大学を卒業して最初に就職した会社は、
社長を含めて11人のデザイン制作会社でした。

まだ出来ることの少なかった新人の頃、
主な仕事は先輩がすぐに
デザイン作業に入れるようにするための
下準備をすることでした。

そんなある日、
先輩に「イラストって描ける？」と聞かれました。
私は瞬間的に、バイト先の店長の依頼を断って
襲ってきた後悔を思い出しました。
今ここで「描けない」と言ったら…

私は多分一瞬だけ迷って「描けます」と答えました。
平静な顔をしていたとは思うけど、
内心はとてもドキドキしていました。
「じゃあここに、こうゆうイラスト入れたいからお願い」

それは世界の観光名所をアイコン的に表現した
とてもシンプルなイラストでした。
特に感想を言われた覚えはないのですが、
人の要求に応えて描けたこと、
慣れないデジタルで描けたこと、
それらがとても新鮮で楽しく感じられ、
それから少しずつ、手描きも含めて
仕事で描かせてもらえるようになりました。
はじめて自分の描いた絵が印刷されたとき、
本当に紙面の端の小さなものでしたが
とても誇らしい気持ちになったことを覚えています。

当時会社には、
同じ学部出身のとても素敵な絵を描く
Sちゃんという同期の子がいました。
先輩方も彼女の画力を知っていたので、
私はそのうち会社で必要なイラストは
全部彼女が描くんじゃないだろうか、
私は必要ないんじゃないだろうか、
そう漠然と不安に思うようになりました。

その頃には眠っていた描きたい欲が
ムクムクと顔を出し始めていたので、
その子が褒められればすごいな、素敵だな、
と思うより先に嫉妬や妬みがきてしまい、
たまに「すごいね」「良かったね」くらいは
言ったかと思いますが、
基本的には褒められるSちゃんに気づかないフリをして
正面から褒めてあげることができませんでした。
彼女は私が描いたものを褒めてくれていたのに。

褒めあって伸ばし合えたら良かったと思います。
自分には描けないとわかっていたのに
Sちゃんの仕事を見て、
「私がやりたかった」と勝手に僻んでいました。
若かったから仕方がない、というよりは
やっぱり私があまりにも短絡的で、
Sちゃんはずっと大人でした。

それでも、描くことで悔しい思いができることが
何だか嬉しく、懐かしく感じる自分もいました。
そうか、いろいろ言い訳つけてたけど、
描きたい気持ちは消えてなかったんだ。