もくじ
第1回「日本一」に登ってみたい。 2017-11-07-Tue
第2回単身赴任ででも挑戦したい。 2017-11-07-Tue
第3回人のせいにしたくない。 2017-11-07-Tue
第4回その人らしい意思決定は美しい。 2017-11-07-Tue

エクセルが武器な会社員3年目。
インテリアで家の居心地をよくすることと、仕事帰りに銭湯にいくことが好きです。
銭湯では足りずレンタカーで温泉まで走って行くこともあります。
最近黙々と山に登ることにもハマり始めました。

私の好きなもの</br>人の意思決定の瞬間

私の好きなもの
人の意思決定の瞬間

担当・安藤菜々子

第2回 単身赴任ででも挑戦したい。

寡黙でまじめな私の父は、仕事が大好きだ。
夜遅くにがちゃっとなるあの鍵の音と、
朝早くに靴をコンコンと合わせる音を今でも忘れない。

土日もよく寝た夕方からは仕事を再開。
出先でだって仕事の考えごとで上の空。
そんな父は私の誇りだった。

 

同じく仕事が大好きだった自分の父を亡くしてから、
父は仕事と家族の優先順位が少し変わったようだった。
寡黙だから話す時間は相変わらず短いけど、
いつもより家にいる時間が長くなった。

私はそんな生活がだんだんと当たり前になっていく。
学校から帰ったときに家にいる父と一言も交わさないまま
寝るなんてことも多かった。
そんな私の姿を見て、
昔は珍しくて重宝されたのにねと母がよく茶化していた。

 

「パパ転勤するかもよ」そう母に聞いたのは突然だった。
別に4月とか10月とかキリのいいタイミングでもなく、
本当に突然のことだった。

そのとき初めて、父は転勤を断り続けていたのだと知った。
だったらまた断ってよと怒る私には、
困ったように笑う父は、初めて無責任に見えた。

まだ社会人になる前。見えてない世界が大きすぎた。
どうしてそんなにひどいことするのと、
父にも、父の会社にも憤った。

しばらく意図的に父とは口をきかなかった。
転勤が確定したというのも、母から聞いた。

どうして私たちを置いていくのと私はいつまでも不機嫌だった。
意図的に口をきかない静かな反抗も続けていた。
でも、そんなことをしていても転勤の事実は変わらない。

いよいよ来月引っ越しだという年末、
私の愚痴に優しく同調していた母が突然静かに言った。

 

「パパは行きたいのよ。挑戦してみたいのよ。分からない?」

 

それを聞いて、突然頭を殴られたような気分になった。

いつも私たちを優先してくれる父に慣れて、
父は自分たちのためにいてくれていると思っていた。

そんな父が自分の意志で行きたいと思っている。
挑戦したい仕事があると言っている。

会社の制度よりなにより、それは覆せないことじゃないか。
覆すべきじゃないことじゃないか。
 

私はその日から泣くのをやめた。
父の困った笑顔をよくよく見てみると、
目はまっすぐに前を向いていた。

 

<続きます>

第3回 人のせいにしたくない。