もくじ
第1回手土産の美学。 2017-03-28-Tue
第2回書いたら、誰かが反応してくれる。 2017-03-28-Tue
第3回自分にあてて、書いている。 2017-03-28-Tue
第4回書くことの、その先。 2017-03-28-Tue
第5回プロとアマチュアを両立する、ということ。 2017-03-28-Tue

IT企業での勤務を経て、フリーのライターに転身。様々な媒体で執筆を経験したのち、現在はスタートアップ企業で活動中。

47歳の、進路相談。

47歳の、進路相談。

第5回 プロとアマチュアを両立する、ということ。

糸井
僕は、一生アマチュアでいられたら満足なんだけど、アマチュアであることとね「ご近所感」って、けっこう隣り合わせなんですよ。
田中
うん。なんかわかります。
糸井
でね、プラスして言うと、アマチュアってことは、変形してないってことなんです。プロであることは、ある意味で変形している。
田中
変形?
糸井
これは受け売りなんですけどね。仕事とかね、何かをすることで相手が変わったら、その分だけ自分も変わっていると。
田中
なるほど。
糸井
わかりやすくいうと、ずっと座ってロクロを回している職人さんは、座りタコができているだろうし、指の形だって変わっているかもしれない。たくさん茶碗をつくってきた分だけ、自分の体が反作用をうけているわけです。1日だけロクロを回しても、体は変わらないんです。
田中
うん、そうですよね。
糸井
気づいたときには変型していて、そのまま固まってしまう。僕と田中さんが、「超受け手でありたい」って思っている気持ちも、すでに変形している証拠なのかもしれない。そこは、もうアマチュアには、戻れないと思います。
田中
そうかもしれないです。

糸井
うちはね、夫婦ともアマチュアなんですよ。
田中
えぇ? 奥様(女優の樋口可南子さん)は、僕らからみると、やっぱりプロの中のプロのような気がしますけど。
糸井
それがね、違うんですよ。プロになるスイッチを時限スイッチみたいにいれて、仕事が終わったらスイッチを切ってアマチュアに戻る。でもね、そういうタイプの人は、プロからみたら卑怯ですよね。
田中
……うーん。
糸井
なんていうか、「あんたいいとこ取りじゃない」って。でも、スイッチのオンオフで2つの人格を保つのは、なかなかしんどいし心臓に悪い。だから、アマチュアでいるって体力がいるんですよね。
田中
なるほど。
糸井
カミさんはね、高いところが苦手なんです。だから、パラシュートとか、バンジージャンプとかは、絶対やらない。でも、「仕事ならやる? 」って聞いたら、間髪いれず「やる」って。
田中
やるんだ(笑)。
糸井
「できるに決まってる」って言うんです。仕事じゃないときには、絶対しないのと、両立なんですよ。
 
プロだと次のことを考えたり、そういうイメージついちゃうから、とか考えちゃう。アマチュアって、そんなことへっちゃらなんですよね。カミさんは、たぶんそれができる人なんです。僕よりも、もっとすごいことをしている人を近くでみてるから、僕はアマチュアでいられるんだと思います。
田中
難しい話だなぁ。
糸井
プロって、プロがあることが弱みなんです。これは肯定的にもいえるし、否定的にもいえる。でもね、けっきょく行き着くところは、何でもない人として生まれて、死んでいくっていうことが、人間として一番尊いっていうこと。この価値観は、僕の中で、どんどん強固になっていきますね。
 
田中さんは、……たぶん、生きていく手段として問われていることが、いまは山ほどあるんじゃないでしょうか。
田中
まさに、そうですね。
糸井
みんな興味があるのは、田中さんが、どう社会的に機能するかっていうことばっかりでしょ。「何やって食ってくんですかー? 」「自分の気持ち、どうやって維持するんですかー? 」。面倒くさい時代ですね。
田中
まぁ、今まであった会社員という担保がなくなったので、みんな質問してきますよね。僕自身もいまさらながら「どうやって生きていこう? 」って考えます。
 
えっと、僕から質問していいですか。
糸井
どうぞ。
田中
糸井さんは、40代のときに広告の仕事を一段落つけようと思ったわけですよね。その時、やっぱり僕と同じようなことに直面されたんですか?
糸井
まさに、そうですね。僕の場合、プライベートも一緒みたいなところがあるから、言えないようなことも含めて、いろいろありました。
 
大冒険ですよ、大冒険。でも、平気だったんです。その理由の一つは、俺よりアマチュアなカミさんがいたことじゃないかな。
田中
うーん……。
糸井
当時ね、「こういうことになるけど、いい? 」とか聞いた覚えがないんです。あとから、「あの時、ちゃんと聞いておくべきだった? 」 って聞いたら「べつに」って言われましたよ。たぶん、カミさんはカミさんで、腹をくくってくれていたんだと思います。
田中
なるほど。
糸井
それは、相当でかかったですよね。まぁ、もし「働かない」っていうことになったとしても、僕は案外平気だったかもしれないな。

田中
僕ね、仕事を辞めるきっかけ、っていっていいのかな。そのこと、昨日たまたま書いたんですけどね。
糸井
ブルーハーツ?
田中
そう。ブルーハーツなんです。高校生のころ、恥ずかしながらバンドを組んだことがあったんです。その名も「ヒロノブ&ジ・アザーズ」。
糸井
そのバンド名、本当だったんですね(笑)。
田中
ひどいでしょう? 僕とその他(笑)。それを良しとしてくれた仲間が、もうパンクですよね。でもね、ブルーハーツを聞いた衝撃で解散しちゃったんです。それくらい、僕にとっては衝撃的なバンドだったわけです。50歳を手前にして何いってるんだって感じですけど、あの頃のことを思い出したときに、ブルーハーツの詩のように生きないと、って思ったんです。今いるところから、出なくちゃいけないって。
 
かといって、何か伝えたいとか、俺の熱いメッセージを聞け! とかはないんですよ。あいからわらず、何かを見たり、聞いたりして感じたことを「これはね」ってしゃべるだけの人なんですけどね。
糸井
人って、どうしてもやりたくないことの中に、案外、人生ついやしちゃうんですよね。
田中
そうですね。
糸井
僕は、「やりたい」よりも「やりたくない」に対する気持ちが強くて、「やりたくない」から逃げてきた人なんです。
 
……なんていうのかな。結果としてね、無名の「誰か」になる、というのはいいんです。でも、魂が過剰にないがしろにされるのは嫌だったというか。
田中
えぇ。
糸井
やっぱり、それは嫌ですよね。今ね、思うと、僕にとってのブルーハーツにあたるのは「釣り」でしたね。
田中
釣り、ですか。
糸井
ずっと、釣りをしてみたかったんですよ。でね、はじめてみたら、はまっちゃったんです。水の中にね、普段見えない生き物がいて、竿をたらすことで、存在をアピールしてくる。それも、ものすごい荒々しさで。その実感が、僕のことをワイルドにしちゃいましたね。
  
小さい水たまりにも、魚はいる。当たり前のことかもしれないけど、それまではリアルじゃなかった。それが、リアルになったことが、僕に火を点けたんです。だから、僕にとっての「リンダリンダ」は「水と魚」です(笑)。
田中
水と魚……。
糸井
おもしろいんですよ。朝日が明ける頃に、人っ子ひとりいない田んぼの水路みたいな川で釣りをしていると、それまでなんの気配もなかったのに、突然パッと、ひったくられる瞬間がくるんです。泥棒にあったみたいに。「俺の大事な荷物が盗まれた! 」みたいな。その感覚が、僕をかえたんじゃないですかね。
田中
なるほど。僕がインターネットで文字を書いて、感じたことですね。まさか、釣りの話がインターネットにつながるとは。
糸井
思いもよりませんでした。
田中
でも、言われてみたら、そういうことだなって。
糸井
広告の世界を辞めるとき、「ここから逃げたい」っていう気持ちと、「水さえあれば、魚がいる」っということに期待する気持ちを、釣りという肉体をつかう行為がつなげたんでしょうね。
田中
今思いましたけど、肉体の重要性って、すごく大事ですね。

糸井
田中さんは、ここからですよね。まぁ、これからどうなる、なんてこと、ここでは聞かないですけど。
田中
あ、聞かないんだ(笑)。
糸井
聞かないですよ(笑)。
 
でもね、釣りでいうところの「あたり」みたいな、おもしろさのところにたどり着いてみたいですよね。
田中
それはいい。それは、いいですね。
 
さっきのね、ご近所の話も、釣りの話もそうですけど、糸井重里さんとお話しをして、まさか肉体の話にたどり着くとはおもってなかったですよ。だから、今日はそれだけですごい。すごくいい話、聞きました。僕のこれからが、変わってくるとおもいます。
糸井
肉体の話でいくとね、僕ね、おしっこ我慢してるんです。
田中
いま?
糸井
いま。
田中
え、いまの話ですか? それは、誰も止めません。惨事をまねきます(笑)。
糸井
いやー、人と話をしていて中座したのは、これで2回目です。1回目のとき、お相手はなんと「高倉健さん」だったんです。
田中
それは、またすごい場面で(笑)。
糸井
では、いってきます。
田中
いってらっしゃい。

(おしまい)