ずっと終わらないリズム&ブルースの訳
担当・佐藤 徹
第4回 リズム&ブルースの流れるジュークボックス

- 糸井
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暑いですね。
- 燃え殻
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暑いですね。
- 糸井
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この丈の服を着てる人、ぼくわりと好きなんです。ちょっとブリティッシュでしょう?
- 燃え殻
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(笑)。最近思ったんですか、ああいうのを着ようって。
- 糸井
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着てたじゃない、前から。
- 燃え殻
-
(笑)。
- 糸井
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じゃ、また戻しますけど、いいなと思ってスケッチするみたいに覚えてるっていうのを、すぐに書くんですか。それとも、覚えてるんですか。
- 燃え殻
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えーと、正直両方ですけど、でも、最近はすぐに書くようにしてます。
‥‥ちょうどそこで展示を、ぼくの今まで集めたファイルみたいなのを展示させていただいてるんですけど、ぼくが高校生とか中学生の頃にファイルしてたものをそこで展示してもらって、ものすごい(笑)、ものすごい恥ずかしいんですけど。
ちょうど小説に出てきた横尾忠則展、ラフォーレの、それのチラシとか。
- 糸井
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俺、行ったよ、そこ。ラフォーレの横尾さんの展覧会。死んだ友達の絵がバーッとあったりする。
- 燃え殻
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そう。
- 糸井
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あれ、いい展覧会だったね。こっちが夢の展示で。
- 燃え殻
-
あ、そうです、そうです。そのチラシに「横尾忠則の見る夢」みたいな書いてあって。
- 糸井
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うん、あった。
- 燃え殻
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ぼくはそれを見に行ったんです。
- 糸井
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よかった、あれ。
- 燃え殻
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よかったですよね。で、なんかそのとき、それを集めなきゃと思ったんです。で、神保町の古雑誌屋とかによく行って、広告の専門学校に行ってたんで、糸井重里になりたいと思って(笑)、会いたいと思って、で、いろんな人のコピーを切って、それをファイルしたりとか。
で、そのときに、「資料集め」とかって自分で言って、友達とかに「俺、今日資料集め言ってくるわ」とか言って毎週行ってたんです。でも、その資料っていつ発表するかわからない。
- 糸井
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ああ、何の資料かも分からない。
- 燃え殻
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何の資料かも。だから、いつか自分に役に立つであろう資料。別に課題とかでもないし。
- 糸井
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イチローがバッティングセンターに通ってたみたいなもんだ。
- 燃え殻
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そうですか?(笑)あ、でも、そうかもしれない。いつ役に立つかなんてわからないけど、これを集めとかないとって思って、そういう資料をワーッと集めたりとか、映画のチラシ集めたりとか、それを展示していただいてるんですけど、もしかして今日のために集めてたのかもしれないですけど(笑)。でも、それは小説のために集めてたのかもしれないですけど、そんなことのために集めてなかった、もっと言うと。
- 糸井
-
ただ集めた。
- 燃え殻
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ただ集めてた。で、それは自分として、これはなんか持っておきたい、自分として大切なんじゃないか。で、どこかで、いつか何かになるんじゃないかって淡い、淡い淡い宝くじみたいなことを思いながらやっていて、これはすぐに役に立つとか、こうなりたいなっていう努力じゃない努力をすごいしてたんですね。
- 糸井
-
それは、みんなするのかな、しないのかな。俺もちょっとしてたな。
- 燃え殻
-
あ、してました?
- 糸井
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大体、昔の本を捨てられないって、本という形をしてるから捨てない理由がわりとわかりやすいんだけど、それが例えばチラシだったら捨ててたかもねっていうものをみんな持ってるんじゃないでしょうかね。
- 燃え殻
-
ああ、なるほど。
- 糸井
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影響を受けたりして、映画とか小説とかの。例えばぼくなんかだと、これはマヌケだなと思うんだけど、今見たらどう思うかわかんないような『小さな恋のメロディ』みたいな映画があって、かわいい女の子と男の子が小さな恋をするんだけど、そこで一番よく覚えてるのは、瓶に入った金魚が紐でぶら下がってるんです。そういうのを売りに来る人がいるんです。で、瓶に金魚を飼ったね、俺。
- 燃え殻
-
それを真似て?
- 糸井
-
真似て。‥‥軽蔑したような目で。
- 燃え殻
-
軽蔑してない。軽蔑してないよ(笑)。
- 糸井
-
じゃあ何(笑)。
- 燃え殻
-
へぇって(笑)。いや、でも、すごいわかります。
- 糸井
-
そういうこと。例えば長い丈の服にしても、誰かが着てるのをいいと思ったんですよね。
- 燃え殻
-
そうです。
- 糸井
-
ですね?
- 燃え殻
-
そうです。
- 糸井
-
だから、自分がまずその長い丈の服を着てなくても、自分の頭の中の世界では、「長い丈の服はうまくいくとカッコいいぞ」っていう心が(笑)‥‥
- 燃え殻
-
そうそうそう(笑)。
- 糸井
-
脳内にあるわけですよね。
- 燃え殻
-
あるある。
- 糸井
-
で、「俺、ダメかな?」っていう(笑)。で、売ってたんで、「着ちゃおうかな」ってことですよね。
- 燃え殻
-
そうです、そうです、そうです。
- 糸井
-
だから、他人がやってることとか、よその人が表現したことも、もうすでに自分の物語なんですよね。
- 燃え殻
-
そうだと思います。だから、コラージュのようにいろいろなものを集めてて、それはもう自分が考えたことと言ったら失礼かもしれないけど、それは俺しか知らないんじゃないか、教えなきゃ、みたいな。友達に言ったりとかしてましたからね。そういうことのためにも集めてたのかなあ。
- 糸井
-
それ、友達にもそういうやつがいた? そういう話、聞く側になったことある?
- 燃え殻
-
あんまりないかな。
- 糸井
-
あんまりない? 自分が言う側だったんですか。
- 燃え殻
-
そうですね。
- 糸井
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あ、それはもうなんか、表現者としての運命ですかね。
- 燃え殻
-
いや、すごいみんな良い人だったと思うんです、ぼくの周りが。
- 糸井
-
聞いてくれて。
- 燃え殻
-
そう。「へぇ」なんつって。
- 糸井
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ああ‥‥。聞いてもらうって、人間にとってものすごくうれしいことですよね。
- 燃え殻
-
そう。すごいうれしくなりますよね。
- 糸井
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ねえ。見事な歌詞だと思うんだけど、クレイジーケンバンドの「俺の話を聴け!2分だけでもいい」
- 燃え殻
-
いいですね、2分だけ(笑)。
- 糸井
-
「貸した金の事など」って。その、どのくらい2分だけでもいいかっていうことの正体というか天秤係が「貸した金」ですから。貸した金のことなんかもういいから、俺の話を聴けって(笑)。あの歌すごいな。で、でも、よく考えると、ブルースミュージシャンが歌ってるのはそういうことだよ。俺んちの嫁がまた俺をろくでなしって言いやがったみたいな。あれも「俺の話を聴け」で。
- 燃え殻
-
ものすごいコアな話なんだけど、でも、聞いてるほうとしては心地良いのかな。
- 糸井
-
聞いてるほうも、だから、ちょっとそう(笑)。
- 燃え殻
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ちょっと自分ともシンクロする部分というのを見つけちゃう。
- 糸井
-
うん。で、多分ブルースが生まれた場所での黒人たちなんて生活が大体似たようなものだから、お楽しみ(?)もこんなことやあんなことって言ったら、「そうそうそうそう」って。
- 燃え殻
-
俺のことを歌ってるんだって。
- 糸井
-
うん。だから、ブルースミュージシャンがやってきたことを今繰り返してるのかな、俺も、というのは思いますね(?)。燃え殻さんのあの小説なんか、けっこうそうですよね。
- 燃え殻
-
ああ、そうかもしれない。
- 糸井
-
ぼく、この帯に「リズム&ブルースのとても長い曲を聴いているみたい」と言ったのは、そんな気持ちなんです。だから、リズム&ブルースといったときに、今の若い人はもっとこうリズムを強調されたので考えるけど、ぼくは歌の時代だったので、オーティス・レディングとかが、あの湾の、「ドック・オブ・ベイ」みたいな、ああやって、見てるとさ、船が来てさ、みたいな、ああいうのを読んでるみたいな気がしたの。だから、「ドック・オブ・ベイ」って歌は一時ぼく大好きで、若いときね、だから、燃え殻さんからしたら30年ぐらいもっと若いときに、ずっと聞いてられないかなと思ったことがあって。
- 燃え殻
-
ああ、すげえわかる。
- 糸井
-
で、ジュークボックスというのがあってさ。
- 燃え殻
-
はい、わかります(笑)。
- 糸井
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ジュークボックスって知らない人いますから。知らない人‥‥うれしいな、そういう人が交じっててくんないとね。お金を入れると、中でレコードがこんななって、こんななってかかるんです。で、それが大きいスピーカーで、ベースを強調したボンボンって音がすごくするスピーカーで、お店中に鳴り響いて、お店のバックグラウンドミュージックをお客が自分のお金でかけてくれるっていう仕組み。で、ぼくがスナックでバイトしてたときにジュークボックスがあって。
- 燃え殻
-
初耳ですよ(笑)。
- 糸井
-
で、そのジュークボックスで誰かが「ドック・オブ・ベイ」をかけてくれるとうれしいんです。
- 燃え殻
-
ああ、なるほど。
- 糸井
-
自分のお金じゃなくて。
- 燃え殻
-
ああ、わかる。
- 糸井
-
で、それが流れると、その歌詞のことをちょっと知ってる程度だけど、良いよなあって思いながらピザ運んだりしてたわけ。ずっと聞いてたいって気持ちがそのときあったんで、俺はこの、ずっと終わらないリズム&ブルースを聞いてるみたいだっていうのは、ぼくにとってものすごく若い自分がこの小説をものすごく褒めてるつもりなの。
- 燃え殻
-
いやー、すごくうれしかったです。
- 糸井
-
勝手に言うとね(笑)。だから、自分にとってのそういう歌みたいのがあってさ、で、誰か歌ってくれてて、っていうつもりだったんだよっていう。今になって種明かしみたいに言うとそうなんだけど、でも、ちょっとわかるじゃないですか。
- 燃え殻
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いや、ぼくすごいわかります。このあいだ、キリンジの堀込さんと‥‥
- 糸井
-
うんうんうん、燃え殻のもと。
- 燃え殻
-
そう(笑)。「燃え殻」という曲を書いたキリンジの堀込さんとお話をさせていただいて。小説と言うと多分小説家の方から怒られちゃうかもしれないですけど、みんな小説を読まないという現代の前提があって。「小説ってあまり売れないよ」っていう前提の下にぼくは小説を書かなきゃいけなくて、さらに無名だっていうところで、もう二重苦っていうところがあったんで。
そこで内容自体というものを、売れてる小説家さんのものを読んでも、これはぼくには参考にならないし、難し過ぎるし、大変だから、インターネットだったりyoutubeだったりまとめサイトだったりとか、そういったスマホの皆さんが使っている時間をどうにか小説のほうに引きずり込みたいなっていうのがあったんですね。で、その1つはやっぱり言葉っていう部分で、できる限り栞(しおり)を使わないで、すべてこうサーッと読める言葉と、やっぱりどこかで少し自分を突き放してサービスしたいっていう‥‥
- 糸井
-
サービスしたい、うん。
- 燃え殻
-
という気持ちで、じゃないと乗ってくれないだろうなという。で、この読んでるときのリズム感みたいなのって文章ってすごくあると思ってて、リズム感のために書いてあることを変えても良いとぼくは思ったんです。
これは本当に小説家の方からしたら、「何言ってんの? おまえ」って話になっちゃうかもしれないですけど、「このリズムだとこの台詞はよくないから変えちゃおう、そうするとスッと読めるよね」っていう方を選んだんです。
一気読みできるようなものにしたいなっていう、どちらかといえばそのyoutubeで聞いてる音楽とこの小説と異種格闘技戦をしなければ、多分読んでくれないだろうという気持ちがありました。
- 糸井
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それは、でも、当たり前なんじゃない? それがまた楽しかったわけでしょ?
- 燃え殻
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ぼくは個人的には楽しかったですね。
- 糸井
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だから、こういうことを書きたいんだよなって思ったことを書いてるんだけど、それに陰影をつけたり、ちょっと補助線を引いたり、一部消しちゃったりっていうのは、音楽作る人がそれこそメロディ、あ、こうじゃないなというのと同じだから、何もその、「いいんじゃないの?」というか。
だから、そういうときに、初めてお客が来る前で表現する人になるというか。それまで書いてたものとか資料を集めたりしてた時代とか、あるいは自分しか読まないものを書いてた時代とか、学級の人しか読まない新聞とか、それと今回の小説を分けたのは、そこなんじゃないでしょうかね。
(つづきます)