もくじ
第1回野犬たちがいた風景 2019-02-26-Tue
第2回賢い女の子、チェリー 2019-02-26-Tue
第3回天寿を全うしたクー 2019-02-26-Tue
第4回ふたたび、その思いはどこから? 2019-02-26-Tue

フリーで書籍の編集とライターをしています。陽気な母との暮らしを満喫中。シーズンごとに急に体を動かしたくなって、ランニングをしたりトレッキングに行ったりします。趣味は合唱。昔とった杵柄です。

私の好きなもの</br>やっぱり、犬が好き

私の好きなもの
やっぱり、犬が好き

担当・さとうえみこ

第3回 天寿を全うしたクー

大学生のときに家庭教師のアルバイト先からもらった
やせっぽちのオスの子犬は、捨て犬だった。
隣家が夜逃げをし、つがいの成犬と
生まれてまもない子犬2匹が置き去りにされたという。

当時、母とちょっとした冷戦状態が続いていた私は、
怒られるかもと思いつつ連れて帰ると、
母は私の腕の中にいる子犬をちらりと見て、
「熊みたい」とぶっきらぼうに言った。
その瞬間、名前は「クー」に決定。

柴の雑種と思われるその子は、
全身の毛は茶色で、顔の中心部だけが真っ黒だった。
顔だけ見ればまさに「熊のクー助」。
しかし、まもなく黒色は抜け、目も大きくなって、
表情豊かな器量よしに変貌した。

クーが私たち家族と一緒にいたのは13年だった。
人間側の構成員はそのときどきに入れ替わったが
(兄か私の片方あるいは両方が不在の時期があった)、
クーは変わらず家にいて、不在者の帰還を喜んでくれた。
中型犬の寿命は13〜15年らしいから、
天寿を全うしたといっていいだろう。

幼犬時代は車を怖がって、バス通りが近づくと、
いやいやをして今来た道を戻りたがった。
成犬時代には突然、ふらりとひとり旅に出た。
夕闇迫る頃にとぼとぼ帰ってくると、
庭のいつものスペースにぺたりと横坐りし、
安堵する私たちに、力なくしっぽを振った。
まるで、「ふう。ちょっとくたびれちゃった」
と言っているかのようだった。
散歩の途中で父を置いて、
先にひとりで帰ってきたこともある。
「川の土手で昼寝しちゃうんだよ? やってらんないよ」
老犬時代に入ると、散歩中に歩けなくなることが増えた。
ふらふらっとよろけたと思ったら、
お尻をぺたんと地面に下ろし、
私の顔をじっと見上げて、「抱っこ」。
クーの思い出は尽きることがない。

犬を飼うなら子ども時代がいい。
犬は子どもが大好きだし、大親友になれるから。
なんとなくそう思っていたふしがあるが、
今こうしてクーとの思い出を振り返ると、
大人になってから一緒に生活できてよかったなあと思う。
「今、相当に幸せかもしれない……」
と思える瞬間がたくさんあったことを思い出したのだ
(忘れてどうする、私……!)。
子どもが思うそれと、大人が思うそれとでは、
色合いがだいぶ違う気がする。

少し前をタッタッタッタッとリズミカルに歩きながら、
一定の頻度で振り返って私をちらりと見るそのしぐさ。
巨大な夕日があたり一面をオレンジ色に染めるなか、
2本足と4本足とでゆっくりと帰途につく時間。
一言も聞き漏らすまいと、覗き込むように見つめる瞳。

リアルタイムで実感した幸せは、
思い出と化したあとはもちろんのこと、
思い出が風化したあとも、
細胞レベルで私を温めつづけてくれるだろう。
幸せな時間というのは恒久的に作用するものだから。

犬と猫、どっちが好き? と聞かれたら、
どっちも好き、と答える。
でも、犬のぬくもりをたくさん知っている私は、
ちょっとだけ間をおいて付け加えるのだ。
「でも、どちらかといえばやっぱり、犬が好き」

<もう少しだけつづきます>

第4回 ふたたび、その思いはどこから?