
友人の有田浩介くんが「国際映画祭」をやる。
移住先の石垣島で、たったひとりでだ。
日本、アメリカ、イラン、中国、リトアニア、
ウクライナからの作品を上映する。
それらは映画館のない石垣島の市民会館ほか、
仲間のライブハウスや
かつて映画館だったスペースで上映される。
参加作品の監督が国内外から来島、
トークセッションや交流プログラムを通じて、
参加者との対話がなされる。
食を中心にしたイベントも考えているようだ。
そんなことを、やろうとしてる。ひとりで!
おもしろそうだから取材してきました。
担当は、「ほぼ日」奥野です。
撮影:水野暁子
とくにツテもないまま石垣へと越してきた有田くんだが、国際映画祭開催のチャンスの前髪(短そう)をつかんだのは、いしがき起業ガレッジという創業支援プログラムの場だった。そこで「石垣島で国際映画祭を開催する」という構想をプレゼンし、みごと採択されたのである。金銭的なサポートはなかったものの、たくさんの未来の仲間たちと出会うことができた。石垣に住む人だけでなく、宮古との間を行ったり来たりしている人、もともと石垣で今は東京で仕事をしている人。そこには、石垣でスタートアップを目指すビジネスマンや起業家が集っていた。有田くんの「異能」がフルに発揮されたのは言うまでもない。どんどん友だちになっていくさまが目に浮かぶ。こうして有田くんは「仲間」を増やしていった。
たとえば、宮良賢哉さん。有田くんは「けんや」と親しげに呼ぶ。もともと「起業ガレッジ」の運営担当者で、地元のラジオ局のDJでもある。有田・ザ・トルネードがガレッジ参加者を「国際映画祭」へ巻き込んでいく、そのようすをつぶさに目撃していた人物だ。けんやさんによると、BEGINの出身地である石垣では、音楽フェスはしょっちゅうあって、それぞれに盛り上がっているらしい。しかし「映画祭」となると‥‥過去に何度か開催されたものの根付かなかったという。その理由のひとつとして、けんやさんは「地域を巻き込む力が足りなかったのかも」と分析する。その点で「有田くんがやるなら、もしかしたら‥‥」と期待しているようだった。
いつもにこやか、けんやさん
あるいは、慶田盛大介さん。だいちゃん。逗子に住んでいたころ、葉山時代の有田くんと知り合った。その後、地元の石垣へ戻っていたところ、移住してきた有田くんと再会。現在は木工所ではたらくかたわら、絵を描いたり歌を歌ったりするアーティストだ。今回の映画祭では上映作品の前に流れるアニメーション映像(バンパーというらしい)の制作を担当している。やってみると、自分の描いた絵が動く‥‥ことが、楽しくて仕方ない! 日課だった晩酌も後回し、寝ても覚めても絵を描き続ける日々。もともと「0か100か」の性格で、現在はバンパー制作に全振り状態。その点、奥さま? 「厄介(笑)」(妻の千春さん)。
だいちゃんの絵を実際に動かしているのは、押尾尚紀さんだ。東京・石垣をいったりきたりしながら映像の仕事をしている、2000キロを往復する2拠点生活者。仕事柄、アニメーションにも詳しい。最初にバンパー制作をもちかけられたのが押尾さんで「じゃあ、アニメーションにしたら? 絵はだいちゃんに描いてもらって」と有田さんに逆提案。まだ20代前半の若さであるが、じつにしっかりした好青年である。
押尾さん→だいちゃん→千春さん。バンパーの構想の元となった絵本(だいちゃん作)を見ながら
ちなみに「バンパー」というものには、映画祭のカラーが如実に現れるという。スポンサー企業のロゴがずらっと並ぶ映画祭もあれば、いつかの釜山国際映画祭のような、ブラッド・ピットとペネロペ・クルスによるショートストーリーのあと、最後に「by CHANEL」みたいなバンパーもあったとか。とにかく、映画祭に参加した人しか見ることのできない映像で、有田くんによると「素晴らしいバンパーは、時が止まる」らしい。そんな大事な大事な映像を、だいちゃんと押尾さんが100パー楽しみながらつくっているところが、すごくいいなあと思った。
現地メディアの記者にも、おもしろがられている。八重山毎日新聞の黒島安央さんは、国際映画祭の動きをたびたび記事にしてきた。きっかけは、ある日、分厚い資料を携えて現れた有田くんから「映画祭とは」というレクチャーを受けたこと。直感的におもしろそうだと思い、デスクに記事化を提案した。興味を覚えた理由のひとつは、戦争をテーマとした硬派なドキュメンタリーが上映されること。周知のように、八重山地域を含む沖縄では政治的な問題が身近に存在している。「この島からは、台湾や香港へも容易にアクセスできます。そういう文化圏にある地域なんです。東京から見れば最南端ですが、ぼくらにとっての中心は、この島。今回の映画祭が、この島から世界へ視野を広げていく契機になったらいいなと思っています」
黒島記者の話しぶりからは地元への深い愛情を感じた
昔から、有田くんには「ひとりだけどひとりじゃない」というイメージがある。いつも友人知人に囲まれているけど、いつもバーベキューやってる印象だけど、肝心なときには「ひとり」なのだ。これだけ仲間を増やすのが得意なのに、どうして会社組織にしないのか? いつだったか、そのことについて聞いたことがある。有田くんの答えは、こうだった。「ひとりが好きなんだよね。ずっと考えてきたことや、パッと思いついたことを、すぐに具体化できるから」。明快な理由だ。「多動気味な自分がキャパシティの倍くらいのことをやろうとすると、きっと社員やスタッフに負担をかけちゃう。安い給料で無理させたり、心を傷つけちゃったり。そんなのは嫌だから、ひとりでやれる限界ギリギリを追求してる。それが自分のスタイルなのかな」。
そんな有田くんの唯一のチームが「家族」である。テキサスから東京から柏、葉山、そして石垣。有田くんは、ひとりで移動してきたわけではない。そのつど、家族がいた。いまのチームは、ふたりのちっちゃかわいい息子くんと、(おそらく相当)フトコロの深い奥さまと、元気いっぱいのサムくん(ワンちゃん)だ。息子くんたちには学校や保育園があり、奥さまにもお仕事があったはず。でも、映画の翼に乗って旅するかのような有田くんと、みんな一緒に移動してきた。奥さまのアラトモさんに聞く。有田くんは好きでやっているからいいけど、ご家族としては、そのー、どうなんですかぶっちゃけ。「とくに抵抗はないですよ。おもしろいです。彼の旅につきあうことで、わたしひとりでは見れなかった景色を見れるし。自分の人生が広がっていくような感覚ですね」。ぼくは東京の超有名企業に勤めていたころのアラトモさんを知っている。そうは言うけど、やっぱり大変なことばかりだったと思う。だって、とはいえ、石垣ですよ? 東京から2000キロくらい離れてるんですよ? 「想定内です」。アラトモさんのフトコロは、やっぱり深かった。
有田くんのチーム家族(撮影:有田くん)
有田くんの映画の仕事には、どこか「家族」の存在を感じていた。いつだったか「家族さえいれば、どこへでも行ける」と言っていたこともある。有田くんの「ひとり」を支えるのが、家族というチームなのだ。

映画を愛する、音響のプロフェッショナル。ふだんは映画祭の会場のひとつ・市民会館で音響技術を担当している。しかし今回は、他の上映会場にまで足を運び、音響面のアドバイスをしてくれているとか。なんとも頼りになる凄腕の助っ人なのだ! 有田くんの映画祭に期待することは?
「海外の作品も含めて、さまざまな作品が集まってますよね。ジャンルの幅がとても広い。そこが、いいなあと思います。ふだんは馴染みのないような映画にふれて『あ、好きかも』『けっこうおもしろいじゃない』なんて思ってもらえたらいいね。映画って、必ず大感動しなきゃなんないものじゃないから。観た人にとって新たな発見があれば、それでいい。みんなにとって、映画をもっと好きになるきっかけになればいいなと思います」

コントロールブースの武松さん、カッコいいぜ!
(つづきます)
2026-03-11-WED
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映画館のない石垣島で国際映画祭を立ち上げる。
そのために、
釜山国際映画祭、東京国際映画祭、
山形国際ドキュメンタリー映画祭、
アムステルダム国際ドキュメンタリー映画祭、
東京フィルメックス、
そしてベルリン国際映画祭をめぐり、
約250人の映画人と対話してきた有田くん。奇しくも中東における戦闘がはじまったいま、
琉球弧に位置する石垣島で、
戦争の悲しみを伝える作品を含む
世界17カ国からの25作品が上映されます。
何名かの監督も海外から来島、
トークセッションなどのイベントに参加予定。詳しくは、映画祭の公式サイトで。
なお、昨今の世界情勢の急激な悪化により、
中東やヨーロッパ方面から招聘予定だった
海外監督やゲストの渡航費が高騰。
開幕目前のラストスパート支援を募る
クラウドファンディングがスタートしました。
上映作品の鑑賞券とセットになった支援も
あるようなので、チェックしてみてください。

