──

では、はじめてパリへ行ったときは、
「念願叶って！」という感じで？

森山

そりゃあ、「おおっ！」と思ったよ。
パリに降り立った瞬間はね。

──

「おおっ！」と。

森山

うん、思うよね。「おおっ！」って。
「ついに、来たか」ってね。

──

はじめて歩いたパリの街、
さぞ‥‥感慨深いものだったですか。

森山

それは、なんてことなかった。

──

あ、そうですか（笑）。

森山

「ああ、パリだな」と思ったくらい。

その、はじめてパリへ行ったときは、
１９８０年だったんだけど、
あの‥‥誰だったっけ？　
有名な作家が、死んじゃったときで。

──

カミュ‥‥は、もっと前ですか。

森山

うん。カミュじゃない、ええと‥‥。

──

サルトル、とか？

森山

ああ、そう。サルトル。

ちょうど、はじめてパリへ行ったとき、
サルトルが死んだばっかりで。
街中、サルトルの写真でいっぱいでね。

──

追悼していた。パリが、サルトルを。
ブレッソンも撮った、サルトルを。

森山

うん。「ああ、サルトルが死んだ」と。
そこら中に、写真が掲げられていた。

──

じゃ、そういう光景も、撮って。

森山

もちろん撮るよね。
サルトルの後ろ姿のポスターだとかね。

でも、まぁ、結局さ、
「ああ、パリに来たな」とは思うけど、
写真に撮るのは、
目の前にあるものだからね、やっぱり。

──

街との接し方は、あくまで同じ。
はじめてニューヨークへ行かれたのは？

森山

１９７１年。横尾忠則さんと一緒にね。

ああ、きっとこのへん、
ウィリアム・クラインも撮ったかなあ、
とかね、そんなことを思った。
もうちょっとあっちのほうへ行けば、
ウォーホルもいるのかなあ‥‥とかね。

──

わあ、そういう時代ですね。

森山

はじめての海外旅行だったんだけど、
横尾さんが連れてってくれたんだよ。

──

たしか、渡航費用を捻出するために
ヌード写真とか、
ギャラのいいお仕事をされた、とか。

森山

まあ。

──

どれくらい、いらしたんですか。

森山

１ヶ月くらいかな、
横尾さんと一緒には行ったんだけど、
ぼくはしょっちゅう
一人でフラフラ、
ニューヨークをフラついて撮ってた。

──

その成果が写真集にもなりましたね。
ちなみに、横尾さんは‥‥。

森山

展覧会かなんかの用事があったみたい。

いちどウォーホルに会いに行くかって、
誘ってくれたんだけど。

──

えっ。

森山

行かなかったんだよ、遠慮して。

──

えーっ！

森山

いま思えば、行っておけばよかったよ。

──

大道さんの撮ったウォーホルさん‥‥。
見たかったです。

横尾さん、今度の大道さんの映画にも、
熱烈なコメントを寄せてましたね。

森山

うれしいよね。

──

寺山修司さんも、横尾さんのことを
グラフィックデザイナー時代から、
非常に高く評価されていますけれど。

横尾さんと大道さんは、
どんなきっかけで知り合うんですか。

森山

何だったんだろうな‥‥遠い昔だから。
最初は中平（卓馬）かなあ、やっぱり。

──

まだ、画家宣言より前ですね。

森山

うん。

ぼくは横尾さんのデザインが大好きで、
イラストレーションも含めて。
だからおもしろがって、
横尾さんをモデルにして写真を撮って。
いろいろと、やらせてもらって。

──

気が合ったんですね。

森山

どこかで通じる、何かがあったんだね。

──

大道さんの歴史を調べていくと、
そのときどきで、
いろんな才能と交わっています。

森山

運も良かったから。

──

先ほどから、寺山修司さんのお名前も
たびたび出てきますが、
先日、
「いま、いちばん会いたい人は？」
とおうかがいしたら‥‥。

森山

ええ。

──

中平卓馬さん‥‥って。

森山

うん。

──

大道さんと中平さんといえば、
ぼくらからすると、
ひとつの時代の価値観をつくりあげた
盟友かつライバル同士、
というようなイメージですが。

森山

はい。

──

友人、ライバル、どっちでしょうか。
あるいは、そのどっちでも‥‥。

森山

特別な人間。

──

おお。

森山

一言で言うと。

──

特別。

森山

もちろん、ライバルでもあったし、
親しい友人でもあった。

でも、それより特別な人間だよね。
ぼくにとっては、中平って。

──

なるほど。

森山

中平とぼくは、性格も体質も違う。

中平はフランス語もスペイン語もできて、
言葉の才能があった。
ぼくは外国の言葉なんて何にもできない。

──

ええ。

森山

中平はゴダールが好きで、
ぼくはフェリーニが好きで‥‥。

でも、それだけいろいろ違ってるのにさ、
彼と一緒にいると、
なぜだか知らないけど、おもしろいんだ。

──

おもしろい。

森山

おもしろいんだよ。

──

おしゃべりとか、そういうことが？

森山

おしゃべりも、おもしろかったよ。

何か動作もおかしかったし、
突拍子もないことを言い出したり、
とにかく不思議な男だったんだ。

──

理論派で弁の立つイメージですが、
実際、多弁な方ですか。

森山

いや、必ずしもそうではないよね。
グッと黙っちゃうときもある。

よくしゃべるやつではあったけど、
単純に「多弁」ではない。
ファナティックにしゃべるときと、
岩のように黙っちゃって、
グーっと内側に引きこもるときと。
おもしろい男だったなあ。

──

当然、写真談義、のようなことも。

森山

まあ、若いころはね。

２４か２５くらいからの付き合いだから、
そういうこと話すの好きでしょ。
写真やってる若いのが集まって酒飲めば。

──

アレ・ブレ・ボケとか‥‥。

森山

ほとんど他の写真家の悪口だよ。

──

あ、そうですか（笑）。

森山

顔を合わせりゃ、悪口を言ってたからさ。

ぼくらに悪口を言われないのは、
クラインとかそういう人くらいなもんで。

──

大道さんにとっての中平さんのような‥‥
つまり、親友でもあって
ライバルでもある人がいるのって、
すごーくうらやましいなあって思うんです。

森山

うん。あいつ、死んじゃったけどさ。

いまでも、いつでも、
中平の記憶は、ぼくの中に残ってる。

森山大道『Northern』より