糸井

“アマチュア”って、変形してないってことなんですね。プロであることは、変形してる。

田中

変形？

糸井

これは吉本隆明さんの受け売りなんだけど、「自然に人間は働きかける。働きかけた分だけ自然は変わる」。

田中

はい。

糸井

「作用と反作用で、変わった分だけ自分が変わっている」っていう。
わかりやすく言うと、「ずっと座り仕事をして、ろくろを回してる職人さんには、座りタコができているし、指の形も変わっているかもしれない。でも1日しかろくろを回していない人は、そうはなれない」。
「ろくろを回すための身体になっていく」のが、プロになるっていうことなんです。

田中

なるほど。

糸井

それは10年あったらできることでもあるけど、同時に「それだけプロは、その仕事のために身体ごと捧げることから逃れられない」っていうことでもあって、だからたとえば詩人は、その分だけ世界を詩的にしか捉えられなくなるわけですよ。
同じように、僕と泰延さんの「超受け手でありたい」と思う気持ちももうすでに、頑なで、変えられないわけですね。

田中

そうですね。

糸井

その意味では、もうアマチュアには戻れないだけ歪んじゃってるわけです。でも、じゃあどこでまだ歪みのない、頑なになっていないアマチュアな部分を維持しようかっていうと、もう1つ、「ご近所の人気者」っていうスタンスが。

田中

なるほど（笑）。

糸井

「ご近所の人気者」っていうフレーズは、中崎タツヤさんの『じみへん』という漫画に出てくるんですよね。アマチュアであることと“ご近所感”ってね、結構隣り合わせなんですよ。ご近所と呼ぶエリアには、地理的な意味と、気持ちの近さという意味と両方あるんですけど。
それで、うちのカミさん（樋口可南子さん）は、俺のことを「ご近所の人気者」だって言ったんですよ。

田中

あぁ、なるほど。

糸井

そう（笑）。俺は、アマチュアで、「ご近所の人気者」っていう生き方なんだってわかったの。
だから、偉そうに「こうしろ」なんてことは言えないから、俺は今、泰延さんのことを、青年‥‥、なんだっけ、扶養者じゃなくて（笑）

田中

「青年失業家」。

糸井

あ、「青年失業家」（笑）。「青年失業家」の田中さんのことも、田中さんがランニングしてるのを、その横から自転車で伴走してるような気持ちで見てるわけです。

田中

本当ですね。

糸井

たぶん泰延さんはいま周りから「何で食っていくんですか？」「何で自分の気持ちを維持するんですか？」って聞かれたりして。････面倒くさい時期ですよね。

田中

そうですね。みんな質問するし、僕も時々、どうやって生きていこう？　って考えるし。
それで････僕からの質問なんですけど、糸井さんが40代で広告の仕事を一段落つけて違うことに踏み出そうと思った時にも、僕と同じようなことに直面されたと？

糸井

まぁまさしくそうです。あのぅ、言えないようなことも含めて、思っている以上に大冒険でしたよ（笑）。

田中

京都で始めてお会いした時に、僕が最初に聞いたこともそれだったんですよね。

糸井

あぁ。

田中

僕が「ほぼ日という組織をつくられて、その会社を回しながら、その中で好きなものを毎日書くっていう状態に、すごい興味があります」って言ったら、糸井さんが「そこですか」っておっしゃったんですよ。それが忘れられなくて。

糸井

辞めるなんて思ってない、電通の人だと思ってるから。だから「あれ？この人、電通の人なのに、そんなこと興味あるのか」って思ったんですね。

田中

その時は僕も、辞めるとはまったく思ってなくて。思ったのが、2016年の11月末ですね。で、辞めたのが12月31日なんで、1ヶ月しかなかったです。

乗組員N

11月末に何かあったんですか？

田中

いや、これが本当にね、理由になってないような理由なんですけど、やっぱり････

糸井

（笑）ブルーハーツ？

田中

ブルーハーツですよ。50手前のこんなオッサンになっても、中身は27歳のつもりだから、曲を聞いた時に「あ、これはなんかもう、このように生きなくちゃいけないな」って思い出して。かと言って、何か伝えたいこととか「熱い俺のメッセージを聞け」とかはないんですよ。
相変わらず、なんか見て聞いてしゃべるだけの人なんですけど、でも、「今の会社は出なくちゃいけないな」って思ったんですよね。

糸井

27歳ですからね。

田中

27歳です、心は。
あと、違う理由の1つには、人生をすごく速く感じてきたなとも思って。20代より40代のほうが、日が暮れるのも倍以上早くなるし。忘れられない一言なんですけど、80いくつで死んだ僕の祖母がね、こう言ったんですよ、「あぁ、この間18やと思ったのに、もう80や」って。

糸井

素晴らしい。

田中

ものすごい長さの時間を、たった一言でね（笑）。

糸井

僕は「何かやりたい」よりは、「“やりたくないこと”をやりたくない」ほうの気持ちが強くて、広告も「どうしてもやりたくないこと」に似てきたんですよ。で、どうしてもやりたくないことに案外、人は人生を費やしちゃうんですよ。

田中

はい。

糸井

だから「これはまずいなぁ」っていうか、「絶対嫌だ」と思って。
で、そういう時に、僕にとってのブルーハーツにあたるものは「釣り」だったんですよね。

田中

釣り。

糸井

そこでは、誰もが平等に勝負する。平等な中で勝ったり負けたりっていうところで血が沸くんですよ。
あの、東京湾でシーバスが釣れるって聞いて、初めて行った真冬の日に、本当に大きい魚がルアーを追いかけてきたんです。でも逃げられた。
「釣った魚を見たい！」っていう気持ちが一気に湧いて、どこに行っても水ばっかり気にするようになっちゃいました。

田中

水ばっかり見る（笑）。

糸井

そう、旅行に行ったりしてもね。
普段水の中にいて見えない生き物が、ものすごい荒々しさで竿の先に食いついてくるんです。その実感がすごかったんですよ。何か釣れるのを期待して、ビーチのような場所だとしても一生懸命竿を投げたりしてる。

田中

（笑）なんか釣れましたか？　そのビーチでは。

糸井

まったく釣れません。

田中

（笑）

糸井

根拠のない釣りですから。でも、根拠がなくても水はあるんですよ。

田中

（笑）

糸井

いいでしょう？　どんな形でも水があれば、きっと魚はいるんですね。
････僕にとってのインターネットも、水なんですよ。

田中

なるほど。

糸井

それが自分に希望をくれたところはある。 だから僕の「リンダリンダ」は、「水と魚」です（笑）。

田中

「水と魚」････なるほど。釣りの話が、まさかインターネットの話につながるとは。

糸井

思いついてなかったですね。

田中

でも、言われてみたら、きっとそういうことですよね。

糸井

「広告から逃げ出したい」って思っていた時に、釣りという行為をとおして、「水さえあれば、魚がいる」って希望を持てる気持ちがうまれたんでしょうね。

田中

肉体の重要性、「身体性」ってすごい大事ですね。なんかちょっとね、体を動かそうと思ってきました。

　
（つづきます）