美術館の所蔵作品や
常設展示を拝見する不定期シリーズ、
第8弾は、DIC川村記念美術館さん。
専用の部屋にただ1点だけ飾られた
レンブラントの静かな迫力。
マーク・ロスコの7点の壁画に
囲まれるように鑑賞できる
通称ロスコ・ルームの、ドキドキ感。
モネ、シャガール、ピカソ‥‥から、
ポロック、コーネル、
フランク・ステラなどの現代美術も
たっぷり楽しめます。
都内からは少し距離があるので、
小旅行の気分で訪れてみてください。
庭園などもすばらしいし、
心が新しくなる感じが、するんです。
前田希世子さん、中村萌恵さん、
海谷紀衣さんに話をうかがいました。
担当は「ほぼ日」の奥野です。

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第4回 ロスコの部屋で、たたずむ。

撮影:渡邉修
©1998 Kate Rothko Prizel & Christopher Rothko / ARS, New York / JASPAR, Tokyo G2789 撮影:渡邉修
©1998 Kate Rothko Prizel & Christopher Rothko / ARS, New York / JASPAR, Tokyo G2789

──
いよいよ、この部屋にたどりつました。
海谷
マーク・ロスコの7作品を展示している
ロスコ・ルームです。
──
DIC川村記念美術館さんといえば‥‥という
特別な展示室ですけど、
はじめてなので、ドキドキしています。
わ‥‥大きいです! 作品、1点1点が。
前田
はい。第二次大戦後、芸術の中心は、
パリからニューヨークへ移っていきます。
そのときに起きた大きな変化のひとつが、
「作品の巨大化」です。
とにかく画面サイズが大きくなりました。
──
こちらでも展覧会をされていましたが、
モーリス・ルイスさんとかも、
相当大きなの描いてらっしゃいますよね。
前田
はい、人間の背丈をはるかに超える、
圧倒的なサイズ感の作品が、
広大なアメリカでつくられていきます。
ここにあるロスコの作品も、
それぞれ幅3メートルから4メートル、
高さは2メートル半ほど。
──
はい‥‥じつに、大きいです。
前田
この部屋も、他と同じように、
ロスコの7点の作品を飾るためだけに
つくられているので、
ちょっと変わった、七角形なんですよ。
──
7面の壁に、ロスコの7作品が。
はああ‥‥なんですかね。なんだろう。
こうして、この部屋で
ロスコの作品に向き合っていると、
なぜか心臓がドキドキしてくる(笑)。
前田
戦後‥‥美術の中心は
ヨーロッパからアメリカへ移行し、
それまでのヨーロッパの伝統を
継承するような絵画ではなく、
アメリカという新しい場所で、
新しい表現をはじめた
芸術家の一群がうまれました。
大きな画面に、具体的なものは描かず、
色彩や線などで表現する作家たち。
なかでもよく知られているのが、
このマーク・ロスコという人なんです。
──
もともと、ロシアの人なんですよね。
前田
はい、そうです。
10歳のときに家族でアメリカに移り、
20代で画家を志します。
その後‥‥40代の後半になってから、
このように非常に大きな、
人の背丈を超えるようなサイズの、
ふたつの色を層に重ねたような作品で、
大変な人気を得るんです。
──
へえ‥‥40代後半。
前田
美術館から展覧会のオファーが来たり、
作品の注文が入ってきたり、
非常に人気の高い作家になるんですね。
柔らかな輪郭をもつ矩形を
上下に重ねたスタイルが、
「ザ・ロスコ」といわれる独特の作品です。
アーティゾン美術館で
ごらんになられていませんか?
──
ピンク色の、縦長の作品‥‥ですかね。
でも、じゃ、それまでは
違う絵を描いていたということですか。
前田
やはり、ロスコも若いうちは、
ヨーロッパの影響を受けていました。
たとえば人物像だったり、
シュルレアリスム風だったり。
そこから、このような
独自のスタイルを見出していきました。
──
ロスコといえば、
まずはこういったイメージですけれど、
やっぱり、
「ロスコになる前の物語」も、あった。
前田
ロスコの作品においては、
何より、色彩が重要な要素になります。
たとえば、照明の光の当て方だったり、
作品をかける高さ、
あるいは、
どういった作品がとなりに来るのかで、
自作の見え方が変わることに、
作家自身、早い段階から気づいていた。
──
ええ。
前田
そのため人気が高まっていくとともに、
自分の絵は、
他の人の作品と並べてほしくないとか、
照明はこれくらいに落としてくれ、
あるいは、
壁にかける高さはこれくらいで‥‥と、
かなり細かく注文を出し、
自分の作品の展示環境に注意深くなる。
──
どう見えるか‥‥って、
周囲の状況に強く左右されますものね。
前田
はい、それくらい気を使っていたので、
いつか、
自分の作品だけを飾る場所がほしいと、
願っていたそうです。
で、そんな折、1958年に、
ニューヨークにあるシーグラムビルの中の
有名なレストラン
「フォー・シーズンズ」から、
あなたの作品だけで1室を設けたいと、
依頼が来るんですよ。
──
わあ、念願の!
前田
そこにかけるための絵を、
ぜひ、描いてほしいという依頼ですね。
ロスコとしては、もう、二つ返事です。
快くオファーを引き受けて、
58年から翌59年、
1年半ほどの期間を費やして、
30点もの作品を制作しました。
──
こんな大きなものを‥‥そんなに。
前田
はい。でも、結論から申し上げますと、
それらの作品は完成したのですけれど、
さまざまな事情から、
納品せずに、終わってしまったのです。
──
え‥‥せっかく描いたのに?
前田
まあ、理由には諸説あるのですけれど、
簡単に言えば、そのレストランは、
自分の作品を
展示するにふさわしい場所ではないと、
そういうことだったようです。
──
はあ‥‥。
前田
作品が納品される前、
一足早くオープンしたレストランに
ロスコが訪れたとき、
その雰囲気に幻滅したというお話も
伝わっています。
──
自分の絵が飾られる「環境」を、
ものすごく気を使っていた人だから。
前田
結局、作品は引き渡されることなく、
作家の手元に残されました。
そしていま、
みなさんがごらんになっているのが、
その中の7枚なんです。

撮影:渡邉修
©1998 Kate Rothko Prizel & Christopher Rothko / ARS, New York / JASPAR, Tokyo G2789 撮影:渡邉修
©1998 Kate Rothko Prizel & Christopher Rothko / ARS, New York / JASPAR, Tokyo G2789

──
あ、これが、それ! でしたか!
へえええ‥‥。
前田
《シーグラム壁画》と呼ばれている、
一連のシリーズの、7枚です。
──
壁画。
前田
はい、壁画です。
ロスコが後世に残したスケッチには、
たくさんの作品を
間隔を開けずに連続展示する構想が
描かれていました。
つまり「絵」というよりも、
「壁画」と発想していたようですね。
──
まさに「壁」だし、同時に絵ですし。
たしかに。
前田
それまでのロスコは、
作品を1点1点、
独立したものとして制作していたんですね。
でも、このときにはじめて、
複数の作品を1つの「シリーズ」として
発想するようになりました。
単体で観るのではなく、
複数を組み合わせて観る「シリーズ」を、
手がけはじめるんです。
──
その先駆けが、目の前の「壁画」作品。
前田
1点1点を独立して見せるのではなくて、
こうしてぐるっと空間を囲むことで、
ロスコを観るというより、
ロスコを「体験する」に近い、というか。
──
じゃあ、この専用ルームでの展示方法は、
ご本人にしてみれば、
かなり理想的なんじゃないですか。
前田
残念ながら、ロスコが亡くなったあとに
当館に作品が引き渡されたので、
この部屋は、作家には
ごらんいただけなかったんですけれども、
ロスコが望んでいた空間になっていたら、
と願っています。
──
この暗めの照明も、根拠があるんですか。
海谷
絵が描かれたときの照明が、
これくらいだったっていう証言があって。
──
そんなことまで伝わってるんですか。
海谷
ロスコのお友だちだった
評論家のドリー・アシュトンさんが、
この絵を描いているロスコのスタジオを
訪問したことがあるらしいんですね。
そのときのことを
「暗くて、床が見えないほどだった」と、
書き残しています。
──
でも、かなり暗いところで描くんですね。
ようやく、目が慣れてきた感じですけど、
最初は、ぼんやり色がわかるだけで、
細かい部分はちょっと見えなかったです。
海谷
はい、そうだと思います。
描いてる本人が、その暗さの中で描いて、
その暗さの中で鑑賞していたわけだから、
この部屋を訪れるお客さまにも、
同じような体験をしていただこう‥‥と。
──
なるほど。
前田
それに、
明るくすればいいというものでもなくて、
あまり強い光の下だと、
作品の持つ微妙なニュアンスだとか、
表面のテクスチャが飛んでしまうんです。
ですから、あえて暗くした照明のもとで、
ゆっくり、
作品の表情が変わっていくようすを、
楽しんでいただければなと思っています。
──
時間をかけなければ見えない何かがある。
おもしろいですね。
この絵を、作家が「いい」と思った、
その同じ条件で、ぼくらも鑑賞できると。
前田
スタジオでも
作品には照明を直接あてずに
描いていたそうだし、
作家が見ていたような状態で、
作品を見ることのできる部屋です。
──
長居していくお客さんも、多そうですね。
前田
はい、多いです。
お好きな方は、
本当に、じーっと観てらっしゃいますね。
中村
これらの作品を描きはじめた直後に、
ロスコは、ある講演会で、
作品の制作過程を料理にたとえています。
つまり、絵を描くときに使う材料として、
「緊張」と、「アイロニー」と、
「官能性」と、「機知」と、「希望」と、
そして「死」と‥‥。
──
そんなにもたくさんの言葉や感情が、
この大きな抽象画に込められている。
前田
そういったものを表現するということに、
自分はすごく興味がある‥‥と。
この場に佇んで作品を鑑賞している人が、
それらの感情に向き合える場を、
ロスコは、
つくりたかったんじゃないだろうかって、
わたしたちは、想像しています。
──
たしかに、抽象的であることで、
いろんな感情の入る余地がありますよね。
前田
具体的なイメージに縛られることなく、
軽やかに出たり入ったりできる、
そんな気持ちの自由がある気がします。
抽象的に描く‥‥ということには、
ひとつには、そういう意味もある。
──
ちなみに、こちら以外で、
ロスコの専用展示室ってあるんですか。
前田
同じ《シーグラム壁画》の作品が、
ロンドンのテート・モダンにあり、
そちらもロスコ・ルームを設えています。
ヒューストンにはロスコ・チャペルが、
ワシントンDCの
フィリップス・コレクションという美術館にも、
ロスコの小さな部屋が設置されています。
それと当館で、世界では4箇所でしょうか。
──
こういう場所で、
いまのようなお話を聞かせてもらうと、
抽象って難しいとか思ってたけど、
ロスコさんのことを、
すごく身近に感じることが出来ました。
海谷
あ、それは、
ご本人もよろこばれると思いますよ。
──
そうですか。
海谷
ロスコは、絵というものを通じて、
世界中の人たちと
心の奥底で通じ合いたいという希望を、
抱いていたそうなので。
きっと、よろこぶだろうって思います。

(つづきます)

2022-04-07-THU

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  • DIC川村記念美術館の冬季メンテナンス休館が終了しました。 新たな企画展を開催中です。

    首を長くして待っていたという人も
    多いと思います。
    メンテナンスのために休館していた
    DIC川村記念美術館が
    3月19日より再オープンしました。
    現在、再開ひとつめの企画展
    「Color Field カラーフィールド
    色の海を泳ぐ」が開催中。
    カラーフィールドとは、
    50〜60年代のアメリカを中心に
    展開した抽象絵画の傾向だそう。
    フランク・ステラや
    モーリス・ルイスなど9名の作家に
    焦点を当て、
    60年代以降の新しい絵画の流れに
    触れることのできる展覧会。
    事前予約制なので、
    詳しくは公式サイトでご確認を。