- ぼく
- あらためまして、体調の悪いなか、
お受け頂きましてほんとうにありがとうございます!
LINEでのインタビューということで、
手探りでご迷惑おかけすることも
あるかと思いますが、
よろしくお願い致します。
まず、基本的なところからお伺いしたいのですが、
中村先生は、
授業とは関係なくオススメの小説を配布したり
授業中に楽しそうに古典文学について語ったりと、
「文学が好きな国語の先生」
というイメージがありました。
先生がどんな学生時代を過ごされたのか、
教えてください。
- 中村先生
- 連絡ありがとうございます。
不自由をおかけしますが、申し訳ありません。
工夫しながらやってみましょう。
学生時代は、自分でいうのもあれですが
かなり真面目だったと思います。
浪人していたし、東京に出してもらっているのだから、
しっかり勉強しなくちゃいけない
という気持ちがありました。
大学では万葉集を専攻しました。
金沢くんと、同じ大学の学部ですね。
- ぼく
- 古典文学が専門だったのですね。
先生が大学の学部の先輩、
という意識はずっとありました。
ぼくが中学1年生のときの担任が中村先生で、
個人面談で「ぼくも文学部に行きたいです!」
という話をしたのは、いまも覚えています。
学生時代の専攻は万葉集を選んだということですが、
若い頃から現代文などより古文に惹かれたのは、
先生らしくて、渋いなと思いました。
- 中村先生
- もともと、日本の古い時代に興味があって、
万葉集の歌の中にある
人の心の純粋さに惹かれたのだと思います。
(今はそんなに単純なものとは思ってませんが。)
『徒然草』と『平家物語』は好きで、
中・高校時代の愛読書でした。
あの頃、「兼好法師みたいになりたい」
って、本気で思ってました。
- ぼく
- 中高時代に本気で「兼好法師になりたい」って
すごいですね(笑)。
当時、同級生と
「先生はほんとに古文が好きだよね」
みたいな話をしていたのを思い出しました。
卒業後は、
いろいろな進路があったと思うんですが、
国語教師を志したきっかけは何だったのですか?
- 中村先生
- 大学院時代に非常勤講師をやった学校が、
たいへんな「教育困難校」だったことが
教師になろうとしたきっかけです。
とつぜん、生徒同士の殴り合いが始まって、
ケガをした生徒を介抱しているうちに
授業が終わるような学校でした。
おかげで神経性の胃腸炎になり、
その学校に行くまでのあいだ、
何度も電車を降りてトイレに駆け込む、
という時期がありました。
いつでも降りられるように電車は各停に乗って。
各駅のトイレの場所は全部知っていましたね。
そういう学校の生徒は手がかかるので、
週3日くらいの非常勤じゃ
ダメなんだと思うようになりました。
それで専任の教師を本格的に志したわけです。
生徒に十分手をかけられているのか、
今もってわかりませんが。
- ぼく
- 教育難関校の話は壮絶ですね‥。
母校にくるまでのお話ははじめて聞きました。
ところで、
現代文学はあまり読まれなかったんですか?
授業と関係なく、
村上龍の『69』を生徒に配ったりもしていましたよね。
- 中村先生
- 夏目漱石、村上春樹、
浅田次郎なんかをけっこう熱心に読みましたね。
その辺の作家はいまも読んでます。
村上春樹は最近、
何だか小難しくてあんまり楽しめないですがね。
- ぼく
- 夏目漱石の名前が出てきたので、
今回、先生とお話したいと思ったきっかけの、
『私の個人主義』のことを伺いたいと思います。
(つづきます)