- 糸井
-
内容にふれる前に、燃え殻さんの小説を
読んでも、買ってもない人向けに話します。
つまり、90年代の空気を残したかったんです(笑)
- 燃え殻
-
もう、なんか一番嫌な感じ(笑)
その頃の僕は本を書いて、ゴールデン街で寝てたんですよ。
- 糸井
- ゴールデン街の外で寝てたわけじゃないでしょ?
- 燃え殻
-
外じゃなく、ゴールデン街の狭い居酒屋。
半畳ぐらいの畳の上で寝てたんですよ。
寝てたら同僚が、ママ的なパパと朝ごはん食べてて。
網戸をパーッて開けると、雨が降りつけてるんですよ。
雨は雨でも、お天気雨みたいな感じで日が差していて。
二度寝しそうだけど、寝落ちしない感じ。
今日は、嫌なスケジュールは入っていない、
昨日も特に嫌なことがなかったから、
「ああ、昨日嫌だったなあ」ということはない。
ありがたいことに、内臓とか体に痛いところもない。
そんな1日を書いているときは、気持ちがよかった。

- 糸井
- あ、いいですね。
- 燃え殻
-
もうひとつは、銀座のロフトで言うのもなんですけど
安いラブホテルでの朝の話。
真っ暗で、朝なのか夜なのかわからない中で、
ああ、これから仕事なのかって思いながら
「地球なんて滅亡すればいいのにね」みたいなことを、
ああだこうだとその場にいた女の子と話してるんですね。
そんなことを書いてるときも楽しかった。
こういうことを新聞の方に言うと「ふざけんな」って
言われるじゃないですか。「知らねえよ」みたいな。
でも、それを書きたかったんですよねえ。
- 糸井
-
今日は手帳のイベントなので、
書くことについての対談になるんじゃないかと。
いずれそういう話をしようと思ったら、今まさしくその話。
その「思うだけじゃなくて書きたい」っていうところが
何なんだろうねって話をしましょうか。

- 燃え殻
- しましょうか。
- 糸井
-
「やせ蛙まけるな一茶これにあり」って俳句ありますよね。
俳句は短い形式の文章だけど、まず、蛙に対する
一茶の「やせ蛙」っていう見方が嬉しいじゃないですか。
この蛙は一般的に痩せてるか、太ってるかとは考えず、
ただの蛙に「やせ蛙」の言葉を与えただけで、いいなって。
一茶自身が見て感じた「痩せている蛙」なんだなって(笑)
で、なぜかそこに自分自身にだか、蛙にだかわからない
「負けるな」って気持ちが乗っかって。
だから「負けるな一茶これにあり」っていうのは、
どっちが応援されてるのかわからないけれども、
やせた蛙を見た体験を、言葉にしたら嬉しくなる感じ。
燃え殻さんにとっては、ゴールデン街で横になったことが
一茶のやせ蛙を見つけたみたいな体験であって、
何かを書いてみる嬉しさにつながったと(笑)

- 燃え殻
-
うん、そうですね。
僕だけが見てる景色を切り取れた、喜びみたいなもの。
そういうことを、僕は手帳に記録していますね。
21冊、全部取ってあるんですよ。
- 糸井
- らしいんだよね。
- 燃え殻
-
デスクに21冊置くと邪魔なんで全部ではないんですけど、
本当に6、7冊ぐらいは常に置いてるんですよ。
仕事中とかちょっと時間できたときとかに読み返す、
安定剤みたいな形で手帳を使っているんですね。
もちろん日記ではなく手帳なので、
予定がまず書いてあります。
- 糸井
- 必要だからね、そこはね。
- 燃え殻
-
はい。で、そこには納期とか予定以外に、
例えば「髭が特徴的」みたいなメモとか、
名刺をそのまま貼って、それに似顔絵描いたりとか。
会った人のことを忘れないように
そういうことする人いると思うんですけど。
- 糸井
- うん、そういう人いるよね。
- 燃え殻
-
あと、この間見たものだと
たまたま食った天丼屋がうまかった日に、
その天丼屋の箸袋を貼ってあったりとか。
「この店、たぶん忘れる」って思ったから貼ったんです。
結局、十何年行ってないんですけど、
袋に天丼のシミとか付いてて。
- 糸井
-
行くかもしれないって予感が、
これまでの自分の人生にちょっとレリーフされるよね。
最終的に、行っても行かなくても。
- 燃え殻
- そう、行かなくてもレリーフが残ってる。

- 糸井
- その感じと、燃え殻さんの文章を書くことがすごく密接で。
- 燃え殻
- すごく近い気がして。
- 糸井
-
「これは俺しか感じないかもしれない」って思ったことに
みんなが首を横に振るときって、
「悔しい」じゃなくて「嬉しい」ですよね。
- 燃え殻
- すごく嬉しい。
- 糸井
-
だから、ゴールデン街で酒飲んで寝ちゃって
そこで起きたときのお天気なんていうものは、
同じ経験なくても、頷ける人けっこういると思うんです。
でも、発見して形にしたのは「俺」なんです、明らかに。
同時に、それが誰かに通じる嬉しさ。
- 燃え殻
-
そうですね。
「経験してないけど、わかる」って言われることが嬉しい。
- 糸井
-
自分だけ見て終わりにするのはちょっともったいない、
そのままにしたくないと思える何かが、
書くことにつながるじゃないですか。
そう思ってすぐ書くとは限らないんだけど、
「これは覚えとこう」と思うだけで、なんかいいですよね。

- 燃え殻
-
手帳には、当時の自分の悩みも書いてあったりして。
面白いことに、そのとき「来週また会わなければいけない。嫌すぎる。死にたい」って書いてる人と、
今、それこそゴールデン街に飲みに行ったりするんです。
- 糸井
-
そうか、その人に会うために行ってたゴールデン街、
今は用事がなくても行けるんだ。
- 燃え殻
-
そうそうそう、行ける、行ける。
何だろう、当時の悩みだったり関係性だったりが
どんどん変わっていく様子を見たくて
手帳を読み返すんですよね。
(つづきます)
