もくじ
第1回もっと違ったふうに育っていたかもね 2019-02-26-Tue
第2回おばあちゃんの昔話 2019-02-26-Tue
第3回癇癪持ちだった、おじいちゃん 2019-02-26-Tue
第4回「自分」が、ない? 2019-02-26-Tue

山梨県出身。東京に来て10年目。小さいころ通っていた塾はピアノと英語。

かっこよく年を重ねたい人におくるWEBマガジン「キネヅカ」を運営中。

私の好きなもの</br>おばあちゃん

私の好きなもの
おばあちゃん

担当・深澤アヤネ

第2回 おばあちゃんの昔話

おばあちゃんは、岐阜県の小さな村出身で、
生家は瀬戸物の卸業を営んでいました。

母親は体が弱く寝込みがちだった一方で、
父親は、絵に描いたように「世話焼き」な人。

村の寄合いでみんなが酔っぱらってしまうと
ひとりひとりを自転車で家まで送り、
自分は真夜中に帰ってくるような人だったそうです。

また、決して怒らない父親でもありました。

おばあちゃんがまだ幼稚園生だったころ、
家のお蔵の棚に誤ってぶつかってしまい、
たくさんのお皿を割ってしまったことがありました。

絶対に怒られると思ってビクビクしていたら、
父親はこう言ったそうです。

「瀬戸物は割れないとダメなんだ。
割れなければ、売れることもないだろう?
だから大丈夫。」

おばあちゃんはそんな父親を見て
「すごい人だなぁ」と思っていました。

父親もなぜか6人兄弟のまんなかである
おばあちゃんを可愛がり、
「ゆき、この家はお前が継ぐんだぞ」
と言い続けていたのだそうです。

そんな父親ですが、
おばあちゃんが小学5年生の時に盲腸で亡くなります。
診てもらった先が、運悪くやぶ医者だったのです。

「うちの旦那と取り換えてやりたいくらいだよ」と、
お葬式では村のみんなが一緒に悲しんでくれたのだとか。

*****

時は流れ、おばあちゃんは17歳に。

父親からの言付けはずっと心に残っていたものの
どうしても田舎が窮屈で好きになれず、
洋裁学校を出た後に東京行きを考えるようになります。

そこで、母親とお姉さんに何とかお願いをして
「1年間だけ」という約束で上京。
(おばあちゃんは、「1年間だけ」
という約束はすっかり忘れていたそうな。)

恩師の紹介で上京後の職場も無事見つかり、
そのうちおじいちゃんと出会い、結婚を申し込まれます。

おじいちゃんは写真で見る限り
なかなかの色男でしたが、
小さな下駄屋を家族で営んでおり、住まいは借家でした。

それを聞いた岐阜の母親は
「家を持っていない男に、この子はやれない」と
結婚には猛反対。

慌てたおじいちゃん一家は、
親戚中からお金を集めて何とか東京の外れに
家を建て、おばあちゃんをお嫁にもらいます。

おばあちゃんは、結婚式で母親がぽつりとひとこと、

「あんたの相手は、東京にいたか」

と言っていたのが忘れられないと言います。

父親の言付けを守れなかった後ろめたさや、
体が弱かった母親の寂しさが、今になっても
おばあちゃんの心の中にあるのかもしれません。

(つづきます)


[おばあちゃんの絶品ロールキャベツ]

第3回 癇癪持ちだった、おじいちゃん