- 糸井
-
そうそう、中崎タツヤさんの『じみへん』っていう
作品の中で、もう永遠に忘れまいと思ったのが、
主人公の男と母親の会話ですね。
庶民の家ですから、男は母親のやっていることが
すごくばかみたいに見えてくるんです。
そのことになんだか、ものすごく腹が立ってきて、
自分もそこの生まれの人間なのに、
「母さんは、何かものを考えたことがあるのか」と
聞くんですよ。自分の血筋に対する怒りのようにぶつけて。
- 田中
- はい、はい。

- 糸井
-
すると母親は、「あるよ」って。
それも、「寝る前に、ちょっと」って。
- 田中
- (笑)
- 糸井
- もう、涙が出るほど嬉しかったですよ。
- 田中
- いや、素晴らしい。
- 糸井
-
これを言葉にした人って、いないでしょう?
その「寝る前に、ちょっと」をマンガにした人がいて。
- 田中
- 凄味ですよ、それは。
- 糸井
-
でしょ?で、僕は、その、
「寝る前にちょっと」を探す人なんです(笑)。
それで、同じく「寝る前にちょっと」の人たちと
一緒に遊びたい人なんです。
- 田中
-
その時間、ね。
深夜のちょっと活発になる時間帯に、ね。
- 糸井
-
そう(笑)。だからそれ言いながら、自分に対して
「お前も幸せになれよ」ってメッセージを投げかけ続ける。
これはもう、僕にとっての僕の生き方。
- 田中
- わかります。
- 糸井
-
「みんなこうしろ」とは言えないよ。
僕はそれを、探したんだもん(笑)。
- 田中
-
で、僕はこの年で「青年失業家」として
岐路に立っているので。
- 糸井
- 青年失業家(笑)。青年失業家かぁ‥‥。
- 田中
- 勝手に青年と名乗りましたけれども。
- 糸井
- 27歳ですから。
- 田中
-
27ですよ。27のままです、心は。
ただ、会社を辞めた理由のひとつには、
人生すごく速く感じてきたなと思って。
たぶんこれ、みんな思うと思うんですよ。
20代の頃と40代の頃とだったら、
日が暮れるのも倍以上速いんです。
祖母が死ぬ前に言った、僕これ、忘れられない一言で。
80いくつで死んだうちの祖母が、こう言ったんです。
「ああ、この間18やと思ったのに、もう80や」って。
- 糸井
- ハハハハ!
- 田中
- その一言で、ものすごい時間を一気に(笑)。

- 糸井
- 素晴らしい!
- 田中
-
60年近くを、一気にぴょーんって。
そりゃあ、速いわなあ、っていう。
- 糸井
-
それ、田中さんが言うよりも、
僕はもうちょっと深くわかりますね。
- 田中
-
僕、まだ実感ないですもん。
「この間18やと思ったのに、もう80や」って、
その言葉だけでね。それは速いよ!(笑)
- 糸井
- 速い速い。
- 田中
-
あ、そうそう。今朝、燃え殻さんから
「バンドやろうぜ!」とお誘いを受けまして。
- 糸井
- 浅生鴨さんはベースを買ったようです。
- 田中
- ベース(笑)。ベースをやり始めたのはヤバい。
- 糸井
-
きっとベースが足りなくなるだろうって、
はじめから思ったって。
- 田中
-
やりたがる人が少ないから。
まあ僕も、俺が俺がの人間なので、高校時代のバンドの名前は
「ヒロノブ&ジ・アザーズ」でした。
- 糸井
- それ、本当だったんだ(笑)。
- 田中
- 「&ジ・アザーズ」ですから。これはひどいでしょう。
- 糸井
- すごいねぇ。
- 田中
- それでもう、よしとしてしまうメンバーも素晴らしい。
- 糸井
- そのメンバーは、OKしたわけでしょう?
- 田中
-
はい。「これは誰が聞いてもひどいと思うから、
ひどい中で不機嫌に弾いてるお前たちは、最高だ!って
言われると思うよ」って言って。
- 糸井
- それはもう、すごい。
- 田中
-
で、「ヒロノブ&ジ・アザーズです」って僕が言うと、
みんな、「チッ」って言いながら演奏をはじめる。
決まっていたんです、「チッ」って、嫌そうにやる(笑)。
- 糸井
-
その発想、一度やったことがあるんです。
イッセー尾形さんの会社が、「株式会社ら」って名前で。
- 田中
- ら?
- 糸井
- 僕が付けたんですけれど、「イッセー尾形ら」。
- 田中
- ああ、そのほかの人たちなんだ。それはひどい。
- 糸井
-
そう、そのほかの人たち。
「イッセー尾形ら 株式会社」なんです。
あれは全部一人芝居だから、イッセー尾形さんが前に出る。
「それでどう?」って聞いたら、「最高」って。
- 田中
- すごいじゃないですか、それは。
- 糸井
-
アザーズどころじゃないという。
あとは「等」とかが残っていますね。
「他」とか。

- 田中
- 「他」(笑)
- 糸井
-
「他」はねぇ、ちょっとまたこれ僕いろいろあって。
木更津の、氣志團のテレビデビューの番組を見てた時。
流行が終わりすぎたライマブレスレットを、彼らがしてて。
誇らしげだったから、なんかこういいなぁ、すごいなぁと。
- 田中
- そのチョイスがまた絶妙ですね。
- 糸井
-
僕はその頃、まだここまで辿り着いていないと思って
慌ててライマブレスレットを買った(笑)。
- 田中
- (笑)
- 糸井
-
氣志團に対する敬意としてね、買いました。
で、カミさんの分も。
- 田中
- それはいらない(笑)。
- 糸井
-
それを持ってたカミさんが、実家でお義母さんに
「それ、ちょっと欲しい」って言われて。
誕生日も近かったものだからね、それが欲しいと。
- 田中
- おお、おお。
- 糸井
-
それでサイズを聞いていたら、
お義父さんまで「欲しい」って。
氣志團からライマブレスレットが4個になって。
「じゃあFAXで送るよ」ってなって、
その後お義父さんからFAXが届いて。
「私、L。他、S」って書いてある。
- 田中
- うわあ(笑)。
- 糸井
- もともとはお義母さんの誕生日プレゼントなのに。
- 田中
- 「他」に変わってる。「他」に。
- 糸井
- お義母さんのはずが「他」に変わってる。
- 田中
- しかしまあ、ひどいですねぇ。
- 糸井
-
いいでしょう?
ライマブレスレット、氣志團、他。
アザーズどころではない。
- 田中
- アハハハ、「他」って。
- 糸井
-
「これから田中泰延は、どうなるんですか」なんてこと
まったく聞かないのに、こんなにおもしろい話を。
- 田中
- ええ。
- 糸井
-
それはもっと、いびれるようなところで。
青年失業家の、ね。
- 田中
- いじめてください(笑)。
- 糸井
- ハハハハ、どうもありがとうございました。
- 田中
- ありがとうございました。

(おわり)