──

つまり、越路さんとシャンソンと、
同時に出会った感じ‥‥だったんですね。

ソワレ

シャンソンなんて何も知らなかったから。
でも、越路さんを通じて、
少しずつ興味を持つようになったんです。
「あ、フランスの音楽なのね」とか、
「どういう人が歌ってたんだろう」とか、
原曲も少しずつ聴くようになりました。

──

シャンソニエとかに通ったり？

ソワレ

当時はまだインターネットもないし、
自力で原曲へたどりつくのが難しかったんです。
越路さんの「サ・バ・コムサ」を聴いて
「いったい誰が歌ってたのか」
ということを、シャンソニエに行って、
そこにいる誰かに聞けばわかるかも‥‥って。

当時はまだ吉祥寺にも西荻窪にも、
シャンソンを聴ける場所があったけど、
赤坂の「Boum（ブン）」っていう店が
なかでも好きでしたね。
どこかに越路さんの残影を感じながら、
こういうシャンソンもあるんだ‥‥って、
どんどん知識を吸収していきました。

──

じゃ、みるみるハマっていったんですか。
シャンソンというものに。

ソワレ

ぼくはもともとクラブで遊んでいたので、
シャンソニエもいろいろ回ったんですが、
正直言うと‥‥最初は、
なんかしみったれた感じがして、
ぼくには合わないなと思っていたんです。

──

あら、そうでしたか。

ソワレ

越路吹雪さんは別として、
その他のシャンソンやシャンソン歌手に
感動したことがなかった。

日本のシャンソンの徒弟制度の制度とか、
特有の閉鎖的な空気にも、
ちょっと疑問を持っていたし。
だって、先生が曲を選んで
「こう歌いなさい」なんて言われたんじゃ、
個性も何も生まれないじゃない？
自己主張の強い、こんな人間だから。
でも、Boumは本当に素晴らしかった。

──

その中で、越路さんのシャンソンは、
どういうところが特別だったんですか。

ソワレ

んー、そうですね‥‥ひとつ言えるのは、
初心者にとっては、
いちばん「わかりやすい」と思うんです。

シャンソンを歌ってると、いまだに
「シャンソンって、難しくてわかんない」
と言われることがあって。
何から聴いたらいいのか、
どう歌っていいのか。
そのときに、いちばんわかりやすいのが
「越路吹雪さん」じゃないかな。

──

わかりやすい。

ソワレ

なぜかというと「大スター」だったから。

──

なるほど。スターがいれば、みんな知る。
理解とか納得とかしやすいですよね、
「なるほど。あれがシャンソンか」って。

ソワレ

ぼくは、越路さん好きが嵩じて
越路さんの事務所でも
お仕事させていただいていたんですけど、
越路さん、シャンソンのために
とんでもなくお金をつかっているんです。

フランスへ遊びに行っても、
気に入った音楽を日本に持ち帰ってきてます。
ヒット曲を仕入れてきて、
すごく早い時期に日本語におろしてるんです。

──

自分のお金で行って、新しいものを吸収して。

ソワレ

当時、そんなことをやってたシャンソン歌手、
日本には、ほとんどいません。
越路さんが亡くなられてから
日本のシャンソンが元気を失ったのは当然で、
だって、新しいフランスの音楽が
入ってこなくなってしまったんです。

──

越路さんが日本に紹介した曲って、
たとえばで言うと‥‥。

ソワレ

「サン・トワ・マミー」もそうだし、
「ろくでなし」もそうだし。

ベティ・マルスの「私のロシア・カフェ」
という曲は、
越路さんが持ってきた９年後に
美輪明宏さんが
「恋のロシアンカフェ」という名前で
歌ったりしています。

──

なるほど。

ソワレ

他にも、ベティ・マウスの曲では、
「初日の夜」だって、「恋はコメディ」だって、
みなさん歌ってらっしゃるけど、
もともとは
越路さんがフランスから持ってきた曲です。
ニコル・クロワジールも、そう。
エディット・ピアフだって
越路さんが日本に紹介したと言っていいと思う。
「愛の讃歌」は、もともとピアフでしょ。

──

まさに、あの曲もこの曲も‥‥状態ですね。

ソワレ

はい。越路さんの功績は、本当に偉大です。

そんなふうにして、人々を惹きつけて、
「日生劇場、２カ月満員」ですからね。
ただ、ぼくは当時の舞台を見ていないので、
夢がひとつ叶うなら、
越路さんのリサイタルを生で見たいです。
で、とにかくそんなこんなやってるうちに、
なんとなく歌手になっちゃったんですよね。

──

おお。でも、好きで聴いている状態から
人前で歌う‥‥ところへいくまでには、
何段階かがあるように思うんですけども。

ソワレ

ぼく、20代の前半は、
レコード会社の作曲の部署にいたんですが、
あるとき、ディレクターさんに
「ちょっと歌ってみない？」って言われて。

──

もともと、その素養があったんですね。

ソワレ

まあ、できる楽器はピアノぐらいですけど。

でも、シャンソンという音楽に出会って、
越路さんというカッコいい人に出会って、
心から憧れて真似をしてたら、
レコード会社に拾われたって感じなんです。

──

そうやって、歌うようになった。

ソワレ

でもね、結局、日本のシャンソン歌手が
最初に聞かれることって
「先生はどなたですか」
「どちらで歌っていらっしゃるんですか」
なんです。
それが、日本のシャンソン界のセオリー。

──

お師匠さんが誰で、
どこのシャンソニエで歌っているか、と。

ソワレ

ぼくにはそれがないんです。

──

じゃあ、めずらしいタイプ。

ソワレ

うん。そういうのがイヤだったんですよ。
だって、歌って自由なものでしょ。

──

シャンソンというものを知れば知るほど、
そもそも
すごく自由なものなんだなって思います。

なんでもあり、みたいなところもあるし。

ソワレ

そうでしょう。

当時、ぼくはラウンジ系のクラブなんかで
夜な夜な遊んでいて、
そういうところでバイトもしていました。
クラムボンのミトさんはバイトの先輩で、
よく怒られてたんだけど（笑）、
当時、毎日テーマが決まっていたんです。
今日はレゲエ、今日はヒップホップ、
今日はジャズ、ボッサ、ハッピーチャーム。
でも、ぼくは、どうして
ここにシャンソンがないんだろう‥‥って。

──

なるほど。

ソワレ

ジャズとかヒップホップで、
みんなこんなにも楽しくやってるんだから、
シャンソンでだって楽しくできる。
そう思って、
「シャンソンのイベントやらせて」
って言ったら、
「あ、おもしろそうじゃん、いいね」って、
仲間が盛り上げてくれたんです。

──

おお。

ソワレ

シャンソンチックソワレというイベントを
はじめたんです、それで。

ぼくは、本名が土屋っていうんですけど、
クラブのオーナーさんも土屋さんで、
まわりにも土屋さんがいて
紛らわしいので、そのときくらいに
「じゃ、おまえソワレ」って名前になって、
いまに至ります。

撮影：にしの ゆうき

──

そんなソワレの物語、でしたか。

ソワレ

だから、すべてが偶発的というか、
ぼくの人生は受動的だなあって思ってます。

越路さんに出会ったことも偶然だし、
この名前になったことも偶然。
「シャンソンを歌え」って言われたことも。
‥‥こんなとりとめのない話で大丈夫？
困るでしょ、きっと。あとで。

──

大丈夫です、おもしろいので。

ソワレ

そういえば、桑ちゃんにも
そこのクラブで会ってるんですよ、偶然。

──

桑ちゃんというと、桑山哲也さん。
日本を代表する、アコーディオン奏者の。

先日インタビューさせていただいて、
シャンソンのことアコーディオンのこと、
暴走族時代のこと‥‥聞きました。

ソワレ

そう。ぼくがバイトで入っている日に、
パール兄弟の窪田晴男さんが、
イベントをやってたんです。
深夜のセッションタイムの時間があって、
そこへ桑ちゃんがフラッと来たんですよ。
なぜか、アコーディオンを抱えて。

──

へええ。

ソワレ

そしたら晴男さんがぼくのところへきて
「ソワレ、アコーディオンがいるから
シャンソン歌ってこいよ」って。
「えっ、何、どういうこと？」みたいな。

それが、はじめましての出会いで、
「ぼくシャンソン歌手やってます」って。
「あれはできる？　これもできる？」
みたいな感じで、
２人で１時間近くやっちゃったんですよ。

──

運命的な出会いですね。

いまでは、そんな桑山さんと
「新春シャンソンショウ」もやっていて。

ソワレ

20代後半のころ。不思議な出会いでした。