もくじ
第1回これからもずっと、見守って 2019-02-26-Tue
第2回別々で、同じ空を見上げてる 2019-02-26-Tue
第3回自分が、自分であるために 2019-02-26-Tue
第4回見上げたら、そこにあるから 2019-02-26-Tue
第5回そこにはいつも、たからもの 2019-02-26-Tue

フリーランスのライター・編集者。ひとの人生に触れるインタビューが好き。琵琶湖の近くと生まれ育った首都圏、二つの拠点を行ったり来たり。

わたしの好きなもの</br>「空」

わたしの好きなもの
「空」

担当・菊池百合子

第5回 そこにはいつも、たからもの

空を見上げると、自分がひとりだって気づく。
空を見ていると、自分がひとりじゃないと気づく。
 
 
初めて手紙を書きますね。
今日ちょうどね、2016年1月のわたしから
3年後のわたしへの手紙を発掘したから、
2019年2月の今になって開けてみたのだけれど、
笑っちゃうくらいたいしたことは書いていなかったの。

でもね、たいしたことないこと、見落としがちなもの、
名前をつけられないこと、指からこぼれ落ちていくもの、
そういったかけらが本当はうっかり見失いがちで
大切なものなんだ、ってことも、もう気づいてる。

だからここにも、ふつうのことを書きます。

 
今ね、「わたしの好きなもの」っていう課題で
文章を書いているところ。

最初このお題を渡されたとき、やっぱりわたしって
趣味だとか好きなものだとか聞かれても
「ぜったいこれ!」って思うものがないなあ、
何を書こうかなあ、と思ったのね。

でもね、スマホのカメラロールを眺めたり
日常の中で何をしている時間に
「生き返るような感じ」がするんだろうと
考えたりしてみたらね、
気づいたんだ。

わたしの好きなものは、「空」なんだって。

 
 
空を見上げていると、
自分がひとりだって気づく。

はくちょう座にオリオン座。
何百光年と離れた星々を見ていると、
彼らのスケールがあんまりにも大きくて、
自分がちっぽけな存在だと
もう一度思い直すことができる。

ついついさ、人間の世界にだけ目を配って生きていると
自分が大きいような、何かを成し遂げられるような、
強いような、なんでもできるような、
そんな気がしてくるじゃない?

そういうときに空を見上げると、
決してそんなことなかったって気づかせてくれる。
自分はすっごくちっぽけな、ただのひとりだと。

「そうである」ことは残酷なようで
希望なんじゃないかな、ってわたしは思うんだ。
自分は小さくて、世界はずっとずっと大きい。
まだまだ知らないことがあって、できないことがあって。
だからこそ、まだ見たこともない色と出会える予感に
心を躍らせながら一歩前に踏み出せるでしょう。

もちろん、大好きな「海」も
そんな存在なんじゃないかと思うけれど、
自分がひとりだということを日常の中で気づかせてくれる、
そんな装置は空しかないんじゃないかなあ。

いつだってただの「ひとり」としてスタートできるんだから、
「空を見上げる」という手段を持っていられて
本当によかった。

空を見上げていると、
自分がひとりじゃないって気づく。

どんなに日常をバタバタと生きていても
いったん空を見上げて深く息を吸い込むと、
これまでの人生をつくってきた過去のわたしの
たくさんの一瞬を思い出すの。
わたしの人生に関わってくれた
たくさんの大切なひとたちの顔が思い浮かぶの。

天文部の合宿で、流星観測のために
夜空に向かって大声で叫んでいたあの夜。
みんなが楽しみにしている文化祭を成功させるために
奔走し続けていた頃に毎日見ていた朝焼け。
離島をひとりで旅していたときに話しかけてきたおじさんが
「いっぱい冒険しなよ」の言葉と一緒にプレゼントしてくれた、
視界全部に広がるどこまでも青い空と海。
卒業旅行中に迎えた自分の誕生日の朝は、
携帯も持たずに離島でひとり朝焼けを見ながら
まもなく動き出そうとしている新しいはじまりと
終えねばならない毎日に涙を流したっけ。

最近はね、初めて日本海に沈む夕焼けを見たの。
「海が見たい」って言ったら連れて行ってくれたその場所で
荒々しい日本海に沈んでいく夕日は、
そのときもらった「幸せになっていいんだよ」の言葉とともに
ほんっとうに美しかったんだ。

あまりに支えられながら生きてきたから
そのことすら見失ってしまいそうな瞬間だって、
空を見上げればもう一度思い出せるんだよね。

もう二度とこの地上で会うことができないひとも
今一時的にお別れしているひとも
しばらく会っていないけれど会いたいひとにも
できるだけそのまんまの自分にも
かつて涙を流しながら空を見上げていた自分にも
いつだって、空を見上げればもう一度会うことができる。

戻らない過去も、失敗したことも、涙も笑顔も、
かつて出会ってきたすべてのひとも、
これまでの人生の全部の一瞬も、
どれもこれも、欠けることなく
わたしの人生をつくってくれていて、
今のわたしを守って支えてくれていて。

空を見上げるとね、そのことをもう一度
自分の手に握りしめることができて、
あ、わたしの人生全部、きらきらのたからものじゃん、
って空が気づかせてくれるんだよね。

誰も彼も何もかもみんな、
わたしの味方でいてくれている、見守ってくれているって。

それなら、どんなに明日の向こう側が何にも見えなくても
明日に向けてまた一歩踏み出そう、って
心の中にささやかな決意を持てるんだ。
どんなにどんより曇っている空でもね、見上げてみたら
わたしの人生とともにあるたくさんのたからものが
今日もわたしの中にあることを思い出せる。
出会ってきたひとたちとかつての自分を思い浮かべながら、
できればこのひとたちに胸を張って生きていきたいな、とも。

わたしはひとりだし、ひとりじゃない。
あなたはひとりだし、ひとりじゃない。

そのことが、どんなにとうといことで
どんなに希望であることか。

空を見上げたら、いつでもそんなたからものに
気づかせてもらえるから。

未来なんてわからないことばかりだけれど、
前に進むのがこわくなって
この手紙を読んだときは、
まずはあごをぐっと上げて
空を見上げてみてください。
そして胸に大きく空気を吸い込んでみてください。

ね、ほら。
進むしかないでしょ。

はじまるよ。