もくじ
第1回シャイな少年 2017-03-28-Tue
第2回その場所で自由にみんな遊べ 2017-03-28-Tue
第3回「いいね、矢沢」 2017-03-28-Tue
第4回自分から、「こんばんはぁ」 2017-03-28-Tue
第5回水たまりでも魚はいる 2017-03-28-Tue

1990年、福島県生まれ。宇都宮大学国際学部卒業。途上国・先進国の関係に関心があります。共感や親しみで人と人がつながり、そこから温もりのある経済が生まれていくような、そんなインターネットメディアをつくります(まだまだこれから)。よろしくお願いします。

バスタブに水を張って待つ</br>田中泰延×糸井重里</br>書くふたりの「人生」対談

バスタブに水を張って待つ
田中泰延×糸井重里
書くふたりの「人生」対談

第4回 自分から、「こんばんはぁ」

糸井
そのご近所が、
地理的な本当のご近所と、気持ちのご近所と、
両方あるのが今なんでしょうね。
田中
ネットを介したり、印刷物を介したりするのもあるけど、
僕は、その「ご近所」っていうことについては、
フィジカルなことがすごく大事だと思ってて。
糸井
大事ですね。
田中
1周間前に、大阪のロフトに、
糸井さんの楽屋を5分だけでも訪ねていく。
それから今日があると、やっぱり全然違うんですよね。
糸井
(笑)
田中
ちょっと顔を見に行くとか、ちょっと会いに行く。
糸井
アマチュアであることと「ご近所感」ってね、
結構、隣り合わせなんですよ。
アマチュアだってことは、
変形してないってことなんですね。
プロであるってことは、変形してる。
田中
変形?
糸井
これは吉本さんの受け売りで、
吉本さんはマルクスの受け売りなんですけど、
「自然に人間は働きかける。
そして、働きかけた分だけ自然は変わる」。
田中
はい。
糸井
「それは作用と反作用で、
自然が変わった分だけ自分が変わっている、
とマルクスは言ったんですね」と。
「仕事、つまり、何かをするというのはそういうことで、
相手が変わった分だけ自分が変わっているんだよ」と。
それをわかりやすいことで言うと、
「ずっと座ってろくろを回してる職人さんがいたとしたら、
座りタコができているし、あるいは、
指の形やらも変わっているかもしれない。
散々茶碗をつくってきた分だけ、
反作用を受けてるんだよ」と。
「1日しかろくろを回してない人には、
それはないんです」って。
田中
そうですよね。
糸井
ずっとろくろを回している人は、
ろくろを回すことで、変形しているわけです。
その変形するってことが、
プロになるってことだと僕は思って。
「変形するのは、10年あったらできるよ」っていうのが
励みでもあるし、同時に、
「それだけあなたには、変形しないという自由は
もうないんだよ」っていうことでもあって。
だから、「生まれた」、「めとった」、「産んだ」、
「死んだ」みたいな人からは、
もう離れてしまう悲しみの中にいる。
世界を詩で表す人は、
その分だけ世界が詩的に変形してるわけですよ。
田中
なるほど。
この間の塩野さん。
完全に穏やかで、楽しげなんだけど、
おかしいじゃないですか。
全てをメモに取り、手帳がぎっしり文字で埋まっている。
糸井
ものすごいですよね。いやぁ、あれもそうです。
僕と泰延さんの、「超受け手でありたい」っていう気持ちも
もうすでにそこが変形してるわけですよ。
田中
そうですね。
糸井
だから、その意味では、
そこはもうアマチュアには戻れないだけ
体が歪んじゃってるわけです。
でも、どの部分で歪んでないものを
維持できているかっていうところに、
もう1つ、「ご近所の人気者」っていうのが(笑)。
田中
なるほど(笑)。
糸井
せっかく吉本さんを出しちゃったので言うと、
「大衆の原像」っていうふうに言われてたことが、
多分吉本さんの手がかりなんでしょうね。
田中
なるほど、「原像」ですね。
糸井
だから、そこを心の中に置いておいて、
「お前、そんなことやってると、笑われるよ」と。
「変形してない部分の自分なり、他人に笑われるよ」
っていうところが、持ち続けられるかどうか。
田中
そうですね。
糸井
「持ち続けられるかどうか」よりも、
「持ってりゃいいんだよね」みたいなね、
雑に考えたほうがいいような気がする。
別に、誰もかもが飢えた子の命を
救えるわけでもないわけで。
田中
はいはい。
糸井
その意味では、文楽の落語の中の、
「そういうことは天が許しませんよ」っていうさ。
それを持っているかどうか、
そこはなんか、抱えておきたい部分。
そして、「するなら、悪いことでも何でもしなさい」
っていう気持ちもなんかあるね。
「人はそこまで自由じゃないかな」っていうのもね。
田中
なるほど。
糸井
やっぱり、「プロって弱みなんですよ」っていうのは
肯定的にも言えるし、否定的にも言えるけど、
「何でもない人として生まれて死んだ」っていうのが
人間として1番尊いことかどうかっていう価値観は、
僕の中ではどんどん強固になっていきますね。
田中
前に伺った、吉本さんのお花見の時のお話。
吉本さんが、最初に来て、
午前中からいろいろセッティングをしていると。
糸井
そう。
ブルーシートを背中に背負って、
そこで読む本を1冊持って自転車で行って、
場所を取らなきゃいけないから、
ブルーシートに石を置いて。
そこで、人が集まる夜まで本を読んでるんです。
田中
すごいですね。
糸井
たしか鍋のセットか何か、持って行ったんじゃないかな。
欠点は、鍋が上手じゃなくて、
火が点いてグツグツ言い出すと、
鍋の具材を一遍に入れちゃう。
一同
(笑)
糸井
「ちょっと吉本さん、それはどうかと思いますよ」
って言うと、「あぁ、そうか、そうか」って言うんですよ。
どうかと思われても、「そうか、そうか」っていうことで、
すぐ謝っちゃうんです。
田中
すぐ謝る(笑)。
糸井
そういう見本を見ていたせいがあると思う。
間違わない場所みたいなものは、
僕は吉本さんを見ていたのが
すごく大きいような気がしますね。
田中
これは大阪弁ですけど、
「偉そうくならない」って、すごく大事だなって。
糸井
そうですね。鶴瓶さんとかものすごく上手ですね。
田中
まったく偉そうくならないですね。
糸井
あれはもう鍛え抜かれた偉そうくならなさですね。
田中
細心の注意を払わないとできないことですよね。
やっぱり、テレビ局とかに行ったら、
下にも置かないじゃないですか。
糸井
たしかにねぇ。あの人はトップだなぁ。
「お好み焼き食いに行こう」って言って、
一緒に大阪の街を歩いたことがあったけど、
鶴瓶さんだって気付きそうな人がいたら、
攻めていくもんね(笑)。
自分から、「こんばんはぁ」(笑)。
一同
(笑)
糸井
すごいなぁ。
「攻撃は最大の防御や」って言うんだけど。
さんまさんも結構近いみたいだからね。
ああいういい見本が関西には多いね。
田中
本当に素晴らしい。
僕は、鶴瓶さんに面識があるというほどでもないですけど、
一時、お仕事で関わりがあって、
遅刻した時にどうするかっていうのを教えてくれたんです。
遅刻した時にね、30分とか遅れて、
「その会議室に、『すいません』って言って入っていく、
これはあかん。『何や遅れて』って、みんな怒る」と。
「違う」と。
「30分遅れたらどうするか。
ドアを勢いよくパーンと開けて、
『アウアウ、アウ、アウウウ、ウーッ』って
よだれをたらせば大丈夫だ」って。
一同
(笑)
田中
「『大丈夫ですか』、『ここに座って』って、
『鶴瓶さん、心配ないですよ』って、必ず言ってもらえる」
っておっしゃってました。
一同
(笑)。
田中
これはすごくね、僕、勉強になって。
糸井
あぁ、してそうだ。
田中
絶対に、「すんまへん」って入ったらだめなんですって。
バーン!「ウウ、ウンウン」って、
なんか、もう取り乱してしまって、
わけがわからない自分っていうのを作れば大丈夫。
第5回 水たまりでも魚はいる