もくじ
第1回言葉にできない「何か」をさがしに。 2019-03-19-Tue
第2回感覚をとぎすましていく 2019-03-19-Tue
第3回その人らしく生きるステージづくり 2019-03-19-Tue
第4回ぼくらが共有しているもの 2019-03-19-Tue
第5回言葉にしなくてもいい 2019-03-19-Tue

フリーランスのライター・編集者。ひとの人生に触れるインタビューが好き。琵琶湖の近くと生まれ育った首都圏、二つの拠点を行ったり来たり。

言葉をあなたに届けたくて

言葉をあなたに届けたくて

担当・菊池百合子

第3回 その人らしく生きるステージづくり

2019年2月23日。酒井さんとは2回目の対面。
有害鳥獣捕獲で獲った鹿の食肉処理を担うために
週に数回山に入っている酒井さん、
この日もちょうど猟の後にお会いしました。
 
場所はOBCの活動拠点であり酒井さんの母校の一部、「co*bc」にて。

──
おじゃまします。ああ、酒井さん。お久しぶりです。
酒井
久しぶりだね。前に来たのいつだっけ?
──
去年の10月末だから……4ヶ月ぶりぐらい。
酒井
そっか、もうそんなに経ったんだ。あ、ちょっと待って。目薬持ってくる。
──
花粉症ですか?
酒井
そうそう、花粉症。ひどいんだよねえ。
──
でもお仕事で山の中に入らなきゃいけないですよね。
酒井
そう、猟でね。花粉がついたまま折れた枝が地面に落ちるわけ。
それを踏むとね。パフって、新鮮な花粉が舞うの。それで目がかゆくなる。
──
それでも山奥の集落に住んでいらっしゃるわけですよね。
酒井
どこに行っても変わらないからねえ。
──
言われてみればそっか、そうでした。
酒井
今日は何を話す?
──
前回お会いしてから考えていたのですが、
やっぱり「酒井さんがいるから小河内に引っ越すと決めた」って
言われる存在ってどういうことなんだろうと。
酒井
うん。
──
私にとっても初めてお会いしたときから、
酒井さんがフラットに接してくださるからか、
そのままの自分でいられる気がしたんです。
酒井
そうなんだ。
──
酒井さんが小河内に住んでいることそのものが、
誰かがその人らしく生きるきっかけに
なっているんじゃないかなと思って。
そんな酒井さんを分解したくて来ました。
酒井
ぼくは「やらない?」って言われたときにまずはやってみるだけで、
自分からは特に何もしないよ。
──
OBCのはじまりも同じですか?
酒井
そうだね。OBCを結成する前に、
かんに「歌を作ってほしい」って依頼がきて。
かんが一人で全部はできないからぼくに声をかけ、
便乗してみた。
そうやって一緒に曲をつくったところから、
全てが始まったんだね。
──
声をかけてきたのがかん先生だったから、
乗っかってみようと思ったんでしょうか?
酒井
いや、むしろそれまでは、かんとほとんど接点がなかった。
小学校と中学校が一緒だし、年も2つ違いで近いから知っていたけれど。
単純に、おもしろそうだなと思って。
しばらく楽器も触れていなかったし、「いいよ」って言って。
 
そしたら「アコーディオンで弾き語りができたよ」って
かんが聞かせてきて。そこにぼくがギターとベースとドラムを入れて、形をつくっていって。それが1曲目の『だべだべロック』。もう5年前かあ。
──
5年前というと、2014年。
酒井
そう、もう5年。そろそろ6年目に突入するね。
──
OBCの活動を外から見ていて、
かん先生と酒井さんの関係がすごく魅力的に映っていて。
お二人が出会ったことで、それぞれが
自分のやりたいことにより
集中できるようになったんじゃないかなと思ったんです。
酒井
そうだね。長く音楽活動をやってきた中で一緒にいるのは、
これまでもかんみたいなタイプだった。
突出した才能というか、きらめく何かを持った人と組むことが多くて。
高校生の頃からそういう人の頭の中を形にすることが
自分の役回りだと思っていたんだよね。
──
OBCであれば、かん先生のイメージを酒井さんが具体化し、
かん先生が表に出て酒井さんは裏で舞台を整えるような。
酒井
そうだね。かんが表に出てくれていれば、ぼくは裏にいていいから。

──
かん先生のリクエストを具体化するのは難しいですか?
酒井
うん。かんは本当にね、いろいろな音楽を聞く。全然わからないもん。
だからかんの曲もぶっ飛んでいるんだと思う。
擬音や「こういうかんじ」っていろんなオーダーが来るから、わけがわからない。
それが新しいハードルになるんだよね。
──
ご自分でハードルを見つけていくよりも、
誰かが持ってきたハードルを超えていくような。
酒井
そうそう。かんのリクエストのような外的な要因があって、
それを自分で考えながらどうにか解決していくことが多いかな。
──
外からもたらされたハードルも、ご自分がやりたいことに変換されますか?
酒井
そうだね。パソコンで音楽づくりができるのも、
高校生の頃にスタジオを使うとお金がかかるから
自分たちで録音できたらいいよねってところから始まって。
「じゃあやってみよう」と勉強して。
これまでもそうやってできることが増えていった。
 
それがOBCがスタートしてからは、格段に増えたね。
紙媒体をつくる必要性が出てきたら、
「イラストレーターというものが必要らしい」って。
そうやって一つずつ習得していくことが苦じゃなくて、楽しいんだよね。
──
ああ、すごく納得感があります。
酒井さんと話していてもOBCの発信を見ていても、
主語がずれないなと思っていて。
酒井
主語。
──
「奥多摩が」「小河内が」って大きな主語になる前に、
一人一人の「自分が」がベースにあるんじゃないかなと。
今の話で言えば、かん先生がきっかけになってもたらされたハードルも、
酒井さん自身が超えたいものに置き換わるんですよね。
酒井
そうだね。そうしないと楽しめないから、続かないよね。
心の奥底に何かしら小河内への思いがあるような気がするから、
自分たちが楽しいことをやる、
それが結果地域のためになっていたらいいなとは思う。
──
酒井さんが前に、故郷に戻った理由の一つとして
「誰かが来るきっかけになるかもしれないから」と
おっしゃっていたじゃないですか。
酒井
そうだね。
──
それも「誰かのために」というよりは、あくまで「自分が」なんですよね。
酒井
うん、自分が「ここがいい」と思って住んでいる。
楽に暮らせる場所がどこかを考えて、
「ここがいいな」って行き着いただけだね。
地域を「守る」ために住んでいるわけじゃないから。
──
でも実際に、酒井さんが住んでいらっしゃる集落の現実って。
酒井
今は住んでいる家が8軒くらい。それをわかっていて住んでいて、
逆に静かでいいかなって。
──
その状況だときっと「守る」に傾いてしまう地域が多いような気がします。
酒井
誰かが来てくれたら嬉しいけれど、
住んでみないと自分の肌に合うかどうかわからないもんね。
来てくれる人に環境整備とかできることは協力するけれど、
合わなかったらしょうがない。だから、何事も見守っているだけかな。
──
でも放置するわけじゃない。
きっとご自分が「動くべきだ」と思ったときには
アクションを起こされているような気がして。
かん先生の作曲のお話もそうですが、
誰かの「こうしたい」「こうなりたい」に対して、
できるだけその人が輝けるステージを作っていらっしゃる。
酒井
どうなんだろう。そうなのかなあ。そういう役回りなのかもね。
──
そして、悲観的なことは言わないじゃないですか。
そこが気持ち良いなと思います。
人口が減少してきている地域の方にお会いすると
「ここには何もないから」ってよく言われますが、
OBCの発信には全くそういうマイナスなメッセージがない。
酒井
そうだね。ぼくの親が一切そういうことを
言わなかったおかげかもしれない。
大人が地元に対してネガティブなことを思っていると、
子どもに伝わっちゃうからね。
──
地元にいらっしゃる方々が自分の地域を好きでいることが、
一番外からの入りやすさにつながると思います。
酒井
うん。子どもに地元についてのネガティブなことを伝えるのではなく、
地元での良い思い出を少しでもつくれたら、
郷土愛のようなものを押し付けなくても地元に想いを持つ
きっかけになるような気がしていて。

──
それがまさにOBCのライブですよね。
子どもたちがすごくいきいきしている様子が、
写真や動画からびしばし伝わってきます。
酒井
もちろん外から移り住んで来てくれる人も大歓迎だけれど、
地元出身の人が想いを持てない場所に
住みたいと思わないような気がしていて。
──
首都圏から滋賀県に移住した身として、そのとおりだと思います。
今住んでいる長浜市に引っ越して気がついたのは、
長浜に誇りを持っていらっしゃる方がすごくたくさんいて。
その方々の共通点が「ある」を
見つけていることなんじゃないかなと考えたんです。
酒井
「ある」?
──
そう。「ない」よりも「ある」。
人口が減っていく以上、地域で「ない」を見つけていたら
そりゃあネガティブになっちゃうと思うんですよね。
若い人が減り、子どもが減り、お店も学校も公共施設も減る。
「ない」ばかり拾っていたら、
なんでも「ある」ように見える東京に集まるのも当然ですよね。
酒井
そうだねえ。
──
でも、「ある」を見つける視点に切り替えたら、
「自分が住んでいる場所にはこんな宝ものがあったんだ」って気づける。
酒井
なるほどね。そうかもしれない。
──
小河内の写真や動画をたくさん発信しているOBCは、
無意識のうちに「ある」を探しまくっているんじゃないかなと思うんです。
酒井
ああ、そうだねえ。そのとおりだと思う。
最近撮ったドラム缶風呂の写真を自治会の人に見せたらさ、
「こりゃあいいところだな」って。
そうやって住んでいる人が地域を知るきっかけになったらいいよね。
──
最近だと鳥のシリーズが始まりましたよね。

酒井
そうそう。でも、もともと鳥には全然興味がなかった。
きっかけはNHKの自然系ドキュメンタリー番組
(『ダーウィンが来た!』と『ワイルドライフ』、どちらも2018年放送)。
小河内でカメラマンさんが家を借りて泊まりこんで、
一年中撮影していたんだよね。
 
その放送でクマタカの写真を撮っているのをみて、
こんな鳥いるんだって初めて知って。
でも昼休みに散歩しながらよーく見てみると、確かにクマタカがいると。
そこから望遠レンズを買ってみて、
目についた鳥を撮って種類を調べる。
そうやって好きになっていったかな。
──
酒井さんご自身も、OBCで発信するようになってから
さらに「ある」を見つけるようになっていったのかもしれないですね。
酒井
そうだね。カメラはOBCを始める前から持っていたのだけれど、
本格的に撮り始めたのはここ最近だもんね。
──
そしてOBCの素晴らしいところは、
小河内での日常で不便なところや問題に感じることをも
「ない」ではなく「ある」に変換しているところじゃないかと。
酒井
問題点をいかに楽しむかを考えれば、発信のネタになるからね。
『いなかでバンバン』はまさにそういうものなのかもしれない。

──
すでに用意されている選択肢は都心より少ないのかもしれないけれど、
その分この中でどう生きるかを主体的に考えて、
時には新しい選択肢をつくり出しているように見えます。
酒井
子育てする上でも選択肢が限られているように見えるかもしれないけれど、
そういう姿勢が子どもに伝わっていけばいいよね。
──
花粉も何かに使えないですかね?
酒井
花粉を出しまくってスローモーションで撮影したら楽しそう。
昔よく花粉出したもんね。木の棒を叩いて花粉だす遊び。
──
やったことないです。
酒井
木の棒を叩いて花粉だす遊び。
杉の木がまだちっちゃくて手が届いたんだよ。
だからみんなでこうやって叩いて花粉だして、きっと吸い込みすぎたんだね。
──
お大事にしてくださいね。あ、そろそろ夜ご飯の時間。
酒井
本当だ。
──
うーん、持ち帰る考えごとが今回もたくさん。またお話しにきますね。

(つづきます)

第4回 ぼくらが共有しているもの