- 燃え殻
-
本当は、この小説の中では2か所ぐらいしか
書きたいことがなかったんですよ。
会社の行き帰りと、あと寝る前に途中で起きて書く
っていうことがほとんどだったということも
ありますし。
- 糸井
- ほう。
- 燃え殻
-
それはでも訴えたいことじゃないんです。
書いてて楽しい、みたいな。
- 糸井
- 自分がうれしいことね。うんうん。
- 燃え殻
-
そういうのが2か所ぐらいあって。
読まれてない方がいっぱいいると思うんですけど(笑)
なので、読んでない人向けに説明すると、
ぼくは書いてて、ゴールデン街で朝寝てたんですよ。
これ本当にあったんですけど、ゴールデン街で・・・・
- 糸井
- ゴールデン街の外で寝てたわけじゃないでしょう?
- 燃え殻
-
外で寝てたんじゃなくて、ゴールデン街の狭い
居酒屋のね、まあ、居酒屋しかないんですけど、
ゴールデン街は。
- 糸井
- そうだね(笑)
- 燃え殻
-
ゴールデン街の半畳ぐらいの畳のところに寝てたんですよ。
で、寝てたらぼくの同僚が、
えーと、ママ、パパ、ママみたいな人と・・・・
- 糸井
- ママ的なパパ。
- 燃え殻
-
そう、ママ的なパパと同僚が一緒に朝ご飯を
作ってるのをみてて。で、ほうじ茶を煮出してて、
ご飯の匂いがするんですね。
外は、網戸に水がぱあーっとなってて、
雨が降りつけてるんですよ。でも、
お天気雨みたいな感じで、
日が差してるんですよね。
- 糸井
- うんうん。
- 燃え殻
-
多分、まあ、朝の7時前かなぐらいの時間で、
今日仕事に行かなきゃなーって思いながら、
けっこう頭が痛いからぼくの同僚とママとの
何でもない会話を聞きながらぼーっとして、
なんかもう一度二度寝しそうになるんだけど、
そんなに寝落ちはしない。
- 糸井
- はい。
- 燃え殻
-
で、なんか今日、嫌なスケジュールが入っていなくて、
昨日嫌なことがなかったから、ああ、
昨日嫌だったなぁ、みたいなことはない。
で、体が、まあ、ありがたいことに、
内臓とかなんか痛いところがない。という1日を・・・・

- 糸井
- あ、よいですねえ。
- 燃え殻
-
そういう1日を書いてるときは、気持ちがよかった。
で、もう一つはラブホテルの、
まあ、このロフトで言うのも何ですけど。
- 糸井
- はいはいはい。
- 燃え殻
-
朝、真っ暗で、これは朝なのか夜なのかわからない時間に、
なんかもう喉がカラッカラに乾燥してるから、
ポカリスエットなかったっけな、って探す。
で、まあ、お風呂でも入れなきゃいけないと思って
お風呂のほうに行くと、下のタイルがすげえ冷たくて、
まあ、安いラブホテルなんで、お風呂のお湯の温度が
定まらないんですよ。
- 糸井
- うんうん。
- 燃え殻
-
「あつっ! あ、さむ!」みたいな(笑)
で、そのときに、これからまた
仕事なのか・・・・って思いながら、
「地球とか滅亡すればいいのにねえ」
みたいなことを、ああだこうだとそこにいた女の子と
言ってるんですね。
- 糸井
- はい。
- 燃え殻
-
そんな感じの朝を(笑)、
なんか書いてるときは楽しかった。
でもそんなこと新聞記者の人に言うと、
「ふざけんな」って言われるじゃないですか。
- 糸井
- うん(笑)
- 燃え殻
-
「知らねえよ」みたいな。
でも、ほんとはそれを書きたかったんですよねえ。
- 糸井
-
今日手帳のイベントなんで、「書く」って
話にいずれなるんじゃないかなと思ってたら、
今まさしくその話になりましたね。
- 燃え殻
- はい。
- 糸井
-
思ったときにすぐ書くとは限らないんだけど、
覚えとこうと思うだけで、なんかいいですよね。
- 燃え殻
- そう、そうですね。
- 糸井
-
で、燃え殻さん、前に話をしたときに、
学級新聞みたいなのを学生時代毎日書いてた
と言ってましたよね。
- 燃え殻
- はい。
- 糸井
-
なんでその「思うだけじゃなくて書きたいんだろう」
っていう話を・・・・
じゃ、もうしてみましょうか(笑)。
- 燃え殻
- しましょうか。
- 糸井
-
ねえ。いや、たとえばの話、仮に
「やせ蛙まけるな一茶これにあり」
っていうのを見てみますよね。
これは、まあ、俳句って短い形式だけど、
「やせ蛙」っていう見方をしたなっていうのが
まずうれしいじゃないですか。
- 燃え殻
- はいはい。
- 糸井
-
ただの蛙だったところに、
「やせ蛙」って言っただけでもう、あ、
いいなって。なんかもう、
やせ蛙だなみたいな(笑)
- 燃え殻
- はい(笑)
- 糸井
-
で、何だか知らないけど、そこに
「負けるな」って気持ちが乗っかって、
自分に言ってるんだか、蛙に言ってるんだか
わからない。だから「負けるな一茶これにあり」
っていうのは、どっちが応援されてるのか
わからないけれども、
やせた蛙を見たことっていうのを
形にしたらうれしくなるみたいな。

- 燃え殻
- はい、はいはい。
- 糸井
-
だから、何かを書いてみるという
うれしさっていうのと、
今、燃え殻さんがゴールデン街で横になって、
っていうのはつまりやせ蛙を
見つけたみたいな(笑)。
- 燃え殻
- うん、そうですね。ぼくだけが見てる景色・・・・
- 糸井
- そうそうそう。
- 燃え殻
-
それでいうと、ぼくは手帳とかを、
21冊、全部取っておいてるんですよ。
それを仕事場に置いておくという。
- 糸井
- らしいんだよね。
- 燃え殻
-
はい。で、デスクに、まあ21冊全部置いとくと
邪魔なので、それでも本当に6冊、7冊ぐらいは
常に置いてるんですよ。
- 糸井
- はぁー。
- 燃え殻
-
別に並びは、終わっちゃった手帳なんで、
いつの手帳かは関係なしにランダムに
横の引き出しの中に全部入れてて。
それは自分への安定剤のために、仕事中ちょっとある
隙間時間とかに読み返してるんですね。
その手帳は日記ではなく、
手帳なので、予定がまず書いてあります。
- 糸井
- 書いてあるね、うんうん。
- 燃え殻
-
書いてある。で、ぼくは今、テレビの裏方の仕事を
主にやってるので、ここに納期がこうあって、
この打ち合わせがあるって書いてあるんです。
それがどうなったかってもちろん
書かなきゃいけないので、それも書いてある。
- 糸井
- 必要だからね、そこはね。
- 燃え殻
-
はい、必要なんです。で、そこにもうひとつ、
例えばその人のことを次会ったとき忘れないために、
髭が特徴的だったとか似顔絵が描いてあったりとか、
名刺をそのまま貼って、名刺に似顔絵描いたりしてます。
ほかにも同じことする人っていると思うんですけど。
- 糸井
- うん、多分いるよね。
- 燃え殻
-
なんかそういうことだったりとか、
その日はたまたま食った天丼屋がうまくて、
でも、その天丼屋のこと多分忘れるなって思って、
その天丼屋の箸を貼ってあったりとか。
- 糸井
- 箸袋だね(笑)。
- 燃え殻
-
あ、そうですね(笑)。結局、
十何年行ってないんですけど、
でも、なんか天丼のシミとか付いてて。
- 糸井
-
行くかもしれないっていうのが、
何ていうのかな、自分が生きてきた人生に
ちょっと跡を残してるんだよね。
- 燃え殻
- はい、はいはい。
- 糸井
- で、行かなくも残ってんだよね。
- 燃え殻
- そう、行かなくても残ってる。
- 糸井
-
その感じっていうのと、
燃え殻さんの文章を書くってことが
すごく密接で(笑)。
- 燃え殻
- すごく近い気がしますね。
- 糸井
-
ねえ。何だ、これは俺しか思わないかもしれないって
思うことが、そして、みんなに頷かれないときって、
「くやしい」じゃなくて「うれしい」ですよね。
- 燃え殻
- すごくうれしい。
- 糸井
-
だから、ゴールデン街で酒飲んでそのまま
何だか寝ちゃって、起きたときのお天気なんて
いうのは、同じこと経験してなくても、
頷ける人ってけっこういると思うんです。
でも、発見したのは「おれ」なんです、明らかに。
だけど、同時に、それが通じるっていう。

- 燃え殻
-
そうですね。「経験してないけど、わかるよ」
っていうところがうれしいし。
あと、何だろう、その断片みたいな手帳の話でいくと、
あとから振り返ったときに、
そのときの自分の悩みも・・・・
- 糸井
- 書いてある 笑
- 燃え殻
-
そうそう、そのとき、まあ、
よかったこと、うれしかったことに対して
「超ラッキー、(王冠)」みたいに
書いてあるんです(笑)
- 糸井
- 王冠(笑)
- 燃え殻
-
どれだけうれしいんだみたいな(笑)
でも、それは全然たいしたことじゃないんです。
で、嫌なこともたいしたことじゃないんです。
あんなに嫌だって思ってた人と、
今、それこそゴールデン街、酒飲みに
行ったりするんです。
- 糸井
- いいじゃないですか。
- 燃え殻
-
でも、そのときは、
「この人には来週また会わなければいけない。
嫌過ぎる。死にたい」と書いてあるんです。
- 糸井
-
そうか、会うために行ってたゴールデン街に、
今は用事がなくて行けるんだ。
- 燃え殻
-
そうそうそう、行ける、行ける。で、
なんかその、何ていうんだろ、
悩みだったり関係性が
どんどん変わっていく様が見えるから、
手帳を読み返すんですよね。
(つづきます)