- 糸井
-
「ご近所の人気者」というフレーズは、
『じみへん』で中崎タツヤさんが
書いた言葉なんですよね。
それをうちのカミさんが
「俺だ」って言ったんですよ。
- 田中
-
中崎タツヤさんのスタンスは、
素晴らしいですね。
- 糸井
-
凄味がありますね。
ひとつ永遠に忘れまいとしたのが…。
(漫画に)主人公の男が出てきて、
お母さんがやってることが
すごく馬鹿に見えるんですね。
庶民の家ですから。
そのことにものすごく腹が立って、
馬鹿さ、くだらなさ、弱さ、下品さみたいな、
下世話なものに対して、
そこの生まれの主人公の青年が
「母さんは、何かものを考えたことあるの?」
と怒りのようにぶつけるんですよ。
自分の血筋に対する怒りですよね。
- 田中
- はい、はい。
- 糸井
-
そうするとお母さんが、
「あるよ。寝る前にちょっと」
って言うんですよ。

- 田中
- (笑)
- 糸井
-
涙が出るほどうれしかったです、それは。
これを言葉にした人って…。
- 田中
- 素晴らしい。
- 糸井
-
でしょう?
一生忘れられないと思った。
僕は「寝る前にちょっと」を探す人なんで(笑)。
「寝る前にちょっと」の人たちと一緒に
遊びたい人なんで(笑)。
- 田中
- その時間ね、若干活発になってこられますね(笑)。
- 糸井
-
そう(笑)。
そう言いながら自分に対して、
「お前も幸せになれよ」というメッセージを
投げかけ続けるというのが、
僕にとって、僕の生き方しかないんですよ。
- 田中
- わかります(笑)。
- 糸井
-
「みんなこうしろ」とも言えない。
今の泰延さんの青年、青年…
- 田中
- 「青年失業家」。
- 糸井
-
失業家(笑)。
それを、ランニングの人の
横にいる自転車の人みたいな…
- 田中
- 伴走してる。
- 糸井
-
気持ちで見るわけです。
「どう、なの?」みたいな(笑)。
- 田中
-
本当ですね。
「青年」と勝手に名乗ってますけど…。
会社を辞めた理由の1つに、
人生すごく速く感じてきたなと思って、
20代の頃と40代だったら、
倍以上日が暮れるのも早くなるし。
うちの祖母さんが死ぬ前に言った
忘れられない一言があって。
80いくつで死んだ、うちの祖母がね、
「あぁ、この間18やと思ったのに、もう80や」って(笑)。

- 一同
- (笑)
- 糸井
- 素晴らしい。
- 田中
-
その一言で60何年のこの時間をピョーンって、
そりゃあ速いわなぁっていう。
- 糸井
-
あいたたたた(笑)。
それですよ。
それは翻って、
「ご近所の人気者」の話なんですよね。
- 田中
- そうですね。
- 糸井
-
ご近所のエリアが、
地理的なご近所と、
気持ちのご近所と、
両方あるのが今なんでしょうね。
- 田中
-
ネットを介したり、
印刷物介したりするけれど、
「ご近所」というのは、
フィジカルであることが
すごく大事だと思ってて。
ちょっと顔見に行くとか、
ちょっと会いに行く。
- 糸井
-
大事ですね。
…アマチュアであることとね、
「ご近所感」ってね、
結構隣り合わせなんですよ。
- 田中
- うんうんうん。
- 糸井
-
アマチュアだってことは、
変形してないってことなんですね。
プロは、変形してる。
- 田中
- 変形?
- 糸井
-
これは吉本さんの受け売りで、
吉本さんはマルクスの受け売りなんですけど、
「自然に人間は働きかける。
働きかけた分だけ自然は変わる」。
- 田中
- はい。
- 糸井
-
「作用と反作用で、
変わった分だけ
自分が変わっている」と。
「仕事、つまり、何かするというのは
そういうことで。
相手が変わった分だけ
自分が変わっているんだよ」と。
わかりやすく言うと、
「ずっと座り仕事で
ろくろを回してる職人さんがいたとしたら、
座りだこができているし、
指の形も変わっているかもしれないし。
散々茶碗をつくってきた分だけ、
腰は曲がっている。
反作用を受けてるんだよ」と。
「1日だけろくろを回している人には
それはないんです」って。

- 田中
- そうですよね(笑)。
- 糸井
-
プロになるというのは
「10年あったらできるよ」
というのが励みでもあるし、
同時に「それだけあなたは、
もう自由ではあり得ないんだよ」
ということでもあって、
だから「生まれた」、「めとった」、
「産んだ」、「死んだ」みたいな人から
離れてしまう悲しみの中にいる。
- 田中
- そうですね。
- 糸井
-
僕と泰延さんの「超受け手でありたい」
という気持ちも、
すでにそうなんですよ。
その意味では、
もうアマチュアには戻れないだけ
歪んじゃってるわけです。
- 田中
- はい。
- 糸井
-
その歪みをどう維持できているか
というところに、
「ご近所の人気者」っていうのが。
- 田中
- なるほど(笑)。
- 糸井
-
「何でもない人として生まれて死んだ」
というのが、
人間として一番尊いのかという価値観が、
僕の中にはどんどん強固になっていきますね。
たぶん泰延さんは、
生きていく手段として問われていることが
今山ほどあって…
- 田中
- はい。
- 糸井
-
「何やって食っていくんですか?」、
「何やって自分の気持ちを維持するんですか?」って、
面倒くさい時期ですよね。
- 田中
-
そうですね。
みんなが質問するし、僕も時々、
どうやって生きていこう?と考えるし…。
糸井さんが40代の時に、
広告の仕事を一段落つけようと思った時に、
やっぱりそういうことに直面されたと?
- 糸井
-
まさしくそうです。
大冒険です。
でも、平気だったんですよ。
その理由の1つは、
やっぱり僕よりアマチュアなカミさんが
いたことはでかいんじゃないかな。
「こういうことになるけど、いい?」と
聞いた覚えもないし、
後で「あれは聞くべきだったかな」
みたいなことを聞いたら、
「いや、別に」と。
自分が働くつもりではいたんじゃないですかね。
- 田中
- なるほど。
- 糸井
-
でも「働かない」って言っても、
案外平気だったような気がする。
- 田中
-
あぁ、なるほど。
糸井さんと初めて京都でお会いした時に、
タクシーの中で最初に聞いたことが
それだったんですよね。
- 糸井
- あぁ。
- 田中
-
「ほぼ日という組織をつくられて、
その会社を回して、大きくしていって、
その中で好きなものを毎日書くという、
この状態にすごい興味があります」と言ったら、
糸井さんが「そこですか」っておっしゃったんですよ。
それが忘れられなくて。
- 糸井
- 辞めると思ってないから。
- 田中
- あぁ。
- 糸井
-
「あれ?この人、電通の人なのに、
そんなこと興味あるのか」って、
「へぇーっ」と思いましたね。
- 田中
- その時、僕も辞めるとはまったく思ってなくて。
- 糸井
- 去年4月ですよね。
- 田中
-
はい。
辞めようと思ったのが、11月の末ですね。
で、辞めたのが12月31日なんで、
1ヶ月しかなかったです。

- 糸井
- 素晴らしいね(笑)。
- 乗組員N
- 11月末に何かあったんですか?
- 田中
- いや、なんか、これが本当に。
- 糸井
- (笑)
- 田中
-
ちょっと昨日たまたま書いたんですけど、
理由になってないような理由なんですけど…。
- 糸井
- ブルーハーツ?
- 田中
-
ブルーハーツですよ。
50手前のオッサンになっても、
中身は20ウン歳のつもりだから、
ブルーハーツを聞いた時のことを思い出して、
「これはもう、このように生きなくちゃいけないな」って。
かと言って「熱い俺のメッセージを聞け」とかないんですよ。
相変わらず、見て聞いて、
「これはね」ってしゃべるだけの人なんですけど、
「ここは出なくちゃいけないな」
ってなったんですよね。
- 糸井
-
どうしてもやりたくないことっていうのが
世の中にはあって、
で、どうしてもやりたくないことの中に、
案外、人は人生費やしちゃうんですよ。
- 田中
- はい。
- 糸井
-
僕は「やりたい」というよりは、
「やりたくない」ほうの気持ちが強くて、
そこからしょうがなく、
マッチもライターもないから、
木切れをこうやって
火を起こしはじめたようなことの
連続だったんで、
広告も、やりたくないことに似てきたんですよ。
- 田中
- はい。
- 糸井
-
「プライド」という言葉に似てるけど、
違うんですよね。
うーん…。
無名の誰かであることはいいんだけど、
やっぱり過剰にないがしろにされる可能性みたいな…
魂が。
- 田中
-
とはいえ、糸井さんの
広告のお仕事見てても、
「この商品の良さを延々語りなさい」とか、
そのリクエストに応えたことはないですよね。
- 糸井
-
やっぱり「受け手として僕にはこう見えた、
これはいいぞ」って
思いつくまでは書けないわけで、
だから僕、結構金のかかるコピーライターで、
車の広告するごとに1台買ってましたからね。
- 田中
- あぁ。
- 糸井
-
「いいぞ」って思えるまでが
ちょっと大変というか。
どこかで「受け手」であることに
ものすごく誠実にやったつもりではいるんです。
- 田中
- はい。
- 糸井
-
広告の仕事を辞めることについては、
「『あいつ、もうだめですよね』
と言われながらなんで仕事やって
いかなきゃならないんだろう?」って、
なるんだろうな、と。
「あいつもうだめですよね」って、
みんなが言いたくてしょうがないわけですよ。
- 田中
- はいはい。
- 糸井
-
「はぁーっ」と思って、
「こういう時代にそこにいるのはまずいな。絶対嫌だ」と思って。
僕にとってのブルーハーツに当たるのが
「釣り」だったんですよね。
誰もが平等に、
争いごとをするわけですよね。
その中で勝ったり負けたりっていうところで
血が沸くんですよ、やっぱりね。
- 田中
-
この間おかしかった(笑)、
「始めた頃は、ちょっと水たまりを見ても、
魚がいるんじゃないか」って(笑)。
- 糸井
-
そう。
始めたのが、12月だったと思うんですよ。
東京湾に「シーバス」と呼ばれてるスズキですね。
スズッコとか、
それがいることが
わかっただけでもう
うれしいわけですよ。
レインボーブリッジの下にコソコソっと行って、
車止めて、身をかがめながら埠頭に出て、
そこでルアーを投げると、
シーバスが釣れる可能性がある、と。
初めて行った真冬の日に、
大きい魚がルアーを追いかけてきたのに、
逃げたんですよ。
同時に、さっき言ったアマチュアの奥さんは、
僕が出掛ける時に、
「ご苦労様」と
ちょっとなめたことを言いながら…。
- 田中
- (笑)
- 糸井
-
帰って来たら、
バスタブに水が張ってあったんですよ。
- 田中
- はぁ。
- 糸井
-
生きた魚を釣ってきた時に、
そこに入れようと思ったんだね。
- 田中
- すごい!
- 糸井
-
その、馬鹿にし方と、
実際にこう水を貯めてね。
- 田中
- 待ってる(笑)。
- 糸井
-
その時に「あれは明らかに魚が追いかけてきた」
と思ったことと、
「釣ってきた時に見よう」
という、喜びじゃなくて
「見たい」という気持ち。
夢そのものじゃないですか。
それが僕の中に、ウワァーッと湧くわけですよ。
生き物が僕の竿の先に付いた
ラインの向こうで
ひったくりやがるわけです、
ものすごい荒々しさで。

- 田中
- うんうん。
- 糸井
- その実感がもうワイルドにしちゃったんですよ、僕を。
- 田中
- うんうんうん。
- 糸井
-
その後、プロ野球のキャンプに行って。
青島グランドホテルに向かうまでの道のりに
何回も水が見えて、
野球を観に行くはずなのに、
水を見てるんです。
- 田中
- 水を見てる(笑)。
- 糸井
-
折りたたみにできる竿とかを、
野球のキャンプの見物に行くのに、
持っているんです。
- 田中
- 持ってるんですね(笑)。
- 糸井
-
正月は正月で、
家族旅行で温泉に行った時に、
まったく根拠なく、
真冬のビーチで一生懸命投げてる。
- 田中
- 投げて(笑)。
- 糸井
- それを妻と子どもが見てるんだ。
- 田中
-
(笑)
なんか釣れましたか、その時は?
- 糸井
- まったく釣れません。
- 田中
- (笑)
- 糸井
- 根拠のない釣りですから。
- 田中
- (笑)
- 糸井
- でも、根拠がなくても水があるんですよ。
- 一同
- (笑)
- 糸井
-
いいでしょう?
僕にとってのインターネットって、水なんですよ。
- 田中
- なるほど。
- 糸井
- もう今初めて説明できたわ。
(つづきます)