私は、このことについて書くことをずいぶん悩みました。
いろんな立場の方がいて
様々な意見があることも知っています。
そして自分の気持ちについて、誤解を招かずに書くことは
とても難しいことだとも思っています。
しかし、今回はエッセイという視点から
私なりの言葉で書くことにします。
もうずいぶん前から、福島の米や野菜、
そして果物は安全を前提とされています。
私自身もそう考えているので、
いつも美味しくいただいています。
そして父も、もちろんそうですし
食卓には地元産の野菜や果物が並んでいます。
でも、おそらくそういうことではなくて。
あのときは、本当にいろいろなことがあって、ありすぎて
父が、あの意気揚々の語っていたあの気持ちは
どこかに置き去りにされてしまったのかもしれません。
そして私もすみません、情けないですが正直に言います。
変わっていく家族を見ていて、どうすることもできなく
ただただ途方に暮れていました。
もともと厳しかった父の眉間のシワが深くなっていくのを
どのように受け止めてたらよいのか、
どのようにしたら前のように戻るのかわからず、
ただただ苦しくて。
でも表面上はいつもの生活に戻っていきました。
私はずっと心に引っかかったまま、
平気な顔をして暮らしていました。
なんでもないふりをして
被災地へボランティアに行きましたし、
友達がカフェで復興フェアをやるといったら、
積極的に協力しました。
友達が
「福島の米や野菜を使って復興フェアする」って
言ってくれた時も
その気持ちがありがたいと思った反面
正直な気持ちをいえば、心のどこかで
「なんかちがう」「何かが足りない」って
ずっと引っかかっていました。
埋めるピースのような何かが。
そのことを考えると、空気が薄くなるような
そんな感覚に襲われていました。
でも、渡辺果樹園さんの梨を食べて、
なんででしょう、ふと、本当にふと気づいたのです。