美術館が所蔵している作品や
常設展示を観に行く連載・第4弾です。
今回は、2020年にオープンした
アーティゾン美術館へうかがいました。
前身は、歴史あるブリヂストン美術館。
東京・京橋の街中で、
ピカソやルノワールを見られる美術館が、
新しくうまれ変わったのです。
現在、休館中に新たに収蔵した作品を
たっぷり楽しめる
「STEPS AHEAD :
Recent Acquisitions 新収蔵作品展示」
を開催しているので、そのようすを取材。
作品を解説してくださったのは、
学芸員の島本英明さん。
担当は、ほぼ日奥野です。さあどうぞ!

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第3回 クレー、カンディンスキー、抽象。

島本
こちらでは、カンディンスキーとクレーに
焦点を当てています。
──
アーティゾンさんでは最近、
クレーをまとめて収蔵されたんですよね。
島本
そうなんです。去年の夏の展覧会
「石橋財団コレクション選 特集コーナー展示 
新収蔵作品特別展示 : パウル・クレー」
で、お披露目をしました。

パウル・クレー《数学的なヴィジョン》1923年 パウル・クレー《数学的なヴィジョン》1923年

──
どうして、クレーを?
島本
点数こそ多くはなかったんですけれど、
ブリヂストン美術館の時代から、
クレーは、大切にしてきた作家でした。
この先に展示している
《島》という作品もそのひとつですし。
──
なるほど。その流れがあって。
島本
今後、当館が抽象を追っていくうえで、
フランスだけでは限界があります。
また、20世紀に入ったら
パリ以外にミュンヘンやベルリンなど、
各地に芸術の拠点がうまれていきます。
フランスからの影響だけでなく、
ほうぼうで、独自の動きが出てきます。
──
ああ、カンディンスキーもクレーも、
ミュンヘンで、なかよしで。
バウハウスでも、
一緒に先生をやっていたんですよね。
島本
はい、若いころのカンディンスキーは
表現主義と呼ばれていて、
初期のマティスなど
野獣派、
フォーヴィスムにも近い雰囲気がある。
でも、こちらの1924年制作の作品
《自らが輝く》になると、
もう、完全にカンディンスキーの世界。

ヴァシリー・カンディンスキー《自らが輝く》1924年 ヴァシリー・カンディンスキー《自らが輝く》1924年

──
らしさ全開って感じですね。
島本
第一次大戦が終結して戦間期になると
「パリ一極」でなくなり、
芸術の舞台は多極化していくんですね。
その意味でも、
20世紀の抽象の動きを追ううえでは、
やはり、
クレーとカンディンスキーを意識する、
その必要があると思っています。
──
ここから一転、立体作品と言いますか、
この椅子は‥‥倉俣史朗さん。
島本
はい、時代も空間も一気に飛びますが、
20世紀末の倉俣史朗のチェア、
《ハウ・ハイ・ザ・ムーン》ですね。
これらは、
作品として‥‥ということではなく
1986年、
旧ブリヂストン本社ビルの
1階ロビーの改装を、
倉俣史朗が担当しているのです。

提供:アーティゾン美術館 撮影:木奥惠三 提供:アーティゾン美術館 撮影:木奥惠三

──
なるほど。
島本
そのときに、このエキスパンド・チェアや
ガラス製のベンチなどが、
ロビーに置かれたのです。
──
じゃあ、お客さんとか社員のかたが、
ふつうに座っていたもの。
島本
はい。
なお、周囲の壁に展示した絵画と彫刻は
倉俣と親交の深かった
田中信太郎という作家の作品。
ふたりの交友に焦点を当てる意図です。
──
田中さんは、どのような作家ですか。
島本
1960年の
ネオ・ダダイズム・オルガナイザーズをはじめ、
絵画・彫刻にわたって戦後の前衛美術を担い、
デザインや建築の世界にも影響を及ぼした作家。
倉俣とは本当に親しかったみたいです。
ブリヂストンビルのロビーの改装時に、
倉俣が、田中に
インスタレーションの制作を
依頼したりもしていたようですね。

6階展示室ロビーに展示されている倉俣史朗《ガラスのベンチ》(1986年)と田中信太郎の立体作品《ソノトキ音楽ガキコエハジメタ》(1986年)。これらは旧ブリヂストン本社ビルのロビーに置かれていた。
提供:アーティゾン美術館 撮影:木奥惠三 6階展示室ロビーに展示されている倉俣史朗《ガラスのベンチ》(1986年)と田中信太郎の立体作品《ソノトキ音楽ガキコエハジメタ》(1986年)。これらは旧ブリヂストン本社ビルのロビーに置かれていた。 提供:アーティゾン美術館 撮影:木奥惠三

──
続いては‥‥おお、抽象的。
島本
はい、ジャクソン・ポロックについては
これまでも
当館でお見せしてきましたが、
その他にも
マーク・ロスコやマーク・トビー、
ウィレム・デ・クーニングの抽象作品を
並べています。
なかでも、ぜひ、見ていただきたいのが、
それらの対面に展示している、
女性の抽象表現主義画家たちの作品です。
──
何という方々ですか。
島本
はい、ヘレン・フランケンサーラー、
エレイン・デ・クーニング、
リー・クラズナー、
そして、ジョアン・ミッチェルです。
──
あ、エレイン・デ・クーニングさんって、
この展覧会の、メインビジュアルの。
島本
そうです。

エレイン・デ・クーニング《無題(闘牛)》1959年 ©Elaine de Kooning Trust エレイン・デ・クーニング《無題(闘牛)》1959年 ©Elaine de Kooning Trust

──
女性の画家に注目する理由は‥‥。
島本
はい、これまで語られてきた美術史は
やはり画一的で、
決して唯一のものではなかった。
やはり見直していく点も多々あります。
当館では、そのことを、
コレクションとしても表現したいなと。
──
つまり、美術というものも、
男性中心の歴史として、語られてきた。
島本
そうです。
──
この「常設展へ行こう!」シリーズで、
うかがってきた美術館さんでも、
みなさん多かれ少なかれ、
そのことに触れてらっしゃいました。
いま、みなさんの
大きな関心事なんだろうなと思います。
島本
はい、おっしゃるとおりです。
女性の芸術家、作家にたいしては、
この先、当館だけでなく、
あらゆる場面で、
あらためて
焦点が当てられていくと思っています。
──
このエレインさんの作品の前に立つと、
めちゃくちゃ迫力ありますね。
島本
はい。この激しさや、荒々しさ‥‥
ある意味で、
前のブリヂストン美術館のイメージを
もっとも大きく裏切る作品です。
この作品を
メインビジュアルに選んだことは、
わたしたちの、
新しく生まれ変わるんだという
決意の象徴であり、
同時に、大いなる冒険でもあります。
──
たしかに、こういう抽象的な作品は、
ルノワールとかゴッホ、
ピカソみたいにわかりやすくないし。
島本
ええ。
──
美術館に通い慣れている人向けかな、
と思ったりします。
具体的な何かを描いたわけじゃない、
こういう絵を鑑賞するときの、
コツみたいなものって、ありますか。
島本
そうですね、絵をよく見る‥‥
時間をかけて見ることっていうのは、
なかなか難しいと思います。
だからまずは見ること、でしょうか。
こうして見ていて、何を感じますか。
──
遠くから見ていたときとちがって、
近寄って見ると、
こんな筆づかいだったのか‥‥とか、
色がたくさんあるんだなあ‥‥とか。
子どもの感想みたいですが‥‥。
島本
それでいいと思いますよ、子どもで。
まずは、知識ではなく感覚から入って、
時間をかけて見ていけば、
正しいとか間違いという軸ではなく、
ご自身なりに、
行きつく場所がきっとあると思います。
──
何かを、とても強く訴えかけてきます。
真正面から向き合うと、とくに。
島本
はい、そうやって見ていって‥‥
たとえば、絵の中の黒を追っていくと、
だんだん、
動物が浮かび上がってくる気もします。
だから《無題(闘牛)》と、
タイトルがつけられているんですけど。
──
あ、ほんとだ。そういうことか。
島本
ただ、そうやって「理解する」ことも
美術の楽しみのひとつですけれど、
かならずしも
「わかる、わからない」
という接点の持ち方じゃないやり方で、
何かを感じてもらえたらと思います。
──
あたまで鑑賞する‥‥のじゃなく。
島本
はい、この作品を見たみなさんからは、
「何が描いてあるかわからないけど、
なぜだか力をもらった」
みたいな反応も、けっこうあるんです。
だからまずは、自分が何を感じとるか。
何でもいいんですよね。
感じるということが大事だと思います。

(つづきます)

2021-07-03-SAT

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  • ブリヂストン美術館を休館した後、
    2020年に
    新しい美術館として開館した、
    アーティゾン美術館。
    開催中の「STEPS AHEAD」では、
    この真新しいミュージアムに
    新たに収蔵された作品を、
    たっぷりと楽しむことができます。
    なんと展示の半数近くが、
    はじめて公開される作品とのこと。
    メインビジュアルに採用された
    エレイン・デ・クーニングはじめ
    女性作家たちの抽象画、
    藤島武二、キュビスム、具体、
    マティスの素描‥‥など
    3つのフロアにまたがる展示は、
    みごたえ十分です。
    ルノワール、ピカソ、青木繁など
    この美術館の代表作も。
    9月まで会期も延長されたので、
    ぜひ、足をお運びください。
    チケットなど詳しいことは
    アーティゾン美術館の公式サイト
    ご確認ください。