もくじ
第1回一本の電話から。 2017-05-16-Tue
第2回神社ってなんですか、先生? 2017-05-16-Tue
第3回持って生まれたフィーリング 2017-05-16-Tue
第4回秘めている感情 2017-05-16-Tue
第5回言葉にするって。 2017-05-16-Tue

ここ3年ほど、毎日飽きずにバタートーストに魅了されています。日本に住んで3年、どうやらそのことに関係があるらしい。ロサンゼルスから来ました。よろしくお願いします。

言葉にできるまで。

言葉にできるまで。

担当・ユウキ

1981年。
父、母、私、弟の一家は
船会社に勤めていた父の転勤で、
東京からロスアンゼルスに移り住みました。
その時、私は4歳。
(後に弟が増え、5人家族となります。)
 
父は仕事が忙しく、英語が話せない母は、
車社会のLAでママチャリに乗ってみたものの、
目的地までの距離と、谷のような坂道に一度乗って挫折したそうです。
 
LAに移り住んで2年が経った頃、
小学1年生になった私は現地校と同時に
「日本語学校」にも通いはじめました。
 
週2日、現地校が終わると日本語学校へ向かい、
日本の教科書に沿って「国語」「算数」「理科」「社会」を学びました。
 
小学校1年から3年ぐらいまでは特に違和感を感じず
楽しく通っていたように思いますが、
小4あたりから日本語学校が苦痛になりはじめたのを覚えています。
 
アメリカ生活に馴染むにつれ、
アメリカと日本の間で心が揺れるようになっていたのです。
 
アイデンティティの迷いとも呼べるそのものはなかなか解決されず、
大人になってからも2つの国を行き来し、
「心の居場所」を探しつづけてきたように思います。
 
今回「ほぼ日の塾」の課題を考えるにあたって、
私は「今一番会いたいひと」について考えてみました。
 
そこで突然浮かんだのが…
 
日本語学校の「由理子先生」。
 
小1から小3を担当してくださり、
両親が「子供に日本語の基礎を教えてくれた」という方です。

最後に先生と会ったのは、1985年ぐらい。
今回会えたとしたら、32年ぶりの再会になります。
 
4月の土曜日の午後。
私は思いきって先生に連絡を取ってみました。
丘の上の日本語学校を思い出しながら。

全5回と長くなりますが、お読みいただけると嬉しいです。
ありがとうございます。



第1回 一本の電話から。

「由理子先生に会いたい」と思ったとき、
頼りになるのはロスアンゼルスの母だった。

母も私も、先生とは30年以上会っていない。
今回は偶然、母のLAの知人に
先生の連絡先をご存知の方がいた。

東京の家のリビングで、
私は母から送られてきた携帯番号を見つめた。

日本の番号だ。
由理子先生は現在、日本にいらっしゃるのだ。

それにしても、だ。
こまめに連絡を取っていたなら話は別だが、
現在の先生の状況も知らずに、
突然「会いたい」だなんて…。
学校でほとんど喋らなかった私のことを
どこまで覚えていてくれるかもわからない。

結局何日も待ってしまった。

そして4月後半の土曜日。
大きく息を吸って、携帯を手に取った。

トゥルルル。

「もしもし?」

「あ、あの、突然のお電話を失礼します。
私、ロスアンゼルスの○○学園でお世話になった
○○ユウキと言いますが…」

「え?!」

「(ごくっ)」

「ユウキちゃん?!
ユウキちゃーん!!!」

覚えていてくれた。

「は、はい」

「うわぁぁぁぁ、嬉しい!」

「びっくりさせてごめんなさい。
実は今、東京に住んでいまして…。
3年ほど前から。
先生、お元気ですか?」

「元気よー!元気!ユウキちゃんは?」

なつかしい声。
その声に勇気をもらい、
すぐに本題に入ってしまった。

「元気です!あのぅ、もしよろしければ、
今度会っていただくことはできますでしょうか?」

あ。唐突。
先生がどこに住んでいるかも聞いていない。
東京ではないかもしれない…

「えー、嬉しい!もちろんよーー!
会いましょう、会いましょう!」

「本当ですか!?ありがとうございますっ!」

渋谷が互いにとってアクセスが良いということで、
ひとまず忠犬ハチ公前を待ち合わせ場所に決めた。

「ユウキちゃん、
きっと私のことを見てもわからないと思うよ!
背はね、昔と変わらなくて小さいんだけれど、
サイズはSからMに変わってる(笑)」

「(笑)」

先生、おいくつになられたのだろう。
小柄な由理子先生の「Mサイズ」を想像した。

でもそれよりも重大な問題に気がついた。
先生が知っているのは、小学生の私である。
32年経った今の姿を…

「それこそわからない…ですよね?
どうしよう、赤いバラでも持ってたほうがいいですか?(笑)」

すると先生は言った。

「いや、わかる。私は絶対にわかると思う」

「え…?」

「大丈夫よ!わかるから」

信じよう。そう思った。

「お電話ありがとう、ユウキちゃん。
本当にありがとう!」

「こちらこそありがとうございます!
では来週、よろしくお願いします」

電話を切って、深呼吸をした。
心臓ばくばく。

あの優しいソプラノ声。
全く変わってない…。

***

1週間後、私は予定より30分早く渋谷に到着した。
毎日のように仕事で訪れる街が、この日は違って見えた。

大型連休の初日の土曜日。
ハチ公前の広場には仮設ステージが組まれ、
スピーカーから大音量の音楽が鳴り響いていた。
いつも以上に賑わっている。
「やっぱりハチ公前はまずかったか…」

私は特に用のないデパートをウロウロして時間を潰した。

15分ほどが過ぎた。
そろそろいいかな、とデパートを一歩出たところに、
ふんわりとした雰囲気の小柄な女性が立っていた。
目が合った。
その方はぱぁ〜っと笑いかけてくれた。

「ユウキちゃーん!!!」

「由理子先生っっ!!」

いつでも自分のことだけを
見つめてくれているような、あの笑顔。

「会えたーー!」
ふたりは同時に言った。

私は少しだけかがんで、ぎゅうっと先生をハグした。

そして顔を見合わせ、目の前の光景を確かめて、
もう一度ハグをした。

先生、大好きな先生だった。

(つづきます)

第2回 神社ってなんですか、先生?