久住昌之さん原作の『花のズボラ飯』、
今日マチ子さんの『cocoon』、
米代恭さんの『往生際の意味を知れ』、
『あげくの果てのカノン』、
鳥飼茜さんの「『サターンリターン』、
池辺葵さんの『プリンセスメゾン』。
これらはすべて、
ひとりの編集者が担当した作品です。
「ビッグコミックスピリッツ」の
金城小百合さんが、その人。
名作・ヒット作を連発する編集者の
編集論・編集哲学を、うかがいました。
担当は「ほぼ日」奥野です。

>金城小百合さんのプロフィール

金城小百合(きんじょう・さゆり)

1983年生まれ。秋田書店に入社後、小学館に転職。入社3年目に立ち上げた『花のズボラ飯』が「このマンガがすごい!」オンナ編1位、マンガ大賞4位受賞、TVドラマ化など話題に。その後、漫画誌「もっと!」を創刊、責任編集長を務める。その他、藤田貴大主宰の「マームとジプシー」によって舞台化された『cocoon』、TVドラマ化作品『プリンセスメゾン』 、『女(じぶん)の体をゆるすまで』『あげくの果てのカノン』『往生際の意味を知れ!』『サターンリターン』などを担当。現在、スピリッツ編集部に所属しながら、ファッション・カルチャー誌「Maybe!」の創刊、編集にも関わっている。

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第3回 ジブリ公認の二次創作本!

──
沖縄戦の「ひめゆり」の物語をという
今日マチ子さんへのオファーを、
断られることは覚悟の上で、
ひとまず沖縄取材へ行ってしまったと。
金城
今日さんもデビュー間もないころで、
年齢も20代、
戦争という重いテーマを描きたいとは、
すぐには、
なかなか思えなかったと思うんです。
──
ええ。
金城
だから「やっぱり描けないです」って
言われるかもとも思いつつ、
ひとまず沖縄取材へ行っちゃって、
「このあたりとか描けそうですよね!」
とか、
「さっき見た、ガマのなかの雰囲気は、
絶対伝えたいですね!」みたいな。
滞在中、わたしの親戚の叔父さんが
車を出してくれたり、
家に泊めてくれて
「東京からマンガ家さんが来たぞ!」
みたいな宴会まで‥‥。
取材費を抑えたかったのもあるけど、
沖縄の人を知ってほしくて。
──
何となくの、引き返せない感が(笑)。
金城
そう、でも実際、現地を見てしまうと、
今日さんも、
引き返せないなって思ったと思います。
あまりにも無念のうちに死んでいった、
理不尽なひめゆりの子たちがいた、
その事実に触れたら、
描かざるを得ない‥‥っていうか。
──
そうなんでしょうね‥‥はい。
金城
今日さんは、すごく頭のいい人だから、
現地をめぐりながら、
自分に描けるものと描けないものを、
たぶん、
その場で選んでいっていたと思います。
──
あの今日マチ子さんの独特の魅力‥‥
作品を読んでいると、
何だろうって思うんです、いつも。
どう思われますか、金城さんは。
金城
わたしは、ドライさが好きですね。
『センネン画報』を読んでいても、
そこには人間がいて、
ページを浮遊したり潜ったりしながら
キラキラしてるんだけど、
それは、
「人間っぽさ」みたいなものとは、
切り離されているというか。
──
ああ、わかります。
どこか人形たちの世界を見ているような。
いや、いい意味で、なんですけど。
金城
だからこそ、何てことのない物語とかが、
あんなに素敵に輝くのかなあって。
それと、わたしが
『センネン画報』で好きだったのは、
エロい描写にだけ、
すっごいリアリティがあるところで。
──
それは、どういう‥‥。
金城
指でバームをえぐる描写、とか‥‥。
わあ、エロって思ったりさせられる。
基本的にはずっとドライなんだけど、
それだけに、
たまに出てくるエロさっていうのが、
妙に生々しくて、好きでした。
──
ちなみに、今日マチ子さんと、
ひめゆり学徒隊の話というテーマと、
どっちが先だったんですか。
金城
どっちも、ですかね。
つねに3つから5つくらい、
誰かに描いてほしいと思うテーマと、
描いてほしい、
気になってる作家さんのお名前とが、
頭の中にあるんです。
それらを、
ずーっと掛け合わせている感じです。
──
なるほど。
金城
「この人が、このテーマを描いたら
おもしろいんじゃないか」
「ああ、断られた」
「じゃあ、このテーマならどうかな」
「んー、いまいちハマってない」
とかって、
本屋さんの漫画の棚の前でも、
えんえんぐるぐるやっているんです。
今日さん以外にも、
「ひめゆり、描いたらどうだろう」
って思った作家さんもいるし、
でも、やっぱり、
今日さんでよかったって思ってます。
──
断られることもあるんですね。
金城
いっぱいありますよ。
──
いっぱいあるんですか。
金城
いっぱいあります。
自分で絶対いけると思っていても、
断られることはあります。
あんまりピンと来なかった、とか。
だから、最初に会いに行くときに
「こういうテーマで描きませんか」
という提案を、
3つくらい言えるのがベストです。
──
漫画家さんの扉をノックしてみる。
いろんなコンコンの仕方で。
金城
で、そこからだと思うんです。
──
そこから?
金城
はい、そこから相手の漫画家さんが
「それはちょっとなあ」とか、
「あ、だったら、
こういうテーマのほうがおもしろい」
とか、
「そこいくならわたしじゃなくて、
あの先生のほうが合ってるし、
描いてくれたら、わたしも読みたい」
みたいな、ご意見とかアドバイスを、
いろいろくださるんです。
──
おお。
金城
だから、自分なりのアイデアを持って
作家さんのところへ行って、
その人が描いてくれなかったとしても、
何かしらの「ヒント」をもらって帰る。
ずっと、そうやってきました。
たいしたアイディアもないままに、
お時間いただいて、
ただ飲んで帰ってくるみたいなことも
昔はありましたけど、
それだと、その場が楽しいだけで、
先生には、ぜんぜん響かないんですよ。
──
仕事にならない。楽しいだけだと。
金城
そうですね。
その漫画家さんの連載している作品が
すごく好きで、自分はとくに
こういう要素がいいと思っていて、
だから、その要素を今度は
こういうテーマで描いてほしいんです、
みたいに順序立てて言えないと、
たぶん、
作家さんは口説けないなのかなあ、と。
──
金城さんって、秋田書店だった時代に
『もっと!』という漫画雑誌を、
ひとりで立ち上げたと聞いていますが。

金城
ええ。
──
ものすごーくぶあつい雑誌でしたけど、
創刊ということはつまり、
ひとりひとりの漫画家さんのところへ、
いまみたいに
「口説き」に行ったってことですか。
金城
わたしは責任編集長という立場で、
編集部の人が
担当してくれた作品もありますし、
別の編集部からも
参加してくれた編集者もいたんですね。
わたしは、それらをまとめた感じです。
──
とは言え、編集長として、
連載陣のラインナップは決めたわけで。
金城
そうですね、はい。ラインナップは。
当時は、担当していた
久住昌之さんの『花のズボラ飯』が
当たったこともあり、
わりと好きにやらせてもらっていて。
──
ええ。
金城
わたしの好みなので、
サブカルっぽいのも多かったんですが、
『エレガンスイブ』は主婦向けだから、
そのワクから
はみ出ちゃうんです、そういう作品て。
──
なるほど。
金城
それで、2回くらい、
わたしの好きな作品を集めた小冊子を、
『エレガンスイブ』に
付録でつけていいことになって。
1回めは100ページくらいでしたが、
2回めはかなりぶあつい‥‥
もう「並み綴じ」じゃ無理なくらいの。
──
付録なのに。
ふつうの本がもう一冊ついてきた的な。
金城
そのとき、台割をひく作業からぜんぶ、
完全にひとりでやりました。
当時の編集長が、
練習をさせてくれてたんだと思います。
──
ゆくゆくは、創刊編集長になるための。
結果『もっと!』を立ち上げたと。
金城
若い読者へ向けたサブカル系の雑誌を
全力でやってみよう‥‥と思って。
おまけの小冊子ではじめてお願いして、
『花のズボラ飯』の
トリビュート漫画を描いていただいた
花沢健吾先生にも、
ショート漫画を描いてもらったりして。
──
まあまあ会社に住んでたと聞きました。
金城
住んでました(笑)。
──
平凡社で百科事典をつくってたときの
荒俣宏さんじゃないですか、それじゃ。
金城
秋田書店って、歴史の古い会社だから、
面接をした囲碁将棋部屋に、
3畳くらいの和室もついていたんです。
で、その部屋に
「布団がある」という噂を聞いて‥‥。
真夜中、その布団に潜り込んだら‥‥。
──
本当にあったんだ。噂の布団。
金城
あったんです(笑)。
そしたら、見回りに来た
警備員のおじさんにビックリされて、
「ここを使ってる人、
もう10年以上は見てないんだけど、
その布団、大丈夫か!?」って。
──
ははは。まさか寝てる人がいるとは。
金城
あまり綺麗じゃなかったらしく。
ぜんぜん気になりませんでしたけど。
会社の地下室に給湯室があったんで、
そこでお湯を沸かして、
漫画家さんにもらったハーブ酒を
紅茶に混ぜて、
気付け薬みたいにカッて飲んでたり。
──
たくましいなあ(笑)。
金城
でも、そのときのことを思い出すと、
幸せだったなあ‥‥と思うんです。
──
あ、そうなんですか。
金城
はい、自分の人生にも、
こんなに夢中になれることがあった、
そのことが信じられなくて。
幸せだーって感じていたんですよね。
やってもやっても仕事が終わらずに、
めちゃめちゃ忙しくて、
大変で、大変で、
自分のつくっているものが
いいのかさえもわかんなかったけど。
──
ええ。
金城
幸せでは、あったというか。
──
何がそんなに、幸せだったんですか。
金城
何だったんだろう‥‥(笑)。
必要とし合っていた‥‥というかな。
雑誌と、わたしが。

──
ああ‥‥いいなあ。
金城
この雑誌はわたしを必要としてるし、
わたしもやっぱり、
その『もっと!』を必要としていた。
「人生の集大成」みたいな気持ちを、
託していたんです。
好きな漫画だけ載せていいわけだし、
実際、好きなものだけ載せてたから。
──
そして、その『もっと!』第4号が、
とんでもないんですよね。
ジブリ公認の二次創作本‥‥という。

金城
はい(笑)。
──
よく実現できましたよね、そんなの。
表紙の大きなキャッチフレーズにも
「ジブリの狂気」とか。
金城
映画の『風立ちぬ』を観て、
本当に素晴らしいと感動したんです。
ジブリはずっと大好きだったから、
特集をやるなら、
ジブリをやりたいって思ったんです。
──
ただ、思うだけなら、誰にでも‥‥。
金城
ある人からアドバイスをいただいて、
プロデューサーの鈴木敏夫さんに
企画書を書いて、郵送したんですね。
そうしたら‥‥なんか、OKが出て。
──
何だろう、その突破力(笑)。
鈴木さんも、おもしろがってくれた。
金城
いや、わかんないです(笑)。
でも、この号の『もっと!』の字は、
鈴木さんの書き下ろしなんです。

──
ノリノリじゃないですか。
金城
そうだったら、うれしいです(笑)。
何年かあとに偶然お会いしたときも、
「おもしろかったね、あれ」
って言ってくれて、よかったなあと。
──
こういう二次創作ものって、
参加した先生方の愛を感じますよね。
金城
そうそう!
とにかく漫画家の先生たちがみんな
よろこんでくれて、
「ジブリ公認というからには
宮崎駿さんの目に入るかもしれない」
という思いもあるのか(笑)、
モチベーションが、超高かったです。
──
伝わってきます。
金城
小玉ユキ先生の『風立ちぬ』とかも、
すばらしいし‥‥
花沢健吾先生のナウシカなんかも、
石黒さんのクシャナも、
めちゃくちゃすごかったんですから。

──
ジブリさんの懐の深さも感じますし。
幸せな本ですね、誰にとっても。
金城
ありがとうございます(笑)。
──
ちなみに『テヅコミ』という、
手塚治虫さんのトリビュートの本が
ありますけど、
そこで、和田ラヂヲ先生が
名作『火の鳥』のオマージュ作品を
描いてるんですね。
金城
あ、そうなんですか。
──
はい、「和田ラヂヲの火の鳥」という。
で、その『火の鳥』って、
数ある手塚治虫さん作品のなかでも
かなりチェックが厳しいそうで、
それまで、オマージュの対象として、
なかなか
漫画家さんも手を出せなかった、と。
金城
へぇー‥‥。
──
でも、ラヂヲ先生は、
そんなの知らずに『火の鳥』を選び、
すんなりOKが出た。
それは、原作とはまったくの別物に
なるということが、
手塚プロダクションさん的にも、
明らかに、わかっていたからだって。
金城
あははは(笑)。
──
実際、火の鳥が出てこないんですよ。
はじまってから、しばらく。
金城
あははは(笑)。

『和田ラヂヲの火の鳥』(マイクロマガジン社) 『和田ラヂヲの火の鳥』(マイクロマガジン社)

(つづきます)

2021-09-15-WED

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  • 金城さんご担当の最新作は

    『女(じぶん)の体をゆるすまで』

    雇用主(某漫画家)の男性X氏から
    セクハラを受けていたペス山ポピーさんの
    エッセイコミック。
    ご自身トランスジェンダー、
    つまり性自認が「男性よりの中性」である
    ペス山さんが、X氏の手で
    背中を触られたときの描写のすさまじさ。
    SM嬢の友人や、
    戸籍上男のピンクでフェニミンな友人や、
    法律家や、カウンセラーや、
    担当編集チル林さん(=金城さん)との
    対話・コミュニケーションを通じて
    「女(じぶん)の体が悪いわけではない」
    と思うようになるまでの上下巻。
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