日本全国に散らばるミュージアムを訪ねて、
学芸員さんたちに
所蔵コレクションをご紹介いただく連載、
第16弾は、満を持して!
原美術館ARCへおじゃましてきました。
はやくから、日本に
世界の現代アートを紹介してきた美術館。
コレクションにまつわるエピソードにも、
その作品収蔵の経緯にも、
この美術館ならではの物語がありました。
全12回の連載、お話くださったのは
青野和子館長と学芸員の山川恵里菜さん。
この年末、ゆっくりとおたのしみください。
そしてぜひ、
原美術館ARCへ遊びに行ってみてください。
担当は「ほぼ日」奥野です。

前へ目次ページへ次へ

第5回 カフェのイメージケーキ。

山川
こちらのカフェ「カフェダール」では
品川の原美術館時代から、
展覧会にあわせた「イメージケーキ」を
提供しているんですが、
めしあがったことはございますか。
──
あ、ないんです。でも気になってました。
青野
では、ひとやすみ、していきましょうか。
展覧会ごとの「イメージケーキ」は、
当館のカフェのシェフが
各展覧会の担当学芸員と相談しながらつくっています。
最初は1992年、草間彌生さんの
《ミラールーム(かぼちゃ)》のケーキ。

──
あ、このあと拝見する常設展示ですね。
全体が、草間彌生さんによる
黄色地に黒のドットになっている部屋。
青野
この写真は、現在のバージョン。
そのときどきのカフェのシェフが
工夫を凝らしてつくっています。
草間さんの作品については後ほどご説明しますが、
原美術館での初披露の際に、
ひと部屋丸ごと作品化するはじめての作業に
大騒ぎしていたわたしたちのようすを、
脇で眺めていた当時のうちのカフェのシェフが、
「みんな楽しそうにがんばっているわね。
じゃあ、わたしは、
このミラールームの中に入っている
草間さんの南瓜の作品をイメージしたケーキを
つくろうかしら」
と言いだし、作家の承認を得て、
メニューに加えたケーキだったんです。
当時は、どこの美術館でも、
そういった試みはやっていなかったと思います。
──
展覧会にちなんだカフェメニューって、
いまはめずらしくないけど、
じゃ、原美術館さんがはじめたってことですか。
オトニエルさんのケーキもあったんですね!

青野
そうなんです。
原理事長が、美術館というのは、
作品を観て帰るだけの場所ではなく、
作品を媒介として、
人と人とが語らう場でありたい‥‥と、
当初から考えていたんです。
それゆえ、カフェやショップの存在を、
非常に大事にしていたんです。
──
いまの美術館には、当たりまえのように
カフェやショップがあるし、
それどころか、
美術館の大きな楽しみのひとつですよね。
山川
そうですよね。
──
そもそも、原さんご自身も、
アーティストと実際に交流する中から
現代美術に興味を抱き、
コレクションを増やしていった‥‥って、
先ほどもおっしゃってましたし。
青野
原理事長の曾祖父、明治時代の実業家・原六郎が
美術コレクターであったことも
影響を与えているかもしれませんが、
ビジネスで海外へ行ったときになどにも、
さまざまな場面で、
アーティストやコレクターと知り合うことができて。
──
パーティーとか、そういう場で。
青野
はい。
アーティストと呼ばれている人たちと
話をしていると、妙におもしろい。
ビジネスの現場の会話とは明らかにちがう。
彼らの視点はとてもユニークで、
とくにアートを媒介にすると、
どんな立場の人でも
同等でいられるところもいいなあって、
思ったんだそうです。
──
なるほどー。たしかに。
青野
世代も、性別も、国籍も、収入も‥‥
いろんなことがちがっても、
テーブルの真ん中にアートを置いたら、
多様な人たちと、
自由に、さまざまに語らいができると。
──
まずは「人」に惹かれて、
アートを収集しはじめたわけですね。
ウォーホルとかとも、実際に交流が?
青野
はい、ありました。
コレクションしている作家の大半と
お会いしているはずです。
──
それは、すごいですね‥‥!
青野
画廊や美術館で、作家や作品についての説明を
聞くだけじゃなくて、
可能な限り、一緒に食事をしたりして、
その人となりや思考に触れてから
作品を購入するケースが多かったようです。
もちろん、当館で開催した企画展のために
制作された作品を、
展覧会終了後に購入するケースも多々ありました。
ただ、例外的に、
作品に一目惚れして購入していたのに、
それから何十年も経ってから、
作家本人に会ったケースもあるんですけど。
──
へええ、どなたですか。
青野
艾未未(アイ・ウェイウェイ)です。
80年代から中国における現代美術を先導し、
後進たちに多大な影響を及ぼしてきた、
反体制・反権力的な作風と言動で知られる
アーティストですね。
──
おお。
青野
以前、東京の森美術館でも個展を開催していたので、
ごらんになった方もいらっしゃるかもしれません。
原理事長は、彼が1985年に描いた毛沢東の絵を、
当時ビジネス出張で訪れた
台湾のギャラリーで買っているんです。
当時、艾未未は、
そんなに著名な作家ではなかったのですが、
その後どんどん
世界的に有名になっていったんです。
──
でも、お会いするタイミングは、なく。
青野
そうなんです。
作品の購入から何十年も経って、
原理事長もメンバーだった
MOMAのインターナショナルカウンシルのツアーで、
北京の艾未未のスタジオを訪問した際に、
「あなたがミスターハラですね。
あなたの美術館は、ぼくの作品を買ってくれた
最初の美術館です」と、握手を求められたそうです。
──
ドラマチックだなあ。この連載のいいところって、
そういうお話が聞けるところなんです。
倉敷の大原美術館さんにしても、
コレクションのベースには
大原孫三郎さんと
画家の児島虎次郎さんの友情があって、
そのことを知ったうえで展示を見ると、
より深く作品が心に刻まれるというのか。
青野
ええ、ええ。
──
ふつうのお客さんとして来たときも、
すばらしい作品が並んでいるなあって
楽しいんですけど、
いまみたいなエピソードをうかがうと、
鑑賞体験にいっそう深みが出ますよね。
原俊夫さんという方が
ひとりひとりのアーティストに会って、
ひとつひとつ集めてきた作品なんだ、
という目で見ると、
やっぱり、ぜんぜんちがいます。
青野
唯一無二の
当館だけのストーリーがあるんですよね、
それぞれの作品に。
わたし自身も品川からこちらへ転勤してきた身ですが、
こうして東京から群馬へ場を移しても、
作品がここへやってきたストーリーや、
そこに込められた
アーティストや原理事長の想いを継承して、
みなさまに、
お伝えしてゆきたいなあと思っています。

原美術館ARC外観 撮影:木暮伸也 原美術館ARC外観 撮影:木暮伸也

(つづきます)

2024-12-23-MON

前へ目次ページへ次へ
  • 原美術館ARCの今期の展示 「心のまんなかでアートをあじわってみる」は 2025年1月13日(月・祝)まで

    この連載でもたっぷり紹介していますが、
    ウォーホル、オトニエル、三島喜美代、エリアソンなど
    お庭に展示している作品から、
    草間彌生、奈良美智、宮島達男など日本の現代美術家、
    さらには狩野探幽や円山応挙など古い時代の美術まで、
    原美術館さんがひとつひとつ収集してきた
    素晴らしいコレクションを味わうことができる展覧会。
    年末年始も2025年1月1日以外は
    12月31日も1月2日も開館しているそうです!
    年末独特の内省的な雰囲気、
    お正月の晴れやかな雰囲気のなかで作品に触れたら
    またちがった感覚を覚えそうな気がします。
    今期展示は1月13日まで、ぜひ訪れてみてください。
    さらに!
    2025年1月9日から新宿住友ビル三角広場で開催される
    「生活のたのしみ展2025」には、
    この「常設展へ行こう!」に出てくる美術館の
    ミュージアムショップが大集合するお店ができます。
    原美術館ARCの素敵なグッズも、たくさん並びます。
    ぜひぜひ、遊びに来てくださいね!
    生活のたのしみ展2025について、詳しくはこちら

    書籍版『常設展へ行こう!』 左右社さんから発売中!

    本シリーズの第1回「東京国立博物館篇」から
    第12回「国立西洋美術館篇」までの
    12館ぶんの内容を一冊にまとめた
    書籍版『常設展へ行こう!』が、
    左右社さんから、ただいま絶賛発売中です。
    紹介されているのは、
    東京国立博物館(本館)、東京都現代美術館、
    横浜美術館、アーティゾン美術館、
    東京国立近代美術館、群馬県立館林美術館、
    大原美術館、DIC川村記念美術館、
    青森県立美術館、富山県美術館、
    ポーラ美術館、国立西洋美術館という、
    日本を代表する各地の美術館の所蔵作品です。
    本という形になったとき読みやすいよう、
    大幅に改稿、いろいろ加筆しました。
    各館に、ぜひ連れ出してあげてください。
    この本を読みながら作品を鑑賞すれば、
    常設展が、ますます楽しくなると思います!
    Amazonでのおもとめは、こちらです。

    常設展へ行こう!

    001 東京国立博物館篇

    002 東京都現代美術館篇

    003 横浜美術館篇

    004 アーティゾン美術館篇

    005 東京国立近代美術館篇

    006 群馬県立館林美術館

    007 大原美術館

    008 DIC川村記念美術館篇

    009 青森県立美術館篇

    010 富山県美術館篇

    011ポーラ美術館篇

    012国立西洋美術館

    013東京国立博物館 東洋館篇

    014 続・東京都現代美術館篇

    015 諸橋近代美術館篇

    016 原美術館ARC 篇