特集「編集とは何か」第2弾は、
福音館書店『たくさんのふしぎ』編集長の
石田栄吾さんの登場です。
小学生向けの「科学絵本」をつくる過程で
石田さんが向き合ってきた、本当の出来事。
それらは、どんな物語よりも物語的で、
子どもたちの世界を肯定する力が、あった。
石田さんに聞く「物語+編集」の話。
ゆっくり、たっぷり、うかがいました。
担当は「ほぼ日」の奥野です。

>石田栄吾さんのプロフィール

石田栄吾(いしだ えいご)

1968年、神奈川県生まれ。上智大学外国語学部フランス語学科卒業後、福音館書店入社。出版管理部、「たくさんのふしぎ」編集部、「こどものとも」第一編集部、「母の友」編集部を経て、現在「たくさんのふしぎ」編集部に在籍。担当した主な絵本に、『お姫さまのアリの巣たんけん』『アマガエルとくらす』『絵くんとことばくん』『古くて新しい椅子』『カジカおじさんの川語り』『雪虫』『スズメのくらし』『貨物船のはなし』『みんなそれぞれ 心の時間』『宇宙とわたしたち』『家をかざる』『一郎くんの写真』(以上「たくさんのふしぎ」)、『くものすおやぶんとりものちょう』『ぞうくんのあめふりさんぽ』『くもりのちはれ せんたくかあちゃん』『みやこのいちにち』『そらとぶおうち』『だるまちゃんとやまんめちゃん』『いっくんのでんしゃ』などがある。

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第4回 本づくりの「無限ループ」に!

──
いま、いろんなメディアがありますけど、
絵本で伝えることの特性って、
どういうところにあると、思われますか。
石田
はい、たとえば「たくさんのふしぎ」って、
「19見開き」でできています。
つまり、19の場面でテーマを描くんです。
そういった制約があるので、
当然ドラマやアニメでは描かれるところが、
描れなかったりします。
──
シーンの数が限られているから。はい。
石田
たとえば、物語絵本の『ぐりとぐら』には、
「卵を割るシーン」は出てこない。
そこは、子どもたちの想像に任されている。
卵がなかなか割れないシーンの次には、
卵はもう割れて、ボールに入ってるんです。
──
なるほど。
石田
子どもの想像力で、つないでいくんですね。
限られた紙幅の中で、どの場面を選ぶか。
ひとつのドキュメンタリーの物語とか、
ノンフィクションのドラマがあったとして、
絵本とは、そのなかの
どの場面を描くか‥‥ということなんです。
──
引き算で演出して、
その結果として子どもの想像力を刺激する。
作家さんと編集者が協力しつつ、
そうやって、ひとつの物語を構成していく。
石田
そこが難しいところであり、
同時に、おもしろいところでもあります。

──
大人向けの絵本というものも
世の中にはたくさんあると思いますが、
福音館書店さんは、
一貫して子どもに向き合っていますね。
石田
はい、誤解を恐れずに言えば‥‥というか、
もしかしたら、
反対のご意見もあるかもしれないのですが。
──
はい。
石田
絵本づくりの仕事をしていると、
よく言われることが、ふたつ、あるんです。
ひとつは「幸せなお仕事ですね」と。
まあ‥‥これは何となくわかる気がします。
──
真夜中の会議室で、沼田元氣さんと
すんでのところで
首を絞め合ったりもしたけど(笑)。
石田
まあ(笑)、
絵本というものに対するイメージですよね。
それともうひとつが
「いい絵本って、大人でも楽しめますよね」
というもの。
──
はい、まったくそうだと思いますが?
石田
ええ、なので、間違いというわけでは、
もちろんないんです。
でも‥‥編集者の立場からしてみると、
やっぱり「絵本」って、
子どもの楽しみのためのものなんです。
──
ああ、なるほど。
石田
とくに、この福音館書店の出す絵本は。
そこのところは、
松居直の時代からずっと外していない。
というのも、
大人にも楽しめる絵本という意識で
つくっていくと、
得てして
大人しか楽しめない絵本になるんです。
──
あー‥‥ようするに、
子どもにとっては、おもしろくない本。
石田
そうなってしまったら、
われわれのもともとの趣旨というかな、
寄って立つところが崩れてしまう。
ですから、大人向けに支持される本と、
あくまで
子どもの楽しみのためにつくった本は、
まったく別物だと思っています。
──
なるほど。
石田
これは、よく思うことなんですけれど、
自分は言ってることが支離滅裂だし、
早口で何を言ってるんだかわかんない。
──
どうしたんですか、急に(笑)。
というか、
ぜんぜんそんなことないですよ。
石田
いやあ、自分ではそう思ってるんです。
でも、それってもしかしたら、
わたしだけじゃなく‥‥
人間って不完全な存在だと思うんです。
何かどっか出っ張ったり引っ込んだり
しているようなものが、
どうにか生きていくわけですし。
──
ええ、ええ。
石田
何が言いたいかと言うと、
つまり、とくに物語絵本に多いんですけど、
タイトルに
「かっこよくない形容詞」が、
つけられていることがたくさんあるんです。
『ちいさいおうち』とか、
『どろんこハリー』とか、
『ねぼすけスーザ』とか。
──
たしかに。かっこよくはない、ですね。
石田
それって子ども自身のことなんですよ。
子どもにしてみれば、
絵本には、
自分自身のことが描かれているんです。
──
そうか‥‥だから、入っていけるんだ。
絵本のなかに、いつでもすぐに。
石田
子どもって、
一方では完全なヒーローに憧れますが、
他方で自分自身を眺めてみると、
やりたいと思うことの
半分もできないような、
まったく不完全な存在なわけですよね。
そういうものがだんだん成長していく。
当然のことなんですけど。
──
ええ。
石田
そういう成長過程においては、
絵本のなかのかっこよくない主人公が、
寄り添ってくれるんですよね。
子どもに、そっと‥‥ずっと。
──
ああ‥‥仲のいい友だちみたいにして。
石田
だから、そういったタイトルの絵本が、
たくさんつくられるのだと思います。
完全じゃなくて、不完全。
そういうものを前提につくられている。
それが子どもの絵本なのかなあ、と。
──
いやあ、おもしろいです。
石田
このことは自然にも当てはまるんです。
『たくさんのふしぎ』には
生きものを扱った作品が多いんですが、
一種類、
それだけで完璧な生きものはいません。
それぞれの生きものが、
自然のなかで、
それぞれの役割を果たしているんです。
──
はい。
石田
たとえば、この『イカは大食らい』は、
水中カメラマンの
吉野雄輔さんの作品なんですけれど、
あのね‥‥アオリイカって、
イワシをこうやって食べてるんですよ。

──
え、えええ‥‥ホントですか!
いや、本当でしょうが、ビックリです。
石田
はい、ビックリですよね(笑)。
イカの口って「足の間」にあって、
こうやってどんどん
魚を削りながら食べていくんですって。
──
イカの食事シーン、はじめて見ました。
石田
そのへんのスーパーで見かける
スルメイカやアオリイカやコウイカも、
海の中では、
こんなふうに驚くべき食べ方をしてる。
イカって言ったときに、
お寿司のネタとしても美味しいですし、
食材としては見てるけど、
こんなことは知らないじゃないですか。
──
知らないです、知らないです。
石田
さらに、たとえばコウイカなんて
生まれたときは
1グラムくらいしかないんですが、
翌年には5キロになっちゃう。
──
たった1年で、1グラムが5キロ?
石田
1年で5000倍にまで大きくなる。
ひたすら食べて食べて食べまくって、
どんどん大きくなるんです。イカは。
──
だから『イカは大食らい』なのか‥‥!
じゃ、イカの場合は成長に従って、
エサも比例して、大きくなるんですね。
ジンベエザメとかは、
巨体なのにプランクトンが主食ですが。
石田
そう、イカも「1グラム時代」は
プランクトンなどを食べていますけど、
成長につれて、エサも大きくなる。
で、そうすることで、
広大な海に散らばっている栄養分を、
イカが、成長に従って、
自分の身体に集めてくれているんです。
そういう役割を果たしている。
──
大いなる自然の中で。イカは。
石田
つまりイカが「大食らい」のおかげで、
海の栄養分が
短期間にイカの身体に集められる。
結局、その栄養分の塊を、
マグロなどが食べているらしいんです。
──
そのマグロを、人間が食べている。
マグロがおいしいのは、イカのおかげ。
石田
彼らなりの役割を果たしているんです。
──
おもしろいなあ。

石田
この本をつくっているとき、
精興社という印刷会社の営業の方が、
こうおっしゃったんですね。
「ふつうのイカ、すごいんですねえ!」
って(笑)。
──
おお(笑)。
石田
ぼくら、本の「校正刷り」を見ながら、
ふつうのイカのすごさに、
ふつうのおじさんたちが
ビックリしちゃったんですよ‥‥って、
おっしゃってくっださった。
わたしは、まさしく
そういう本をつくろうとしていたので、
うれしかったですね、本当に。
──
今日の取材の前に、福音館書店の方が
石田さんって、
「地球規模の栄養の移動」
というメタ的な視点で
絵本をつくっているのかもしれないと、
おっしゃっていたんです。
このイカの本も、その一環‥‥ですか。
石田
ええ。きっかけは20年以上前、
『カジカおじさんの川語り』という本を
担当したときに、
次のような事実を知ったんです。
──
はい。

石田
北海道の鮭が、川を下って海に出ます。
そして、アラスカのあたりで
カニやエビを食べて、
およそ4年後、故郷の川に帰って来る。
で、そこで卵を生んで朽ちていきます。
そして、その死骸を、
シベリアから渡って来た渡り鳥の
オジロワシやイヌワシが食べて、
またシベリアへと帰って行く‥‥って。
──
ええ。
石田
つまり、北海道の鮭を仲立ちにして、
アラスカの栄養が
シベリアに運ばれているんだなあと。
──
遠い地域どうしが、つながっていると。
生きものたちの「栄養」で。

石田
当時まだ20代の編集者でしたが、
すごいことだなあ‥‥と思ってました。
でも、ずっと引っかかっていたんです。
もともとアラスカの栄養が
シベリアに行きっ放しになってるけど、
それで大丈夫なのかな‥‥って。
──
栄養分が偏っちゃうじゃないか‥‥と。
石田
そのことが、どこか不安だったんです。
でも、それから20年後、
伊藤健次さんという方と知り合って、
『川は道 森は家』という写真絵本を
つくっていただいたんですね。
シベリアのタイガを取材している
写真家なんですけど、伊藤さんって。
──
ええ。
石田
その伊藤さんが、こう言ってたんです。
シベリアで死んだオジロワシの栄養は、
網の目ように張り巡らされた
タイガをめぐる川に注ぎ込んでいって、
最終的には、
北海道近海にまで戻って来てるんだと。
──
おおー‥‥!

石田
つまり、もしも
北海道からアラスカへと向かった鮭が
あちらで死んで、
何らかの生物に食べられたりしたら?
栄養は、こうして循環しているんだと。
──
アラスカに戻ってきたってことですね。
壮大な物語だなあ‥‥。
石田
まったく別々のテーマを扱った絵本が
「栄養分の移動」という一点で、
なぜか‥‥お互いに、つながっていた。
本づくりっておもしろいなと思います。
これだからやめられない‥‥というか。

──
本づくりの無限ループに‥‥。
石田
ハマっています(笑)。ええ。
──
石田さんのつくってきた絵本どうしが、
不意に、意図せず繋がっていく。
ゴッホって、
ひまわりの絵をたくさん描きましたが、
ひとつには、
複数の《ひまわり》を組み合わせて、
キリスト教の祭壇画を
つくりたかったんじゃないかっていう解釈も、
あるみたいなんですね。
石田
そうなんですか。
──
ひとつひとつの作品として成立させながらも、
全体として、
より大きな絵を描こうとしていたのかも、と。
石田さんも、1冊ずつの絵本をつくりつつも、
より大きな問題関心を、
無意識で描こうとしているのかなあ‥‥って。
石田
そこまで大それたことは考えていなかったし、
チームでやっている仕事でもありますが、
でも、わたしの前の編集長にあたる人が
「みんな中継ぎだよ」って言ってたんですね。
──
中継ぎ。
石田
そこまで大きくとらえてみれば、
たしかに歴代の先輩のつくってきた絵本と
わたしの担当した絵本が一緒になって、
より大きな『たくさんのふしぎ』の世界を
表現できているとしたら、うれしいですし。
──
ええ。
石田
楽しいことだなあって、思いますね。

2021-08-19-THU

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  • 夏休みの、とくべつ企画!
    「たくさんのふしぎ」特設サイトで
    作品を無料でおためし中!

    石田栄吾さんが編集長をつとめる
    月刊『たくさんのふしぎ』
    特設サイト
    では、
    いま夏休みのとくべつ企画として、
    過去の名作を期間限定で無料公開中です。
    8月18日(水)15時まで読めるのが
    「ノラネコの研究」と
    「黒部の谷のトロッコ電車」、
    8月18日(木)~8月31日(火)が、
    「手で食べる?」と
    「世界あちこちゆかいな家めぐり」です。
    ぜひ、親子でのぞいてみてください。
    ちなみに、特設サイトで知りましたが、
    今年度(令和2年度)だけでも、
    22もの『たくさんのふしぎ』作品が
    小学校の国語の教科書に
    掲載されているそうなんです。すごーい!