUE
-


この連載でもたっぷり紹介していますが、
ウォーホル、オトニエル、三島喜美代、エリアソンなど
お庭に展示している作品から、
草間彌生、奈良美智、宮島達男など日本の現代美術家、
さらには狩野探幽や円山応挙など古い時代の美術まで、
原美術館さんがひとつひとつ収集してきた
素晴らしいコレクションを味わうことができる展覧会。
年末年始も2025年1月1日以外は
12月31日も1月2日も開館しているそうです!
年末独特の内省的な雰囲気、
お正月の晴れやかな雰囲気のなかで作品に触れたら
またちがった感覚を覚えそうな気がします。
今期展示は1月13日まで、ぜひ訪れてみてください。
さらに!
2025年1月9日から新宿住友ビル三角広場で開催される
「生活のたのしみ展2025」には、
この「常設展へ行こう!」に出てくる美術館の
ミュージアムショップが大集合するお店ができます。
原美術館ARCの素敵なグッズも、たくさん並びます。
ぜひぜひ、遊びに来てくださいね!
生活のたのしみ展2025について、詳しくはこちら。

本シリーズの第1回「東京国立博物館篇」から
第12回「国立西洋美術館篇」までの
12館ぶんの内容を一冊にまとめた
書籍版『常設展へ行こう!』が、
左右社さんから、ただいま絶賛発売中です。
紹介されているのは、
東京国立博物館(本館)、東京都現代美術館、
横浜美術館、アーティゾン美術館、
東京国立近代美術館、群馬県立館林美術館、
大原美術館、DIC川村記念美術館、
青森県立美術館、富山県美術館、
ポーラ美術館、国立西洋美術館という、
日本を代表する各地の美術館の所蔵作品です。
本という形になったとき読みやすいよう、
大幅に改稿、いろいろ加筆しました。
各館に、ぜひ連れ出してあげてください。
この本を読みながら作品を鑑賞すれば、
常設展が、ますます楽しくなると思います!
Amazonでのおもとめは、こちらです。
















