もくじ
第1回椅子もひとを選ぶ。 2019-03-19-Tue
第2回デンマークと日本の家具。 2019-03-19-Tue
第3回「キルト工芸」だから、できること。 2019-03-19-Tue
第4回椅子という道具。 2019-03-19-Tue
第5回本物に込められた美しさ。 2019-03-19-Tue

「文章を書くこと」と「写真を撮ること」が好きです。コピーライターをしています。6月6日生まれのふたご座です。いつかテディベアチェアを買うことが夢です。

すてきな椅子と、</br>ながく付き合うこと。

すてきな椅子と、
ながく付き合うこと。

担当・栗田真希

第3回 「キルト工芸」だから、できること。

――
森下さんが「キルト工芸」に入社したのは、
何年のことだったんですか?
森下
1998年、99年くらいかな。
――
そのころから、「キルト工芸」では
デンマークの家具を取り扱っていたんですか?
森下
いやあ、それがね、全然でした。
「キルト工芸」は私が入るまで、
デンマークからの椅子の輸入などは、
まったくと言っていいくらい、やってなかった。
たしか、ほかの会社から依頼されて、
スペインからデスクチェアを輸入した程度でした。
――
デンマークの家具を取り扱ってきた森下さんが、
どうして「キルト工芸」に入社されたんですか?
森下
そのころデンマークの大使館が主催していた
家具の研修旅行で、
当時の「キルト工芸」の社長に出会ったんです。
僕は大使館と一緒に、その研修旅行の
プログラムづくりとガイド役をやっていました。
そのとき社長と「いつか一緒に仕事をやりたいですね」
という話になって。
しばらくして「キルト工芸」に転職しました。
それから会社として、
北欧家具のほうにも事業を広げたんです。
――
「キルト工芸」はむかし
天皇の玉座もつくったことがある、
椅子張りの技術にすぐれた会社ですよね。
森下さんが入社されたころは
オフィス用の家具などをメインでつくっていて、
「次は北欧家具の事業に挑戦してみよう」という
タイミングだったってことですか?

森下
挑戦っていうかね、それほど、
「覚悟をもって北欧家具に賭けよう!」
という感じではなかったです。
OEMといって、他社ブランドの椅子づくりが
ほとんどだったので、それだけだと
「キルト工芸」としては将来的に
ちょっとさびしいねっていうこともあって。
あとは、北欧家具の世界を知ることで、
社員のモチベーションを上げることにも
つながると思っていたんです。
 
うちの会社には、職人さんが30数名いますけど、
いままで20名近くがデンマークに研修に行っています。
デンマークの名だたるメーカーで、
椅子づくりを学んできてもらっているんです。
 
そういった研修をしながら、
名作と呼ばれる北欧デザインの椅子の
リペアを数多く行ってきました。
卵のかたちをしたエッグチェアとか、
白鳥の姿をしたスワンチェアとか、
いろいろね。

――
以前工場を見学させてもらったときに、
リペア途中の椅子を見せていただいたことを
覚えています。
森下
「キルト工芸」として、
リペアするもともとの椅子をつくっている
北欧のメーカーとも、交流を重ねてきました。
ちょうど3年前くらいに「フリッツ・ハンセン」という会社で、
うちの職人さんに、そのメーカーの職人プログラムを
ぜんぶ受けてきてもらったんです。
研修が終わったあと、「フリッツ・ハンセン」から、
オフィシャルリペアパートナーとして認めてもらいました。
――
それって、ほんとうに、すごいことです。
「フリッツ・ハンセン」といえば、
アルネ・ヤコブセンをはじめ
一流のデザイナーの椅子をつくってきた、
北欧のすぐれた家具メーカーとして有名ですよね。
森下
ええ、そうです。
うれしかったですね。
家具業界のひとに話すと、
「それはすごいことだ」っていう反応をされます。
ただ、僕としては以前からうちの会社で
「フリッツ・ハンセン」の椅子のリペアはしてたし、
積み重ねがあってのことなので、
あんまりね、おおごとだと思ってないんだけど。
――
「フリッツ・ハンセン」の椅子だったら、
なんでもリペアできるんですか?
森下
一応、ぜんぶ大丈夫です。
――
はあー! ははははは。
すごすぎて笑ってしまう。
 
あの、職人の御手洗さんは、
「以前勤めていた会社でも『フリッツ・ハンセン』
の椅子をつくっていたけれど、
とくに名作とされているスワンチェアや
エッグチェアに関しては、つくらせてもらえなかった」
というようなお話をされていました。
同じメーカーでも、その2脚は特別な椅子なんだと。
森下
そうですね。
――
それだけ、じぶんたちのブランドを
しっかり守っているメーカーなんですよね。
その「フリッツ・ハンセン」のリペアを、
スワンチェアもエッグチェアも含めて、すべて公式で。
森下
「フリッツ・ハンセン」の椅子をリペアするときには、
すべて自社の工場に送ってほしいというのが、
「フリッツ・ハンセン」のメーカーとしての姿勢でした。
張り替えなどをして、また送り返しますからっていう。
ただ、日本からだと、航空運賃を往復で払って、
さらにリペアの費用を払うと、
販売価格より値段が上がっちゃうんですよ。
完全にオーバーしちゃうんです。
――
ああ、そうですよね。
森下
じゃあ日本でリペアをやる、
ということになったときに、
「やっぱり日本では『キルト工芸』しかない」
って考えてくれてたみたいで。
――
え!
じゃあ日本で公式にリペアできるのって……
「キルト工芸」だけ?
森下
うちの会社だけです、はい。
日本というか、アジアではじめて
オフィシャルリペアパートナーに
認定されましたから。
――
うわあー!
えっと、椅子に張るカバーの型紙は、
デンマークでもらうんですか?
デンマークで自分で引いてきて?
森下
うん、そうそう。
いま「フリッツ・ハンセン」の工場は
ポーランドにあるんだけど、
うちの職人さんが、そこで引いてきて。

――
はあー!
もう、もう、すごい!!
長く技術を磨きながら、
信頼関係を積み重ねてきたことで、
公式に「フリッツ・ハンセン」に認められたんですね。
森下
いま、東京にある美術館などの
いくつかの公共の施設から、
「フリッツ・ハンセン」のものを含めて、
椅子のリペアの依頼を受けています。
使いはじめてから時間が経っているのと、
多くの来場者が使うので損傷がひどい椅子もありますが、
ぜんぶうちの工場で塗り直しをやって、
カバーも張り替えてます。
 
けっこう美術館って、デンマークの家具が多いんですよ。
いままではそれぞれの美術館の現場担当者が
いろんなメーカーにリペアを依頼してたんですが、
去年一昨年くらいから、
うちの工場を指名してくれることが増えました。
――
はい。
森下
ふつう、ああいう公共の施設ですと、
いくつかの会社の入札になるんですが、
やはり現在の「キルト工芸」は「フリッツ・ハンセン」の
オフィシャルリペアパートナーですし、
それから「PPモブラー」と「フレデシア」という
メーカーの椅子もオフィシャルにリペアできますから。
――
あ、「フリッツ・ハンセン」以外もオフィシャルに
認められてるんですか?
森下
えっと、あそこに飾ってあるのがそうなんですけど。
(席を立って、壁に近づく)
右側が「フリッツ・ハンセン」で、
2016年にヤコブ・ホルムさんって社長が認めましたよって、
サインが入ってます。
真ん中の「PPモブラー」は2005年、
左側の「フレデシア」は2007年に、
正式に認めていただいていますね。

――
ああああ、どこも北欧の、超有名家具メーカー……!
そうだったんですね。知りませんでした。
やっぱり「キルト工芸」ってすごいです。
 
椅子に布や革を張って、木に塗装するには
とてつもない技術が必要だと思います。
でもそれだけじゃなくて、
私はテディベアチェアがいちばん好きなんですけど、
たとえばあの椅子だと、中身のクッションとして、
スプリングコイルや馬の毛を使っていますよね。
椅子によって、いろんなタイプ、素材があって、
それぞれに対応されている。
森下
そうですね。
うちの職人さんはテディベアチェアの中身まで、
すべてじぶんの目で見てリペアしてきています。
だから「キルト工芸」は、
「こんなにちゃんと馬の毛を入れてるんだ!
だからこの掛け心地なんだ!」
というのが実感としてちゃんとわかっている、
日本で唯一の会社かもしれません。
――
はあああ。
森下
中身がぜんぶ、わかる。
それが50年前に作られたものであってもです。

(つづきます)

第4回 椅子という道具。