おばあちゃんは、岐阜県の小さな村出身で、
生家は瀬戸物の卸業を営んでいました。
母親は体が弱く寝込みがちだった一方で、
父親は、絵に描いたように「世話焼き」な人。
村の寄合いでみんなが酔っぱらってしまうと
ひとりひとりを自転車で家まで送り、
自分は真夜中に帰ってくるような人だったそうです。
また、決して怒らない父親でもありました。
おばあちゃんがまだ幼稚園生だったころ、
家のお蔵の棚に誤ってぶつかってしまい、
たくさんのお皿を割ってしまったことがありました。
絶対に怒られると思ってビクビクしていたら、
父親はこう言ったそうです。
「瀬戸物は割れないとダメなんだ。
割れなければ、売れることもないだろう?
だから大丈夫。」
おばあちゃんはそんな父親を見て
「すごい人だなぁ」と思っていました。
父親もなぜか6人兄弟のまんなかである
おばあちゃんを可愛がり、
「ゆき、この家はお前が継ぐんだぞ」
と言い続けていたのだそうです。
そんな父親ですが、
おばあちゃんが小学5年生の時に盲腸で亡くなります。
診てもらった先が、運悪くやぶ医者だったのです。
「うちの旦那と取り換えてやりたいくらいだよ」と、
お葬式では村のみんなが一緒に悲しんでくれたのだとか。
*****
時は流れ、おばあちゃんは17歳に。
父親からの言付けはずっと心に残っていたものの
どうしても田舎が窮屈で好きになれず、
洋裁学校を出た後に東京行きを考えるようになります。
そこで、母親とお姉さんに何とかお願いをして
「1年間だけ」という約束で上京。
(おばあちゃんは、「1年間だけ」
という約束はすっかり忘れていたそうな。)
恩師の紹介で上京後の職場も無事見つかり、
そのうちおじいちゃんと出会い、結婚を申し込まれます。
おじいちゃんは写真で見る限り
なかなかの色男でしたが、
小さな下駄屋を家族で営んでおり、住まいは借家でした。
それを聞いた岐阜の母親は
「家を持っていない男に、この子はやれない」と
結婚には猛反対。
慌てたおじいちゃん一家は、
親戚中からお金を集めて何とか東京の外れに
家を建て、おばあちゃんをお嫁にもらいます。
おばあちゃんは、結婚式で母親がぽつりとひとこと、
「あんたの相手は、東京にいたか」
と言っていたのが忘れられないと言います。
父親の言付けを守れなかった後ろめたさや、
体が弱かった母親の寂しさが、今になっても
おばあちゃんの心の中にあるのかもしれません。
(つづきます)

[おばあちゃんの絶品ロールキャベツ]