美術館の所蔵コレクションや
常設展示を拝見する不定期連載の第9弾は、
青森県立美術館。
マルク・シャガールがメキシコで描いた
巨大な舞台背景画《アレコ》全4幕のうち
1・2・4幕で有名ですが、
フィラデルフィア美術館所蔵の第3幕が、
いま、こちらにやってきています。
つまり《アレコ》全4作品を完全展示中!
いまならぜんぶいっぺんに見られるのです。
もちろん、《あおもり犬》をはじめとする
奈良美智さんの作品や、
郷土ゆかりの棟方志功さんの作品、
ウルトラマンやウルトラ怪獣をうみだした
彫刻家・成田亨さんの作品など、盛り沢山。
学芸員の工藤健志さんにうかがいました。
担当は「ほぼ日」の奥野です。

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第4回 ド迫力の《アレコ》全4幕展示。

──
いよいよ、この展示室にやってきました。
シャガールの舞台背景画《アレコ》が、
全4幕すべて展示されているアレコホール。
正直、
ここまで大きいとは思ってませんでした。

マルク・シャガール バレエ『アレコ』のための背景画
第1幕《月光のアレコとゼンフィラ》(右)、
第2幕《カーニヴァル》(左)、1942年
© ADAGP, Paris & JASPAR, Tokyo, 2022, Chagall®   G2896 マルク・シャガール バレエ『アレコ』のための背景画 第1幕《月光のアレコとゼンフィラ》(右)、 第2幕《カーニヴァル》(左)、1942年
© ADAGP, Paris & JASPAR, Tokyo, 2022, Chagall® G2896

工藤
大きいんです(笑)。
──
ちょっと言葉を失いますね。
工藤
描いたのは、メキシコ。
ほうきみたいなもので描いているんです。
──
藤田嗣治さんも、メキシコで
オロスコの巨大壁画を見て刺激を受けて、
秋田の平野政吉さんのところで
《秋田の行事》という
めちゃくちゃ大きな絵を描いてますよね。
たしか《明日の神話》もメキシコですし、
これは舞台背景画だけど、
さすが壁画といえばの国だと思いました。
工藤
しかもシャガールは、
全4幕を「1ヵ月」で仕上げてるんです。
──
ええぇえ? 
工藤
はい。
──
これぜんぶを、1ヵ月で!?
工藤
そうなんです。
──
つまり急ぎの仕事だったってことですか。
工藤
ご存知のように、
《アレコ》はバレエの舞台背景画なので、
「初日」が決まってたんです。
──
だから、のんびりやってられなかったと。
他の作品や仕事との兼ね合いで、
1ヵ月でバーっと描く必要があった‥‥。
工藤
自由な創作活動というより、
つまりは、締め切りのある仕事なんです。
「アレコ」というバレエの演目は、
全4幕の舞台なので、
こちらから1幕、2幕、3幕、4幕、と。

マルク・シャガール バレエ『アレコ』のための背景画 1942年 第1幕 《月光のアレコとゼンフィラ》© ADAGP, Paris & JASPAR, Tokyo, 2022, Chagall®   G2896 マルク・シャガール バレエ『アレコ』のための背景画 1942年 第1幕 《月光のアレコとゼンフィラ》
© ADAGP, Paris & JASPAR, Tokyo, 2022, Chagall® G2896

第2幕 《カーニヴァル》© ADAGP, Paris & JASPAR, Tokyo, 2022, Chagall®   G2896 第2幕 《カーニヴァル》
© ADAGP, Paris & JASPAR, Tokyo, 2022, Chagall® G2896

第3幕 《ある夏の午後の麦畑》 フィラデルフィア美術館蔵© ADAGP, Paris & JASPAR, Tokyo, 2022, Chagall®   G2896 第3幕 《ある夏の午後の麦畑》 フィラデルフィア美術館蔵
© ADAGP, Paris & JASPAR, Tokyo, 2022, Chagall® G2896

第4幕 《サンクトペテルブルクの幻想》© ADAGP, Paris & JASPAR, Tokyo, 2022, Chagall®   G2896 第4幕 《サンクトペテルブルクの幻想》
© ADAGP, Paris & JASPAR, Tokyo, 2022, Chagall® G2896

──
具体的には何に描いているんですか?
工藤
綿布です。舞台背景画なので、
持ち運びできなければいけないわけです。
ひとつの公演を終えたらくるくる巻いて、
次の劇場へ‥‥という感じで。
──
は‥‥こんな大きなシャガールの作品を、
くるくる巻いて。
工藤
シャガールはユダヤ人なので、
戦争のときに
迫害を逃れアメリカに亡命するんです。
そのときアメリカのバレエシアターが
亡命してきたシャガールに、
ロシアをモチーフにした舞台だからと声をかけた。
音楽はチャイコフスキーなんです。
──
なるほど。
工藤
シャガールにしてみれば、
祖国を思うような感覚で描いたのかな、
なんて想像したりします。
──
あらためてですけど、
こんな大きな絵を、1ヵ月で描いたとは。
とんでもない偉業ですね‥‥。
この展示室自体も、
この作品のためにつくられてるんですか。
工藤
そうなんです。
青森県立美術館をつくろうと決めたとき、
シンボルとなる作品を‥‥
ということで、まだ学芸員が入る前に、
この《アレコ》は収蔵されているんです。
──
そうなんですか。
工藤
なぜかというと、
当時は「単なる美術館」を建設するのは、
いかがなものかという議論があって。
そこで、さまざまな芸術を鑑賞できる、
多機能的なミュージアムが、
美術館のコンセプトとして上がりました。
──
なるほど。
工藤
つまり、バレエは総合芸術と言われますよね。
音楽があり、美術があり、そして舞踏がある。
新しくできる美術館では
そういう総合芸術的な活動を目指しますよと、
その象徴として、
この4幕のうちの3幕を、収蔵したんですね。
──
いま、ここにある全4幕のうち、
ひとつは、よそからお借りしているんですね。
工藤
はい、第3幕《ある夏の午後の麦畑》は、
フィラデルフィア美術館のコレクションです。
第3幕は、長らく同館の西側エントランスに
展示されていたのですが、
このたび同館の改修工事にともなって
まず2017年4月から、
弊館にて4年間の長期借用が認められました。
──
なるほど。
工藤
2021年4月には、
さらに2年間の期間延長が認められています。
──
ということで現在は、この青森県立美術館で、
シャガール《アレコ》全4幕が、
一気に見られる大チャンスというわけですね。
工藤
そうなんです。
話を戻しますと、当館の建築にあたっては、
《アレコ》を展示できるスペースをつくる、
という要件を付して、コンペを行いました。
──
なるほど。
工藤
というか《アレコ》をどう見せるか‥‥が、
コンペにおける最重要課題でした。
最終的に、青木淳さんの案が通ったんです。
──
この大空間で全4幕を見上げるのって、
なんだか‥‥ものすごい気持ちになります。
工藤
このアレコホールは、
建築全体からすると「中央広場」なんです。
この広場のまわりに、
展示室という街が広がっているという
コンセプトです。
だから、動線も決まってないんですよ。
どんな順番で楽しんでもらってもいい。
──
ああ、街に「順路」はないように。
工藤
企画展によって常設の場所を変えたり、
柔軟な運営をすることができます。
同じ作品でも、
大きな展示室と小さめの展示室とでは、
印象がガラリと変わります。
空間と作品の関係性みたいなものを
自由に表現できることが、
当館の大きな強みなのかなと思います。
──
そのセンターに位置しているのが、
中央広場としてのアレコホールなんですね。
あの、学芸員さんがいらっしゃる前に、
「アレコが売りに出てる、買おう!」
と決めたのは、どういう人なんですか。
工藤
美術館建設準備を担当していた
当時の事務方が、
いろいろな専門家のアドバイスを受けながら
決めていったようです。
──
タイミングも良かったんでしょうね。
工藤
90年代初頭ですから、
まだ少しバブルの余韻があったときです。
もう絶対に買えないと思いますが、
当時の値段も、いまほどでなかったので。
──
ああ、そうなんですね。
工藤
当館の構想がうまれた時点では、
この青森の地には
美術館をはじめとする「芸術の土台」が
ほぼなかったと、
今日も、冒頭でお話したと思うんですが。
──
ええ。
工藤
だから、開館前に
県内の4カ所で公開しているんです。
──
新しい美術館では、
こんな素晴らしい作品が見れるんですと。
でも、こんな大きなものを、どうやって。
工藤
本来は「舞台背景画」ですから、
美術館がなくても、
舞台があれば、見ていただけるんですよ。
──
ああ、なるほど‥‥そうか。
工藤
で、県民のみなさんにごらんいただいて。
──
素晴らしさを理解していただいた‥‥と。
この作品を直に体感したら伝わりますね。
この壮大さなわけですし。
工藤
そのときに、ただ見せるだけではなくて、
この絵の来歴や、
すばらしさを伝える
鑑賞プログラムをつくったんです。
そのときにつくったプログラムは、
ほぼそのままのかたちで、
いまも毎日、続けているんですよ。
──
いまや地元のみなさんも
誇りにしている作品になっていますよね。
工藤
開館から15年なんですが、
みなさんに親しんでいただいていますね。
この作品が見たいからと、
遠方からいらしてくださる方もいますし。
──
しかも、いまなら、
全4作品が、ぜんぶそろっているわけで、
これは見ておいたほうがいいですよね!
実際ぼくたちも、
今日は主にこれを見たくて来たんですが、
実際に拝見したら、
生きてるうちに見れてよかったと思いました。
工藤
ありがとうございます(笑)。
借用期間が2022年度の末までなので、
それまでにぜひ、お越しください。
──
ちなみに3枚のうち1枚だけを、
収蔵しなかった理由って、何なんですか。
工藤
単純に、すでに第3幕は
フィラデルフィアが所蔵していたんです。
映画の『ロッキー』で、
あのシルベスター・スタローンが
フィラデルフィア美術館の階段のうえで、
ガッツポーズするじゃないですか。
──
ええ。
あのロッキーのテーマをバックに。
工藤
この第3幕は、
ふだんは、あの西側エントランスの奥に
展示されているんです。

(つづきます)

2022-06-23-THU

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  • コレクション展「地と天と」は、6月26日(日)まで。

    現在、青森県立美術館では
    「地と天と」と銘打ったコレクション展が
    開催されています。
    版画家の棟方志功さん、
    ウルトラマンシリーズの成田亨さんなど、
    青森県立美術館ならではの作品に加えて、
    展示室を大きく使って
    豊島弘尚、村上善男、田澤茂、
    工藤甲人、阿部合成という
    「青森」にゆかりをもつ5人の作家にも
    焦点を当てています。
    不勉強で存じ上げなかったのですが
    みなさん、とっても魅力的な作品でした。
    もちろん《あおもり犬》をはじめとした
    奈良美智さんの作品は通年展示ですし、
    今なら、
    シャガール《アレコ》全4幕も見られます!
    ぜひ、足をお運びください。
    詳しくは、美術館のホームページで。

    常設展へ行こう!

    001 東京国立博物館篇

    002 東京都現代美術館篇

    003 横浜美術館篇

    004 アーティゾン美術館篇

    005 東京国立近代美術館篇

    006 群馬県立館林美術館

    007 大原美術館

    008 DIC川村記念美術館

    009 青森県立美術館