- 田中
- 今日はやっぱり、糸井さんが広告の世界から違うところに踏み出そうと思った時のことを伺いたいと思っていて。
- 糸井
- ぼくは、「なにかやりたい」というよりは、「やりたくないことをやりたくない」ほうの気持ちが強くて。でも、人って案外どうしてもやりたくないことの中に人生を費やしちゃうんですよ。
- 田中
- はい。
- 糸井
- コピーライターとして、さっきの「受け手」であるっていうことにものすごく誠実にやったつもりではいるんです。でも、ここにいるままではいけないという気持ちが出てきた、そんなときにやりたかったことが「釣り」だったんです。
- 田中
- 釣り。
- 糸井
-
ずっと釣りがしたかった。釣りって、誰もが平等に、いわば「争いごと」をするわけですよね。コンペティション。で、その中で勝ったり負けたりっていう。そこに沸き立つものがある。
ぼくにとって、田中さんのブルーハーツにあたるのが釣りだったんだと思います。
- 田中
- ははあ‥‥。
- 糸井
- それで、やりたかった釣りを始めたのが、12月だったと思うんですけど。東京湾にシーバスという種類の魚がいると聞いて‥‥。
(ここから5分以上にわたり、糸井さんの釣りについての熱い話がつづく。)



- 糸井
- (釣りのお話がつづいている)‥‥で、正月は正月で、家族で温泉かなんか行った時に、まったく根拠なく、砂浜でルアーを投げて、一生懸命なにか釣れるのを待ってる。真冬に。海水浴やるようなビーチで。
- 田中
- へええ(笑)。なにか釣れましたか、その時は?
- 糸井
- まったく釣れません。根拠のない釣りですから。
- 田中
- (笑)。
- 糸井
- でも、根拠がなくても水があるんですよ。
- 田中
- ‥‥!
- 糸井
- いいでしょう? ぼくにとってインターネットって、この「水」なんですよ。ああ、なんかいま初めて説明できた気がする。
- 田中
- おおー! ‥‥「根拠はなくても水がある」。
- 糸井
- 水があれば、水たまりでも魚はいるんです。いないかもしれないけど、いるかもしれない、そこにいるなら「見たい」っていう気持ち。それってもう、夢そのものじゃないですか。それがぼくの中に、ウワァーッと湧くわけですよ。だから、ぼくの「ブルーハーツ」は、「釣り」です。
- 田中
- なるほど‥‥。
- 糸井
-
釣りは、おもしろいんですよ。
‥‥早朝、ひとり誰もいない田んぼの間の水路みたいな川で釣りをする。なにも気配がない、ただの静けさの中で。ところがある瞬間、初めて釣れる1匹というのが、かかるんです。パーッと引かれるんですよ。そのよろこび。これがね、なんだろう‥‥、これがぼくを変えたんじゃないですかね。
- 田中
- はい。
- 糸井
- 広告の仕事を辞めて、インターネットの世界で「ほぼ日刊イトイ新聞」を始めるときも、「水さえあれば、魚がいる」っていうのと同じ、期待する気持ちがあって。もともとあったその気持ちに、実際の釣りの体感が、肉体を、「身体性」を与えたんでしょうね。
- 田中
- 釣りのお話が、まさかインターネットにつながるとは。でも言われてみたら、きっとそういうことですよね。お話を聞いていて、ぼくが思ったのは、やっぱり肉体がすごい大事だなということです。なんだか、体を動かそうという気持ちになってきました(笑)。
- 糸井
- あの、身体性の話につながるというか‥‥あの、ちょっと対談の編集するのには都合悪いかもしれないんですけど。ぼく、お手洗いに行きたいの我慢してるんですよね。
- 田中
- え? いま?
- 糸井
- いま。
- 田中
- いまの話!? それは、行かないと、惨事に。
- 糸井
- ちょっと行ってきます。すみません。これね、すごいめずらしい。ほんと、めずらしい。
- 田中
- 行ってきてください。
(糸井さん、中座する。)
- 田中
- ‥‥これ、もう、いままさに身体性について、糸井さんが実証されています。えー、非常にね、不可欠な、身体性の発露がいま、盛大に、水の話からつながる、こう、水のなにかによって、まさにいま、流れて行っているわけです(笑)。
(しばらくして、糸井さん、戻ってくる。)


- 糸井
- ああ‥‥すごい身体性(笑)。いや、すみませんでした。いままでで対談していてトイレ我慢できなくて中座したっていうのは、ぼく、たぶんこれが2回目です。
- 田中
- 糸井さん、いままでこれほどたくさんの方とお話しされてきて、その中で2回なんですか?
- 糸井
- そう。で、2回のうちのもう1回は、高倉健さんなんです。
- 田中
- それは‥‥!
- 糸井
- 後になってその場にいた人に「健さんの前でトイレに中座したのは糸井さんが初めてです」って言われましたけど‥‥。行きたくなったときは弱ったなあと思ったけど、すいません!って謝って行きました。
- 田中
- うわあ。そして2回目が今日。
- 糸井
- これは田中さんをよろこばせてしまいそうだけど‥‥今日は話がおもしろかったんで。夢中になって、予定よりも長引いてしまったから、こういうことになったんです。
- 田中
- それは、すばらしい‥‥。

- 糸井
- 今日は、ちょうど田中さんが会社をお辞めになった直後というタイミングの対談で。「これからどうなる」についてつっこんだこと、この対談の場ではまったく訊きませんでしたけど。
- 田中
- ええ(笑)。
- 糸井
- そのあたりは、こういった公のところじゃなくて、もっと「いびれる」ようなところで、ね。
- 田中
- わかりました。いじめてください(笑)。
- 糸井
- 訊かない、と言いつつなんですけど。
- 田中
- はい。
- 糸井
- どうなっていくにしろ、なんかこう‥‥さっきの、釣りで魚がかかるみたいな、そういう「おもしろさ」のところには辿りついてみたいね。
- 田中
-
はい、ほんとうに。今日はまさか、糸井さんとお話しして身体性の話になるとは思ってもみなかったんですけれど。お話しできて、とても良かったです。きっと、ぼく自身のこれからも、今日のお話によって変わってくるところがあると思います。
ありがとうございました。
- 糸井
- ありがとうございました。

(おわります。)