- ――
-
森下さんが「キルト工芸」に入社したのは、
何年のことだったんですか?
- 森下
- 1998年、99年くらいかな。
- ――
-
そのころから、「キルト工芸」では
デンマークの家具を取り扱っていたんですか?
- 森下
-
いやあ、それがね、全然でした。
「キルト工芸」は私が入るまで、
デンマークからの椅子の輸入などは、
まったくと言っていいくらい、やってなかった。
たしか、ほかの会社から依頼されて、
スペインからデスクチェアを輸入した程度でした。
- ――
-
デンマークの家具を取り扱ってきた森下さんが、
どうして「キルト工芸」に入社されたんですか?
- 森下
-
そのころデンマークの大使館が主催していた
家具の研修旅行で、
当時の「キルト工芸」の社長に出会ったんです。
僕は大使館と一緒に、その研修旅行の
プログラムづくりとガイド役をやっていました。
そのとき社長と「いつか一緒に仕事をやりたいですね」
という話になって。
しばらくして「キルト工芸」に転職しました。
それから会社として、
北欧家具のほうにも事業を広げたんです。
- ――
-
「キルト工芸」はむかし
天皇の玉座もつくったことがある、
椅子張りの技術にすぐれた会社ですよね。
森下さんが入社されたころは
オフィス用の家具などをメインでつくっていて、
「次は北欧家具の事業に挑戦してみよう」という
タイミングだったってことですか?
- 森下
-
挑戦っていうかね、それほど、
「覚悟をもって北欧家具に賭けよう!」
という感じではなかったです。
OEMといって、他社ブランドの椅子づくりが
ほとんどだったので、それだけだと
「キルト工芸」としては将来的に
ちょっとさびしいねっていうこともあって。
あとは、北欧家具の世界を知ることで、
社員のモチベーションを上げることにも
つながると思っていたんです。
うちの会社には、職人さんが30数名いますけど、
いままで20名近くがデンマークに研修に行っています。
デンマークの名だたるメーカーで、
椅子づくりを学んできてもらっているんです。
そういった研修をしながら、
名作と呼ばれる北欧デザインの椅子の
リペアを数多く行ってきました。
卵のかたちをしたエッグチェアとか、
白鳥の姿をしたスワンチェアとか、
いろいろね。
- ――
-
以前工場を見学させてもらったときに、
リペア途中の椅子を見せていただいたことを
覚えています。
- 森下
-
「キルト工芸」として、
リペアするもともとの椅子をつくっている
北欧のメーカーとも、交流を重ねてきました。
ちょうど3年前くらいに「フリッツ・ハンセン」という会社で、
うちの職人さんに、そのメーカーの職人プログラムを
ぜんぶ受けてきてもらったんです。
研修が終わったあと、「フリッツ・ハンセン」から、
オフィシャルリペアパートナーとして認めてもらいました。
- ――
-
それって、ほんとうに、すごいことです。
「フリッツ・ハンセン」といえば、
アルネ・ヤコブセンをはじめ
一流のデザイナーの椅子をつくってきた、
北欧のすぐれた家具メーカーとして有名ですよね。
- 森下
-
ええ、そうです。
うれしかったですね。
家具業界のひとに話すと、
「それはすごいことだ」っていう反応をされます。
ただ、僕としては以前からうちの会社で
「フリッツ・ハンセン」の椅子のリペアはしてたし、
積み重ねがあってのことなので、
あんまりね、おおごとだと思ってないんだけど。
- ――
-
「フリッツ・ハンセン」の椅子だったら、
なんでもリペアできるんですか?
- 森下
- 一応、ぜんぶ大丈夫です。
- ――
-
はあー! ははははは。
すごすぎて笑ってしまう。
あの、職人の御手洗さんは、
「以前勤めていた会社でも『フリッツ・ハンセン』
の椅子をつくっていたけれど、
とくに名作とされているスワンチェアや
エッグチェアに関しては、つくらせてもらえなかった」
というようなお話をされていました。
同じメーカーでも、その2脚は特別な椅子なんだと。
- 森下
- そうですね。
- ――
-
それだけ、じぶんたちのブランドを
しっかり守っているメーカーなんですよね。
その「フリッツ・ハンセン」のリペアを、
スワンチェアもエッグチェアも含めて、すべて公式で。
- 森下
-
「フリッツ・ハンセン」の椅子をリペアするときには、
すべて自社の工場に送ってほしいというのが、
「フリッツ・ハンセン」のメーカーとしての姿勢でした。
張り替えなどをして、また送り返しますからっていう。
ただ、日本からだと、航空運賃を往復で払って、
さらにリペアの費用を払うと、
販売価格より値段が上がっちゃうんですよ。
完全にオーバーしちゃうんです。
- ――
- ああ、そうですよね。
- 森下
-
じゃあ日本でリペアをやる、
ということになったときに、
「やっぱり日本では『キルト工芸』しかない」
って考えてくれてたみたいで。
- ――
-
え!
じゃあ日本で公式にリペアできるのって……
「キルト工芸」だけ?
- 森下
-
うちの会社だけです、はい。
日本というか、アジアではじめて
オフィシャルリペアパートナーに
認定されましたから。
- ――
-
うわあー!
えっと、椅子に張るカバーの型紙は、
デンマークでもらうんですか?
デンマークで自分で引いてきて?
- 森下
-
うん、そうそう。
いま「フリッツ・ハンセン」の工場は
ポーランドにあるんだけど、
うちの職人さんが、そこで引いてきて。
- ――
-
はあー!
もう、もう、すごい!!
長く技術を磨きながら、
信頼関係を積み重ねてきたことで、
公式に「フリッツ・ハンセン」に認められたんですね。
- 森下
-
いま、東京にある美術館などの
いくつかの公共の施設から、
「フリッツ・ハンセン」のものを含めて、
椅子のリペアの依頼を受けています。
使いはじめてから時間が経っているのと、
多くの来場者が使うので損傷がひどい椅子もありますが、
ぜんぶうちの工場で塗り直しをやって、
カバーも張り替えてます。
けっこう美術館って、デンマークの家具が多いんですよ。
いままではそれぞれの美術館の現場担当者が
いろんなメーカーにリペアを依頼してたんですが、
去年一昨年くらいから、
うちの工場を指名してくれることが増えました。
- ――
- はい。
- 森下
-
ふつう、ああいう公共の施設ですと、
いくつかの会社の入札になるんですが、
やはり現在の「キルト工芸」は「フリッツ・ハンセン」の
オフィシャルリペアパートナーですし、
それから「PPモブラー」と「フレデシア」という
メーカーの椅子もオフィシャルにリペアできますから。
- ――
-
あ、「フリッツ・ハンセン」以外もオフィシャルに
認められてるんですか?
- 森下
-
えっと、あそこに飾ってあるのがそうなんですけど。
(席を立って、壁に近づく)
右側が「フリッツ・ハンセン」で、
2016年にヤコブ・ホルムさんって社長が認めましたよって、
サインが入ってます。
真ん中の「PPモブラー」は2005年、
左側の「フレデシア」は2007年に、
正式に認めていただいていますね。
- ――
-
ああああ、どこも北欧の、超有名家具メーカー……!
そうだったんですね。知りませんでした。
やっぱり「キルト工芸」ってすごいです。
椅子に布や革を張って、木に塗装するには
とてつもない技術が必要だと思います。
でもそれだけじゃなくて、
私はテディベアチェアがいちばん好きなんですけど、
たとえばあの椅子だと、中身のクッションとして、
スプリングコイルや馬の毛を使っていますよね。
椅子によって、いろんなタイプ、素材があって、
それぞれに対応されている。
- 森下
-
そうですね。
うちの職人さんはテディベアチェアの中身まで、
すべてじぶんの目で見てリペアしてきています。
だから「キルト工芸」は、
「こんなにちゃんと馬の毛を入れてるんだ!
だからこの掛け心地なんだ!」
というのが実感としてちゃんとわかっている、
日本で唯一の会社かもしれません。
- ――
- はあああ。
- 森下
-
中身がぜんぶ、わかる。
それが50年前に作られたものであってもです。
(つづきます)