美術館の所蔵コレクションや
常設展示を拝見する不定期連載の第9弾は、
青森県立美術館。
マルク・シャガールがメキシコで描いた
巨大な舞台背景画《アレコ》全4幕のうち
1・2・4幕で有名ですが、
フィラデルフィア美術館所蔵の第3幕が、
いま、こちらにやってきています。
つまり《アレコ》全4作品を完全展示中!
いまならぜんぶいっぺんに見られるのです。
もちろん、《あおもり犬》をはじめとする
奈良美智さんの作品や、
郷土ゆかりの棟方志功さんの作品、
ウルトラマンやウルトラ怪獣をうみだした
彫刻家・成田亨さんの作品など、盛り沢山。
学芸員の工藤健志さんにうかがいました。
担当は「ほぼ日」の奥野です。

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第3回 気象図、光、化粧地蔵。

──
こちらのコレクション展は、
年にどれくらい展示替えをされてるんですか。
工藤
4回です。いま展示しているのは、
じつは2021度の第4期の展示なんですが、
コロナ禍で休館していたため、
設営を終えてから1カ月以上
塩漬けになっていたものを、
2022年度の第1期にスライドしたんです。
──
なるほど。
工藤
テーマは毎回、そのつど決めているんですが、
今回は「地と天と」としました。
志功の展示室でも、
たとえば、天を翔ぶ女神さまの作品を
展示していたりしましたが、
その「地と天と」というテーマは、
この展示室にいちばん現れていると思います。
──
おお。
工藤
というのも、
これまでは志功の部屋、成田亨さんの部屋と、
個展のように見せてきましたが、
ここでは「地と天と」というテーマに沿って、
郷土ゆかりの作家を
何人かまとめて、紹介しているんですね。
──
こちらは‥‥。
工藤
村上善男さんという方の作品です。
一貫して
東北を拠点にして活動した作家さんですね。
北の風土に根ざした作品を、
ずっと、つくり続けてこられた方です。
──
お名前、存じ上げませんでした。
工藤
村上さんの若いころ‥‥1960年代には、
反芸術運動という
芸術にまつわる大きな動きがありましたが、
村上さんも、
そのころは、そういう作品をつくっていた。
で、東京に出て行こうとしたら、
当時、親しくされていた岡本太郎さんから、
「おまえは東北でたたかえ!」と。
──
なんと。
工藤
岡本太郎という人は、
東北の秘めたるエネルギーみたいなものに、
惹かれてましたよね。
──
ええ、縄文とか。
工藤
そう、つまり
「お前はせっかく東北の地にいるんだから」
と言われたそうです。
それで結局、村上は東京には来ず、
仙台、盛岡、青森で制作を続けたんですね。
青森には弘前大学の教員として
赴任してきたんですが、
どの時期の作品にもそれぞれ特徴があって、
ガラッとスタイルが変わっています。
今回、展示している作品は、
そちらが、仙台時代に描かかれたものです。
──
これは‥‥何だろう? 時間で変わる何か?

村上善男 《9月9日の気象》 1976年 村上善男 《9月9日の気象》 1976年

工藤
気象図です。
──
きしょうず‥‥?
工藤
仙台時代は、天候をモチーフにした作品を
数多く手掛けていたんです。
──
ああ、気象図。へええ。
工藤
この作品の場合は、
ある年の9月9日の気象図をモチーフに
描かれています。
それが、仙台から青森に来ると一転して、
こちらのような
津軽の風土に根ざした「釘打ち」という、
ご本人は「釘打ちシリーズ」と
呼んでいるんですが、
こういった作品を
シリーズ、連作でつくるようになります。
──
実際に釘のようなものが打ってあります。
工藤
何を表現しているかというと、
もうタイトルにも描いてあるんですけど、
「土地そのもの」です。
津軽県弘前品川町の胸肩神社のあたりの、
つまりは地図のようなもの。

村上善男 《津軽圏、弘前、品川町胸肩神社前線釘打圖》 1996年 村上善男 《津軽圏、弘前、品川町胸肩神社前線釘打圖》 1996年

──
むーん、なるほど。今度は地図。
工藤
実際の地形を表しているわけではなくて、
その土地、その場から
村上が受けた印象を、こういうかたちで、
平面として再構築していく。
ベースになっている乳白色の部分、
これ、古文書を裏返しにして貼り込んで、
その上に
陣取りゲームのように点を打っています。
──
おお‥‥マチエールって言うんですかね、
素材の選び方にもお考えがあって。
工藤
津軽の伝統に根ざした端切れを貼ったり。
真ん中の赤い部分は、
よく見ると「爆竹」そのものなんですよ。
──
わあ、本当だ。
工藤
ぱっと見、穏やかそうな作品なんですが、
60年代の反芸術を経験した村上の、
ある種の過激さの残り香を感じますよね。
──
何だろう‥‥と思って眺めていましたが、
こうして説明を聞くと、
やっぱり作品理解がグッと深まりますね。
工藤
彼の作品は、必ず場所が指定されている。
この作品は赤倉沢という土地に対する
彼なりの印象を、作品に描いてるんです。
津軽地方だけでなく、
盛岡に取材した作品なんかもあるんです。
そうやって、その土地土地の風土を
えぐり出していく。
そういう仕事をずっと続けてきた人です。

──
そのスタイルを貫いたっていうことは、
ようするに、
自分の表現を見つけたってことですね。
そのことが、
ぼくはいつもすごいなあと思うんです。
工藤
ああ。
──
だって印象派のそれぞれの作家にしろ、
ゴッホにしろ、セザンヌにしろ、
マティスにしろ、ピカソにしろ、
自分のスタイル、
自分の表現にたどりついているから、
仮に作品を知らなくったって
「あ、これ、あの人の作品かも?」と
わかるじゃないですか。
工藤
そうですね。ただ、表現法は同じでも、
どれも、
決して同じようなものにならない点も、
おもしろいなあと思います。
村上の場合も、その土地その土地に
それぞれのそのコミュニティーがあって、
土地の力がある。
そうした土地土地の個性を受け止めて
描いているから、
東北とひとくくりにすることのできない、
多様な作品を残せたんだと思います。
──
ゴッホとかも、
住んでいた土地で時代が区分されるほど
作品の感じが変わりますけど、
住むところというのは、
絵画にものすごく影響を与えるんですね。
工藤
本当に。で、話を戻しますと、
気象図は「天」をテーマにしていますし、
地図は言うまでもなく「地」です。
──
ああ、つまり「地と天と」ということか。
なるほど。
工藤
こちらは豊島弘尚さんという作家ですが、
八戸のご出身。
この方がずっと魅せられ続けていたのは、
北の光‥‥のようなもの。

豊島弘尚 《大地(アトランティス)82-3》 1982年 豊島弘尚 《大地(アトランティス)82-3》 1982年

──
光?
工藤
光です。
光って、南国と北国とでは違いますよね。
──
たしかに。
写真にはけっこう写るような気がします。
南国の光、北国の光。
その土地土地による「光のちがい」って。
工藤
ぼくは福岡の出身なんですが、
こうして豊島さんの色使いなどを見ると、
北国の光を感じるんです。
豊島さんもやはり、村上さんと同じく、
土地固有のものを表現しています。
やはり、
北の文化に根ざした作家さんだなあと。

コレクション展2022-1:地と天と 豊島弘尚作品展示風景 コレクション展2022-1:地と天と 豊島弘尚作品展示風景

──
何というか‥‥すごく丹念な画面です。
工藤
青森、ひいては東北の作家って
執拗に画面をつくっていく‥‥ような、
ものや表現に対する
ある種の「執着心」を感じるんです。
このあと、じっくりとご紹介しますが、
奈良美智さんも、
マチエールをつくり込んでいるんです。
──
えっ、そうなんですか。
工藤
紙の印刷媒体で見ると
バッと目を引くキャラクターが前面に
出てきてしまうかもしれませんが、
作品を間近で直に見ると、
かなり画面をつくり込んでいることが、
わかると思います。
──
そうだったんだ。それは楽しみです。
この作品もまたちょっとすごいですね。

田澤茂 《地の声(野の地蔵)》 1996年 田澤茂 《地の声(野の地蔵)》 1996年

工藤
田澤茂さん。青森の洋画家です。
全国的には
決して知名度が高いとは言えませんし、
どこの美術館にも
置いてある作家ではないんですが‥‥。
──
めちゃくちゃ気になります。
工藤
そうなんです。不思議な魅力があって。
この絵は、津軽の「化粧地蔵」つまり
白く塗られたお地蔵さんを、
バアーっと無数に描き込んだ作品です。
──
真正面に立つと、すごい「圧」です。
工藤
それぞれのお地蔵さんの表情なんかも、
とってもユニークで
ユーモラスな感じを受けるんですけど、
でも、
どこか狂気をはらんでいる‥‥ような。
──
こういう光景が、
実際に、あるわけじゃないんですよね?
豪徳寺の招き猫みたいに‥‥。
工藤
いや、ないでしょう、これは(笑)。
──
あったら怖いですよね(笑)。
工藤
はい、怖いと思います、かなり(笑)。
でも、なんとなくこういう雰囲気って、
同じ青森の寺山修司の世界観と、
何かどこかで通じるものがあるような。
──
あー、カレイドスコープ的な‥‥。
工藤
実際、この田澤さんの作品は、
作家の名前を聞いたことがなくても、
見に来たお客さんが、
ぱっとみて「うわっ」となって(笑)、
興味を持ってくださるんです。
そしてみなさん、ファンになって帰る。
──
いや、わかります。その感じ。
工藤
やはり美術館というところでは、
既存の価値に乗っかるだけじゃなくて、
新しい価値を発信する役割も、
同じだけ、大事だなあと思うんですね。
──
こちらでは実践してらっしゃいますね。
先ほどの成田亨さんをはじめ。
工藤
ええ、そういう発信を、
わたしたちはやりたいと思っています。
成田さんしかり、
あと、今回は展示していないんですが、
小島一郎という写真家もしかり。
──
最近SNSで有名になっていましたけど、
青森の市井の人々を取り続けた、
写真家の工藤正市さんとも親しかった方。
工藤
小島も、うちから発信した作家なんです。
そうやって、今まで知らなかった作家や、
埋もれていた価値観を発信していく。
そうした役割も、
意識していきたいなあと思っていますね。

(つづきます)

2022-06-22-WED

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  • コレクション展「地と天と」は、6月26日(日)まで。

    現在、青森県立美術館では
    「地と天と」と銘打ったコレクション展が
    開催されています。
    版画家の棟方志功さん、
    ウルトラマンシリーズの成田亨さんなど、
    青森県立美術館ならではの作品に加えて、
    展示室を大きく使って
    豊島弘尚、村上善男、田澤茂、
    工藤甲人、阿部合成という
    「青森」にゆかりをもつ5人の作家にも
    焦点を当てています。
    不勉強で存じ上げなかったのですが
    みなさん、とっても魅力的な作品でした。
    もちろん《あおもり犬》をはじめとした
    奈良美智さんの作品は通年展示ですし、
    今なら、
    シャガール《アレコ》全4幕も見られます!
    ぜひ、足をお運びください。
    詳しくは、美術館のホームページで。