もくじ
第1回何かを訴えなきゃ書いちゃだめ? 2017-10-17-Tue
第2回自分しか見えない景色を書く 2017-10-17-Tue
第3回音楽が背景に流れている 2017-10-17-Tue
第4回誰かのために書くということ 2017-10-17-Tue
第5回捨てられない、という個性 2017-10-17-Tue

めずらしい名字、手書き文字、言語学やコメディーに興味があります。
お菓子づくりも好きです。

ぼくだけが見える景色

ぼくだけが見える景色

第2回 自分しか見えない景色を書く

燃え殻
本当は、この小説の中では2か所ぐらいしか
書きたいことがなかったんですよ。
会社の行き帰りと、あと寝る前に途中で起きて書く
っていうことがほとんどだったということも
ありますし。
糸井
ほう。
燃え殻
それはでも訴えたいことじゃないんです。
書いてて楽しい、みたいな。
糸井
自分がうれしいことね。うんうん。
燃え殻
そういうのが2か所ぐらいあって。
読まれてない方がいっぱいいると思うんですけど(笑)
なので、読んでない人向けに説明すると、
ぼくは書いてて、ゴールデン街で朝寝てたんですよ。
これ本当にあったんですけど、ゴールデン街で・・・・
糸井
ゴールデン街の外で寝てたわけじゃないでしょう?
燃え殻
外で寝てたんじゃなくて、ゴールデン街の狭い
居酒屋のね、まあ、居酒屋しかないんですけど、
ゴールデン街は。
糸井
そうだね(笑)
燃え殻
ゴールデン街の半畳ぐらいの畳のところに寝てたんですよ。
で、寝てたらぼくの同僚が、
えーと、ママ、パパ、ママみたいな人と・・・・
糸井
ママ的なパパ。
燃え殻
そう、ママ的なパパと同僚が一緒に朝ご飯を
作ってるのをみてて。で、ほうじ茶を煮出してて、
ご飯の匂いがするんですね。
外は、網戸に水がぱあーっとなってて、
雨が降りつけてるんですよ。でも、
お天気雨みたいな感じで、
日が差してるんですよね。
糸井
うんうん。
燃え殻
多分、まあ、朝の7時前かなぐらいの時間で、
今日仕事に行かなきゃなーって思いながら、
けっこう頭が痛いからぼくの同僚とママとの
何でもない会話を聞きながらぼーっとして、
なんかもう一度二度寝しそうになるんだけど、
そんなに寝落ちはしない。
糸井
はい。
燃え殻
で、なんか今日、嫌なスケジュールが入っていなくて、
昨日嫌なことがなかったから、ああ、
昨日嫌だったなぁ、みたいなことはない。
で、体が、まあ、ありがたいことに、
内臓とかなんか痛いところがない。という1日を・・・・

糸井
あ、よいですねえ。
燃え殻
そういう1日を書いてるときは、気持ちがよかった。
で、もう一つはラブホテルの、
まあ、このロフトで言うのも何ですけど。
糸井
はいはいはい。
燃え殻
朝、真っ暗で、これは朝なのか夜なのかわからない時間に、
なんかもう喉がカラッカラに乾燥してるから、
ポカリスエットなかったっけな、って探す。
で、まあ、お風呂でも入れなきゃいけないと思って
お風呂のほうに行くと、下のタイルがすげえ冷たくて、
まあ、安いラブホテルなんで、お風呂のお湯の温度が
定まらないんですよ。
糸井
うんうん。
燃え殻
「あつっ! あ、さむ!」みたいな(笑)
で、そのときに、これからまた
仕事なのか・・・・って思いながら、
「地球とか滅亡すればいいのにねえ」
みたいなことを、ああだこうだとそこにいた女の子と
言ってるんですね。
糸井
はい。
燃え殻
そんな感じの朝を(笑)、
なんか書いてるときは楽しかった。
でもそんなこと新聞記者の人に言うと、
「ふざけんな」って言われるじゃないですか。
糸井
うん(笑)
燃え殻
「知らねえよ」みたいな。
でも、ほんとはそれを書きたかったんですよねえ。
糸井
今日手帳のイベントなんで、「書く」って
話にいずれなるんじゃないかなと思ってたら、
今まさしくその話になりましたね。
燃え殻
はい。
糸井
思ったときにすぐ書くとは限らないんだけど、
覚えとこうと思うだけで、なんかいいですよね。
燃え殻
そう、そうですね。
糸井
で、燃え殻さん、前に話をしたときに、
学級新聞みたいなのを学生時代毎日書いてた
と言ってましたよね。
燃え殻
はい。
糸井
なんでその「思うだけじゃなくて書きたいんだろう」
っていう話を・・・・
じゃ、もうしてみましょうか(笑)。
燃え殻
しましょうか。
糸井
ねえ。いや、たとえばの話、仮に
「やせ蛙まけるな一茶これにあり」
っていうのを見てみますよね。
これは、まあ、俳句って短い形式だけど、
「やせ蛙」っていう見方をしたなっていうのが
まずうれしいじゃないですか。
燃え殻
はいはい。
糸井
ただの蛙だったところに、
「やせ蛙」って言っただけでもう、あ、
いいなって。なんかもう、
やせ蛙だなみたいな(笑)
燃え殻
はい(笑)
糸井
で、何だか知らないけど、そこに
「負けるな」って気持ちが乗っかって、
自分に言ってるんだか、蛙に言ってるんだか
わからない。だから「負けるな一茶これにあり」
っていうのは、どっちが応援されてるのか
わからないけれども、
やせた蛙を見たことっていうのを
形にしたらうれしくなるみたいな。

燃え殻
はい、はいはい。
糸井
だから、何かを書いてみるという
うれしさっていうのと、
今、燃え殻さんがゴールデン街で横になって、
っていうのはつまりやせ蛙を
見つけたみたいな(笑)。
燃え殻
うん、そうですね。ぼくだけが見てる景色・・・・
糸井
そうそうそう。
燃え殻
それでいうと、ぼくは手帳とかを、
21冊、全部取っておいてるんですよ。
それを仕事場に置いておくという。
糸井
らしいんだよね。
燃え殻
はい。で、デスクに、まあ21冊全部置いとくと
邪魔なので、それでも本当に6冊、7冊ぐらいは
常に置いてるんですよ。
糸井
はぁー。
燃え殻
別に並びは、終わっちゃった手帳なんで、
いつの手帳かは関係なしにランダムに
横の引き出しの中に全部入れてて。
それは自分への安定剤のために、仕事中ちょっとある
隙間時間とかに読み返してるんですね。
その手帳は日記ではなく、
手帳なので、予定がまず書いてあります。
糸井
書いてあるね、うんうん。
燃え殻
書いてある。で、ぼくは今、テレビの裏方の仕事を
主にやってるので、ここに納期がこうあって、
この打ち合わせがあるって書いてあるんです。
それがどうなったかってもちろん
書かなきゃいけないので、それも書いてある。
糸井
必要だからね、そこはね。
燃え殻
はい、必要なんです。で、そこにもうひとつ、
例えばその人のことを次会ったとき忘れないために、
髭が特徴的だったとか似顔絵が描いてあったりとか、
名刺をそのまま貼って、名刺に似顔絵描いたりしてます。
ほかにも同じことする人っていると思うんですけど。
糸井
うん、多分いるよね。
燃え殻
なんかそういうことだったりとか、
その日はたまたま食った天丼屋がうまくて、
でも、その天丼屋のこと多分忘れるなって思って、
その天丼屋の箸を貼ってあったりとか。
糸井
箸袋だね(笑)。
燃え殻
あ、そうですね(笑)。結局、
十何年行ってないんですけど、
でも、なんか天丼のシミとか付いてて。
糸井
行くかもしれないっていうのが、
何ていうのかな、自分が生きてきた人生に
ちょっと跡を残してるんだよね。
燃え殻
はい、はいはい。
糸井
で、行かなくも残ってんだよね。
燃え殻
そう、行かなくても残ってる。
糸井
その感じっていうのと、
燃え殻さんの文章を書くってことが
すごく密接で(笑)。
燃え殻
すごく近い気がしますね。
糸井
ねえ。何だ、これは俺しか思わないかもしれないって
思うことが、そして、みんなに頷かれないときって、
「くやしい」じゃなくて「うれしい」ですよね。
燃え殻
すごくうれしい。
糸井
だから、ゴールデン街で酒飲んでそのまま
何だか寝ちゃって、起きたときのお天気なんて
いうのは、同じこと経験してなくても、
頷ける人ってけっこういると思うんです。
でも、発見したのは「おれ」なんです、明らかに。
だけど、同時に、それが通じるっていう。

燃え殻
そうですね。「経験してないけど、わかるよ」
っていうところがうれしいし。
あと、何だろう、その断片みたいな手帳の話でいくと、
あとから振り返ったときに、
そのときの自分の悩みも・・・・
糸井
書いてある 笑
燃え殻
そうそう、そのとき、まあ、
よかったこと、うれしかったことに対して
「超ラッキー、(王冠)」みたいに
書いてあるんです(笑)
糸井
王冠(笑)
燃え殻
どれだけうれしいんだみたいな(笑)
でも、それは全然たいしたことじゃないんです。
で、嫌なこともたいしたことじゃないんです。
あんなに嫌だって思ってた人と、
今、それこそゴールデン街、酒飲みに
行ったりするんです。
糸井
いいじゃないですか。
燃え殻
でも、そのときは、
「この人には来週また会わなければいけない。
嫌過ぎる。死にたい」と書いてあるんです。
糸井
そうか、会うために行ってたゴールデン街に、
今は用事がなくて行けるんだ。
燃え殻
そうそうそう、行ける、行ける。で、
なんかその、何ていうんだろ、
悩みだったり関係性が
どんどん変わっていく様が見えるから、
手帳を読み返すんですよね。

(つづきます)

第3回 音楽が背景に流れている