もくじ
第1回僕は、訴えたいんじゃない。 2017-10-17-Tue
第2回僕だけの景色を切り取って、書く。 2017-10-17-Tue
第3回音楽のミスマッチ、それも技術。 2017-10-17-Tue
第4回燃え殻さんの、リズム&ブルースの正体。 2017-10-17-Tue
第5回「作品」として、「商品」としての文章。 2017-10-17-Tue

書く人。
ウェブコラムや広告記事の他に、趣味で「付き合って5年目の彼氏と別れた後悔」を前向きに綴っています。

思うだけじゃなく、書きたいことって?</br>燃え殻 × 糸井重里

思うだけじゃなく、書きたいことって?
燃え殻 × 糸井重里

担当・花輪えみ

第2回 僕だけの景色を切り取って、書く。

糸井
内容にふれる前に、燃え殻さんの小説を
読んでも、買ってもない人向けに話します。
 
つまり、90年代の空気を残したかったんです(笑)
燃え殻
もう、なんか一番嫌な感じ(笑)
その頃の僕は本を書いて、ゴールデン街で寝てたんですよ。
糸井
ゴールデン街の外で寝てたわけじゃないでしょ?
燃え殻
外じゃなく、ゴールデン街の狭い居酒屋。
半畳ぐらいの畳の上で寝てたんですよ。
寝てたら同僚が、ママ的なパパと朝ごはん食べてて。
 
網戸をパーッて開けると、雨が降りつけてるんですよ。
雨は雨でも、お天気雨みたいな感じで日が差していて。
二度寝しそうだけど、寝落ちしない感じ。
 
今日は、嫌なスケジュールは入っていない、
昨日も特に嫌なことがなかったから、
「ああ、昨日嫌だったなあ」ということはない。
 
ありがたいことに、内臓とか体に痛いところもない。
そんな1日を書いているときは、気持ちがよかった。

糸井
あ、いいですね。
燃え殻
もうひとつは、銀座のロフトで言うのもなんですけど
安いラブホテルでの朝の話。
 
真っ暗で、朝なのか夜なのかわからない中で、
ああ、これから仕事なのかって思いながら
「地球なんて滅亡すればいいのにね」みたいなことを、
ああだこうだとその場にいた女の子と話してるんですね。
そんなことを書いてるときも楽しかった。
 
こういうことを新聞の方に言うと「ふざけんな」って
言われるじゃないですか。「知らねえよ」みたいな。
でも、それを書きたかったんですよねえ。
糸井
今日は手帳のイベントなので、
書くことについての対談になるんじゃないかと。
いずれそういう話をしようと思ったら、今まさしくその話。
 
その「思うだけじゃなくて書きたい」っていうところが
何なんだろうねって話をしましょうか。

燃え殻
しましょうか。
糸井
「やせ蛙まけるな一茶これにあり」って俳句ありますよね。
俳句は短い形式の文章だけど、まず、蛙に対する
一茶の「やせ蛙」っていう見方が嬉しいじゃないですか。
 
この蛙は一般的に痩せてるか、太ってるかとは考えず、
ただの蛙に「やせ蛙」の言葉を与えただけで、いいなって。
一茶自身が見て感じた「痩せている蛙」なんだなって(笑)
 
で、なぜかそこに自分自身にだか、蛙にだかわからない
「負けるな」って気持ちが乗っかって。
 
だから「負けるな一茶これにあり」っていうのは、
どっちが応援されてるのかわからないけれども、
やせた蛙を見た体験を、言葉にしたら嬉しくなる感じ。
 
燃え殻さんにとっては、ゴールデン街で横になったことが
一茶のやせ蛙を見つけたみたいな体験であって、
何かを書いてみる嬉しさにつながったと(笑)

燃え殻
うん、そうですね。
僕だけが見てる景色を切り取れた、喜びみたいなもの。
 
そういうことを、僕は手帳に記録していますね。
21冊、全部取ってあるんですよ。
糸井
らしいんだよね。
燃え殻
デスクに21冊置くと邪魔なんで全部ではないんですけど、
本当に6、7冊ぐらいは常に置いてるんですよ。
 
仕事中とかちょっと時間できたときとかに読み返す、
安定剤みたいな形で手帳を使っているんですね。
 
もちろん日記ではなく手帳なので、
予定がまず書いてあります。
糸井
必要だからね、そこはね。
燃え殻
はい。で、そこには納期とか予定以外に、
例えば「髭が特徴的」みたいなメモとか、
名刺をそのまま貼って、それに似顔絵描いたりとか。
 
会った人のことを忘れないように
そういうことする人いると思うんですけど。
糸井
うん、そういう人いるよね。
燃え殻
あと、この間見たものだと
たまたま食った天丼屋がうまかった日に、
その天丼屋の箸袋を貼ってあったりとか。
 
「この店、たぶん忘れる」って思ったから貼ったんです。
 
結局、十何年行ってないんですけど、
袋に天丼のシミとか付いてて。
糸井
行くかもしれないって予感が、
これまでの自分の人生にちょっとレリーフされるよね。
最終的に、行っても行かなくても。
燃え殻
そう、行かなくてもレリーフが残ってる。

糸井
その感じと、燃え殻さんの文章を書くことがすごく密接で。
燃え殻
すごく近い気がして。
糸井
「これは俺しか感じないかもしれない」って思ったことに
みんなが首を横に振るときって、
「悔しい」じゃなくて「嬉しい」ですよね。
燃え殻
すごく嬉しい。
糸井
だから、ゴールデン街で酒飲んで寝ちゃって
そこで起きたときのお天気なんていうものは、
同じ経験なくても、頷ける人けっこういると思うんです。
 
でも、発見して形にしたのは「俺」なんです、明らかに。
同時に、それが誰かに通じる嬉しさ。
燃え殻
そうですね。
「経験してないけど、わかる」って言われることが嬉しい。
糸井
自分だけ見て終わりにするのはちょっともったいない、
そのままにしたくないと思える何かが、
書くことにつながるじゃないですか。
 
そう思ってすぐ書くとは限らないんだけど、
「これは覚えとこう」と思うだけで、なんかいいですよね。

燃え殻
手帳には、当時の自分の悩みも書いてあったりして。
 
面白いことに、そのとき「来週また会わなければいけない。嫌すぎる。死にたい」って書いてる人と、
今、それこそゴールデン街に飲みに行ったりするんです。
糸井
そうか、その人に会うために行ってたゴールデン街、
今は用事がなくても行けるんだ。
燃え殻
そうそうそう、行ける、行ける。
 
何だろう、当時の悩みだったり関係性だったりが
どんどん変わっていく様子を見たくて
手帳を読み返すんですよね。

(つづきます)

第3回 音楽のミスマッチ、それも技術。