- 糸井
- 僕は、一生アマチュアでいられたら満足なんだけど、アマチュアであることとね「ご近所感」って、けっこう隣り合わせなんですよ。
- 田中
- うん。なんかわかります。
- 糸井
- でね、プラスして言うと、アマチュアってことは、変形してないってことなんです。プロであることは、ある意味で変形している。
- 田中
- 変形?
- 糸井
- これは受け売りなんですけどね。仕事とかね、何かをすることで相手が変わったら、その分だけ自分も変わっていると。
- 田中
- なるほど。
- 糸井
- わかりやすくいうと、ずっと座ってロクロを回している職人さんは、座りタコができているだろうし、指の形だって変わっているかもしれない。たくさん茶碗をつくってきた分だけ、自分の体が反作用をうけているわけです。1日だけロクロを回しても、体は変わらないんです。
- 田中
- うん、そうですよね。
- 糸井
- 気づいたときには変型していて、そのまま固まってしまう。僕と田中さんが、「超受け手でありたい」って思っている気持ちも、すでに変形している証拠なのかもしれない。そこは、もうアマチュアには、戻れないと思います。
- 田中
- そうかもしれないです。

- 糸井
- うちはね、夫婦ともアマチュアなんですよ。
- 田中
- えぇ? 奥様(女優の樋口可南子さん)は、僕らからみると、やっぱりプロの中のプロのような気がしますけど。
- 糸井
- それがね、違うんですよ。プロになるスイッチを時限スイッチみたいにいれて、仕事が終わったらスイッチを切ってアマチュアに戻る。でもね、そういうタイプの人は、プロからみたら卑怯ですよね。
- 田中
- ……うーん。
- 糸井
- なんていうか、「あんたいいとこ取りじゃない」って。でも、スイッチのオンオフで2つの人格を保つのは、なかなかしんどいし心臓に悪い。だから、アマチュアでいるって体力がいるんですよね。
- 田中
- なるほど。
- 糸井
- カミさんはね、高いところが苦手なんです。だから、パラシュートとか、バンジージャンプとかは、絶対やらない。でも、「仕事ならやる? 」って聞いたら、間髪いれず「やる」って。
- 田中
- やるんだ(笑)。
- 糸井
-
「できるに決まってる」って言うんです。仕事じゃないときには、絶対しないのと、両立なんですよ。
プロだと次のことを考えたり、そういうイメージついちゃうから、とか考えちゃう。アマチュアって、そんなことへっちゃらなんですよね。カミさんは、たぶんそれができる人なんです。僕よりも、もっとすごいことをしている人を近くでみてるから、僕はアマチュアでいられるんだと思います。
- 田中
- 難しい話だなぁ。
- 糸井
-
プロって、プロがあることが弱みなんです。これは肯定的にもいえるし、否定的にもいえる。でもね、けっきょく行き着くところは、何でもない人として生まれて、死んでいくっていうことが、人間として一番尊いっていうこと。この価値観は、僕の中で、どんどん強固になっていきますね。
田中さんは、……たぶん、生きていく手段として問われていることが、いまは山ほどあるんじゃないでしょうか。
- 田中
- まさに、そうですね。
- 糸井
- みんな興味があるのは、田中さんが、どう社会的に機能するかっていうことばっかりでしょ。「何やって食ってくんですかー? 」「自分の気持ち、どうやって維持するんですかー? 」。面倒くさい時代ですね。
- 田中
-
まぁ、今まであった会社員という担保がなくなったので、みんな質問してきますよね。僕自身もいまさらながら「どうやって生きていこう? 」って考えます。
えっと、僕から質問していいですか。
- 糸井
- どうぞ。
- 田中
- 糸井さんは、40代のときに広告の仕事を一段落つけようと思ったわけですよね。その時、やっぱり僕と同じようなことに直面されたんですか?
- 糸井
-
まさに、そうですね。僕の場合、プライベートも一緒みたいなところがあるから、言えないようなことも含めて、いろいろありました。
大冒険ですよ、大冒険。でも、平気だったんです。その理由の一つは、俺よりアマチュアなカミさんがいたことじゃないかな。
- 田中
- うーん……。
- 糸井
- 当時ね、「こういうことになるけど、いい? 」とか聞いた覚えがないんです。あとから、「あの時、ちゃんと聞いておくべきだった? 」 って聞いたら「べつに」って言われましたよ。たぶん、カミさんはカミさんで、腹をくくってくれていたんだと思います。
- 田中
- なるほど。
- 糸井
- それは、相当でかかったですよね。まぁ、もし「働かない」っていうことになったとしても、僕は案外平気だったかもしれないな。

- 田中
- 僕ね、仕事を辞めるきっかけ、っていっていいのかな。そのこと、昨日たまたま書いたんですけどね。
- 糸井
- ブルーハーツ?
- 田中
- そう。ブルーハーツなんです。高校生のころ、恥ずかしながらバンドを組んだことがあったんです。その名も「ヒロノブ&ジ・アザーズ」。
- 糸井
- そのバンド名、本当だったんですね(笑)。
- 田中
-
ひどいでしょう? 僕とその他(笑)。それを良しとしてくれた仲間が、もうパンクですよね。でもね、ブルーハーツを聞いた衝撃で解散しちゃったんです。それくらい、僕にとっては衝撃的なバンドだったわけです。50歳を手前にして何いってるんだって感じですけど、あの頃のことを思い出したときに、ブルーハーツの詩のように生きないと、って思ったんです。今いるところから、出なくちゃいけないって。
かといって、何か伝えたいとか、俺の熱いメッセージを聞け! とかはないんですよ。あいからわらず、何かを見たり、聞いたりして感じたことを「これはね」ってしゃべるだけの人なんですけどね。
- 糸井
- 人って、どうしてもやりたくないことの中に、案外、人生ついやしちゃうんですよね。
- 田中
- そうですね。
- 糸井
-
僕は、「やりたい」よりも「やりたくない」に対する気持ちが強くて、「やりたくない」から逃げてきた人なんです。
……なんていうのかな。結果としてね、無名の「誰か」になる、というのはいいんです。でも、魂が過剰にないがしろにされるのは嫌だったというか。
- 田中
- えぇ。
- 糸井
- やっぱり、それは嫌ですよね。今ね、思うと、僕にとってのブルーハーツにあたるのは「釣り」でしたね。
- 田中
- 釣り、ですか。
- 糸井
-
ずっと、釣りをしてみたかったんですよ。でね、はじめてみたら、はまっちゃったんです。水の中にね、普段見えない生き物がいて、竿をたらすことで、存在をアピールしてくる。それも、ものすごい荒々しさで。その実感が、僕のことをワイルドにしちゃいましたね。
小さい水たまりにも、魚はいる。当たり前のことかもしれないけど、それまではリアルじゃなかった。それが、リアルになったことが、僕に火を点けたんです。だから、僕にとっての「リンダリンダ」は「水と魚」です(笑)。
- 田中
- 水と魚……。
- 糸井
- おもしろいんですよ。朝日が明ける頃に、人っ子ひとりいない田んぼの水路みたいな川で釣りをしていると、それまでなんの気配もなかったのに、突然パッと、ひったくられる瞬間がくるんです。泥棒にあったみたいに。「俺の大事な荷物が盗まれた! 」みたいな。その感覚が、僕をかえたんじゃないですかね。
- 田中
- なるほど。僕がインターネットで文字を書いて、感じたことですね。まさか、釣りの話がインターネットにつながるとは。
- 糸井
- 思いもよりませんでした。
- 田中
- でも、言われてみたら、そういうことだなって。
- 糸井
- 広告の世界を辞めるとき、「ここから逃げたい」っていう気持ちと、「水さえあれば、魚がいる」っということに期待する気持ちを、釣りという肉体をつかう行為がつなげたんでしょうね。
- 田中
- 今思いましたけど、肉体の重要性って、すごく大事ですね。

- 糸井
- 田中さんは、ここからですよね。まぁ、これからどうなる、なんてこと、ここでは聞かないですけど。
- 田中
- あ、聞かないんだ(笑)。
- 糸井
-
聞かないですよ(笑)。
でもね、釣りでいうところの「あたり」みたいな、おもしろさのところにたどり着いてみたいですよね。
- 田中
-
それはいい。それは、いいですね。
さっきのね、ご近所の話も、釣りの話もそうですけど、糸井重里さんとお話しをして、まさか肉体の話にたどり着くとはおもってなかったですよ。だから、今日はそれだけですごい。すごくいい話、聞きました。僕のこれからが、変わってくるとおもいます。
- 糸井
- 肉体の話でいくとね、僕ね、おしっこ我慢してるんです。
- 田中
- いま?
- 糸井
- いま。
- 田中
- え、いまの話ですか? それは、誰も止めません。惨事をまねきます(笑)。
- 糸井
- いやー、人と話をしていて中座したのは、これで2回目です。1回目のとき、お相手はなんと「高倉健さん」だったんです。
- 田中
- それは、またすごい場面で(笑)。
- 糸井
- では、いってきます。
- 田中
- いってらっしゃい。
(おしまい)
