バスタブに水を張って待つ田中泰延×糸井重里書くふたりの「人生」対談
第4回 自分から、「こんばんはぁ」
- 糸井
-
そのご近所が、
地理的な本当のご近所と、気持ちのご近所と、
両方あるのが今なんでしょうね。
- 田中
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ネットを介したり、印刷物を介したりするのもあるけど、
僕は、その「ご近所」っていうことについては、
フィジカルなことがすごく大事だと思ってて。
- 糸井
-
大事ですね。
- 田中
-
1周間前に、大阪のロフトに、
糸井さんの楽屋を5分だけでも訪ねていく。
それから今日があると、やっぱり全然違うんですよね。
- 糸井
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(笑)
- 田中
-
ちょっと顔を見に行くとか、ちょっと会いに行く。
- 糸井
-
アマチュアであることと「ご近所感」ってね、
結構、隣り合わせなんですよ。
アマチュアだってことは、
変形してないってことなんですね。
プロであるってことは、変形してる。
- 田中
-
変形?
- 糸井
-
これは吉本さんの受け売りで、
吉本さんはマルクスの受け売りなんですけど、
「自然に人間は働きかける。
そして、働きかけた分だけ自然は変わる」。
- 田中
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はい。
- 糸井
-
「それは作用と反作用で、
自然が変わった分だけ自分が変わっている、
とマルクスは言ったんですね」と。
「仕事、つまり、何かをするというのはそういうことで、
相手が変わった分だけ自分が変わっているんだよ」と。
それをわかりやすいことで言うと、
「ずっと座ってろくろを回してる職人さんがいたとしたら、
座りタコができているし、あるいは、
指の形やらも変わっているかもしれない。
散々茶碗をつくってきた分だけ、
反作用を受けてるんだよ」と。
「1日しかろくろを回してない人には、
それはないんです」って。
- 田中
-
そうですよね。
- 糸井
-
ずっとろくろを回している人は、
ろくろを回すことで、変形しているわけです。
その変形するってことが、
プロになるってことだと僕は思って。
「変形するのは、10年あったらできるよ」っていうのが
励みでもあるし、同時に、
「それだけあなたには、変形しないという自由は
もうないんだよ」っていうことでもあって。
だから、「生まれた」、「めとった」、「産んだ」、
「死んだ」みたいな人からは、
もう離れてしまう悲しみの中にいる。
世界を詩で表す人は、
その分だけ世界が詩的に変形してるわけですよ。
- 田中
-
なるほど。
この間の塩野さん。
完全に穏やかで、楽しげなんだけど、
おかしいじゃないですか。
全てをメモに取り、手帳がぎっしり文字で埋まっている。
- 糸井
-
ものすごいですよね。いやぁ、あれもそうです。
僕と泰延さんの、「超受け手でありたい」っていう気持ちも
もうすでにそこが変形してるわけですよ。
- 田中
-
そうですね。
- 糸井
-
だから、その意味では、
そこはもうアマチュアには戻れないだけ
体が歪んじゃってるわけです。
でも、どの部分で歪んでないものを
維持できているかっていうところに、
もう1つ、「ご近所の人気者」っていうのが(笑)。
- 田中
-
なるほど(笑)。
- 糸井
-
せっかく吉本さんを出しちゃったので言うと、
「大衆の原像」っていうふうに言われてたことが、
多分吉本さんの手がかりなんでしょうね。
- 田中
-
なるほど、「原像」ですね。
- 糸井
-
だから、そこを心の中に置いておいて、
「お前、そんなことやってると、笑われるよ」と。
「変形してない部分の自分なり、他人に笑われるよ」
っていうところが、持ち続けられるかどうか。
- 田中
-
そうですね。
- 糸井
-
「持ち続けられるかどうか」よりも、
「持ってりゃいいんだよね」みたいなね、
雑に考えたほうがいいような気がする。
別に、誰もかもが飢えた子の命を
救えるわけでもないわけで。
- 田中
-
はいはい。
- 糸井
-
その意味では、文楽の落語の中の、
「そういうことは天が許しませんよ」っていうさ。
それを持っているかどうか、
そこはなんか、抱えておきたい部分。
そして、「するなら、悪いことでも何でもしなさい」
っていう気持ちもなんかあるね。
「人はそこまで自由じゃないかな」っていうのもね。
- 田中
-
なるほど。
- 糸井
-
やっぱり、「プロって弱みなんですよ」っていうのは
肯定的にも言えるし、否定的にも言えるけど、
「何でもない人として生まれて死んだ」っていうのが
人間として1番尊いことかどうかっていう価値観は、
僕の中ではどんどん強固になっていきますね。
- 田中
-
前に伺った、吉本さんのお花見の時のお話。
吉本さんが、最初に来て、
午前中からいろいろセッティングをしていると。
- 糸井
-
そう。
ブルーシートを背中に背負って、
そこで読む本を1冊持って自転車で行って、
場所を取らなきゃいけないから、
ブルーシートに石を置いて。
そこで、人が集まる夜まで本を読んでるんです。
- 田中
-
すごいですね。
- 糸井
-
たしか鍋のセットか何か、持って行ったんじゃないかな。
欠点は、鍋が上手じゃなくて、
火が点いてグツグツ言い出すと、
鍋の具材を一遍に入れちゃう。
- 一同
-
(笑)
- 糸井
-
「ちょっと吉本さん、それはどうかと思いますよ」
って言うと、「あぁ、そうか、そうか」って言うんですよ。
どうかと思われても、「そうか、そうか」っていうことで、
すぐ謝っちゃうんです。
- 田中
-
すぐ謝る(笑)。
- 糸井
-
そういう見本を見ていたせいがあると思う。
間違わない場所みたいなものは、
僕は吉本さんを見ていたのが
すごく大きいような気がしますね。
- 田中
-
これは大阪弁ですけど、
「偉そうくならない」って、すごく大事だなって。
- 糸井
-
そうですね。鶴瓶さんとかものすごく上手ですね。
- 田中
-
まったく偉そうくならないですね。
- 糸井
-
あれはもう鍛え抜かれた偉そうくならなさですね。
- 田中
-
細心の注意を払わないとできないことですよね。
やっぱり、テレビ局とかに行ったら、
下にも置かないじゃないですか。
- 糸井
-
たしかにねぇ。あの人はトップだなぁ。
「お好み焼き食いに行こう」って言って、
一緒に大阪の街を歩いたことがあったけど、
鶴瓶さんだって気付きそうな人がいたら、
攻めていくもんね(笑)。
自分から、「こんばんはぁ」(笑)。
- 一同
-
(笑)
- 糸井
-
すごいなぁ。
「攻撃は最大の防御や」って言うんだけど。
さんまさんも結構近いみたいだからね。
ああいういい見本が関西には多いね。
- 田中
-
本当に素晴らしい。
僕は、鶴瓶さんに面識があるというほどでもないですけど、
一時、お仕事で関わりがあって、
遅刻した時にどうするかっていうのを教えてくれたんです。
遅刻した時にね、30分とか遅れて、
「その会議室に、『すいません』って言って入っていく、
これはあかん。『何や遅れて』って、みんな怒る」と。
「違う」と。
「30分遅れたらどうするか。
ドアを勢いよくパーンと開けて、
『アウアウ、アウ、アウウウ、ウーッ』って
よだれをたらせば大丈夫だ」って。
- 一同
-
(笑)
- 田中
-
「『大丈夫ですか』、『ここに座って』って、
『鶴瓶さん、心配ないですよ』って、必ず言ってもらえる」
っておっしゃってました。
- 一同
-
(笑)。
- 田中
-
これはすごくね、僕、勉強になって。
- 糸井
-
あぁ、してそうだ。
- 田中
-
絶対に、「すんまへん」って入ったらだめなんですって。
バーン!「ウウ、ウンウン」って、
なんか、もう取り乱してしまって、
わけがわからない自分っていうのを作れば大丈夫。