フリーの絵本編集者として、
数々の絵本を世に出してきた土井章史さん。
土井さんが主宰するワークショップ
「あとさき塾」では
荒井良二さんや酒井駒子さんも学びました。
おかしが1個しかなかったとき、どうする?
「はんぶんこ」じゃ「やりすぎですね」と
土井さんはおっしゃいます。
ふつうは「はんぶんこ」って言いそう‥‥
どういうこと!?
もう何百冊も
ちいさな子ども向けの絵本をつくってきた
土井さんの真意に、納得しました。
担当は「ほぼ日」奥野です。

>土井章史さんのプロフィール

土井章史(どい・あきふみ)

フリーの絵本編集者。長く吉祥寺にあり、現在は西荻窪に移転したトムズボックスを経営。絵本や絵本関連書籍をあつかう。1957年、広島市生まれ。現在までに300冊を超える絵本の企画編集に携わってきた。また、絵本作家の育成を目的としたワークショップ「あとさき塾」を小野明さんとともに主宰、絵本作家の育成に力を入れている。荒井良二さんや酒井駒子さんも「あとさき塾」の出身です。トムズボックスのホームページは、こちら

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第3回 荒井良二さん、酒井駒子さん。

──
土井さんが、ずっと続けてらっしゃる
ワークショップ「あとさき塾」に入りたい
作家のたまごはいっぱいいて、
でも、入るのにはオーディションがあって、
授業では、
土井さんと小野明さんのおふたりが、
手取り足取り教えるというよりも‥‥。
土井
うん、まずは、
おもしろいお話をつくれっていうこと。
ぼくと小野明が端と端に座っていて、
みんなで、
描いてきたラフを回し読みするんです。
──
はい。酒井駒子さんが言ってました。
土井
でね、わたしは、できるだけ素直に、
思ったことをどんどん言う。
忖度なしに、言う。文句だって、言う。
そういうのをね、ずっと続けてるだけ。
ワークショップといっても。
──
基本的に絵本作家になりたい人が
通ってくるわけですが、
その場に出される絵本のクオリティは、
どういった感じなんですか。
土井
もう30年くらいやっているんだけど、
毎回ずーっと同じことをやり続けて、
あるとき突然、
あら、これ、ちょっとおもしろいねえ、
なんてのに出会えたら、御の字だ。
──
授業って、どれくらいの頻度で?
土井
2週間に1回です。
継続と新規、2つのクラスがあるから、
ぼくと小野明にとっては、
毎週1回やってる計算にはなりますが。
──
生徒さんは、何人くらいいるんですか。
土井
20人。これはつねに、その人数です。
ただ、ここんとこ「コロナ禍」なんで、
人数を半分に減らして
そのぶん、回数を増やしてやってます。
──
毎回、みなさん、ラフをつくってきて、
それを、みんなで回し読みする。
土井
はじめの1時間で、回覧するんだよね。
で、そのあとに、ぼくと小野明さんで、
文句を言いはじめると(笑)。
──
それ、時間かかるんじゃないんですか、
ずいぶん。
全員ぶんの絵本を回覧して話すのって。
土井
うん、長いときは、
7時からはじまって10時までとかね。
──
その中から、これはというお話だとか、
おもしろい物語が出てくるわけですか。
土井
まあ、おもしろいねって言った瞬間に、
その人と、その作品に対して、
こっちにも責任ってのが出てくるから、
そう簡単に
「おもしろいね」とは言わないけどね。
──
それでも、酒井駒子さんのような人が
その中から、
デビューしていったわけですよね。
土井
うん。ぼくがおもしろいと思うものと、
小野明がおもしろいと思うものは、
またちょっと、傾向がちがうんだけど。
ぼくは、おもしろいなと思ったら、
まず、中身の気に入ったところのうち、
どこでもいいから、
1枚、絵を描いてきてとお願いします。

──
おお。
土井
でも、2枚は描くなと。
──
どうしてですか?
土井
プロじゃない人は、みんな急ぐんだよ。
絵を描くことを。
急いだら、雑さが見え見えになるのに。
やっぱり、絵って、
描くよろこびを感じながら描くことが、
とても大事ことで。
それはねえ、急いじゃいけないんです。
──
ゆっくりじゃないと。
土井
うん。絵を描きはじめたら、
絵を完成させるのが目的になっちゃう。
でも、そこを急がず、ゆっくりと。
これという1枚だけに集中して、
急がずに描いてきてといつも言ってる。
──
なんだか幸せだなあと思いました。
そんなふうに言ってもらえる人は。
土井
でもそのかわりに、自分がいま描ける、
キレキレの、
いちばんいいところを出してきてねと。
そこは厳しく言いますよ。
1枚、全身全霊を込めて描ければ、
あとの30ページとかそれくらいって、
まあ、描けちゃうもんなんですよ。
──
1枚の絵が、きちんと描けていれば。
土井
そう。
出版社に企画を見てもらうためには、
さらに3、4枚描いて、
それらとラフをセットにすれば、
プレゼンできる状態になるんですよ。
──
物語についても何か言うわけですよね、
もちろん。
それこそ「おもしろい」の基準なんて、
どこにもないと思うんですが。
土井
だから、そこが、いちばん難しい。
もちろんセオリーや方程式なんてない。
それに、まわりを見渡せば、
おもしろそうな展開を連ねていったら、
勝手にお話になって、
そのうち
絵本ができあがるんじゃないかという、
大いなる勘違いが、あるわけ。
──
勘違い。
土井
ページをペラペラめくっていくだけで
ほら、おもしろそうでしょ‥‥
みたいな絵本が、実際、多いんだけど。
それだと、絵本じゃないよね。
──
じゃ、どういうものが絵本ですか。
土井
わくわくドキドキ‥‥っていう言葉が、
いちばん端的でわかりやすいんだけど。
とにかく、子どもたちが読んで、
「あっ、ここにへんなものがあるよ!」
「見つけちゃった!」って、
こころをわくわくドキドキさせながら
「ああ、おもしろかったね」って、
最後、思ってくれる絵本じゃないとね。
──
ただ単に「絵が続いていくだけ」では、
土井さんの考える「絵本」ではない。
それは「素敵な本」かもしれないけど。
土井
そう、お母さんに読んでもらったあと、
何度も何度も持ってきて、
「読んで、読んで!」って言われる本。
そういう絵本になれるかどうか、です。
──
なるほど。
土井
ちっちゃい子どもは字が読めないけど、
それでも、
へんなところを気に入って、
そこをずっと見ていたい子もいるしね。
絵本の片隅ばかり眺めてる子もいるよ。

──
へええ(笑)。
土井
ほら、子どもって、
お話も絵も驚くほど覚えてる。
それなのに、大好きな絵本は、
何度も何度も「読んで!」ってねだる。
それが、理想的な絵本ですよ。
──
そういう本になるかどうか、というのは、
つくっているとき、わかるものですか。
はじめから、何か違うところがあるとか。
土井
いやあ、むずかしいねえ。
出してみないと本当にはわかんないです。
だからこそ、絵本つくりはおもしろいと
言えるんだけど。
──
絵本作家になりたいという若い人たちは、
いま、増えているんですか?
土井
どうだろう、減ってるんじゃない?
昔は「あとさき塾」20人募集のところ、
100人弱は応募が来てたけど、
いまは60人くらいかな、募集かけたら。
──
30年前、土井さんが「あとさき塾」を
はじめたときって、
いったいどういう気持ちだったんですか。
若い絵本作家を育てたい、というような?
土井
いやいや、まだ30代半ばだったし、
そんな立派な志じゃなくて、
おもしろそうな話に乗っただけ。
こっちも若くてパワーもあったから。
──
おもしろそうな話。
土井
「児童文学のワークショップをやるんで、
土井さん、絵本やらない?」って。
そういうお誘いをくれた人がいたんです。
おお、やる、やるって。そういうノリで。
若いし、そりゃあ、やるでしょ(笑)。
──
じゃあ、最初は
児童文学と絵本がセットだったんですね。
土井
でも、児童文学のほうは
あんまり人数がそろわなかったみたいで、
何年かで終わっちゃったんだけど。
どういうわけだか、
絵本のほうは、もう30年も、続いてる。
──
「あとさき塾」みたいに、
実際に、絵本作家への道がひらけている
ワークショップって、
他には、あんまりないと思うんですけど。
土井さんという編集者に見ていただけて、
認められれば、出版社にも持っていける。
土井
まあ‥‥下世話な話だけど、
ぼくも塾の参加料をもらってるから。
それも、安いわけでもない額を。
24回の講座で、1人10万円弱するし。
──
いや、でも、高くはないと思いますけど。
内容と回数を考えたら。
土井
で、しょっちゅうあることじゃないけど、
その人たちの作品の中から、
絵本になる企画がうまれるわけです。
それは、ぼくにとっての仕事にもなる。
こう言ったら何だけど、いい構造ですよ。
──
はい、正直で、素敵です(笑)。
でも、その「あとさき塾」から、
荒井良二さんも、
酒井駒子さんも、出てきたわけですから。
ぼくら読者にとってもうれしい塾ですよ。
土井
荒井良二は、第1期に来ていたんです。
当時、彼はすでに、
売れっ子のイラストレーターだった。
雑誌の『Olive』や『POPEYE』で、
もう、バリバリにたくさん描いてたから。
──
すでに売れっ子だった‥‥のに?
土井
そこが、荒井良二のすごいところです。
つまり、彼はもう仕事が忙しかったから、
お金を払ってでも、無理やりに、
絵本を考える時間をつくりたかったんだ。

──
ああ‥‥なるほど!
売れっ子イラストレーターだったけど。
絵本作家になりたかったから‥‥ですか。
じゃ、荒井さんの絵本も、
塾から世に出たものがあるわけですよね。
土井
うん。絵本になってますよ。
たとえば『ユックリとジョジョニ』とか、
『バスにのって』とか、
初期作は、塾にラフを持ってきてたやつ。
──
あ、そうなんですか!
『ユックリとジョジョニ』は持ってます。
タイトルがいいなと思って。
あれは「あとさき塾」から出た本なんだ。
土井
荒井良二は注目の作家だったから、
出版社の側でも、企画はすぐ通りました。
──
酒井駒子さんにインタビューしたときに、
「あとさき塾」では、
具体的に何か教えてもらったというより、
土井さんたちにラフを見てもらって、
出版があり得るかどうかを
ジャッジしてもらう場で、
毎回すごく緊張していたと言ってました。
土井
うん、酒井駒子にはじめて会ったときに、
ぼくが
「どこで絵の勉強したの?」と聞いたら、
パッと起立して、
「東京藝術大学です」って、
朴訥な感じで言ったのをよく覚えてるよ。
ああ、緊張してるんだろうなあ‥‥って。
──
そうだったんですね。
土井
最初、彼女は、
女の子が
蚤の市を駆けまわるような物語のラフを、
持ってきたんです。
一見して、絵のうまい人だなあと思った。
──
その「最初の物語」のことは、
インタビューのときにもうかがいました。
たしか公募展で佳作をもらったんだけど、
本にはなってないんです‥‥って。
土井
それからしばらくは何も持ってこなくて、
じーっと黙ってたような気がする。
ようするに、
ラフは毎回絶対に持ってきてじゃなくて、
いいのができたら持ってきて、
という場なんです、「あとさき塾」って。
──
ゆっくり描け‥‥と通底する方針ですね。
土井
宿題になっちゃったらつまらない。
──
そうですね。
土井
持ってこなくたって、ぜんぜん問題ない。
他の人のお話を見ることができれば、
それだけで勉強になる。
来ないより来た方がいいという場なんで。
だから、酒井駒子も、
他の人の描いた作品をいろいろ見ながら、
ぼくや小野明の文句を聞きながら、
しばらくは、
じーっと黙って考えてたんじゃないかな。
──
でも、絵のうまさはやっぱり目を引いた。
土井
最初は『リコちゃんのおうち』っていう、
子どものための
エンターテインメントの本を描いたよね。
最初の出版社で断られたのかな、
でも、偕成社に持ってったら、すんなり。
──
それが、デビュー作。そのあとは、
どんどんご自身の世界観を描きはじめて。
土井
やっぱり『よるくま』を出したときだね。
どーんと人気が出たのは。
酒井駒子の作家性が光りはじめたんだよ。
大人のファンがガッチリついて、
酒井駒子は
つくりたいものをつくれる作家になった。
もう、おみごと‥‥って感じだ。
──
お会いしてお話することもあるんですか。
酒井さんに、いまでも。
土井
このまえ、立川でやった展示会の初日で
久しぶりに会いました。
──
ああ、すてきな展覧会でした。
土井
よかったねぇ。

(つづきます)

2021-10-06-WED

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  • 土井さんからのおすすめ絵本は
    長新太さんの『ぼくのすきなおじさん』

    土井さんは、長新太さんの絵本を残そうと、
    絶版になった作品を復刻することを、
    ひとつの使命として、活動されています。
    今回、ぜひおすすめを‥‥とお願いしたら、
    こちらの作品をご紹介くださいました。
    「ナンセンスを伝えるためにうまれた
    独自の絵!
    センス、ユーモア、それは、もしかして
    日本独自のものかもしれない‥‥と、
    わたしは、やんわりと、ひそかに思っている。
    長新太作絵の『ぼくのすきなおじさん』は、
    かたーーーーーいあたまのおじさんの話です」
    (土井さん)
    Amazonでのおもとめは、こちら