バスタブに水を張って待つ田中泰延×糸井重里書くふたりの「人生」対談
第3回 「いいね、矢沢」
- 糸井
-
僕がもうちょっと大変だったのは、
人って、書き手っていうものに対して、
ある種のカリスマ性を要求しますよね。
- 田中
-
はい。
- 糸井
-
そんなのどうでもいいので、僕は。
でも人は、書くっていうことは、
士農工商みたいな順列で、
トランプ大統領よりもボブ・ディランが偉いみたいな。
- 田中
-
わかります。
- 糸井
-
その目をどうしても向けるんで、
その順列からも自由でありたいなぁっていう。
だから、超アマチュアっていうので一生が終われば、
僕はもう満足なんですよ(笑)。
- 田中
-
その軽みをどう維持するかっていう、糸井さんは、
ずっとその戦いだったと思うんですよね。
- 糸井
-
そうですね。
同時に、その軽さはコンプレックスでもあって。
「逃げちゃいけないと思って勝負してる人たちとは、
俺は違う生き方をしてるな」って。
- 田中
-
わかる、めっちゃわかる(笑)。
- 糸井
-
つまり、俺は受け手として書いてきた人間なんで。
たとえば、「どうだ!」って言って人を斬っても、
まだ生き返って斬りつけてくるかもしれないから、
もう一回刃を両手でもって突き立てて、
心臓の所にとどめを刺して、まだ心配だから踏みつけて、
「死んだかな」っていうのを確かめて、
心臓をえぐり出して、ハァハァ言いながら、
「勝った」って言うような人たちと同じことを、
俺はしてないんで。
生き返ってきたら、「そいつ偉いな」
って思うようなところがあって(笑)。
- 田中
-
そうですね。
ちょっとでもものを書くようになって
たった2年ですけど、
書くことの落とし穴はすでに感じていて。
それはつまり、僕はこう考えるっていうことを重ねて、
毎日毎日書いていくうちに、
やっぱり、だんだん独善的になっていく。
- 糸井
-
なっていきますね。
- 田中
-
そして、なった果ては、
人間、9割くらいは右か左に寄ってしまうんですよね。
- 糸井
-
うんうん。
- 田中
-
どんなにフレッシュな書き手が現れて、
みんなの心が真ん中あたりで揺れているのを、
うまいことキャッチして書いてくれたなっていう人も、
10年くらい放っておくと、
右か左、どっちかに振り切ってることがいっぱいあって。
- 糸井
-
あのぅ、世界像を安定させたくなるんだと思うんですよね。
でも、世界像を安定させると、やっぱり、うーん‥‥。
多分、夜中に手を動かしている時の全能感というのが、
起きてご飯を食べている時まで追いかけてくるんですね。
- 田中
-
なるほど。
- 糸井
-
ここからはね、俺は逃げたい。
何もしないで、「生まれた」、「めとった」、
「耕した」、「死んだ」っていう。
こう4つくらいしか思い出がないっていうのは、
みんなは悲しいことだって言うかもしれないけど、
これがやっぱり一番高貴な生き方だと思うんで。
- 田中
-
なるほど。
- 糸井
-
そこからずれる分だけ歪んでいるんで。
それが、何か世界像を人に押し付けられるような
偉い人になっちゃうっていうのは、
読み手としては拍手する時がいっぱいあるんだけど、
人としてはつまんないかなっていうのが。
- 田中
-
恐ろしかったりしますね、それは。
- 糸井
-
しますよねぇ。
- 田中
-
書く行為自体が、はみ出したり、怒ってたり、
ひがんでたりするということを
忘れる人が危ないですよね。
- 糸井
-
田中さんは、書き手として生きてないのに、
そういうことを考えてる読み手ですよね。
- 田中
-
そう、そう、そう(笑)。そうなんです。
- 糸井
-
ややこしいよねぇ。
- 田中
-
僕は別に、さっき言ったような、
世の中をひがむとか、言いたいことがはみ出すとか、
何か政治的主張があるとかはないんですよ。
読み手だから。
でも、何か映画評とか書いてたらよく言われるのは、
「じゃあ田中さん、そろそろ小説書きましょうよ」。
- 糸井
-
必ず言いますよね。
- 田中
-
それは、読みたいっていうのもあるだろうし、
商売になるって思っている人もいる。
だけどやっぱり、別にないんですよ。
これが言いたくて俺は文章を書くっていうのはなくて。
常に、「あ、これいいですね」、「あ、これ木ですか?」、
「あぁ、木っちゅうのはですね」っていう、
ここから話しがしたいんですよ、いつも。
- 一同
-
(笑)
- 糸井
-
お話がしたいんですね(笑)。
- 田中
-
そうなんです。
- 糸井
-
そのあたりは、多分、永遠の問題かもしれない。
うーん‥‥。ずっと考えてることですよね。
育ってきた中で、そういうことに対しての見方が、
ちょっとこう歪んでいるんだろうなっていうのは
思うんですけど。
吉本ばななが、「糸井さんは、もう本当に
いろんなものから吹っ切れているようだけど、
やっぱりちょっと作家を偉いと思ってる」。
- 田中
-
って言うんだ、吉本さんは(笑)。
- 糸井
-
「そして、それはものすごく惜しいことだと思う」
っていうのを、たしか吉本ばななが
ポロッと言ったんだよね。
それはお父さんの吉本隆明も言ってたんですよ。
要するに、「思う必要がないのに」っていう。
- 田中
-
僕もそう思います。
- 糸井
-
俺もそう思うんですよ。
それなのに偉いと思う気持ちが残っているとしたら、
しょうがないなぁ、拍手してるその手に
力がこもっちゃうのかなぁ、みたいな。
だから、絵描きにも、映画作ってる人にも
拍手するんだけど、
そういう表現者に対する拍手が
ちょっとでかすぎるのかなみたいな。
- 田中
-
なるほど。
- 糸井
-
もっとしょうもないものへの拍手っていうのが、
表現者に対するものと同じ分量で
できてる時もあるはずなのに。
やっぱり、人に伝わっていくのは
表現者に対する拍手だから、
そこはしょうがないのかなぁ。
でも、自分の仕事やろうって思うんですよね。
わかんない。
- 田中
-
だから、そこのバランスを取って、
僕のような、しょうもない戯言を言ってる人間に、
夜中にツイッター上で絡むわけですか(笑)。
- 糸井
-
(笑)
- 田中
-
ウザ絡みを(笑)。
- 糸井
-
だいたい「www」で返されてますけどね(笑)。
- 田中
-
「もう3時半だけど、
またなんか言ってきたよ」って(笑)。
- 糸井
-
ひと寝入りしてから、
まだ絡んでたりするからね、ヘタするとね。
- 田中
-
一回寝て起きて(笑)。
- 糸井
-
なんだろう。「これいいなぁ業」ですよね。
- 田中
-
はい。
- 糸井
-
で、たぶん泰延さんも本当はそれですよね。
- 田中
-
もう、「これいいなぁ」ですよ、本当に。
- 糸井
-
今までに誰かいたのかな、そういう人って。
たとえば、吉行淳之介のお父さんの
吉行エイスケさんだとか、
そんなような人として語られたりするし、
いっぱいいるんだけど、どれもやっぱり、
文壇だとか表現者の集いの中での話。
サロンの人ですよね。
- 田中
-
そうですね。
閉じられた中で、「あの人は偉大であった」と言うこと。
- 糸井
-
「寺田寅彦はいいね」みたいな。
- 田中
-
うんうん。
- 糸井
-
それは居心地がよさそうだなっていうのは思うんだけど、
そのために趣味のいい暮らしをする
みたいになっちゃうのが、
なんか、僕としてはちょっと。
もっと下品でありたいというか(笑)。
- 田中
-
だから、永遠に馬鹿馬鹿しいことをやるっていうのは、
一種の体力ですよね。
- 糸井
-
体力ですね。
- 田中
-
でも、馬鹿馬鹿しいことをやらないところに
陥った瞬間、やっぱり偉そうな人になるんで。
- 糸井
-
なるんですよねぇ。
やっぱり、泰延さんでも僕でも、
感心されることへのツボみたいな、
「いや、自分でも悪い気はしないよ」
っていうのがいっぱいあるわけだから。
どうしようかって思うんだよ。
- 田中
-
「どうしようか」(笑)。そうですよね。
- 糸井
-
それで、「グルッと回って結論は?」ってなると、
「ご近所の人気者」っていうところへ行くんだよ。
- 田中
-
そこですね(笑)。本当にそこですね。「ご近所の人気者」。
- 糸井
-
「ご近所の人気者」っていうフレーズは、
中崎タツヤさんが、『じみへん』で
書いた言葉なんですよね。
それをうちのカミさんが、俺のことだって言ったんですよ。
- 田中
-
なるほど。
- 糸井
-
一番近い所で僕のことを人体として
把握している人たちが、お互いに、
「ええな」、「今日も機嫌ようやっとるな」って言う。
ここにやっぱり落ち着けたくなってしまう。
永ちゃんはすごいですよ。
たとえば、僕がよく行ってたイタリアンのお店があって、
そこの人は、僕が永ちゃんと
関係がある人だっていうことも知っていて、
「この間、矢沢さんがお見えになって、
『何時ごろ何人とか入れますか?』って予約して帰って、
その後、社内の人を連れて来てくれました」と。
「矢沢さんって、ああいう気さくな人なんですね」と。
つまり、顔を出して、みんなの分を
予約していくような人なんですよ。
- 田中
-
矢沢さんが?
- 糸井
-
うん。
本当に「ご近所の人気者」なんですよ。
あと、社員が、引っ越し先を探しあぐねてたことがあって。
何日か経ったある日、すっごく朝早い時間に電話があって、
出たら、「あ、俺だけど」って、永ちゃんで、
「豪徳寺となんとかに、いい物件あったから」(笑)。
- 田中
-
矢沢永吉が(笑)。
- 糸井
-
そう。
- 田中
-
物件見てくるの?(笑)
- 糸井
-
そう。
「A、B、Cの3つあるんだけど、
BとCは俺が話しつけてあるんで、何時に行くといいぞ」。
- 田中
-
ほぉ。
- 糸井
-
全部。
それで、永ちゃんに言われたら、
行かないわけにいかないんで(笑)。
- 田中
-
絶対行く(笑)。
- 糸井
-
「それはご親切にありがとうございます」
って感じで行って。
「それ、どっちかに決まったの?」って聞いたら、
「いや、決まらなかったんですけどね」って。
- 一同
-
(笑)
- 糸井
-
だから、その「決まらなかったんです」
も含めて「ご近所」の人だし。
ロスの永ちゃん家で、
「じゃあ、このままバーベキューして」ってなって、
火の世話から何から全部永ちゃんがやって。
- 田中
-
本人が(笑)。
- 糸井
-
みんな腹いっぱいになったかなと思ったら、
今度は、居間みたいな所にDVDがセットしてあって、
みんなで永ちゃんのステージを見る。
- 田中
-
見るんだ(笑)。
- 糸井
-
で、ここはね、さっき言った「受け手として」っていうのは
近いかもしれない。
永ちゃん自身が、「いいね、矢沢」って言うんだよ。
それはね、「受け手の永ちゃん」なんだよ。
- 田中
-
なるほど。
- 糸井
-
これ、俺は、ちょっとちょっと近いものがあるなぁ。
そこは、失敗しなかったケースですよ。
楽屋に誰かを呼ばない人だから、永ちゃんの伝説は、
しゃべる人が少ない分知られてないんですよね。
でも、ものすごくおもしろい。
その影響を受けているわけじゃなくて、
これは可能なんだっていう、すごくいいモデルですね。