もくじ
第1回椅子もひとを選ぶ。 2019-03-19-Tue
第2回デンマークと日本の家具。 2019-03-19-Tue
第3回「キルト工芸」だから、できること。 2019-03-19-Tue
第4回椅子という道具。 2019-03-19-Tue
第5回本物に込められた美しさ。 2019-03-19-Tue

「文章を書くこと」と「写真を撮ること」が好きです。コピーライターをしています。6月6日生まれのふたご座です。いつかテディベアチェアを買うことが夢です。

すてきな椅子と、</br>ながく付き合うこと。

すてきな椅子と、
ながく付き合うこと。

担当・栗田真希

第5回 本物に込められた美しさ。

――
意匠権の期限が切れた名作の椅子を、
いろんな会社がリプロダクトといって、
ローコストでコピーしてつくって
売っていますよね。
森下
ええ、そうですね。
――
森下さんは、もう座らなくても、
パッとひと目見ただけで
本物かコピーかわかる椅子もあるって、
以前からおっしゃってたじゃないですか。
森下
わかる!
――
それって、
なにがわかるのでしょう。
森下
それはね、全体を見たときの、
なんていうんだろう、
総合のバランスかな。価格も含めて。
――
その、価格以外だと、
ほかにどういう点とのバランスを見ていますか?
森下
デザインであったり、掛け心地であったり、
やっぱり「これはじぶんにとって価値があるか」
って判断だと思うのね。
――
いろんなリプロダクトされた椅子があるなかで、
名作と言われるものであればあるほど、
たくさんリプロダクトされています。
森下
そうですね。
――
それでも、
森下さんは見たり座ったりしたら、
わかる。
森下
そうですね、わかりますね。
――
そんなに、ちがいますか?
森下
ちがいます。
掛け心地も大きくちがいますが、
見た目だけでもちがう。
プロポーションとかね。
いわゆるコピー版でローコストに
つくってるものっていうのは、
なんかね、すぐにわかっちゃうんですよ。
――
ふふふ(笑)。
直感でしょうか。
森下
ええ。
なんか、ちがうなあって。
たとえば木の板の厚みや曲線にしたって、
コピーだと、ちがうんですよ。
――
いまは3Dプリンターとかもあるような時代で、
いくらでもコピーできちゃうのに、ちがうんですね。
森下
どこか、ちがうんですよ。
僕はあんまりうまく説明はできないんだけど。
うちの職人の御手洗はね、
エッグチェアのコピーなんか、
パッと見て、すぐにわかる。
――
はい、全然ちがうとおっしゃってました。
森下
クッションの厚みひとつとっても、
「ここはもうすこし薄いはずだよね」ってすぐに見抜く。
それはね、職人として、彼の目と動かしてきた手が、
デザイナーが作ったオリジナルのかたちを、
すべて熟知しているから。
――
職人の御手洗さんは、
「スワンチェアの左右のアームの曲線は、
じつはすこし非対称になっている。
デザイナーのヤコブセンから依頼された職人が
つくった原型が非対称だったから。
それを左右対称にはせず、原作に徹底的にこだわって
『フリッツ・ハンセン』はスワンチェアをつくってるんだ」
ということを以前、おっしゃっています。
森下
ええ、そうです。

――
それって、うまく言葉にできないんですけど、
いいなあと思ったんです。
森下
たとえば、いま話してたスワンチェアの
アームの部分でいうと、デザインのなかに
スワンがきれいに飛び立つイメージを
ちゃんと凝縮してるんです。
 
そういったイメージがなくて
リプロダクトされた椅子は、
もさっとしちゃうんですね。
そうすると、
スワンは飛び立てない。
――
スワンが飛び立てない!!!
……はあああ、もう、ほんとうに、
かっこいいです。
森下
そういうことなんですよね。
――
さっきおっしゃってた、
「道具は美しくあるべきだ」っていうところで、
本物とコピーだと、
美しさがちがうってことなんですね。
森下
そうなんです。掛け心地も含めてね。
だからうちの職人さんも北欧へ行って、
椅子をつくっている工場のなかに入ると、
そのへんが、じぶんのからだでわかってくるんです。
一生懸命に勉強してどうこうじゃなくて、
実際にじぶんで感じる。
そういう体験が、大切なんだと思う。
 
「キルト工芸」としても、これからもっと、どんどんね、
職人さんには、いいものを作っているメーカーに
研修に行ってもらいたい考えてます。
――
すてきだなあと思います。
なんだか、
どうして森下さんがこんなに楽しそうなのか、
ちょっとわかった気がします。
森下
まあ、けっこう能天気だからですかね(笑)。
――
なんていうんでしょう。
むかしから、森下さんって知的な印象があって。
森下
そうですか?(笑)。
――
それと、無邪気で楽しそうな感じと、
両方、お持ちだなあって思ってたんです。
その楽しそうな感じっていうのは、
森下さんがじぶんの感覚を
すごく大事にされているからで。
森下
それはありますね。
――
言葉にできない、
なんかいいなとか、美しいなっていう、
そういうものをつねに感じている。
森下
でもね、それは単純に、
経験値なんですよ。
――
……経験値。
森下
いいものを、ずっと見てきた。
じぶんがいいと思わないものは、
できるだけ見ないようにしてね。
その経験値なんです。
 
そういう生きかたをしてきたんです、
たまたま、そういう環境にあったから。

――
生まれてから、ずっとですもんね。
森下
ね。
それは恵まれてるんですよ。
――
大学生のとき、森下さんに
「本物を見に行きなさい」
って言われたことを、よく覚えてます。
それから私、椅子に座るために、
六本木にある国立新美術館に
何回も行ってます。
森下
ああ、そう。
うん、いいね。
――
あそこほど、いろんな種類の
北欧の椅子が置いてあって、
自由に座れるところってなかなかないので。
森下
そうだよね。
――
いいものを見る経験値が大切ということは、
私の書く仕事にも、通じてるなって思います。
「いい文章をたくさん読んで、
書き写したり音読したりするのがいい」
と、よく言われるんです。
森下
おお、そうなんだね。そうだよね。
だって、しゃべるのと、書き言葉にするのでさえ、
ちがうものね。
――
椅子を見るときには、
じぶんの感覚が大切なんだけど、
感覚を養うためには、経験値が必要になる。
 
それは、ほかのいろんな道にも
通じることのような気がします。
森下
ああ、そうですね。
――
はあああ。そうかあ。
なんだか、いろいろと、わかったような、
「椅子ってなんだろう?」
ってよけいに不思議なものになったような。
そんな気分です。
森下
そうですか?
まあ、そんな複雑じゃないんですけどね(笑)。
――
あ、そうだ。
最後にもうひとつ、
聞いてみたいなって思っていたことがあるんです。
 
ザ・チェアは私が座るとちょっとブカブカで
椅子に対して申し訳ない感じにすらなるんですけど、
同じくウェグナーがデザインしている椅子でも
テディベアチェア座ると、
「ああ、なんかやさしく抱きしめられてるー!」
って感じがするんです。
デザイナーによって個性があって、
さらに同じデザイナーがデザインしたものでも、
座ったときに受ける感じが、ここまで大きくちがう。
それって不思議だなあって。
森下
ああ、ああ。
すごくじぶんにとって
いい椅子だなっていうこと、
栗田さんは感じてるじゃないですか。
あまり複雑に考えなくてもいいんです。
そういうことですよ。
――
そういうことですか。
森下
ええ、そうです(笑)。

(おわります)