もくじ
第1回これからもずっと、見守って 2019-02-26-Tue
第2回別々で、同じ空を見上げてる 2019-02-26-Tue
第3回自分が、自分であるために 2019-02-26-Tue
第4回見上げたら、そこにあるから 2019-02-26-Tue
第5回そこにはいつも、たからもの 2019-02-26-Tue

フリーランスのライター・編集者。ひとの人生に触れるインタビューが好き。琵琶湖の近くと生まれ育った首都圏、二つの拠点を行ったり来たり。

わたしの好きなもの</br>「空」

わたしの好きなもの
「空」

担当・菊池百合子

「わたしの好きなもの」

そう言われてもピンと来ていなかったわたしが
毎日をあらためて見つめ直したら、
そこにはいつだって「空」がありました。

自分の手の中に持っておきたいのに、
指のすきまからこぼれ落ちていきそうな、大切なもの。
そういうものたちを、いつも思い出させてくれる。
わたしにとって、そういう存在です。

いったん立ち止まって、空を見上げてみる。
自分の気持ちに集中して整えることもあれば、
顔が浮かんできた誰かに、思いを馳せることも。

いつだって共通しているのは、どうやらわたし、
空に向かって言葉をつづっているようなのです。

まっさらになりたくてぼーっとしているときも、
気づいたらほんの少しの言葉がわきあがってきて。

何かをたぐりよせながら、思う存分、
言葉を出したり引っ込んだり。
特に、言葉を直接届けにくい誰かに向けて。
または、口に出して言いにくい何かについて。

だから、いつも空に向かって
言葉を解き放っているように、
5人の「あなた」に宛てて手紙を書いてみました。

書いてみて初めて、今まであまり考えなかった
「空を見上げることが好き」な理由に
近づいたような気がします。

あなたの心に引っかかった回を、
好きなように読んでいただけたらうれしいです。

第1回 これからもずっと、見守って

空を見上げると、あなたに会える気がして。
だからわたし、それまでよりもずっと、
空を見上げることが好きになりました。
 
 
最後にお会いしてからもう10年近い時間が
経とうとしているんですって。
おかげさまでわたし、とっても元気に大きくなりました。

それはね、おおいに、あなたのおかげなんです。
いつも見守ってもらっているから、その感謝を伝えたくて。
今日はひさしぶりに、筆をとりました。

14歳のときに応募した、映画制作のワークショップ。
20分の短編映画の制作に
まるごとひと夏をかけた、あの日々。

ものすごく映画に興味があったわけでもなく、
なんとなく飛び込んでみたわたしですが、
映画の現場がとっても楽しかった。
結局、2年連続で参加しましたね。

今でも、あなたとみんなと過ごした
あの暑い日々をよく思い出します。

あなたと出会った頃、
中高一貫の女子校に通っている自分のこれからに
つよく絶望していたんです、じつは。

わたしはあまりにも何も知らなくて、
でも通っている学校の中で知れる世界が
あまりにも狭いような気がして。

「こんなに広い世界を知っているんだ」と
驚かせてくれるような大人にも出会えなくて。
身近にいる大人、家族と先生に
不信感を向け始めてしまって。

そんな生活があと4年も続くなんて、ってね。

今となっては同じことを思わないけれど、
あの頃は、大人も同じ人間だなんて
まだ思えていなかったから。

一刻も早く学校の外に出たかった。
もっと広い世界を見たかった。

そう思って踏み出した一歩目が、映画制作。
そこであなたと出会いました。

わたしね、「近所の人」とか「親戚のおじさん」とか
家族と学校以外のところで近くにいる大人が
ほとんどいなかったから、
あなたと出会えたことが本当に奇跡だったんです。

そして思ったんです。
大人、かっこいい。仕事、楽しそう、って。

脚本づくり、ロケハン、撮影、編集、上映会。
重い機材を使って朝から晩まで撮影する日々。
とにかく暑かったですね。
でも、おかげで最高の夏休みでした。

納得がいかないときは何カットも撮って、
映像の中での「自然」をつくりだすために
「不自然」な体勢をカットの声がかかるまでキープして。

すきま時間には、場面切り替えに使う
何気ない日常のカットを撮って、
撮り終わった何百時間もの映像を徹夜で編集して。

仕事じゃないのに少しも妥協せず
わたしたちの作品づくりに本気の情熱を注いでくれた。
そんなあなたの姿を、よく覚えています。

そういうあなたを見て、わたし、
大人を信じようと思えたんです。
大変そうでも、仕事を心から楽しんでいて
一緒に作品をつくりあげてくれる大人がいたんだ、って。

いえ、違いますね。「大人」だとか関係なくて
同じ目線に立ってまっすぐに向き合って
わたしに言葉を届けようとしてくれる、
そんなあなたを信じたいと思った。

だから、あなたとみんなと映画づくりに打ち込んだ日々も
あなたからもらった言葉も、たからものなんです。

あなたと一緒につくりあげた
あの20分の作品を、今でもたまに観ています。
そして、いつも気づいたら涙が落ちちゃう。

本番! よーい!
あなたのかけ声とカチンコの響きが聞こえてきて、
最高に楽しかったあの毎日がよみがえります。

そりゃあ、もうあなたの口から直接映画の話を聞くこと、
あなたの作品をスクリーンで見ること、
それはあきらめなきゃいけないことなのでしょう。

でもね、空を見上げるとよく思い出すんです。

「こういうカットを撮っておくと後々使えるんだよ」と
真っ青に晴れ渡った空のカットを撮ったことを。
学校の屋上で撮ったあの空は、本当にうつくしかった。

「映像に映らないところで流した汗と涙が、
映像を何倍も輝かせるんだよ」って、
あなたが教えてくれたことも、よく思い出します。

今わたしは映像を仕事にしていないけれど、
文章の仕事でもなんでも
きっとそうなんだろうなと思って、大切にしています。

お別れの一報がきたときに、
わたし全然信じられなくて。
でも上を向いたらね、真っ青に晴れ渡った空に
すきとおるような雲が浮かんでいてね。

ちょうどあなたと一緒に撮影したときのように。
あ、きっと、あなたはこっちにいるんだろうなと思ったの。
思ったんです。そう信じてもいいんじゃないかな、って。

だから今でも、お別れの儀式を済ませたくせに
空を見上げたら、またあなたに会えると思っています。

もう新しい言葉は聞けないかもしれないけれど、
あなたにもらった大切な言葉、教えてもらったこと、
そして全力で駆け抜けたあの夏のことを思い出せるから。
見上げたら、そこにいてくれるんだと思っています。

そしていつだって、前に進もうとしているわたしを見守って
背中をそっと押してくれているんだと思っています。

図々しい教え子でごめんなさい、
でも今はもう、この方法でしか頼れないから
今日も空を見上げて、全力であなたを頼ります。

これからもずっと見守っていてくださいね。
だって、まだ話したくないでしょう?
わたしがあなたと直接話そうとしたら
「きくちゃんにはさ、まだはやいよ」って
笑いながら言ってくれるでしょう?

あの映画のラストは、悩みに悩んだ末に、
「はじまるよ」にしましたね。

そう、いつだって、
わたし、わたしたち、もちろんあなたも、
はじめられる。

だから、もう何十年分か、
わたしがわたしの人生を生き切るまで
たくさんの「はじまるよ」を見守っていてくださいね。

そしてどんな作品をつくりあげるのか、
楽しみにしていてください。
わたしは、空の上であなたがどんな映像を撮るのか、
ずーっとずっと先に聞けることを、楽しみにしています。

また、会いたいです。

第2回 別々で、同じ空を見上げてる