「由理子先生に会いたい」と思ったとき、
頼りになるのはロスアンゼルスの母だった。
母も私も、先生とは30年以上会っていない。
今回は偶然、母のLAの知人に
先生の連絡先をご存知の方がいた。
東京の家のリビングで、
私は母から送られてきた携帯番号を見つめた。
日本の番号だ。
由理子先生は現在、日本にいらっしゃるのだ。
それにしても、だ。
こまめに連絡を取っていたなら話は別だが、
現在の先生の状況も知らずに、
突然「会いたい」だなんて…。
学校でほとんど喋らなかった私のことを
どこまで覚えていてくれるかもわからない。
結局何日も待ってしまった。
そして4月後半の土曜日。
大きく息を吸って、携帯を手に取った。
トゥルルル。
「もしもし?」
「あ、あの、突然のお電話を失礼します。
私、ロスアンゼルスの○○学園でお世話になった
○○ユウキと言いますが…」
「え?!」
「(ごくっ)」
「ユウキちゃん?!
ユウキちゃーん!!!」
覚えていてくれた。
「は、はい」
「うわぁぁぁぁ、嬉しい!」
「びっくりさせてごめんなさい。
実は今、東京に住んでいまして…。
3年ほど前から。
先生、お元気ですか?」
「元気よー!元気!ユウキちゃんは?」
なつかしい声。
その声に勇気をもらい、
すぐに本題に入ってしまった。
「元気です!あのぅ、もしよろしければ、
今度会っていただくことはできますでしょうか?」
あ。唐突。
先生がどこに住んでいるかも聞いていない。
東京ではないかもしれない…
「えー、嬉しい!もちろんよーー!
会いましょう、会いましょう!」
「本当ですか!?ありがとうございますっ!」
渋谷が互いにとってアクセスが良いということで、
ひとまず忠犬ハチ公前を待ち合わせ場所に決めた。
「ユウキちゃん、
きっと私のことを見てもわからないと思うよ!
背はね、昔と変わらなくて小さいんだけれど、
サイズはSからMに変わってる(笑)」
「(笑)」
先生、おいくつになられたのだろう。
小柄な由理子先生の「Mサイズ」を想像した。
でもそれよりも重大な問題に気がついた。
先生が知っているのは、小学生の私である。
32年経った今の姿を…
「それこそわからない…ですよね?
どうしよう、赤いバラでも持ってたほうがいいですか?(笑)」
すると先生は言った。
「いや、わかる。私は絶対にわかると思う」
「え…?」
「大丈夫よ!わかるから」
信じよう。そう思った。
「お電話ありがとう、ユウキちゃん。
本当にありがとう!」
「こちらこそありがとうございます!
では来週、よろしくお願いします」
電話を切って、深呼吸をした。
心臓ばくばく。
あの優しいソプラノ声。
全く変わってない…。
***

1週間後、私は予定より30分早く渋谷に到着した。
毎日のように仕事で訪れる街が、この日は違って見えた。
大型連休の初日の土曜日。
ハチ公前の広場には仮設ステージが組まれ、
スピーカーから大音量の音楽が鳴り響いていた。
いつも以上に賑わっている。
「やっぱりハチ公前はまずかったか…」
私は特に用のないデパートをウロウロして時間を潰した。
15分ほどが過ぎた。
そろそろいいかな、とデパートを一歩出たところに、
ふんわりとした雰囲気の小柄な女性が立っていた。
目が合った。
その方はぱぁ〜っと笑いかけてくれた。
「ユウキちゃーん!!!」
「由理子先生っっ!!」
いつでも自分のことだけを
見つめてくれているような、あの笑顔。
「会えたーー!」
ふたりは同時に言った。
私は少しだけかがんで、ぎゅうっと先生をハグした。
そして顔を見合わせ、目の前の光景を確かめて、
もう一度ハグをした。
先生、大好きな先生だった。
(つづきます)