岸惠子さん+糸井重里 対談 かわいい人の、 ふたつの共通点。
岸さんのプロフィール

第4回 デラシネ。

糸井 生でお聞きするのははじめてなんですけど、
岸さんの声、すばらしいですね。
えぇ? 私の?
糸井 岸さんの映画を観ていても、
声をあまり意識しなかったんですけど。
それはそうでしょうね、
映像とともに入ってくるから。
糸井 そうなんですよ。
でも、実際にお会いしたらわかりました。
すごいですね、声の届き方、張り方。
その声だったら、たとえ
つまんない話しても大丈夫です(笑)。
それ、ほめられているのか、
けなされているのか‥‥(笑)。
私ね、出産後に
しばらく声が出ない時期があったんですよ。
糸井 そうなんですか。
それは「艱難辛苦」のなかのひとつですか?
いや、それは
赤ちゃんができたという喜びがあったので、
「艱難辛苦」には入りません(笑)。
ただ、その頃からずっと
声がうまく出せなくなってしまいました。
ひっくり返っちゃう、というか。
糸井 そこがいいんです。
えぇ?
糸井 だってそれは、作れない声だから。
岸さんはバレエをなさっていたから
おわかりかもしれないですけど、
肉体や声、からだの中に
補わなくてはいけない場所のある方の動きって、
作りえないものです。
カッコいいです。
うん、そうね。
川端康成さんの『花のワルツ』も、
そこがすてきだったんです。
糸井 そうなんですか。
松葉づえのバレエの先生が、
松葉づえを放り投げて、
メチャクチャに踊る部分があるんです。
私がそれを読んだのは中学生の頃でしたが
すごく好きでした。
糸井 あぁ、それはぼくもきっと好きだと思います。
岸さんの声でいうと
「ひっくり返っちゃう」という不本意なこと、
それを引き受ける人の発することは、カッコいいです。
声について、これまで
お話しになったことはありますか?
いいえ。
ひどい声だから、
ナレーションの仕事を頼まれたこと、
1〜2回しかないんです。
『たそがれ清兵衛』では、
ナレーションをさせていただきました。
そのお仕事を依頼されたときはびっくりして、
うれしかった。
ナレーションなんて、
この声じゃだめだと思っていましたから。
私としては、自信がないんです。
糸井 「これでどうですか?」という自信のあるものって、
それ以上にならないですから、
もしかしたら自信のないことのほうが
いいのかもしれないですね。
うーん‥‥そうかもしれないですね。
私ね、あろうことか、9月10月と
『蝉しぐれ』のなかの文四郎とふくの物語を
ひとり語りで1時間半、朗読するんです。
凶と出るか、吉と出るか‥‥まったく未知の領域です。
糸井 岸さんは、
フランスに渡られたことも、苦労されたことも、
ご自分で「欠陥だ」くらいにおっしゃってることが
全部おもしろいです。
そうですか?
「欠陥だ」とはっきり思ってはいないの。
私ってなりゆきまかせだなぁ、と思ってます。
糸井 レストランでメニューをただ読むことでも、
いい声の人が上手に読んだら、
ジーンと来るということはあると思うんですよ。
ぼくなんかは外国語ができないのに、
外国人の歌になぜ惚れられるかといったら、
声と歌に込められた「何か」です。
それは歌詞ではないですから。

意味から解き放って成り立つものが、
それこそ、岸さんのおっしゃってる
「根っこ」に近い部分だと思うんです。
そうね。そうでしょうね。うん、うん。
糸井 だから、平凡な「I love you」でもいい。
人と人とのコミュニケーションは
いちばん奥底の場所でつながれることがあると
思っています。
特に、生で聞くっていうのは、すごいものですね。
そうね、「ラシーヌ」、つまり根なんですよね。
苦手だと思っていることにこそ‥‥
その人の根っこが出ますよね。
糸井 出ますね。老化なんかも、
苦手なことが増えていくような変化であって。
うん、変化ですね。
その変化が自分にとって幸いするかのごとくに、
自分自身でリードしていく。
糸井 新しい土地に住んだようなもので、
「ここが弱くなったぞ。じゃあ、どうしよう」とか、
「これはこれでいいかもね」とかね。
糸井さん、おいくつでしたか?
糸井 ぼくは、もうじき65になるんです。
あぁ、お若い。
糸井 「若い」って言われちゃう(笑)。
でも、60を過ぎると、
昔より変化がはっきりしてきます。
たとえば、若いころ‥‥10代のときなんかね、
年寄りとか中年の区別もつかなくて、
「30歳になったら、もうおしまいだ」
みたいに思ってた、なんてことあるじゃない(笑)?
糸井 あぁ、はい、あります。
母が50歳になった誕生日に、夫と3人で
旅行したんです。
船で、イタリアのヴェニスからエーゲ海をまわって、
ギリシャのデルフォイ遺跡などを見たんですけど、
その途中で、母に、
「お母さん、50になると
 女に、たのしみはあるの?
 何にもないんじゃない?」
糸井 言ったんですか(笑)?
言いました(笑)。
そうしたら、「えっ?」って。
「あなたね、私が40になったときも
 そう言ってたわよ、どうしてそう思うの?」
なんて聞かれてね。

母は
「50って、いい年なのよ」
と答えたんです。
糸井 ほぅ。
その頃の私は
もう50なんておしまいだ、大変な老人だ、と
思っていましたから、驚きました。
その船旅には、主人が頼んだガイドさんがいました。
イタリア人だったかギリシャ人だったか、
忘れましたけど、たいへんスマートな方でした。
母はガイドさんを見て
「彼は、姿がいいわね」
って言ったんですよ。
糸井 いい言葉だなぁ。
そんな母を見ていて私は
「50歳になっても、男性の姿に目が止まるのかしら」
と思いました。

(つづきます)

 

2013-11-11-MON


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