当時就活中だった彼女とは、友人の紹介で出会った。
就活の話を聞いてもらいなと、
当時人事をやっていた私を友人が紹介したのだ。
聞いてほしいというくらいだから悩みがあるのかな。
そんな予想をしながらカフェで会った彼女は、
一見何も悩んでいないようなはつらつとした学生だった。
まっすぐに背筋を伸ばして座っていた彼女は、
私からコーヒーを受け取ると礼儀正しくお礼を言う。
しばらく雑談したあと現状を聞くと、
就職人気ランキング上位の2社の名前を挙げ、
どちらに入社するかで悩んでいるのだと言った。
理由は?と問うと、
「定時で帰れて、安定した仕事だからかな・・・・」。
それまでどんな質問も綺麗に返してきた彼女が、
その2社の理由になるとなんだか目線が揺れる。
聞いてほしくなさそうに一瞬焦った表情がよぎったあと、
彼女から別の質問が飛んだ。
その日はどれだけ聞いてもその背景がわかない。
結局、また別の日に会う約束をして別れた。
次に会ったときの彼女は
スーツではなく私服だったこともあってか、
前回ほどは笑顔を作っていないような気がした。
今回も礼儀正しくコーヒーを受け取る。
前回より就職活動も佳境の時期。
もう嫌になってきました。疲れちゃった。
前回は完璧な学生を演じていた彼女からも、
どこか投げやりな言葉が出てくるようになっていた。
ジャーナリストになるという夢をキラキラ話したかと思うと、
まあ厳しい世界ですし、諦めたんですけどねと笑う。
家族との楽しい思い出を話したあと、
家族は足をひっぱる存在だと断言する。
相反する顔がくるくる出てくる彼女の手元のコーヒーは、
嬉しそうに受け取った割に全く減っていなかった。
彼女は差し込む夕日をまぶしそうに眺めながら、
コーヒーのマグを触ったり離したりしていた。

そもそもなんで働くのかという話になったときに、
やっと彼女の本音がほろりと出てきた。
「だって家族を養わなければいけないから。
私は″あの人たち″からは逃げられないんです。」
だから一番安定した職に。
本当はジャーナリストになりたいという夢がありながら、
それより家族を優先する。それも、家族を憎みながら。
でもさっきはあんなに嬉しそうに思い出を語ってたのに。
そう思って聞いてみると、びっくりしたような顔をしている。
そのあと長い長い沈黙。
彼女は冷えたコーヒーを口元に持って行きながら、
もしかしたら私は家族の存在を、
夢をあきらめる言い訳にしてたのかもしれません。
とぽつりと言った。
後日彼女から連絡があって、駅で少しだけ会った。
改札の雑踏の中に立つ彼女は今までになくまっすぐで、
人込みの中でもすぐに見つかるほどだった。
「幸せは自分でつかむものだって、気付いたんです。
確かに辛いこともたくさんあるし、逆境だらけです。
でも、それで自分の人生諦めてたまるか。
家族のせいにも環境のせいにもせずに、
私は私の足で立つことにします。」
そう言ってありがとうございましたとお辞儀をした後、
私のほうを向いた彼女の目は真っ直ぐで揺れなかった。
その後彼女は、夢だったジャーナリストの職に就いたと
友人から聞いた。
<続きます>
