- 糸井
-
多分、今、泰延さんは、
生きていく手段として問われていることが山ほどあって。
みんな、泰延さんが社会でどう機能するか
っていうことにばかり興味がある時代だから。
「何をやって食べていくんですか?」、
「何をやって自分の気持ちを維持するんですか?」。
面倒くさい時期ですよね。
- 田中
-
そうですね。
今まで担保されてたものがなくなったので、
みんなが質問するし、僕も時々、
「どうやって生きていこう?」って考えるし。
その、僕からの質問なんですけれども、
糸井さんが40代で広告の仕事に一段落つけようと思った時、
やっぱりそういうことに直面されたと?
- 糸井
-
まさしくそうです。
なんというか、非常にプライベートと一緒ですから。
言えないようなことも含めて、もっと冒険ですよ。
泰延さんは、大組織で働いてはいましたけど、
退職金がない世界ですからね。
- 田中
-
そうですよね。
実は今日、後でサインを貰おうと思って、
会社に入った時に買った、
マドラ出版の『糸井重里全仕事』を持ってきたんです。
- 糸井
- あぁ、はいはい。
- 田中
-
でも、今の糸井重里さんから考えると、
全仕事でもなんでもなくて、
そのキャリアの中のたった何パーセントなんですよね。
広告の仕事はそこで一区切りついてるから、
「全仕事」っていうタイトルが
付けられちゃうんですけど。
その一区切りつけた時のこと、
違うことに踏み出そうと思った時のこと。
これこそ、今日はお伺いしようと思って。
- 糸井
- あぁ。
- 田中
-
昨年の4月に糸井さんと初めてお会いした時に、
僕が最初に聞いたことがそれだったんですよね。
「ほぼ日という組織をつくられて、
その会社を回して、大きくしていって、
その中で好きなものを毎日書くっていう、
この状態にすごい興味があります」って言ったら、
糸井さんが、「そこですか」っておっしゃったんですよ。
それが忘れられなくて。
- 糸井
- 辞めると思ってないから。電通の人だと思ってるから。
- 田中
- そうですよね。
- 糸井
-
それは、「そこですか」って思いますよ。
「あれ?電通の人なのに、そんなこと興味あるのか」
っていうのは思ったですね。
- 田中
-
その時、僕も辞めるとはまったく思ってなくて。
9月に、燃え殻さん、古賀さん、永田さんと
雑談したじゃないですか。
あの時点でまったく辞めると思ってなかったですから。
- 糸井
- 素晴らしいね。
- 田中
-
辞めようと思ったのが、11月の末ですね。
辞めたのが12月31日なんで、
1ヶ月しかなかったです。
- 糸井
- 素晴らしい。
- 田中
-
これが本当にね、昨日たまたま書いたんですけど、
理由になってないような理由なんですけど。
- 糸井
- ブルーハーツ?
- 田中
-
ブルーハーツですよ。
50手前のオッサンになっても、
おっしゃったように中身は20うん歳のつもりだから、
それを聞いた時のことを思い出して、
「あ、これはもう、
このように生きなくちゃいけないな」って。
かと言って、何か伝えたいこととか、
「俺の熱いメッセージを聞け」とかはないんですよ。
相変わらず、何かを見て聞いて、
「これはね」ってしゃべるだけの人なんですけど。
でも、「ここは出なくちゃいけないな」
って思ったんですよね。
- 糸井
-
どうしてもやりたくないことっていうのが
世の中にはあって、
僕は、そこから本当に逃げてきた人なんです。
逃げたというよりは捨ててきた。
どうしてもやりたくないことに、案外、
人は人生を費やしちゃうんですよ。
- 田中
- はい。
- 糸井
-
僕は、何かやりたいというよりは、
やりたくないことをやりたくないほうの気持ちが強くて。
そこから、マッチもライターもないから、
しょうがなく木切れを擦り合わせて火を起こしはじめた、
みたいなことの連続が、自分だと思うんで。
だから、広告も、どうしてもやりたくないことに
似てきたんですよ。
- 田中
- はい。
- 糸井
-
何回も経験してきてるんで、
「プレゼンの勝率が落ちたら、もうだめだな」
っていうのは思ってて。
しかも、僕については、「あいつもうだめですよね」って、
みんなが言いたくてしょうがないわけです。
それで、「『あいつ、もうだめですよね』って言われながら
なんで仕事やっていかなきゃならないんだろう?」
っていうふうに、多分なるんだろうなと思ったんです。
- 田中
- はいはい。
- 糸井
-
だから、「こういう時代にそこにいるのはまずいな」
っていうか、「絶対嫌だ」と思って。
プライドっていう言葉に似てるけど、違うんですよね。
「どうしてもやりたくないこと」に近い。
無名の誰かであることはいいんだけど、
魂が過剰にないがしろにされる可能性みたいな、
そういうのは嫌ですよね。
その時に、僕にとってのブルーハーツにあたるものが
釣りだったんですよね。
ずっと釣りしたかったんで。
釣りって、そこで誰もが平等に、
争いごとをするわけですよね、コンペティション。
で、その中で勝ったり負けたりっていうところで
血が沸くんですよ、やっぱりね。
- 田中
-
この間おかしかった(笑)。
「始めた頃は、ちょっと水たまりを見ても、
魚がいるんじゃないか」って(笑)。
- 糸井
- そう。
- 田中
- そう見える(笑)。
- 糸井
-
そうなんです。
釣りを始めたのが、12月だったと思うんですけど、
東京湾にシーバスがいるんだってことがわかっただけで、
もううれしいわけですよ。
開高健さんが、
「ニューヨークにはニジマスがいる」って書いた時に、
「おぉっ!ニューヨークにもニジマスがいるのか!」
って思うのとか、
「東京から富士山が見える」っていうのが
みんなを喜ばせるのと同じようなことで。
- 田中
- はい。
- 糸井
-
だから、レインボーブリッジの下に、
コソコソっと行って、どこかに車を止めて、
身をかがめながら埠頭に出て、そこでルアーを投げると、
シーバスが釣れる可能性があると。
本当に初めて行った真冬の日に、
大きい魚がルアーを追いかけてきたのに逃げたんですよ。
で、同時に、うちの奥さんは、
俺が釣りに出掛けるっていう時に、「ご苦労様」とか、
ちょっとなめたことを言っておきながら、
帰って来たら、バスタブに水を張ってたんです。
つまり、生きた魚を釣ってきた時に、
そこに入れようと思ったんだね。
- 田中
- すごい!
- 糸井
-
すごいでしょう?
その、馬鹿にし方と、実際にこう水を貯めてね。
- 田中
- ここに待ってる(笑)。
- 糸井
-
そう。
その時に、僕が「あれは明らかに魚が追いかけてきた」
って思ったことと、
奥さんが「釣ってきた時にはここで見よう」
って思ってたのは、喜びじゃなくて、
「見たい」っていう気持ちで。
それは、もう夢そのものじゃないですか。
その夢が、僕の中にウワァーッと湧くわけですよ。
それから、普段見えていない生き物が、
俺の、竿の先に付いたラインの向こうで
ひったくりやがるわけです。
ものすごい荒々しさで。
その実感が、僕をワイルドにしちゃったんですよ。
なんておもしろいんだろう。
その後、プロ野球のキャンプに行く。
野球も僕をワイルドにするものなんです。
青島グランドホテルに向かうまでの道のりに
何回も水が見えて、野球を観に行くはずなのに、
水を見てるんです。
- 田中
- 水を見てる(笑)。
- 糸井
-
野球のキャンプの見物に行くのに、
折りたたみにできる竿とかを持ってるんです。
- 田中
- 持ってるんですね(笑)。
- 糸井
-
正月は正月で、
家族旅行で温泉かなんか行ったんだけど、
海水浴をやるようなビーチで、
まったく根拠なく、一生懸命投げてる。
何か釣れるのを期待して。真冬に。
それを妻と子どもが見てるんだ。
- 田中
- (笑)何か釣れましたか、その時は?
- 糸井
- まったく釣れません。
- 田中
- (笑)
- 糸井
- 根拠のない釣りですから。
- 田中
- (笑)
- 糸井
- でも、根拠がなくても水があるんですよ。
- 一同
-
(笑)
- 糸井
-
いいでしょう?
これ、僕にとってのインターネットって、水なんですよ。
今初めて説明できたわ。
根拠はなくても水があるんです。
- 田中
- 根拠はなくても水がある。
- 糸井
-
水があれば、水たまりでも魚はいるんですね。
それが自分に火を点けたところがある。
だから、僕の「リンダリンダ」は、水と魚です(笑)。
- 田中
- 水と魚。
- 糸井
-
おもしろいんですよ。
朝、誰もいない所で1人で釣りをしてると、
朝日が昇る頃に、何の気配もなく、静けさの中にあった、
ただの田んぼの間の水路みたいな川で、
初めての1匹っていうのが、
泥棒かのようにひったくるんですよ。
「今俺の大事な荷物が盗まれた!」っていう瞬間みたいに、
パーッと引かれるんです。
その、いるんだっていう喜び。
これがね、なんだろう、俺を変えたんじゃないですかね。
- 田中
-
なるほど。
いや、その話が、まさかインターネットにつながるとは。
- 糸井
- 思いついてなかったですね。
- 田中
- でも、言われてみたら、きっとそういうことですよね。
- 糸井
-
広告を辞めるっていう、
「ここから逃げ出したいな」っていう気持ちと、
「水さえあれば、魚がいる」っていう、
その期待する気持ちを、
釣りっていう肉体的な行為がつなげたんでしょうね。
- 田中
- なるほど。
- 糸井
- うわぁ、素敵なお話ですね。
- 田中
- いや、本当に(笑)。
- 糸井
-
それで、「有名人」っていう下駄を履いてますから、
僕らは、釣りのプロに早くから知り合えるんです。
最初から、チャンピオンの話とかが聞けるわけですね。
すると、すごい釣りのうまい人に、
「坊主っていうのはないですか?
1匹も釣れなかった経験っていうのはないんですか?」
って、僕が聞くわけですね。
僕はもう、そこの坊主から逃げ出したいですから。
- 田中
- うんうん。
- 糸井
-
むやみに水に向かって投げているだけですから。
その時に、「基本的に坊主って、
ないんじゃないでしょうか」って言ったんですよ。
「釣りがある程度わかっていれば、
基本的に坊主っていうのはないんじゃないでしょうか」
って、他人事のように言ったんですよ。
うれしいじゃないですか。
「えぇ?そんな魔法は、魔法じゃなくて、
科学だったんですか」っていうお話になるわけだから。
インターネットでもそう思いますよね。
- 田中
- なるほど。
- 糸井
-
というのを積み上げていったのが今に至るわけで。
「これからどうなる?」なんてこと、
ここじゃ、まったく聞かないですけど。
- 田中
- ええ。
- 糸井
-
聞かないんですけど、なんかこう、
さっきの釣りの「当たり」みたいな
おもしろさのところはたどり着いてみたいですねぇ。
- 田中
-
今日は非常にいい話、聞きましたよ、本当に。
今思ったのは、やっぱり肉体の重要性。
すごい大事だなと思って。
- 糸井
-
だから、「ご近所」って、
物理的な「ご近所」もありますよね。
- 田中
-
はい。
だから、なんかちょっとね、
体を動かそうと思ってきましたね。
さっきの「ご近所」の話もそうですし、
釣りの話もそうですけど、
糸井重里さんにお会いして、
身体性の話に行くと思ってなかったから。
今日、もうそれがすごい、
何か僕のこれからがやっぱり変わってくると思います。
おわります