特集「編集とは何か」第2弾は、
福音館書店『たくさんのふしぎ』編集長の
石田栄吾さんの登場です。
小学生向けの「科学絵本」をつくる過程で
石田さんが向き合ってきた、本当の出来事。
それらは、どんな物語よりも物語的で、
子どもたちの世界を肯定する力が、あった。
石田さんに聞く「物語+編集」の話。
ゆっくり、たっぷり、うかがいました。
担当は「ほぼ日」の奥野です。

>石田栄吾さんのプロフィール

石田栄吾(いしだ えいご)

1968年、神奈川県生まれ。上智大学外国語学部フランス語学科卒業後、福音館書店入社。出版管理部、「たくさんのふしぎ」編集部、「こどものとも」第一編集部、「母の友」編集部を経て、現在「たくさんのふしぎ」編集部に在籍。担当した主な絵本に、『お姫さまのアリの巣たんけん』『アマガエルとくらす』『絵くんとことばくん』『古くて新しい椅子』『カジカおじさんの川語り』『雪虫』『スズメのくらし』『貨物船のはなし』『みんなそれぞれ 心の時間』『宇宙とわたしたち』『家をかざる』『一郎くんの写真』(以上「たくさんのふしぎ」)、『くものすおやぶんとりものちょう』『ぞうくんのあめふりさんぽ』『くもりのちはれ せんたくかあちゃん』『みやこのいちにち』『そらとぶおうち』『だるまちゃんとやまんめちゃん』『いっくんのでんしゃ』などがある。

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第5回 物語で「呼吸」をしている。

──
編集者の仕事のひとつに、
作家に作品を書いてもらうということが、
あると思うんですが‥‥。
石田
ええ。
──
そのおもしろさって、
どういうところにあると思っていますか。
石田
わたしは「組み合わせの妙」かなあ、と。
もしも編集者のなす仕事に
オリジナリティ、独自性が宿るとすれば、
そこじゃないかと思います。
──
組み合わせ、の妙。
石田
ええ。こんな本があったらいいなあ‥‥
それこそ新聞などを読んで、
このテーマで絵本にならないかなあって、
そういう「企画のたね」が、
片方の手に溜まっていくわけですね。
で、もう片方の手には、作家の名前です。
いつかこの人に書いてほしいという、
具体的な誰かの名前が溜まっていきます。
──
ええ。
石田
右手と左手に溜まったテーマと作家名が、
あるときに、何かのはずみで、
編集者の中で結びつくことがあるんです。
あっ、あれっ、このテーマを、
もし、この作家さんに書いてもらえたら、
あんまり見たことのない本が、
できちゃうかもしれないぞ‥‥とかって。
──
はい、そのワクワクはわかります。
どんなものがうまれるだろう‥‥という、
ソワソワして、
無闇に歩き回りたくなっちゃう感じ。
石田
いつでも、そんなにピターッと、
かっこよくはまるわけじゃないんですが。
でも‥‥ついこの間も、
わたしの机の上で、テーマと作家が、
勝手に出会ってくれたことがありました。
──
テーマが、作家と? 勝手に?
石田
はい(笑)。
──
机の上で。
石田
ずいぶん‥‥もう十年以上前ですけど、
「たくさんのふしぎ」に、
とても支持された作品を
書いてくださった作家さんがいらして。
もう90代なんですけど、
その方が「続編を描いたんです」って、
ご連絡をくださったんです。
──
ええ。
石田
わたしはわたしで、
続編の絵を描ける画家がいるとしたら、
この人しかいないって
ひそかに想像していた方がいました。
で、それからしばらくしたある日に、
わたしの机に、
その作家さんから続編の原稿が届いていた。
──
おお。
石田
すぐに開封して読んでみたら、おもしろい。
と、ふとその封書の隣には、
わたしが想像していた画家さんから
「また石田さんと一緒に絵本をつくりたい」
というお手紙が届いていたんです。
──
何たる偶然。
石田
90代の作家が書きあげた「続編」原稿と、
そこに絵を描けるとしたら
この人しかいないという画家からの手紙が、
まったく同じ日に、
わたしの机の上で、
勝手にはじめましてと出会ってくれました。
と、いうようなわけで(笑)、
いま、その絵本の制作を進めているんです。
──
現在進行系のお話でしたか。
では、いずれ拝読できるんですね。楽しみ。
石田
だから、さっきは、
ちょっとかっこいいことを言いましたけど、
編集者の意思でというより、
編集者の目の前で、
偶然に「出会っちゃう」ことも多いんです。
──
でもその「偶然」が、
石田さんの目の前で起こるっていうことは、
石田さんが、右手に「テーマ」を
左手に「作家さんのお名前」を
たくさん持っていたから‥‥だと思います。
石田
そうなんでしょうか。
であるならば、
自分が「ふつうに生きてる」ことだけでも、
意味があるのかなあ、とか。
──
いやあ、そうだと思います。
石田さんにとっての「ふつう」である
過去の新聞を遅れて読んでいる‥‥だけで、
他にない仕事をされていると思います。
石田
ずっと思い続けていたことが、
あるときに、ふっと成就することもあって。
以前に『ほらふきおじさんのホントの話』、
という作品を担当したんですね。
松林明さんという
自然番組のディレクターをやっていた方に
文章を書いていただいて、
絵は、長新太さんにお願いしたんですけど。
──
ええ。
石田
オタマジャクシのときには、
30センチとか、もう、こんな大きいのに、
カエルになると、
なぜか身体がちっちゃくなっちゃう、
アベコベガエルっていうのが、いるんです。
──
どうしたんだろう(笑)。
石田
そんな、世にもめずらしい生きものたちを
たくさん見てきた松林さんに、
『たくさんのふしぎ』で書いてくださいと。
──
うってつけじゃないですか。
石田
そう思うでしょう?
でも、その方、とっても謙虚と言いますか、
自分はあくまでディレクターにすぎない、
たしかにいろいろ見たけど、
自分よりふさわしい人がいると思う、
自分なんかが書くのはおこがましいって、
どうにもこうにも、書いてくださらなくて。
──
あ、そうなんですか。
石田
でも、わたしとしては、
ぜひ松林さんに、書いていただきたかった。
長いことそう思い続けていたんですが、
あるとき、福音館書店の古典の絵本ですが
『ほらふき男爵の冒険』
が復刻されたので、
何気なくペラペラと眺めてたんです、席で。
──
古典的名作ですよね。
まさしく福音館書店さん版が家にあります。
石田
そう、そしたら「ああ、これだー!」って。
つまり、あのお話って、ほらふきな男爵が
出会うもの出会うものに対して、
調子のいい「ほら話」をするわけですけど。
──
ええ。
石田
謙虚で書いてくださらなかった松林さんに、
あえて子どもたちに自慢するように、
ほらふき男爵のような軽妙さで、
ぜーんぶ本当のことを書いてもらえたらと。
──
ああー‥‥切り口を変えて。
石田
もう、すぐその場で松林さんに電話をして、
急で申し訳ございませんが、
今日、いまからお時間いただけませんかと。
で、その日のうちに会いに行って、
その『ほらふき男爵の冒険』をお見せして、
こんなことでいかがでしょう‥‥と。
──
そしたら‥‥。
石田
それならと言って、納得してくださった。
そうして、めでたく作品になりました。
──
つまり、えらそうに書くのはイヤだけど。
石田
そうそう、おもしろく書くならいいかと。
うれしかったですね、編集者として。

──
これは、映画監督とか俳優さんとか、
小説家のかただとか、
「物語」というものに関わる人に、
うかがえる機会があったら、
うかがっている質問なんですけれど。
石田
ええ。
──
物語って、なぜ必要だと思いますか。
ぼくたち人間にとって。
石田
そうですね‥‥すごい答えもないんですが、
まず、どんな人でも、
ひとつの人生しか生きることができません。
だから、物語というものを通じて、
他の人生を味わうことができるということ。
そのことは、やっぱり、
人間にとって大きな楽しみだと思うし‥‥。
──
ええ。
石田
個人的には、もう、ちっちゃいころから、
物語がないと読めなかった。
エッセイとかが苦手だったんです。
お話の筋がないと、本の読めない子ども。
だから逆に、
いま、「なぜ物語が必要なのか」という
質問を聞いて思ったのは‥‥。
──
はい。
石田
窒息しちゃうと思います。物語がないと。
──
なるほど。物語で呼吸をしている。
石田
そもそもかなりのテレビっ子で、
テレビドラマなんかも大好きだったし‥‥
市川森一さんの一連のドラマと、
宮崎駿監督の
『ルパン三世 カリオストロの城』に
出会っていなければ、
絶対、この仕事に就いてないと思います。
──
じゃあ、子どものころから、
物語に関わりたいと思っていたんですか。
石田
はい、そういう物語にふれてきたことが、
この仕事に就く大きな動機になりました。
あと、ポプラ社のシリーズの
アルセーヌ・ルパンも大好きだったなあ。
──
具体的に「編集者」と思ってたんですか。
石田
いや、大人になったら、
スパイか泥棒になろうと思っていました。
──
ははははは!
石田
絶対に。
──
そこまでの決意?(笑)
石田
スパイか泥棒になるためには、
たぶん外国語を話せることが大切だと。
外国語を勉強するためには、
何大学に行ったらいいだろう‥‥とか、
父親に相談してたほどです。
──
本気ですね(笑)。
石田
とにかく、スパイか泥棒を、
しばらくは目指していたんですけどね。
──
ならずに、編集者に。
石田
でも、どこかで繋がっている気もして。
──
スパイと泥棒と編集者がですか!?
本当ですか。どういう部分が‥‥?
石田
まあ、何かを盗んだり、
人を騙したりは、もちろんしませんが。
──
闇夜に高笑いとかも(笑)。
石田
しないです(笑)。
しないんですけど、でもね、
編集者って、
毎回毎回やってることがちがうんですよ。
──
あー‥‥。
石田
イーサン・ハントのように。
──
わははは、たしかに(笑)。
イーサン・ハントには、
ルーティン的なワークはなさそうですね。
石田
そう、これだけ編集者を長く続けていて、
同じ仕事って、ひとつもないんです。
そういう仕事に対する憧れというものが、
ずっとあったんですが、
思えば、自分の仕事もそうじゃないかと。
──
カエルやって、宇宙をやって、
恐竜をやって、時間をやって。
石田
子どものころ、
あれだけルパンに夢中になっていたのも、
あの冒険心、知的好奇心、
「生きているということ」それじたいで、
生業になっているような‥‥。
──
まさに、いまの石田さんですね。
石田
そうなんでしょうかね。
であるとすれば、うれしいんですけれど。
──
はい、スパイと泥棒になったと思います。
石田さんは、みごとに(笑)。
石田
ああ、そういえば‥‥
福音館書店の入社のときに書いた論文に、
最後に、まさに
「次はぼくがルパンになる番です」って、
締めくくったことを思い出しました。
──
宣言どおりじゃないですか(笑)。
じゃあ、最後に、
取ってつけたような質問ですみませんが。
石田
ええ。
──
石田さんにとって、編集とは何ですか。
あるいは編集者とは、
どういうお仕事だと、思っていますか。
石田
まあ、いちばんは「お手伝い」であるなと
思っていますけれどもね。
──
作家さんが、何かを生み出すときの。
石田
はい、お手伝いです。
わたしが扱ってるものは「本」ですから、
わたしとお時間を共有していただければ、
本にすることができます‥‥
そのお手伝いをさせていただきます、と。
──
では、本というものについては?
石田
うーん‥‥宝箱のようなものですかねえ。
中身のわからない宝箱、かな?
開けてみて、読んでみないとわからない、
中に何が入っているのかは。
でも、表紙をパッとめくってみたら‥‥。
──
ええ。
石田
そこには「人が入っている」んです。
──
人?
石田
そう、イカに詳しい人、時間に詳しい人、
アラスカに詳しい人、盆栽に詳しい人、
そのことをずーーーっと追いかけていて、
そのことについて、
本当に知っている人が入っているんです。
──
そして、その人が本当に知っていること、
という「宝物」を、わけてもらえる。
石田
そうですね。
だから、その意味では、
箱というより「扉」なのかもしれません。
本というものは、自分にとって。

2021-08-20-FRI

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  • 夏休みの、とくべつ企画!
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    石田栄吾さんが編集長をつとめる
    月刊『たくさんのふしぎ』
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    8月18日(水)15時まで読めるのが
    「ノラネコの研究」と
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    8月18日(木)~8月31日(火)が、
    「手で食べる?」と
    「世界あちこちゆかいな家めぐり」です。
    ぜひ、親子でのぞいてみてください。
    ちなみに、特設サイトで知りましたが、
    今年度(令和2年度)だけでも、
    22もの『たくさんのふしぎ』作品が
    小学校の国語の教科書に
    掲載されているそうなんです。すごーい!