もくじ
第1回これからもずっと、見守って 2019-02-26-Tue
第2回別々で、同じ空を見上げてる 2019-02-26-Tue
第3回自分が、自分であるために 2019-02-26-Tue
第4回見上げたら、そこにあるから 2019-02-26-Tue
第5回そこにはいつも、たからもの 2019-02-26-Tue

フリーランスのライター・編集者。ひとの人生に触れるインタビューが好き。琵琶湖の近くと生まれ育った首都圏、二つの拠点を行ったり来たり。

わたしの好きなもの</br>「空」

わたしの好きなもの
「空」

担当・菊池百合子

第4回 見上げたら、そこにあるから

空を見上げているとね、
「ない」よりも「ある」に気づけるの。

そして、ここに立っていよう、
この空の下が自分の場所なんだ、とも。
 
 
あなたと空を見上げた記憶が思い浮かばなくて。
20年以上一緒に過ごしてきたのだから
そういう瞬間もありそうなのだけれど。
わたしがきっと忘れてしまっているんだろうなあ。

あなたが空を見上げているところを
あまり見たことがないのだけれど、
あなたの日常に空を見上げる瞬間はありますか?

近くにいるはずなのに、人生で一番近づけないひと。
あなたを言葉にすると、こうなります。
なんだかずっと、大切にしたいものが
ぜんぜん違うよね。違ってもいいはずなのに、
違うということを認め合えていないから
まだなにも始まっていないのかもしれないね。

ありがとう。
あなたは、あなたの人生で抱えてきた
「わたしはこうしてもらいたかった」を
ぜんぶ注いでくれました。
そのためにきっと、時間と体力を使って
たっくさんある好きなことをあきらめたり減らしたりしながら
わたしのために頑張ってきてくれたのでしょう。
そのおかげで今のわたしがあることは確かです。
意外と本当に、感謝しています。

ごめんね。
今あなたに会いたくない。
ずっと鋼の心でいられたらいいのだけれど、
でもね、わたしとあなた、ちがうひとなの。
あなたの苦しみを全部引き受けることなんてできないし、
あなたの言葉にまっとうに傷つくの。
何十件もメールがくると、開くのがこわいの。

わたしはただずっと空を見上げていることが好きで、
あなたは泥臭く這いずりまわって動き続けることが好き。
わたしは北京が大好きで、
あなたが大好きな場所はヨーロッパ。
わたしは地域で暮らしていたくて、
あなたが余生を過ごしたいのは東京都目黒区。
わたしは好きなものがそんなに増えるわけじゃなくて、
あなたは嫌いにはならないけれど好きが増えていくミーハー。

それで、いいんじゃない?

最初から別々の人間で別々の人生なんだから、
「好き」も「こうしたい」も別々。
それでいいと思わない?
あなたもわたしも、あのひともあのひとも
みんな違うから絶望もするけれど、
希望もはじまるのだと思うの。

わたしが生まれ育った首都圏から離れると決めたとき、
最後の最後にあなたは突然涙を流して
「ごめんね」と言いました。
正直、その言葉に固めていた決意が揺さぶられました。
でもね、揺さぶられたわたしの覚悟がまだまだだった。
だって、違う人生なんだもん。
あなたに「ごめんね」と言われてたまるかって。
わたしの人生はわたしが決めるんだよ。

ねえねえ、一つ言ってもいい?
わたしいま、とってもしあわせに暮らしてる。
首都圏を離れてみて、たまたま出会えた滋賀県に引っ越して、
本当に良かったと思ってる。

初めて話すことだけれど。
あなたと一緒に暮らしていた頃は、
あなたと顔を合わせたくなくて家に帰らなかった。
近所をぐるぐる歩き回っていたり空き地で星を見たり、
終バスまでカフェで粘ったり無意味に外泊したり。
できるだけ昼夜逆転させれば、
なんとか同じ家で暮らせる。本気でそう思ってた。

いつからあの家に帰っていないのかわからないけれど、
いつからかあの家はそもそも「帰る」場所じゃなかったのかもしれない。
「ただいま」「おかえり」を言えて、
心から安心してそこにいられる。
そんな場所じゃなかったような気がするんだよね。
それは、わたしがそうできていない、そう思えていない、
あの家がわたしの居場所だと信じられていないだけであって、
誰が悪いとかそういう話をしたいんじゃないよ。

「家事をしないと」
「早起きをしないと」
「家族のためになることをしないと」
「良い成績をとらないと」
「国公立に合格しないと」
いちゃいけない。

損得勘定をして、役に立っていないと
家にいちゃいけない。
勉強しない、最初から私立大学を目指す、
家にいつかないわたしは、
家にいちゃいけない。

家の、家族の役に立つから、
その対価として初めて
安心・安全・便利・快適が確保された家にいていい。
そうとしか考えたことがなかったから、
いっぱい外に出ていたあの頃。

そのおかげでね、家の外で
本当に本当にたくさんの、よい大人たちに出会ったの。
そしてね、どこにいても
役に立たないといけないと思っていたのだけれど、
なんの役に立っていなくても
わたしはわたしのままでいていい、って言ってくれる
大切なひとたちに出会ったの。

役に立たなくてもそこにいていいんだなんて、
初めて知った。
何もしていなくても、そこに住んでいなくても
「ただいま」って言ったら
「おかえり」って言ってもらえる場所ができるなんて、
それも、たくさんのひとに言ってもらえるなんて、
想像したこともなかったよ。

なんで空を見上げるかっていうとね、
上を見たらこんなに美しい空が広がっているんだから
日常って最高だなと思えるの。
あなたはよく、時間も余裕もお金も「ない」って
口癖のように言っていたけれど、
空を見上げた後にふと日常を見渡してみたら
少なくともわたしの日常にはね、
大切で大好きなもの、ひと、こと、時間が
いっぱいいっぱい「ある」の。

そんなに「ない」ばかり探していないで、
ちょっとあごを上げて空を見上げてみない?
それだけで、たからものに気づけるの。
それだけだから、空が大好きなの。

いつか、一緒に空を見上げられたらいいね。
そのときは、お互いの好きを、お互いの人生を、
「いいね」って言いながら笑いあいながら
時に手を振りながら、歩いていければいい。

わたしは、あなたがあなたの人生を
しあわせに歩いていけるように、と
願っています。ありがとう。

第5回 そこにはいつも、たからもの