ずっと終わらないリズム&ブルースの訳
担当・佐藤 徹
第2回 自分のためのものじゃない世界を書くということ。

- 燃え殻
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ぼくは仕事をしていて、手帳とかが21冊、全部取ってるんですよ。で、デスクに、まあ21冊全部置いとくと邪魔なんですけど、本当に6冊、7冊ぐらいは常に置いてるんですよ。別に並びは、終わっちゃった手帳なんで、いつの手帳かっていうのはもう適当にランダムにで、横の引き出しの中に全部入れてて、それを読み返すっていうのが仕事中とかちょっと時間ができたときとかに、自分の安定剤というかのためにそういう形で手帳を使っているんですね。
その手帳は日記でもなく、もちろん手帳なので、予定がまず書いてあります。
- 糸井
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書いてあるね。
- 燃え殻
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で、ぼくは今、テレビの裏方の仕事を主にやってるので、ここに納期がこう、で、次はこの仕事がこのぐらいの納期があって、この打ち合わせがあるって書いてあるんです。それがどうなったかってもちろん書かなきゃいけないので、それを書いてある。
- 糸井
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必要だからね、そこはね。
- 燃え殻
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はい、必要なんです。
で、そこにもう一つ、例えばその人のことを次会ったとき忘れないために、髭が特徴だったとか似顔絵が描いてあったりとか、名刺をそのまま貼って、名刺に似顔絵描いて、そういう人いると思うんですけど。
- 糸井
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うん、そういう人いるよね。
- 燃え殻
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なんかそういうことだったりとか。その日はたまたま食った天丼屋がうまくて、それ、このあいだ見たんですけど。でも、その天丼屋のこと、多分忘れるなって思って、その天丼屋の箸を貼ってあったりとか。
- 糸井
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箸袋だね(笑)。
- 燃え殻
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そうそう(笑)。結局、十何年行ってないんですけど、でも、天丼のシミとか付いてて。
- 糸井
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行くかもしれないっていうのが、何ていうか、自分が生きてきた人生にちょっとレリーフされるんだよね。
- 燃え殻
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はいはいはい。
- 糸井
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で、行かなくもレリーフはそのまま残ってんだよね。
- 燃え殻
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そう、行かなくても残ってる。
- 糸井
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その感じっていうのと、燃え殻さんの文章を書くってことがすごく密接で(笑)。
- 燃え殻
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すごく近い気がして。
- 糸井
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ねえ。何だ、これは俺しか思わないかもしれないって思うことが、みんなに頷かれないでたときって、「悔しい」じゃなくて「うれしい」ですよね。
- 燃え殻
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すごくうれしい。
- 糸井
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だから、ゴールデン街で酒飲んでそのまま何だか寝ちゃって、起きたときのお天気なんていうのは、多分、頷ける人は、同じこと経験してないけど、けっこういると思うんです。で、発見したのは「ボク」なんです、明らかに。だけど、同時に、それが通じるっていう。
- 燃え殻
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そうですね。「経験してないけど、わかるよ」っていうところがうれしいというか、うれしいし、あと、何だろう、その断片みたいな手帳の話でいくと、あとから振り返ったときに、そのときの自分の悩みも書いてあったりとか。
その逆で、そのとき、うれしかったことは「超ラッキー」。王冠の絵を描いてるんです(笑)。
- 糸井
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王冠(笑)。
- 燃え殻
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どれだけうれしいんだみたいな(笑)。でも、それがたいしたことじゃないんです。で、嫌なこともたいしたことじゃないんです。
で、それだけ嫌だって思ってたその人と、今、それこそゴールデン街に酒飲みに行ったりするんです。
- 糸井
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嫌じゃないじゃないですか。
- 燃え殻
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いや、でも、そのときは、「この人には来週また会わなければいけない。嫌過ぎる。死にたい」と書いてるんです。
- 糸井
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そうか、会うために行ってたゴールデン街に、今は用事がなくて行けるんだ。
- 燃え殻
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そうそうそう、行ける、行ける。で、なんかその、何つうんだろう、その、なんかね、悩みだったり関係性がどんどん変わっていく様だったりとかが見えて、手帳を読み返すんですよね。
- 糸井
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自分の書いたことの中に、書いてないけど、自然に乗っかっちゃうのが音楽でしょう。これとこれのときに、この音楽みたいな。
- 燃え殻
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はいはい。
- 糸井
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それ、実は書いてないけど、流れてますよね。
- 燃え殻
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うん、そうですね。そうですね、流れてる。
- 糸井
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流れてますよね。どこかに流れてるというか。何だろう、人が「思ったんだよ」ってことを刻んでおきたいって時に流れてるって、なんかとても貴重ですよね(笑)。
- 燃え殻
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そうですね。で、多分音楽でいえば、音楽もさらに共有できることじゃないですか。だから、小説を書いたときに、そのところどころに音楽を挟んでいったんですよ。
- 糸井
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入れてますよね。
- 燃え殻
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で、それは、自分自身がそこでこの音楽がかかってたらうれしいなっていうのと、ここでこの音楽がかかってたらマヌケだなっていう、その両方で音楽は必要だったんで。
そうすると、読んでくれている人が共鳴してくれたり共有してくれたりとか、共感してくれるんじゃないかなって思ったんですよね。
- 糸井
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音楽って、ある種こう耳ってふさげないから、暴力的に流れてくるじゃないですか。
- 燃え殻
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はいはいはい。
- 糸井
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聞きたくなくても。
- 燃え殻
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そう。
- 糸井
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で、そこまで含めて思い出だみたいなことっていうのは、あとで考えると嬉しいですよね。
- 燃え殻
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そうなんですよ。
- 糸井
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何だろうね。
- 燃え殻
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何なんだろう。
- 糸井
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景色みたいなものだね。
- 燃え殻
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そうですね。景色に、風景に一つ重ねていって共感度とか深度が深まるような気がして。
この小説でいうと、同僚と最後別れるっていうシーンがあるんですけど、そこってもしかして映画だったりいろいろなドラマだったら、やっぱり悲しい音楽が流れてほしいじゃないですか。そこでAKBの新曲が流れるっていうところをぼくは入れたかったんですよ。
- 糸井
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いいミスマッチですよね。
- 燃え殻
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そう。なんかその、もう俺たち会わないなっていうのはわかる。で、わかるけど、それは言わないで、「おまえは生きてろ」みたいなことを言う。で、言ってるときに、AKBの新曲がのんきに流れてるって、ある、あるよなって、なんかこう(笑)‥‥
- 糸井
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あるある。
- 燃え殻
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思いませんか。
- 糸井
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大いにある。だから、自分の主役の舞台じゃないのが世の中だっていうのを表すのに、外れた音楽を流すというのはすごく、すごくいいですね。
ぼくはそれ、技術として意図的に書いたことではっきりと覚えてることがあって。『ただいま』っていう矢野顕子のアルバムがあって、「ただいま」って言うために階段を駆け上がってくるときに、「テレビの相撲の音とか聞きながらね」っていう言葉がある。
- 燃え殻
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へぇー。
- 糸井
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だから、テレビの相撲の音って、自分のためのものじゃないんですよね、若い男女にとって。そのときに、要するに男の子と別れた女の子が歌う歌の中に、昔だったらテレビの音とかがよそのアパートから流れてきて、それを聞きながら「ただいま」と言うっていうシーンを書いたときに、なんで俺、相撲の音とかって書くんだろうって、書きながら思ったんですよ(笑)。
で、そのときに、ああ、自分のための世の中じゃないとこにいさせてもらってる感じ(笑)。
- 燃え殻
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ああ、今思いました。
- 糸井
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ですよね(笑)。
- 燃え殻
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今思いました。なんでAKB入れたんだろうって。
- 糸井
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燃え殻さんの小説の中にいっぱい出てくるのはそれですよね。俺のためにあるんじゃない町に紛れ込んでみたり(笑)。
- 燃え殻
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そうですね。
- 糸井
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俺のためのパーティじゃないところにいたり(笑)。
- 燃え殻
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はいはい。なんかこう、そこに所在無しみたいなとこにぼくはずっと生きてるような気がしていました。
- 糸井
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いる場所がない(笑)。
- 燃え殻
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中華街で手相見てもらったら、将来が、未来がないって言われたんです。ひどくないですか。お金払ってるのに(笑)。でも、まあ、じゃ、自由だなって思って。でも、なんかそこに所在がない感がぼく、ずっと生きててすごいあって。で、会社自体も、社会の数に入ってない感じがすごいしててた。
で、最初に原宿来たり、こういう銀座とかに来たときも、すげえみんな洒落てて。
- 糸井
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ねえ。すごいよね。この、ここが自分の家だったらどうしよう、とかね。
- 燃え殻
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本当ですよ。
- 糸井
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俺よく思うけど。
- 燃え殻
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落ち着かないです。便秘になります(笑)。でも、なんかそのね、何ていうのかな、そのどこにも居場所がないっていう感じで生きてて、居場所がないっていう共通言語の人と‥‥
- 糸井
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会いたいよね(笑)。
- 燃え殻
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そう、会いたい。いつもそうなんです。
- 糸井
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俺はだから正直言って、そんなにそこに人が群がるとは思わなくて。
- 燃え殻
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言ってましたよね。
- 糸井
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うん(笑)。僕は「思ったより売れないと思うんだよね」っつったの。そしたら、売れてたの。だから、ああ、いいじゃんっていうか。
- 燃え殻
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なんで売れたんですかね。
- 糸井
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そこはだから、思ったよりみんな、ああいうものを出してなかったんじゃないの? っていう(笑)。
- 燃え殻
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ああ、そうなんですかね。
- 糸井
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自分ではどう思います?
- 燃え殻
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うーん‥‥なんか半々だと。今、糸井さんが言ったみたいに、これを発売したら誰かいろんな人たちが買ってくれるんじゃないかっていう気持ちと。
一方では、まだらですけど、自分の本当にあった事柄が入っているので。自分の人生、そんなに人気(ひとけ)がなかったのに、多くの人が買ってくれてるのかぁって思っていて。
その日によって、日にってその1日でも、「ああ、でも、良いのができたな」「あ、でも、これはダメかもしれないな」これが繰り返すというのが、本当に正直なところのような気がしますね。
(つづきます)