もくじ
第1回言葉にできない「何か」をさがしに。 2019-03-19-Tue
第2回感覚をとぎすましていく 2019-03-19-Tue
第3回その人らしく生きるステージづくり 2019-03-19-Tue
第4回ぼくらが共有しているもの 2019-03-19-Tue
第5回言葉にしなくてもいい 2019-03-19-Tue

フリーランスのライター・編集者。ひとの人生に触れるインタビューが好き。琵琶湖の近くと生まれ育った首都圏、二つの拠点を行ったり来たり。

言葉をあなたに届けたくて

言葉をあなたに届けたくて

担当・菊池百合子

言葉にならないもの、なっていないものを
言葉で表現すること。

そのことに、いつもおそろしさを感じていました。

でも、自分のおそろしさを分解してみたときに
そこで出会ったものは
意外にも「ほぼ日の塾」で学んだことと
共通していたのです。

今回はそんな「言葉」にまつわる思考の旅を
お届けしていきます。

プロフィール
酒井 卓真さんのプロフィール
島崎 勘さんのプロフィール

第1回 言葉にできない「何か」をさがしに。

この町と出会うまで、ここで暮らす人と出会うまで、
誰かと何かを分かち合いたいときに
言葉があれば十分だと思っていた──。

都心から電車に乗ること2時間30分で到着する、奥多摩町。
青梅と奥多摩を結ぶJR奥多摩線の終点、奥多摩駅から
さらに車で西に行くこと30分。

かつて湯治場として栄えていた旧小河内村(おごうちむら)、
東京都最西端の地です。

「奥多摩に観光に行った」と話す人のほとんどが
駅の周辺か、もしくは奥多摩湖東端の小河内ダムまでを
満喫しているので、
ダムより西側に広がる「小河内(おごうち)」地区まで
足を伸ばす人は限られています。

わたしがここを訪れるようになったきっかけは、
かつて都心で一緒に仕事をしていた友人3人が
この「小河内」地区に引っ越したことです。

コンビニも病院も小学校も駅の近くに集中しているため、
車で30分動くことが生活のベース。
スーパーがないため、週に数回、お隣の山梨県から
移動販売車がやってきて買い物をする。

どうも話を聞く限り、「便利」か「不便」かと言ってしまったら
「便利」を選びにくそうな場所・小河内。
友人たちは、そこで暮らしていくことを選択した。

その「理由」を知りたくなってしまって、
2018年10月に初めて小河内を訪れました。

このとき小河内で感じた驚くような感覚は、
今でも手のひらに残っています。

町の大部分が森林が占める奥多摩町の中でも
小河内地区は平地がほとんど存在しないため、
文字どおり山の中で人が暮らしています。

自然と仲良く暮らす、どころか、
猿や鹿に出くわすことが日常になるので、
こちらがおじゃまさせてもらっている。
そんな感覚になるのです。

隣の集落は、向こうのほうに明かりがぎりぎり見えるかな、
いや、木があるから見えないな、という距離。

そんな環境の中に身を置いたからか
普段の何倍も、何十倍も、全身の感覚が鋭敏になり、
心が湖に浮かんでいるかのように
ゆらゆらと動きつづけていたことを覚えています。

そして他の場所で味わったことがないこの感覚は、
帰り道、奥多摩駅から発車する電車のドアが
プシューッと閉じるとともに、
あっという間に消えてしまうのです。

他の場所に行ったときは味わったことのないこの感覚は、
その後何度足を運んでも変わりませんでした。
それどころか、足を運ぶたびに強まっていくような。

いつもの何倍も思考がぐるぐるめぐる中で、
やはり考えてしまうことの一つが
「彼らがなぜここで暮らすことを選んだのか」。

というのも、はじめて小河内を訪れたときに
「この人と出会ったから小河内に引っ越した」と
友人に紹介してもらった方・酒井さんの言葉が
頭から離れなかったから。

住む場所を決断するには
言葉にできる理由や目的があると思っていたわたしには、
「なにか理由があるから住んでいるわけじゃないかな。
住みたいから住んでいるだけ」の言葉が、
ずっと忘れられません。

だって、酒井さんが住んでいるのは
東京で最も標高が高い集落です。
小河内ダム周辺では雨が降っていても
その集落では雪が降るほどに標高に差があり、
もちろん気候も違います。

この集落から子どもが小学校に通うには、
最寄りのバス停まで車で送ってもらい、
さらには40分間バスに揺られながら通学します。

そういう場所で、家族とともに生きることを選ぶ。

一見選択肢が少ないようにも見えてしまうこの場所で、
「山の暮らしも町の暮らしも、どっちも知った上で
好きなほうを選んでもらえたらいいかな」と
子どもに選択をゆだねていました。

自分の思考回路で理解することが難しい決断を前にすると、
ついつい外側から理由を求めたくなってしまいます。
けれど、住む場所を決めることに理由も目的も、
外から付与された「言葉」も、いらないのかもしれない。

そして、そんな酒井さんが代表として活動している
小河内のまちおこし団体なる存在に出会ったのも、このときです。

「Ogouchi Banban Company」、オゴウチバンバンカンパニー。
通称「OBC」、オービーシー。
子どもたちと一緒にオリジナルソングを歌って踊る
ライブパフォーマンスを中心に、
小河内で楽しく活動しているまちおこし団体です。

いわゆる「まちおこし団体」と言うと、
活動の目的も描きたい未来もその地域でやりたいことも
「言葉」になっているんだと思っていました。

だからこそ「OBCってなんで活動しているんですか?」
って問いを投げかけたときに、
「うーん、なんでだろうね。よくわからない」と言われて
再び価値観がひっくりかえるような心地がしました。

たしかに、OBCの活動で楽しそうに歌って踊っている
子どもたちの様子を見ていると、
理由も目的も求める必要なんてないんじゃないか、
と思えてきます。

わたしがずっと頼って一緒に生きていた「言葉」を
ひょうひょうと乗り越えてきた酒井さんと
OBCとの強烈な初対面が、
小河内という場所と強烈に惹かれた瞬間でした。

わからない、わからないけれど。
「言葉」を頼りすぎてきたわたしが持っていないもの、
見落としていた大切なものが、
この小河内にはしっかりと残っているような気がして。

そこから半年間、ほとんど仕事ではなくても
気づいたら小河内に通い続けている私がいます。

半年間で、4回の訪問。合計5泊6日。
インタビュー時間、約8時間。

多いのか少ないのかはともかく、当初は
「地域で暮らすこと」をテーマにしていたような気がしますが、
気づいたら「言葉で表現することの意味」に
変化していったように思います。

ここで突きつけられたことは、
すべてを言葉にすることはできない、ということ。
言葉になっていないものを言葉にしてしまうことで、
こぼれ落ちてしまうものももちろんあるでしょう。
その事実から目を背けることは、できません。

それでも逃げずに、小河内にあるような気がする
「大切なもの」と向き合いたい。

OBCの中心を担っている代表の酒井さん、
そしてOBCのパフォーマー、かん先生とのお話をとおして、
わたしの手の中にない「大切なもの」を見出して
表現を試みるための旅路が、いま、はじまります。

第2回 感覚をとぎすましていく