──

いま、三木のり平さん特集もやっていて、
ご本人や昭和の喜劇について詳しい人に
取材してまわっているんですが、
そこでも、
越路さんのお名前がよく出てくるんです。

つまり、越路吹雪さんという人が、
いろんなジャンルで活躍していたことと、
昭和の「舞台」の人たちって、
クロスオーバーしていたんだな‥‥って。

ソワレ

越路さんと三木のり平さんって、
すごく仲がよかったんですよね。

──

一緒に撮った写真とか残ってますよね。

三木のり平に逢いにゆくー高田文夫さん篇より

ソワレ

越路さんの最初のリサイタルのときに、
のり平さんは、
越路さんの盟友岩谷時子さんのことを
「座付き作詞家がモギリをしてます」
とか言ったとか何とか。

それと、のり平さんと越路さんは、
越路さんのリサイタルの中で、
「クリスマスをあなたと共に」っていう
芝居をやったりもしてましたね。
残念ながら音源は残ってないんですけど。
越路さんのお葬式にも来て、
あとでひとりで泣きますって言ったそう。

──

そうなんですか。のり平さんって、
自分の主戦場は舞台だっておっしゃって、
映画にもたくさん出てますが、
「あんなものはウ◯コだ」って言ってて。

ソワレ

やだ、本当？

──

生の舞台に命をかけてたからだそうです。

だから、のり平さんが
いちばん見てほしいと思っていたものを、
ぼくら遅れてきた世代は、
いま、絶対に見られないんですよね。

ソワレ

越路さんも、まさしく同じ。

テレビが嫌だし、レコーディングも嫌い。
のり平さんと同じく「舞台の人」で、
歌手というより女優、
芸術家じゃなく芸人だって言ってた。
だから、気が合ったのな。のり平さんと。

──

越路さんが亡くなったのって‥‥。

ソワレ

56歳。だから、もう45年も経ってる。
生の越路さんに触れた人の数は、
どんどん少なくなってしまっているから、
何とかしなきゃって思ってます。

以前、坂東玉三郎さんとお会いしたとき、
「越路さん、テレビの収録で
イヤリングが引っかかっちゃって」
「あ、知ってます、『恋はコメディ』で」
なんておしゃべりをしたり。
先日は市村正親さんとお話ししたんです。
よく越路さんと麻雀やってたんですって。
「越路さんがマズい牌を切ると
何を歌うか知ってる？」って聞くんです。

──

ええ。何なんですか。

ソワレ

「私バカよね‥‥」なんだって（笑）。

──

「心のこり」（笑）。細川たかしさんの。

ソワレ

誰かとそういう話ができると、
もうね、とても幸せな気持ちになります。

──

そうやって、さまざまな越路さん情報が、
どんどんソワレさんに蓄積されていって。

ソワレ

越路さんの遺品なんかも、
自然とぼくのとこに集まってくるんです。

お葬式のときに青山斎場で使った
１メートル四方とかの大きなパネルまで、
うちに来ちゃったし。ご遺族から。

──

そんなに大きなのを取ってあるんですか。

ソワレ

はい。もう、ご本尊として拝んでますよ。
いまだに光るんです。

──

（光る‥‥？)

ソワレ

あとは、ぼくがよろこぶだろうと思って、
シャンソン歌手のクミコさんが
越路さんの遺品をくださったり、
紅白歌合戦の出場記念のお扇子だとか、
越路さん関係のものが、いっぱいあって。

──

記念館ができそうです。

ソワレ

穴が空くほどいろんな資料を見るから、
衣装だけで
「これは何年のロング・リサイタルね」
とわかるようになっちゃいました。
曲も「これは何年の録音のもの」とか。

でも、ぼく以外にも誰か
越路吹雪研究家が出てくるかと思ったら、
いないんですよ、知るかぎり。

──

なぜでしょうね。大スターだったのに。

ソワレ

ひとつには、お子さんがいなかったので、
継ぎ手がいないんです。

お身内の中に、
きちんと伝えていってくれる人がいれば、
状況はちがったんじゃないかな。
岩谷時子さんという
素晴らしいパートナーはいたんですけど。

──

田舎の村でひっそり亡くなったゴッホを、
死後、
有名にしていったのは家族なんですよね。

ソワレ

あ、そうなんですか。

──

たしか、弟テオの奥さんが
残されたゴッホの作品を管理したりして、
がんばったみたいです。
それでもだいぶかかってるみたいですが。

だから，おっしゃるように
身内がいれば、語り継いでいけたのかも。

ソワレ

また、越路さんがあまりにも強烈だしね。

何かをうまく管理したりしようとしても、
あまりに規格外で。

──

というと？

ソワレ

何百万円もするサンローランの衣装とか。
どうしたらいいかわからないでしょ。
ニナ・リッチには
越路さんのボディがあったとか‥‥ね、
話のスケールが大きすぎて、
こんなの、どうしようってなりますから。

越路さんの遺品のドレスは、
早稲田大学にある演劇博物館なんかにも
寄贈されていますが、
そうなると「資料」になっちゃう。
すると、なかなか出てこなくなったり。
ちょっと扱いづらくなっちゃうんですよ。

──

収蔵品となると、そうなんでしょうね。
「保存」という使命も帯びてますし。

ソワレ

ぼくがいただいたドレスだとか浴衣は
ぼくのものだから、
越路さんの生誕100周年のイベントで
会場に展示したときも、
「よければ、どうぞ羽織ってください」
みたいな感じにしてました。

──

大事なことなのかもしれないですよね。
神様みたいに祀り上げすぎないのって。

ソワレ

越路さんのことを、
もっと身近に感じてほしいなと思って。

──

ここまで聞いておきながら‥‥ですが、
越路吹雪さんの「すごさ」って、
あらためて、
どういうところにあると思われますか。

ソワレ

もちろんね、歌は当然すごいんだけど、
生き方にも惹かれています。

たとえば、ストイックなところだとか、
大胆でかつ繊細なところとか。
そういう部分って
越路さんのステージを見てるだけじゃ
あんまりわからないんだけど。
越路さんってね、おもしろいんですよ、
エピソードが、本当に。

──

たとえば‥‥。

ソワレ

ステージのうえで自然に見えるように、
衣装にアイロンをかけるのは
かならず「３時間前」って決めていたり。
朝ごはんは、根昆布につけたお水と梅干。
食べるものが、ぜんぶ決まってるとか。

２時間のステージのために、
他のすべての生活があるという感じです。
夜は睡眠薬を飲んで10時間は寝る。
朝になったら、
必ずお風呂に入って薬を身体から出して、
体操をして‥‥とか。
そのストイックさといったら、すごいの。

──

そこまで細かく自分を律していた。

ソワレ

そうじゃないとイヤだったみたいですね。
それくらい舞台にかけていたんです。

同時に奔放で大姉御っぽいじゃないですか。
あの磊落（らいらく）さ。
黒柳徹子さんがおっしゃるには、
大スターなのに、ぜんぜんスターぶらない。

──

聞けば聞くほど、魅力的な人ですね。

ソワレ

世紀の大スターだったわけですけど、
いわゆる「芸能界」とは一線を引いていて、
誰も邪魔できない何かがある。
なぜかレコードは売れなかったのに、
２カ月間のリサイタルが満員になるんです。

ある方から聞いた、好きな言葉があります。
越路さんって
「本物を超えた偽物」なんですって。

──

つまり‥‥？

ソワレ

そもそも、ご出身の「宝塚」からして、
男役って「本物を超えた偽物」なわけです。

シャンソンだって、
結局はフランスからの借り物なわけでしょ。

──

ええ。

ソワレ

それなのに、本物のシャンソンを聴くより、
越路さんのシャンソンに感動しちゃう。

宝塚で男役をやってる越路さんは、
本物の男の人よりも男の人っぽく見えるし。

──

そういう意味ですか。
なるほど。

ソワレ

世の中のドラァグクイーンのみなさんが
越路さんに憧れるのも、
性別とか何とか、
いろんなものを超越してるからじゃない？
メイクにしたって何だって。

え、大丈夫？　話が、どんどんそれてる。

──

おもしろいんで大丈夫です（笑）。